大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

蝶々夫人は悲劇ではない〜オペラ歌手岡村喬生80歳、イタリアへの挑戦〜

【題名】蝶々夫人は悲劇ではない〜オペラ歌手岡村喬生80歳、イタリアへの挑戦〜
【放送】NHK−BSプレミアム
【時間】平成23年11月23日(水)19:30〜21:00
【場所】第57回プッチーニ・フェスティバル(平成23年8月6、11、18日)
    ジャコモ・プッチーニ野外劇場(3370席)
【演目】プッチーニ 歌劇「蝶々夫人
【出演】<蝶々夫人>二宮咲子
    <すずき>マリエッラ・グァルネーラ
         末広貴美子
    <芸者>大塚啓子、内藤彩加、森裕美子、宗心裕子、
        大音絵莉、福田泰子、西谷衣代 ほか2名
    <ゴロー>高橋淳
                       ほか多数
【指揮】バレリオ・ガッリ
【楽団】プッチーニ・フェスティバル・オーケストラ
【合唱】プッチーニ・フェスティバル合唱団
【演出】岡村喬生
【振付】立花志津彦
【美術】川口直次
【衣装】千地康弘
【公演】
今年のプッチーニ・フェスティバルで岡村喬生さんの演出によるプッチーニの歌劇「蝶々夫人」が上演されるまでのドキュメンタリー番組が放送されていたので観ることにしました。岡村喬生さんが原作台本の台詞とト書きの中で日本の宗教や習俗等の無理解から生じた明らかな誤謬等を改めた版を世界初演するということで話題になった公演です。この版の日本上演は2003年4月にティアラこうとうで行われていますが、この版にプッチーニ・フェスティバル財団監督のフランコモレッティさんが興味を示してプッチーニ・フェスティバルでの上演が実現したらしいです。


http://enit.jp/blog/2011/02/2011festival_pucciniano.html

この版では、原作台本の中の明らかな誤謬、即ち、「カミサルンダシーコ」を「猿田彦の神」又は「天罰よ、降りよ」、「オマーラー」を「オオムラ」(蝶々さんの生誕地)等と訂正し、また、蝶々さんの結婚式で芸者が祝福する「オーカミ、オーカミ」という台詞をより適切な「メデタヤ、メデタヤ」に改め、さらに、芸者という職業を誤解(偏見)している部分等に変更が加えられています。しかし、この変更に対し、孫のシモネッタ・プッチーニさんから反対があり、「オマーラー」を「オオムラ」(蝶々さんの生誕地)と訂正し、また、芸者という職業について誤解を生むアリアを原作者による誤りのない版へ戻すという2点以外は変更が認められませんでした。シモネッタ・プッチーニさんは「仮に誤りがあるとしても、彼らが生み出したとおりに残さなければならない」と仰っていましたが、台本へ変更を加えると作曲者が意図していない「別の響き」が生まれてしまう虞がありますので、仮にそれが正しい認識、内容に基づく訂正であったとしても、慎重な姿勢が求められるべきだと(個人的にも)思います。その意味で、僕は原語以外でオペラを上演することにも消極的な考えを持っています。日本では明治期まで日本語訳でオペラを上演することが一般的で、日本語訳が間に合わず原語上演する時はパンフレットに「お詫び文」を付記していたそうですが、現代とはオペラの受容の仕方に大きな認識、考え方の違いがあったようです。

http://www.minna-no-opera.com/topics/top.htm
http://opera-okamura.sblo.jp/

今回の岡村喬生さんの演出は、原作台本の台詞とト書きの中にある誤謬を改める点に加え、日本的な美意識(日本人の考え方、気質、所作等)を如何に作品の中へ溶け込ませて表現して行くのかという点に主眼があったように思われます。その意味では、外国人の演出家とは大きく異なる魅力を持つ舞台で、より原作者の意図する作品の魅力を引き出し得ていたのではないかと感じました。プッチーニ・フェスティバル財団監督のフランコモレッティさんはどうも段取りが悪く調整力に乏しい方のようで、事前に岡村喬夫さんの演出意図について打合せを行い、また、日本でのオーディションにも参加されていたにも拘らず、現地に赴いてから、岡村喬生さんと指揮者のバレリオ・ガッリさんや現地スタッフとの間の認識ギャップが酷く、岡村喬生さんが考えていた演出意図を十分に活かし切れていなかったようです。特に、蝶々さんの結婚式で合唱団と混じって芸者役の9人に歌わせるか否かについて指揮者のバレリオ・ガッリさんと衝突していましたが(バレリオ・ガッリさんはあくまでも音楽的な側面から演奏のクオリティ、歌手の歌唱力、全体の響きのバランス等を心配されているようでした。)、結局、芸者役の9人には後半の一部分のみを歌わせることにし、日本舞踊のシーンは岡村喬生さんの演出をそのまま残すことで折り合いが付いたようです。芸者は単なるお座興のための座敷芸や遊戯を行う者として軽く描かれがちですが、岡村喬生さんの演出では、幼少から精進を重ねて歌舞音曲に通じ日本の伝統芸能を承継する芸能者としての側面がきちんと描き出されていたようで好感を持ちました。なお、この番組はメイキングを採り上げるドキュメンタリー番組で、舞台そのものを鑑賞することはできず公演の感想は控えますが、(野外劇場であったことが原因しているのかもしれませんが)ややオーケストラの響きが痩せていて演奏精度もイマイチであったことを付け加えておきます。なお、蝶々さんの婚礼衣装は千地泰弘さんがデザインした友禅染だそうです。舞台映えしていました。