大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用などは固くお断りします。※※

クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「シューベルト“さすらい人幻想曲”」

【題名】クラシックミステリー 名曲探偵アマデウスシューベルトさすらい人幻想曲”」
【放送】NHK−BSプレミアム
    平成23年12月22日(木)00時00分〜00時45分
【司会】筧利夫
    黒川芽以
    麻丘めぐみ
【出演】平野昭
【演奏】<PF>小山実稚恵
【感想】
年末にNHK−BSプレミアム「クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス」を撮り溜めていたので、次々にブログにアップして行きます。

シューベルトが25歳の時(1822年)に作曲した「さすらい人幻想曲」が採り上げられました。躍動感に満ちた第一楽章、深い悲しみに彩られた第二楽章…夢と孤独の中で音楽を作り続けたシューベルトの心情を吐露するような曲想が展開されて行きます。この曲はピアニストに高度の技巧を求める難曲で、シューベルト自身も「こんな曲は悪魔にでも弾かせてしまえ」と演奏を投げ出したほどです。

先ず、第1楽章冒頭の力強い和音の連打は“さすらい”を表す音型(譜例)で、音の強弱や音の高低(メロディアスに変化)などその表情や性格を変えながら全楽章に亘って繰り返され、主人公の人生、旅が変化して行く様子を表現しています。

【譜例】
 ♩  ♪  ♪  (ダクチュル)
ダン ダ ダ

【譜面】
http://imslp.org/wiki/Special:ImagefromIndex/00886

例えば、第83小節は激しくさまよっている様子を表し、第105小節は遠隔転調を使って一気に曲の調子を変えることでさすらい人の旅での発見、期待、驚きを表現しています。ここでは♯イ短調から(ハ長調ハ短調を経て段階を追って転調させて行くという当時の音楽理論の常識を破り、一気に)♭変ホ長調へ遠隔転調され、突然、光が差し込んだような音楽的効果を齎しています。

第2楽章は、歌曲「さすらい人」(19歳)の旋律が使われていますが、当時、父のフランツ・テオドール・シューベルトとの確執(音楽家ではなく教職の道に進むことを望んでいた)があり、ささやくようなピアノのパッセージの中にシューベルトの心情が現れています。

− シュミット・フォン・リューベリック作詞
“ひっそりと私はさすらう
 喜び少なく
 かわされる言葉は
 むなしい響きにすぎない
 私はどこへ行ってもよそ者だ”

− 自叙伝のスケッチより
“命令に従わなかった為
 父は怒って消え失せろと言った
 そこで僕は自分の道を歩み出し
 別れるものへの愛で胸を一杯にしながら
 遠くへさすらい出た”

第3楽章は、軽快な曲調に変わります。当時のピアノソナタは各楽章が独立していた為、各楽章の最後に終始線を入れるのが通例でしたが、シューベルトは曲の途中であることを示す複縦線を入れたので、ピアニストは緊張感を保って各楽章を弾くことになりました。自らの心の内に湧き上がる思いを1つながりのドラマとして表現するという革新的な音楽表現を試みましたが、これが音楽で人間の心情を表現しようとするロマン派のリストやシューマンの音楽へつながっていきます。

“音楽とは常に
 ありのままの
 私の心である”

第4楽章は、第一楽章冒頭の力強さ、華やかさ激しさを増しながらクライマックスを目指して音楽が進行します。このクライマックスにあたるのが譜面27ページの5段目にあるフォルテッシッティモ(fff)の和音で、さすらい人(他ならぬシューベルト)が旅の末に辿り着いた本当の自分、終結点を表しています。この和音は、第一楽章冒頭の和音“ドミソ”(ff)と同じですが、ここでは更に力強さを増し、悲しみと葛藤の果てに新たな音楽を生み出したシューベルトの確信を表しています。

では上記の解説を踏まえて演奏をお聴き下さい。

第1楽章
http://www.youtube.com/watch?v=lpAA-j_46Lg&feature
第1楽章の力強いリズムは
さすらいの旅に驚きをもたらす遠隔転調へ向かう

遠隔転調(03:15)

ダクチュルのリズム(04:02〜)
ダクチュルのリズムが音程や強弱を様々に変えながら
さすらいを表す旋律をドラマチックに紡いで行く
ダクチュルのリズムは少しずつ重い足取りとなり
つづく第2楽章へと進む

第2楽章
http://www.youtube.com/watch?v=V-W2w-8PPtM&feature
歌曲「さすらい人」に由来するこの悲しげな旋律は
父と決別し、音楽家の道を歩み出したシューベルトの原点とも言えるメロディー

ささやくようだったピアニッシモ(pp)のメロディー(4:54〜)が
次第に激情的なフォルテッシモの旋律へ

シューベルトの複縦線の指示により演奏は途切れることなく
ひとつながりに第三楽章へ

第3楽章
http://www.youtube.com/watch?v=fhpa9EhxKkE&feature
再びメロディーが一転し、
リズムもそれまでの4拍子から軽快な3拍子へと変わる

メロディーは半音ずつ上昇し(3:46〜)
ピアニストの技巧的な演奏へ

第4楽章
http://www.youtube.com/watch?v=FJI1E8HD2EA&feature
全楽章を通して奏でられる
ダクチュルのリズム

旋律はたたみかけるように
その力強さを増しながら
シューベルトの思いが込められた
フォルテッシッシモ(fff)の和音(3:18)へ

http://www.youtube.com/watch?v=2F0HcdT06gw(リスト編曲版)