大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「シューベルト ピアノ五重奏曲“ます”」

【題名】クラシックミステリー 名曲探偵アマデウスシューベルト ピアノ五重奏曲“ます”」
【放送】NHK−BSプレミアム
    平成24年2月9日(木)00時00分〜00時45分
【司会】筧利夫
    黒川芽以
    三上市朗
【出演】平野昭(静岡文化芸術大学教授)
    小山実稚恵(ピアニスト)
    NHK交響楽団(Vn堀正文、Va佐々木亮、Vc藤森亮一、Cb吉田秀)
    山崎法子(ソプラノ)
    梅本実(ピアニスト)
【感想】
今日も撮り溜めていた名曲探偵アマデウスを視聴することにしました。この番組は音楽の専門教育を受けていない素人にも分かり易く楽譜の読み方をナビゲートするもので、楽譜の解釈の方法や楽譜を読み込む面白さを伝えてくれるちょっとした教養番組です。全89回で終わってしまう番組ですが、この続編を企画して貰えると嬉しいです。


クリムト『ピアノを弾くシューベルト』(1899年)

シューベルトピアノ五重奏曲「ます」は彼が22歳の時の作品で、一般的なクァルテット+ピアノという編成ではなく、弦楽4部(2ndVnを除き、Cbを加える)+ピアノという特殊な編成を採り、第四楽章に歌曲「ます」の有名な旋律が使われていることから「ます」という標題が付されています。

  • 第一楽章 豊かな旋律に溢れ、軽快なリズムで演奏
  • 第二楽章 美しく幻想的なメロディーが印象深い
  • 第三楽章 活気に満ちている
  • 第四楽章 歌曲「ます」の旋律が使われているこの曲のハイライト
  • 第五楽章 生き生きとしたフィナーレ

【楽譜】
http://imslp.org/wiki/Special:ImagefromIndex/02333

◆特殊な編成の効用
第一楽章冒頭からコントラバスが低音を通奏していますが、コントラバスが演奏の土台を支えています。通常は、チェロとピアノが演奏の土台を支える役割を担いますが、コントラバスで強力に演奏の土台を支えることでチェロとピアノを解放し、チェロはメロディーや内声部、ピアノは左手も高い声部を弾けるようになり、チェロとピアノの自由度が増して生き生きとしたアンサンブルが可能になります。なお、この背景には、1819年にシューヴェルティアン(シューベルトの仲間たち)の1人であった歌手フォーグルと北オーストリアへ旅した際に、アマチュアチェリストのバウム・ガルトナーと知り合い、彼の依頼でこの曲を作曲したことから、彼の演奏の見せ場を作る為に、コントラバスを加えてチェロを音楽的に開放する必要があったことも理由の1つに挙げられています。

◆歌曲「ます」の編曲と狙い
ご存知のとおりシューベルトは生涯で600曲以上の歌曲を作曲し、「歌曲王」の異名があり、この曲の第四楽章に歌曲「ます」の主題を採り入れています。19世紀前半のウィーンは産業革命によってプチブル中産階級)が誕生し、そのステータス・シンボルとしてピアノを購入し、自宅で演奏することが流行しました。このような背景があったことから、この曲の第四楽章では歌曲「ます」にも増して主題の親しみ易さが増すような工夫が施されています。

  • 簡易さ

第四楽章の冒頭2小節(楽譜52ページ1段目)はニ長調の主和音の3つの音しか使われておらず(ラ|レレ#ファ#ファ|レラ)、しかも全体が1オクターブ以内に収まっており、シンプルな音使いと歌い易い音域で書かれています。

  • 明るさ

歌曲「ます」は変二長調(暖かい感じの調性感)で書かれていますが、この曲はニ長調(輝かしく、生き生きとした調性感)で書かれています。これはヴァイオリンが最も良く響く調性で、ニ長調の主音“レ”をヴァイオリンのG線で弾くと隣のD線も共振して響きが豊かになる特性を活かしたものです。(因みに、二長調の主音“♭レ”を弾いてもD線は共振しません。)

  • 楽しさ

第四楽章の冒頭2小節には符点リズムが付されており、如何にも楽しげな雰囲気を出す工夫が施されています。

◆5つの変奏(楽譜52ページ〜)
先ず、ヴァイオリンが主題を奏しますが、これがピアノによる第一変奏(53ページ1段目〜)に引き継がれ、4つの弦が伴奏に回ってピアノを支えます。次に、ヴィオラによる第二変奏(54ページ3段目〜)が開始され、ヴィオラが主役に回ってヴァイオリンが多彩な装飾を奏でます。次に、チェロ、コントラバスによる第三変奏(56ページ3段目〜)に展開し チェロとコンバスが低音で主題で奏でる中、ピアノが高音部の華麗に舞うような旋律を歌います。ここで主役のチェロ、コンバスは“p”で、サポート役のピアノが“f”と指示されていますが、各々の楽器の特性を把握して全体の調和を図るために敢えて主役に“p”、サポート役に“f”が指示されています。次に、第四変奏(60ページ1段目〜)ですが、一転して短調となり、まるで魚と釣り人とのかけあいを暗示しているような激しい曲想が展開され、室内楽としての盛り上がりを見せます。最後に、チェロによる第五変奏(62ページ2段目〜)ですが、上述のバウム・ガルトナーに華を持たせる意味合いもあり、チェロ特有の豊かな響きで浪々と歌い上げて締め括られます。このように変奏によって主題を奏でる楽器を変え、楽器の持ち味を引き出すような作曲上の工夫が凝らされています。

You Tube】(ピアノ五重奏曲「ます」より第四楽章)
http://www.youtube.com/watch?v=ziZYzZgwV9I&feature

ピアノが主題を奏でる第一変奏(01:09)
ヴィオラによる第二変奏(02:08)
チェロとコントラバスによる第三変奏(03:12)
ピアノが高音部で華やかに舞う
ニ短調に転調する第四変奏(04:06)
第五変奏ではチェロが主役(05:09)
この曲の依頼者であるチェロ奏者に活躍の場を用意したと言われている
最後に主題が再現される(06:40)
ここで初めて歌曲のピアノ伴奏のパターンが登場する