大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

第14回チャイコフスキー国際コンクール 夢 〜世界に挑む若き音楽家達〜

【題名】第14回チャイコフスキー国際コンクール 夢 〜世界に挑む若き音楽家達〜
【放送】BSジャパン 平成24年1月3日(水)6:00〜7:55
【感想】
昨年6月に開催された第14回チャイコフスキー国際コンクール(ピアノ部門、ヴァイオリン部門)のドキュメンタリー番組が放送されていたので観ることにしました。(“フレッツ・テレビ”だとBS放送が12chも無料で見られるので、最近は録画漬けの毎日です。)第14回チャイコフスキー国際コンクールから組織委員長に指揮者のゲルギエフさんが就任し、ロシア音楽の伝統に固執し過ぎることなく、これまで以上に参加者の個性を発揮できる開かれたコンクールとなることを目指して、以下のような大幅な改革が行われました。

◆開催地:
モスクワ(ピアノ部門、チェロ部門)での開催に加え、サンクトペテルブルク(ヴァイオリン部門、声楽部門)での開催を追加。

◆審査員:
とかく閉鎖的で不透明なイメージの付き纏うチャイコフスキー・コンクールですが、新しく組織委員長に就任した指揮者のゲルギエフさんの人脈を活かし、審査員に世界トップクラスの音楽家を起用。

<ピアノ部門>ウラディーミル・アシュケナージ、デニス・マツーエフなど
<ヴァイオリン部門>アンネ=ゾフィー・ムター、ユーリー・バシュメットなど
<チェロ部門>マリオ・ブルネロ、クシシュトフ・ペンデレツキなど
<声楽部門>レナータ・スコットなど

◆審査方法:
第一次予選、第二次予選、本選の3回審査ですが、第二次予選を第1選考(リサイタル)と第2選考(コンチェルト)の2回に分けて、オーケストラとの共演の機会を増加。また、審査の透明性を高め、無名の音楽家が世界に知られるキッカケを作るという目的で、インターネット配信による一般投票も実施。これまでも審査の模様をインターネット配信(映像、ネットラジオ)しているコンクールはありましたが、「無名の音楽家が世界に知られるキッカケを作る」という意義は大きいと思います。本来、音楽鑑賞というのは極めて個人的な体験であり、コンクールの優勝者があらゆる観客にとって最善の演奏を行うとは限らず、コンクールの審査結果が絶対の判断基準という訳ではありません。コンクールの審査結果に拘らず、自分の心に響く音楽を奏でる音楽家は自分の耳で聴き分ける必要があり、その意味でインターネット配信は無名の音楽家と観客との間の橋渡しになる意義深いものだと思います。とにかく無名の音楽家にとってはできるだけ多くの人に「名前を覚えて貰うこと」「演奏を聴いて貰うこと」が重要であり、このブログで音楽家の名前と感想を表記しているのも、その為のささやかなキッカケ作りが出来ればという想いからです。

http://www.tchaikovsky-competition.com/ru
http://paraclassics.com/

◆ピアノ部門
日本人では犬飼新之介さん(29歳)が書類・DVD選考を通過し(今回は全部門の応募総数が過去最高の600名に及び、その中から各部門とも30名程度が選出)、予選に進出しました。少しふっくらとして、心なし片山右京さんの顔付きに似てきました。

一次予選は、課題曲3曲以上(チャイコフスキーの小品2曲以上と古典派の作曲家のソナタ1曲)及び自由曲1曲の演奏で、犬飼さんはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番「情熱」、チャイコフスキーの「18の小品」作品72より「瞑想」「性格的舞曲」を演奏しました。「楽しめたかな、結果はどっちでもいいです」とは一次選考後の犬飼さんの弁ですが、残念ながら第一次予選通過はなりませんでした。第一次予選後にロシア人(おそらく音大の学生ではないかと思います)が「犬飼さんの演奏に一番感銘を受けた」と言ってサインを求めていましたが、僕は万人から好かれる及第点の演奏よりも1人の観客の心に何かを残せる訴求力のある演奏の方がその芸術的な価値は高いのではないかと思っています。第二次予選には12名が進出し、第1次選考(リサイタル)で8名まで絞られ、更に第2次選考(コンチェルト)で5名まで絞られて本選となりました。最終審査結果は以下のとおりで、入賞者は世界的なエイジェントと契約し、3年間は優先的にコンサートに出演する権利が与えられるそうです。

1位 ダニール・トリフォノフ(ロシア)聴衆賞
2位 ソンヨルム(韓国)
3位 チョソンジン(韓国)

審査員が記者会見で「才能ではなく真の音楽の素晴らしさを伝えてくれる人を選びたい。今の時点では将来の事を評価できない今のこの時が一番大切。」という趣旨のことを仰っていましたが、第14回チャイコフスキー国際コンクールから出場者のポテンシャルではなくその完成度に審査の比重を置いている(その意味ではコンチェルトの課題曲を増やし、より高いハードルを課している)と言え、その中でピアノ部門に限らず韓国勢の躍進が顕著なのが目を惹きます。なお、今回から公式ピアノとして採用されたイタリアのファツィオリ(FAZIOLI)が一次予選と二次予選で使用されていました(本選はスタインウェイ)。

◆ヴァイオリン部門
日本人では木嶋真優さん(24歳)が書類・DVD選考を通過し、予選に進出しました。個人的には中・高校生の頃の面影が強く、(相変わらず無愛想な感じではありますが)すっかり大人の女性に成長した姿を拝見し、歳月の流れの速さを実感します。木嶋さんはチャイコフスキーのワルツ・スケルツォ作品34を演奏し、会場からアンコールまで出る盛況でしたが、残念ながら第二次予選進出はなりませんでした。第二次予選には12名が進出し、第1次選考(リサイタル)で8名まで絞られ、更に第2次選考(コンチェルト)で5名まで絞られて本選となりました。なお、第1次選考の課題曲として北アメリカのフィドル音楽の委嘱作品(ジョン・コレリアーノ作曲「ストンプ(足を踏み鳴らす)」)が採り上げられました。楽譜にリズム表記が行われている民族色の強い独特の音楽ですが、「音楽家ならば新しいことに挑戦することが大切」という理由からコンクールの課題曲に選ばれたようです。アメリカ人の出場者が右手を背中に回して弾くアクロバティックな奏法を披露していましたが、このような弾き方をしなければ得られない音楽的な効果があったのであれば別として、(演奏を楽しんでいたのは買いますが)単に奇を衒って顧客の興味を惹くための大道芸であれば感心できません。下ネタで笑いを取る芸人と一緒で、こんな安直なやり方で顧客に媚びても(その場の刹那的な感興は得られても)顧客の心に何も残せない詰まらない演奏でしかないと思います。

1位 なし
2位 セルゲイ・ドガディン(ロシア)聴衆賞
2位 イタマール・ゾルマン(イスラエル
3位 イ・ジヘ(韓国)

なお、審査員が「審査員のために演奏するのではなく観客のために演奏しろ」と言ったそうですが、(どのような文脈で発言されたものか分かりませんが)「観客のため」という部分に違和感を覚えます。コンクール弾きするのではなく普通の演奏会のように伸び伸びと演奏しろという趣旨で言っているのであれば分かりますが、本来、音楽家が向き合うべきなのは曲(作曲家)であって、自分なりにその曲の本質をどう捉えて、何を表現するのか(どう表現するのかという問題も不可欠に内在)ということに尽きるように思います。それを観客にぶつけて、それに対して観客がどう反応するのかは結果論であって、(舞台芸術は観客も一緒になって作り上げて行くものだとは思いますが)観客の反応を伺いながら観客に阿るような演奏態度は観客も望んでいないはずです。この点、ヴィオリストの今井信子さんが「良い演奏をしているときはどんなことを考えていますか?」という質問に対し、「そういうときは無心で弾いていることが多いです。」と仰っていたのを印象深く思い出します。「観客のため」等という邪心を持って演奏すれば、その下心は必ず演奏に現れると思います。強いて「〜のため」と言うとするならば、「曲のため」であり「自分のため」ではないかと個人的には思っています。

番組では採り上げられていませんでしたが、チェロ部門と声楽部門の審査結果は以下のとおりです。

◆チェロ部門
1位 ナレク・アフナジャリャン(アルメニア)聴衆賞
2位 エドガー・モロー(フランス)
3位 イワン・カリツナ(ベラルーシ

◆声楽部門
1位 セオ・スンヤン<ソプラノ>(韓国)
1位 パク・ヨンミン<バス>(韓国)
2位 アマルトゥ・ヴシンエンフバット<バリトン>(モンゴル)聴衆賞
3位 エレーナ・グーセワ<ソプラノ>(ロシア)聴衆賞

なお、日本でのガラコンは4月23日(リサイタル)、4月27日(コンチェルト)にサントリーホールで開催される予定です。