大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「モーツァルト “交響曲第41番ジュピター”」

【題名】クラシックミステリー 名曲探偵アマデウスモーツァルト “交響曲第41番ジュピター”」
【放送】NHK−BSプレミアム
    平成24年2月9日(木)00時00分〜00時45分
【司会】筧利夫
    黒川芽以
    伊嵜充則
【出演】安田和信(音楽評論家)
    千住明(作曲家)
    高関健(札幌交響楽団正指揮者)
【感想】
日中は真夏の陽射しが照り付けて厳しい残暑が続いていますが、暦の上では処暑を過ぎて暑さが峠を越えて後退し始める頃と言われています。確かに夜になると秋の虫の音が聞こえ、徐々に秋の気配が感じられるようになってきました。以下の古今和歌集の歌にもあるとおり、秋の気配は「音」から感じられるものかもしれません。

秋來ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる藤原敏行

先ず、第一楽章ですが、第一楽章で全ての楽器が主音(ド ソラシド ソラシド)を3回打ち鳴らしますが、明晰ではっきりとしたシンプルで力強い音型です。しかし、その後、2小節づつ異なった様々なキャラクターの主題や音型(力強い音型→軽やかな音型)が並列して登場し、これらのキャラクターを対比させることで各々のキャラクターを際立たせる効果を生んでいます。第9小節からは晴れやかなキャラクターが登場し、堂々と王侯貴族が行進しているようなイメージを与えますが、ベートーヴェンのようにあるモチーフが発展し、展開して行くような音楽とは異なり、閃きに満ちた天才肌の音楽(「天才のひらめきが作り上げた崇高無比な芸術」モーツアルト伝より)と言えるかもしれません。続く第二楽章では第19小節から転調(ハ長調ハ短調)されて、この旋律に陰影を生んでこの旋律の美しさを際立たせる効果を生んでいます。それまでのモーツァルトの自筆譜を観ると殆ど書き直したところがなくインスピレーションのままに一気に書き上げたような曲が多くありましたが、しかし、交響曲第41番ではモーツァルトに珍しく書き直しの跡が目に付きます。上述のとおり、この頃になるとモーツァルトの人気に陰りが見え、作風に変化を生もうと思考錯誤していた様子が伺えます。この時期のモーツァルトの作品について「手強く極度に技巧的なので、誰にでもお勧めできる訳ではありません。あまりにもスパイスが効き過ぎている。誰の口にも耐えられないだろう。」という評論家の辛辣な批評が残されていますが、モーツァルトの斬新な作風に当時の評論家を含む観客が消化不良を起こしていたことが伺えます。次に第三楽章ですが、最初の4つの音は半音階で下がって行きますが、弱音ではじまり調整も分からないために2小節目までは何拍子の曲が分からないような仕組みになっており、3小節目にきて漸くメヌエットであることが分かるような仕組みになっています。本来、メヌエットとは三拍子の優雅でゆったりとした舞曲のことですが、この楽章は踊れないメヌエットと言われているとおり、テンポが速く(Allegretto)、シンフォニーの一部として聴いて欲しいというモーツァルトの作曲意図が伺えます。最後に、第四楽章ですが、古典派の音楽には珍しく非常に手の込んだ複雑な作風になっています。先ず、第一小節で基本となるジュピター音型(ド・レ・ファ・ミ)が登場し、この音型が様々に変形されて行きます。第9小節から第12小節ではジュピター音型を奏でる第1ヴァイオリンにフルートが奏でる音型が組み合わされた変形、第189小節ではジュピター音型が4小節から2小節半に短縮された変形、更に、第360小節ではジュピター音型と上下対称になった鏡像形の変形(鏡像形の音型が輪唱のように重なり合い、ここに本来のジュピター音型が加わることによってジュピター音型が浮き上がってくるような立体的な音響効果を生む)などが奏でられ、コーダでは第一楽章から出てくる5つのモチーフがチェロ→ヴィオラセカンド・ヴァイオリン→ファースト・ヴァイオリン→コントラバスと順番に受け継がれ、各々のセクションが別々のモチーフを同時に奏でて、それら5つのモチーフが全く濁ることなく調和して響き合うという非常に緻密で完成度の高い音楽としてクライマックスを迎えます。これぞ交響曲の醍醐味と言えましょうか。

00:00〜
ジュピター音型(第1のテーマ)で始まる
00:18〜
第5のテーマが現れる
00:33〜
ジュピター音型が姿を変え追いかけ合っていく
00:48〜
第3のテーマが現れる
01:07〜
第2のテーマが現れ、続いて第4のテーマが現れる
01:25〜
第2のテーマが輪唱のように出てくる
04:38〜
ジュピター音型が短調で神秘的な響きを生み出す
04:58〜
第5のテーマが次々と繰り返され、こだまのように響き渡る
05:15〜
短くなったジュピター音型が静かに奏でられる
05:46〜
モーツァルトはジュピター音型をアレンジし、次々と違う風景を表していった
10:53〜
鏡像形になった音型の中にジュピター音型が浮き上がる
11:05〜
5つのテーマがすべて重なりクライマックスを迎える
11:22〜
天才モールアルトが最後の交響曲で追い求めた宇宙の響き
ブリュッヘンの演奏はとても緩慢としています..)

◆おまけ
映画「アマデウス」ですっかりイメージを貶められてしまったサリエリですが、サリエリの作品がモーツァルトの作品と比べると明らかに色褪せて聴こえてしまうのも事実です。しかし、サリエリの作品がここまで徹底的に無視されてしまうのも不当な扱いのように思えて、以下にサリエリのミサ曲をご紹介しておきます。毎日食べさせられるのはウンザリですが、年に1、2度程度なら箸が進まないこともないと言った感じでしょうか…。