ぶらあび

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クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「ドビュッシー “牧神の午後の前奏曲”」

【題名】クラシックミステリー 名曲探偵アマデウスドビュッシー “牧神の午後の前奏曲”」
【放送】NHK−BSプレミアム
    平成23年12月7日(水)18時00分〜18時45分
【司会】筧利夫
    黒川芽以
    入江雅人
【出演】野本由紀夫(玉川大学芸術学部メディア・アーツ学科准教授)
    神田寛明(NHK交響楽団 首席フルート奏者)
    藤井一興東邦音楽大学教授)
    鹿島茂フランス文学者)
【楽団】NHK交響楽団
    <指揮>エマニュエル・ヴィヨーム
【感想】
今日も以前から撮り溜めていたNHK−BSプレミアム「クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス」を観ることにしました。専門教育を受けていない者にも分かり易くアナリーゼ(楽曲分析)を採り上げる番組は珍しく、クラシック音楽の愉しみ方を知るうえで有益だと思いますので、暫くこの番組に関する記事を投稿していきます。写真の絵画はブグロー作「ニンフと牧神」(1873年)です。

ドビュッシーは、1894年にフランス象徴派の詩人ステファヌ・マラルメの詩「牧神の午後」に触発されて「牧神の午後の前奏曲」を作曲しました。牧神とはギリシャ神話の家畜の神(上半身は人間、下半身は山羊)のことですが、気怠い夏の日の午後に牧神とニンフが繰り広げる幻想的な世界を音楽で表現した曲です。

【楽譜】
http://imslp.info/files/imglnks/usimg/a/a5/IMSLP75288-SIBLEY1802.12167.dae4-M3.3_D28.pdf

◆冒頭2小節に込められた匠の技
この曲では冒頭2小節でフルートが提示する主題が重要な意味を持ちます。冒頭で“ド#”の音から始まって“ソ”の音まで下降しますが、この鍵盤7つの幅のことを「悪魔の音程」(diabolus in musica)と言い、中世の時代から歌い難く注意すべき音程と言われています。鍵盤6つの幅や鍵盤8つの幅は安定した和音を奏でますが、鍵盤7つの幅はどっち付かずの調性感で聴く者に曖昧な印象を与え、この曲の曲想を強烈に印象付けています。また、冒頭を曖昧な印象とするために半音階が多用されており、オクターブに含まれるすべての音を使うことでどれが中心の音か分からない曖昧模糊とした雰囲気を漂わせ、聴く者にこれから何が起こるのかと耳を欹てる効果を与えています。さらに、このような曖昧とした曲想を作るために楽器の特質も活かされています。フルートは管の穴(トーンホール)をすべて閉じると管の長さが最も長くなって音程が安定し易くりますが、管の穴をすべて開けると管の長さが最も短くなって音程が不安定になり易くなるという特質を持っており、冒頭に管の長さが最も短くなる“ド#”を使うことで非常に不安定な音響効果を上げています。また、フルートの管に開いている穴は13〜15mmですが、一番手前にある“ド#”の穴だけは7mmと他の穴に比べて小さく、音が抜けずに鼻が詰まったような曇った音になるため音像がぼやけて曖昧な印象を与えます。正しく、革新的な作曲技法に加え、フルートの特性を知り尽くし、計算して作られた幻想的な調べと言えます。

◆移ろう和声と音楽の文脈
この曲では主題が6回繰り返されますが、伴奏の和声(主題2回目:ニ長調→主題3回目:ホ長調→主題4回目:イ長調→主題6回目:嬰ハ長調)を変えながら変幻自在に曲想が移ろい、聴衆を次から次へと別の世界へ運んで行きます。僕が敬愛する野本由紀夫さんは、能面が角度を変えて観ると表情が変わるのと同じように、ドビュッシーは和声を変えることで五感に訴える色彩的な効果を生み出し、能面と似たような効果を音楽に作り出したと仰っていましたが、正しくご慧眼です。和声的な色彩感を効果的に使って、第11小節(主題2回目)は宛ら植物が歌っているかのような人間の心を慰めて解きほぐしてくれる曲想を想起させ、第26小節(主題4回目)は色彩が揺れ、和声が揺れ、リズムが揺れ、旋律と共に人間の情感も揺れ、官能的な気分を醸し出す曲想を想起させています。さらに、第55小節は曲想が一変し、これまで曖昧であった調性感がはっきりとして、ハーモニー(旋律:変二長調、伴奏:変二長調の主和音)が現実感を帯び、リズムや拍子もくっきりと浮き立ち、生命感豊かな音楽が展開されますが、これは牧神とニンフが最接近して胸を高鳴らしていることを表現しています。マラルメの詩「牧神の午後」の冒頭は“この水の精たち、おれは彼女たちを永遠のものにしたい”という書き出しで始まりますが、牧神は世の中の最も美しいものを求めたいと思い、夢現の中、笛の音でニンフを呼び寄せようとしますが、目が醒めてから自分はニンフを手に入れることができたのだろうかと永遠の問い掛けを続けます。この牧神の“存在しないものを永遠化したい”という欲求は詩を模索する詩人にとっての詩や音楽を模索する音楽家にとっての音楽と同じで、求めても求めても手に入らない“美”を永遠に追い求めるという芸術の本質、ドビュッシー自身の魂の調べを表現したものです。筧利夫さんが “夢は得るものではなく追い続けるものだ”という趣旨の台詞を仰っていましたが、芸術家が負う宿命は人間の生き方にも相通じるものがあるのかもしれません。

You Tubeにはあまり良い音源がアップされていませんでしたが、上記の内容を踏まえてイメージを膨らませながら音楽を聴いてみて下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=qd-1KLQ8T5k&feature

▼主題1回目(00:00〜)
フルートの独奏による主題の調べ
まどろみの世界へ誘う

▼主題2回目(01:01〜)
弦楽器、ホルン、クラリネットニ長調の和声が奏でられる
色づいた草木たちが、あたかも歌っているかのように

▼主題3回目(02:04〜)
ハープの伴奏が加わりホ長調の和声が奏でられる
どこか懐かしさを呼び起こす調べ

▼主題4回目(02:43〜)
イ長調の和声で奏でられる
色彩が揺れ、和声が揺れ、人間の気持ちも揺れ動く

▼第55小説(03:20〜)
調整がはっきりとして生命感豊かに展開されていく
「牧神の愛がニンフに注がれるかもしれない」というエロスに満ちた部分
旋律が弦楽器に移り、あでやかなニンフの姿を描き出す

▼主題5回目(07:05〜)
かすかに鳴るアンティーク・シンバルとフルートの官能的な響きが夢心地な世界に誘う

▼主題6回目(09:08〜)
和声が嬰ハ長調で奏でられる
神秘的な響きが夢幻の余韻を残しながら、けだるく、こだまする

http://www.youtube.com/watch?v=m7b1FkZYarU&feature(バレエ版、ニジンスキー振付)