ぶらあび

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クラシカル・プレイヤーズ東京 プレトーク ショパンのピアノ協奏曲 その伝承と演奏法

【講題】クラシカル・プレイヤーズ東京 プレトーク
    ショパンのピアノ協奏曲 その伝承と演奏法
【講演】有田正広仲道郁代
【会場】東京芸術劇場 大会議室 
【開演】14時〜
【料金】1500円
【感想】
少し昔の公演になりますが、プロフィールで書いたとおり昔のブログ記事を消されてしまいましたので、(有意義だった公演は備忘録として残しておきたく)その記事の再掲となります。有田正広さんが率いるクラシカル・プレイヤーズ東京(日本初のオリジナル楽器オーケストラ)がプレイエルピリオド楽器)を使ってショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏(プレイエルを使ったオーケストラ版の演奏は世界初)しましたが、その第2弾としてショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏するのに先立ちプレトークが開催されるというので聴きに行くことにしました。それにしても仲道さんは僕よりも年上なのですが、いつまでも変らないその瑞々しい若さと美しさに見惚れてしまいます。

さて、非常にセンセーショナルとも言える興味深い話が聴けましたので、どこまで書いてしまって良いのか分かりませんが、簡単な概要を書き残しておきたいと思います。

先ず、ショパンのピアノ協奏曲の作曲、初演、出版の経過について簡単にお浚いされました。ショパンは1829年10月〜1930年2月に第2番を、1830年3月〜同年8月に第1番を作曲し、ワルシャワ国立劇場で1830年3月に第2番を、同年10月に第1番を初演しています。その後、1833年に第1番を、1836年に第2番を出版していますが、初演から出版までの間に数年(第2番は実に6年)のブランクがあり、その間に楽譜の改訂が重ねられた可能性が高く(1831年、ショパンがエルスネルに宛てた手紙には高名なピアニストであるカルクブレンナーのアドバイスによりピアノ協奏曲第1番を大幅に短縮したと書かれていますので、この大幅に短縮したヴァージョンで初版譜が出版された可能性があるなど)、初演時にどのような楽譜に基づいて演奏が行われたのかは不明です。

次に、ショパンが書いた書簡をレファーしながら、ティトス(♂)やコンスタンツィア(♀)との関係に関する話題に及びました。客席には「月刊ショパン」への寄稿でお馴染みの平岩理恵さんの姿があり、現在、ショパンポーランド語で書いた書簡の日本語訳の作業を進めており、近くその訳本を出版されるそうです。その訳本に係る内容が含まれているのでここでは詳しく書きませんが、一般にピアノ協奏曲第2番第二楽章はショパンがコンスタンツィアのことを想って書いたと考えられていますが、どうやらこれはショパンポーランド語で書いた書簡が誤訳されたことによる誤解である可能性が高く、ショパンはコンスタンティアのことを想って同楽章を書いたのではない可能性があることが分かったそうです。これ以上詳しいことは近く出版される上記の訳本をご参照戴きたいのですが、これが真実であるとすれば同楽章の捉え方はこれまでと大きく変わることになります。

次に、ショパンのピアノ協奏曲のオーケストレーションは誰が書いたのかという話題に及びました。ピアノ協奏曲のオーケストレーションショパンではなく第三者が書いたというのはいわば常識になっていますが、その根拠の1つとなっているショパンの「半・自筆譜」の筆跡などを丹念に観察し、以下の理由を挙げられ、ピアノ協奏曲のオーケストレーションは第三者ではなくショパンが書いた可能性もあることを示唆されていました。(但し、個人的にはこれらの根拠はショパンオーケストレーションも書いたことを積極的に証明する根拠にまではなり得ていないのではないかという気もします..。)

  • ピアノ・パートが書かれた後にオーケストラ・パートが書き加えられたとは限らず逆にオーケストラ・パート譜が先に書かれたと思われる痕跡があること
  • 楽譜の随所に実際に演奏した経験を踏まえて書いたと思われる細かい配慮が見られることからこの「半・自筆譜」は浄書である(即ち、オーケストラ・パートも含めてこの「半・自筆譜」の基になったオリジナル譜が存在していた可能性がある)と考えられること
  • ベルリオーズショパンオーケストレーションに関する酷評(「ショパンの作品においては、全ての興味はピアノ独奏部に集中している点である。彼の協奏曲のオーケストラパートは単になおざりの、ほとんど不必要な伴奏部にすぎない」など)をしたことがオーケストレーションショパンではなく第三者が書いたという俗説に繋がったとも考えられること

次に、ショパンのピアノ協奏曲の演奏法に関する話題に及びましたが、さすがは博識の有田さんだけあって正しく「目鱗」でした。有田さんは自筆譜(オーケストラ・パート)に記載されている「Tutti」「Solo」の指定に着目され、この指定はショパンだけではなくその前時代のモーツァルトベートーヴェンなどの自筆譜にも見られることを譜例を示して紹介されたうえで、この指定がピリオド楽器による演奏には非常に重要な意味を持つという興味深いご見解を示されました。この指定は原典譜には印刷されていませんが、これは後世の学者が必要ないだろうということで原典譜に載せなくなったことによるものだそうです。この点、スタインウェイなどのモダン楽器であればフルオーケストラに伍して負けない音量を出せるので何の不都合もありませんでしたが、プレイエルなどのピリオド楽器になるとフルオーケストラに伍するだけの音量は出せないのでピアノの音がフルオーケストラの音に掻き消されてしまうという切実な問題が頭を擡げてくるそうです(実は3月7日に行われた演奏会でも同様の問題があり苦心されたとか..)。そこで、上述の「Tutti」「Solo」の指定が重要な意味を持ってきますが、自筆譜(オーケストラ・パート)で「Soro」の指定があるピースはパート全員(Tutti)で演奏するのではなく各パートの首席奏者(Solo)だけが演奏することを指定するもので、これによりプレイエルなどのピリオド楽器でも無理なく演奏が可能になるそうです。これまでショパンのピアノ協奏曲の正統的な演奏と信じて聴いてきたものが実はショパンが本来想定していた演奏法とは異なるものであったということになります。(後日、自筆譜の指定に従ってオーケストラ・パートを「Tutti」と「Solo」で弾き分けた生演奏を聴きましたが、上述の説の合理性を実証するものとしてショパンのピアノ協奏曲の実像に迫る非常に意義深い公演でした。)

▼自筆譜(ファクシミリ)が見付らなかったので、取り敢えず、印刷譜で。
http://javanese.imslp.info/files/imglnks/usimg/3/37/IMSLP121206-PMLP03805-FChopin_Piano_Concerto_No.1__Op.11_BH12.pdf

次に、テンポ・ルバートについて言及がありましたが、バロック時代からテンポ・ルバートは用いられており、大バッハの息子エマニエルやモーツアルトもテンポの揺れについて言及しているそうです。但し、テンポ・ルバートはあくまでも左手はインテンポで右手だけを自由に歌わせるというスタイルの演奏法で、戦中戦後のように左手のテンポまで揺らせてしまう大味な演奏とは異なるものです。ショパンの孫弟子のフリーデマンの演奏(前者の例)とコルトーの演奏(後者の例)の聴き比べが面白かったですが、個人的には左手まで揺らされてしまうと舟酔いしているような気持ち悪さを覚えます。このほか昔は強弱記号である「<」「>」は単に音量の大小を意味するものではなく、気分の開放感や閉塞感、テンポの緩急なども意味していたそうで、ショパンの楽譜には「dim.」と「<」が一緒に用いられる例もあるそうです。

最後に、音楽の修辞法について言及がありましたが、ショパンは演劇にも精通していて演劇の「型」のようなものを作曲にあたっても意識(応用)していた可能性があるそうです。例えば、ピアノ協奏曲第1番第二楽章でピアノ(=ショパン)とファゴット(=誰?)が親密に対話し交錯するところがありますが、当時、ファゴットに重要な旋律パートを担当させる例は少なく、また、ファゴットテノール(男性)の音域の楽器であることを考えると、ファゴット(=コンスタンティア)と考えて説明することは難しく、寧ろ、ファゴット(=ティトス)と捉えて説明するのが自然ではないかという意味深なことを仰られていました。ここまで言われてしまうとショパン(♂)とティトス(♂)は親友の域を超えた「特別な関係」にあったのではないかとすら勘繰りたくなってしまいます。

ショパン ピアノ協奏曲第1番
この公演の映像がアップされていないか探してみましたが見当たりませんでしたので、同じくショパンのピアノ協奏曲第1番の室内楽版のサワリをどうぞ(この室内楽版の演奏会も大変に意義深いものでしたので、近々再掲します)。

作曲家が作曲にあたって想定していたであろう音(楽器、奏法、編成等)を知ることは、その作品の本来の魅力を感得するうえで大変に意義深いことであると思います。その意味で、当時の楽器の性能や音楽受容のあり方(高速の移動手段がなくオーケストラの演奏を聴く機会が極めて限られていた(勿論、レコードもない)時代には、音楽を楽しむためには自分達で演奏するしかりませんので、オーケストラ作品は自分達で演奏できるピアノ版や室内楽版等の編曲版が普及していました。)等を踏まえた演奏会は、それまで感じることができなかった作品の真の魅力(素顔)に触れることができる大変に貴重な機会であり、それによって得られる感動は一入のものがあるというのが僕の数少ない経験からも言えます。今後も、このような意義深い取組みに注目し、大いに期待したいと思っています。