大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用などは固くお断りします。※※

神奈川県立金沢文庫80年 特別展「仏像のみかた」

【演題】神奈川県立金沢文庫80年 特別展「仏像のみかた」
【展示】十一面観音菩薩立像(重要文化財
    釈迦如来立像(重要文化財
    厨子入金銅製愛染明王坐像(重要文化財
    弥勒菩薩立像像内納入品(重要文化財
    図像抄(称名寺聖教のうち)(重要文化財
    別尊雑記(称名寺聖教のうち)(重要美術品)
    覚禅抄(称名寺聖教のうち)(重要美術品)
    十大弟子立像(神奈川県文化財
    僧形八幡神像(神奈川県文化財
    厨子弥勒菩薩坐像
    厨子阿弥陀三尊像
    不動明王二童子像  ほか仏像を中心に約50点展示
【会場】神奈川県立金沢文庫
【料金】400円
【感想】
9月30日は中秋の名月ですが、中国では中秋節に月餅を食べる習慣があり、それが日本に伝わって中秋の名月に月見団子をお供えする風習が生まれたと言われています。月の海が餅をつく兎のフォルムに似ていることから、小さい頃から月には兎が住んでいると教えられ、てっきり月見団子は兎と一緒に召し上がるものだと幼心に信じていましたが、どうやら月見団子と餅つき兎は直接の関係はなさそうです。なお、金沢文庫のある「金沢八景」という地名は徳川光圀が明(中国)から招いた心越禅師が釜利谷能見堂(現在の横浜市金沢区能見台森)から眺めた景色を中国の瀟湘八景に準えて七言絶句の八篇の漢詩に詠んだことに由来し、その中には中秋の名月を詠んだ詩があります。残念ながら、現在の金沢八景にその面影を見出すことは難しいですが、その昔、巨勢金岡(平安時代の絵師)はあまりの絶景に筆を捨てたという逸話が残されているほどの景勝地だったようで、歌川広重の名所絵「金沢八景」にその名残が伺えます。


歌川広重の浮世絵「金沢八景」より「瀬戸秋月」

よるなみの 瀬戸の秋月 小夜ふけて 千里のおきに すめる月かげ(京極無生居士)

さて、少し昔になりますが、神奈川県立金沢文庫80年特別展「仏像のみかた」を観に行ったので、その感想を簡単に残しておきたいと思います。この特別展の展示物は殆どが鎌倉時代に作られた重要文化財クラスの逸品ばかりです。とりわけ十大弟子立像の個性的で生々しい表情が印象的で、鎌倉彫刻のリアリズムと精緻な技巧が見事に結実した傑作に感嘆しました。鎌倉文化の水準の高さを真の当たりにさせられる思いでしたが、こういう傑作を見せられてしまうと日本の文化水準は遥かに退化してしまったのではないかという諦観の念に打ちのめされます。現代の日本は物質と情報が氾濫し多種多様な「風俗」は蔓延っていますが、その中から時代の風雪に耐え得る内実を伴った「文化」と呼べるようなものは一向に生れて来る気配がありません。恐ろしく便利で、恐ろしく多様な時代に生きていますが、恐ろしく空虚で、恐ろしく詰らない時代に生まれてしまったのではないかと感じること頻りです。1000個の駄作に触れるより1個の傑作(本物)に触れる喜びを大切にしたいものですが..。

このほかにも、宋の仏像彫刻の影響が見られる称名寺本尊、弥勒菩薩立像(複製)の神々しく気品のある立姿、頭部に人間の迷いを救う十一の顔を持つ十一面観音立像や清涼寺式で名高い釈迦如来立像の柔和で慈悲深い包容力のある立姿、不動明王二童子象の清涼とした躍動感など目を見張るしかないような傑作の数々に時が経つのも忘れてしまうほどでした。白洲正子さんも仰っていますが、本来、仏像は薄暗い御堂の中で厨子に納められている姿を恭しく拝むから有難いのであって、それを明るく煌々と照らされたショーウンドーの中に収められ頭上から爪先まで全身を白日の下に曝け出した姿を拝んでも有難みが半減してしまうというものです。しかし、それでもなお、仏像に(美術品を鑑賞しているときの感慨とは異なった)心捉える不思議な魅力を感じるのは、それを信仰心とは言わないまでも日本人のDNAの中に深く刻まれている精神の拠り所のようなもの(アニミズム的な感性)を敏感に感じるのかもしれません。なお、この特別展では信仰(思想)と仏像(造形)の関係についてボランティアの方による詳しい解説を聴くことができました。仏像に施された細部の装飾を丹念に観察して行くとその時代の色々なことが見えてきますが、そのような深い鑑賞は相当な教養がないと無理なので、僕のような浅学無教養の人間は専門家の方の意見を拝聴するほかありません。最近は仏像ブームで市販の雑誌等でも手頃な仏像鑑賞マニュアルのようなものが特集されていたりするので、少し自学自習してみるだけで仏像の魅力(鑑賞の方法や着眼点)が理解できると思います。


歌川広重の浮世絵「金沢八景」より「称名晩鐘」

◆おまけ
生真面目なパパ・ハイドンが月をテーマにしたナメ切ったオペラを作曲しています。ハイドンの歌劇「月の世界」から第1幕前半と第3幕だけアップしておきましょう。なお、第1幕後半と第2幕もYou Tubeにアップされていますので、ご興味のある方は検索してみて下さい。

ドビュッシー「月の光」(ストコフスキー編曲オーケストラ版)

ドビュッシー「月の光」(ヴァイオリンソナタ版)誰の編曲か分かりませんが、オイストラフの演奏が秀逸。