大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

ヤナーチェク ピアノのための作品全集/エルガー 交響曲第3番(ペイン補筆完成版)/ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番

≪ブログのまくら≫
最近、すっかりCDショップに足を運ばなくなりましたが、音楽のデジタルコンテンツの普及によって(デジタルの粗悪な音源に耳が馴れて来たこともありますが)音楽ライフに占めるCDのプレゼンスが年々低下しているように実感します。CDの売上は1998年を境に年々縮小し、現在では枚数ベースで全盛期の2/3程度(売上ベースで1/2程度)の規模になり、この傾向は今後も続くのではないかと思われます。そういえば、明後日10月1日から改正著作権法が施行され、違法ダウンロードが刑事罰の対象となり、また、DVDリッピングが違法(刑事罰はありませんが、損害賠償の対象となる可能性)となります。音楽コンテンツの違法ダウンロードは正規音楽配信の推定10倍にのぼると言われ、インターネットにおける「万引」に相当するために罰則化するそうですが、これに先立って、各レコード会社は消費者の利便性を向上するという名目で音楽コンテンツのデジタル著作権保護(DRM)を廃止してユーザー離れを食い止める対策を講じています。個人的には、市場の縮小を招き兼ねない音楽コンテンツの流通を阻害する制度を作るよりも、どのような利用形態でも著作権者へお金が流れるような課金の仕組みを作る方が先決課題であり有効であるように思います。寧ろ、CDショップに足を運ばなくなったのは、音楽受容の在り方(媒体を含む)が多様化してきたことに加えて、CDショップへ足を運んでも購買意欲をそそる企画提案型の魅力ある商品が減少し、専らバナナの叩売りよろしく「安さ」のみを全面に打ち出して顧客の下半身をくすぐるような禁じ手を多用してしまったことによりCDショップ(CD)の存在意義が稀薄化していったことに真因があるような気もしています。寧ろ、音楽コンテンツの方に企画提案型の魅力ある商品が多いのが現状ではないかとも思われ、このままCDショップが独自の存在意義を見出せなければ、早晩、音楽メディアとしてのCDは廃れて行く運命にあるのかもしれません。そこで、企画提案型の魅力ある商品として印象深かったCD2枚と、音楽コンテンツではなくCDで聴いてみたいと思わせる演奏が納められたCD1枚をご紹介し、非力ながら多少なりともCDの販売増に寄与したいと思います。

【楽曲】奇想曲「疑念」〜ピアノの左手と六つの楽器のための
    小協奏曲 〜ピアノと六つの楽器のための
    主題と変奏(ズデンカ変奏曲)
    霧の中で(※1)
    追憶(※1)
    草陰の小径にて 第1集
    草陰の小径にて 第2集
    ソナタ「1905年10月1日、通りにて」   
    霧の中で(※2)
    追憶(※2)
    (※1)ヤナーチェク所蔵のエーアバー1876年製楽器による演奏
    (※2)モダン楽器による演奏
【演奏】<Pf>ヤン・イラスキー
    <Fl>イジー・シェフチーク
    <Tp>イジー・ホウデク、マレク・ヴァヨ
    <Tr>スタニスラフ・ペンク、ペトル・フリート、パヴェル・チェルマーク
    <Tu>イジー・ナウシュ
    <Com>ルボミール・マートル(指揮)
    <Vn>パヴェル・ヴァリンゲル、ヤン・ヴァシュタ
    <Va>ミロスラフ・コヴァージ
    <Cl>ヴィート・スピルカ
    <Fg>ロマン・ノヴォザームスキー
    <Hr>インドジフ・ペトラーシュ
【録音】2004年4〜5月
【音盤】Arco Diva
【値段】4,515円
【感想】
ヤナーチェクはオペラ作曲家として知られていますが、室内楽作品にもオペラ作品に負けず劣らない傑作を残しています。僕がヤナーチェク室内楽作品に興味を持ったのは、中高生くらいの頃に観た映画「存在の耐えられない軽さ」(1969年に勃発したチェコ動乱”プラハの春”を舞台にしたミランクンデラの恋愛小説をフィリップ・カウフマン監督が1988年に映画化したもの)でヤナーチェク室内楽作品が全編に亘って印象的に使われており、その独創的な音楽語法にすっかり魅了されたことに始まります。(ヤナーチェクの音楽の魅力については「音楽のつつましい願い」(筑摩書房中沢新一著)に適確に指摘されていますのでご興味のある方はどうぞ。)


http://store.shopping.yahoo.co.jp/yamano/4108011216.html

以前から、ヤン・イラスキーによるヤナーチェクのピアノのための作品全集がリリースされていたことは知っていましたが、イラスキーに関する情報が殆どなく、また、ヤナーチェクのピアノ作品はルドルフ・フィルクスニーの名盤を持っていてある程度満足していたので購入を躊躇っていました。が、何時ぞやのレコ芸で特選盤に選ばれたことから満を持して購入してみたところ、これが大正解でした。「霧の中で」と「追憶」はヤナーチェクが使用していたピリオド楽器とモダン楽器による弾き比べが収められていて大変に興味深く、また、イラスキーの詩情を讃えた好演も出色です。ちょっと値段は高いですし、現在入手可能なのか分かりませんが、お勧めしておきましょう。

【指揮】リチャード・ヒコックス
【楽団】BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
【楽曲】エルガー 交響曲第3番Op.88(ペイン補筆完成版)
         行進曲「威風堂々」第6番(ペイン補筆完成版)
         過ぎ去りしあまた誠の王女たち(ペイン編曲/管弦楽版)
【録音】2007年7月/スワンスィー・ブラングウィンホール
【音盤】CHANDOS
【値段】3,487円
【感想】
ヒコックスさんがエルガー生誕150周年を記念して進めてきた交響曲の録音ですが、ペインさんが補筆完成した交響曲第3番と威風堂々第6番がカップリングされている夢の音盤です。既に交響曲第3番は何種類かの音盤が存在していますが、威風堂々第6番は正真正銘の世界初録音です。未完成の曲の補筆完成版で成功している例を余り知りませんが、この音盤はペインさんの補筆と良い、ヒコックさんの演奏と良い、エルガーのエッセンス(魅力)に溢れています。


http://ml.naxos.jp/work/187153

日本では冷遇され続けているエルガーで、生誕150周年でも殆ど無視に近い悲しむべき状況であったと仄かな憤りと共に記憶していますが(確か関東圏ですらエルガーにスポットライトを当てた意義のある演奏会と思しきものは、大友さん@東響が威風堂々第6番を日本初演した演奏会と国立音大の学生の自主企画による演奏会の僅か2つだけだったように思います。)、その記念年に唯一、エルガーの音盤(但し、殆どが輸入版)が数多くリリースされたことだけが救いで、それだけにこの音盤のリリースはエルガーの音楽を愛する者にとって最高の贈り物となったと印象深く記憶に刻まれています。

【楽曲】ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番ニ短調
               <Pf>マルタ・アルゲリッチ
               <Tp> セルゲイ・ナカリャコフ
               <Com>アレクサンドル・ヴェルデルニコフ
               <Orc>スイス・イタリア語放送管弦楽団
              コンチェルティーノイ短調
               <Pf>マルタ・アルゲリッチ
               <Pf>リーリャ・ジルベルシテイン
              ピアノ五重奏曲ト短調
               <Pf>マルタ・アルゲリッチ
               <Vn>ルノー・カプソン
               <Vn>アリッサ・マルグリス
               <Va>リダ・チェン
               <Vc>ミッシャ・マイスキー
【録音】2006年/ルガノ・フェスティヴァル/ライヴ録音
【音盤】EMIミュージックジャパン
【値段】2,800円
【感想】
このCDをレコード店で初めて見掛けたときは尋常な演奏ではなかろうと覚悟を決めて視聴に臨みましたが、その想像を遥かに上回るスケールにぶっ飛んだことを思い出します。とにかくアルゲリッチの鬼神の演奏振りは形容すべき言葉が見当たりません。その強靭なタッチで疾風のように鍵盤を駆け巡りまがらピアノから千変万化する響きを叩き出し、これに触発されるようにナカリャコフとオーケストラが丁々発止で応えて、まるで「狂気的」と形容したくなるような破天荒な演奏で押し捲っています。映画「海の上のピアニスト」ではありませんが、ピアノの弦にタバコを翳すと火がついてしまいそうな勢いが感じられます。しかし、これだけ挑発的に音楽をドライブしているというのに演奏が破綻を来たさないのには驚嘆します。既にアルゲリッチはユニバーサルからショスタコのピアコン1番の音盤をリリースしており演奏全体のバランスや完成度という点ではユニバーサル盤に軍配を挙げますが、EMI盤はそういったものを超越した何か神懸り的なものを感じさせる得難い演奏と言えます。当分、これを越える演奏は出て来そうにはありません。カップリングされているコンチェルティーノは聴き応えのある面白い演奏、ピアノ五重奏曲はマズマズの出来栄えと言ったところでしょうか。なお、ユニバーサル盤ではハイドンのピアコンがカップリングされていますが、僕はこの演奏を聴くまではハイドンのピアコンはパッとしない曲だなという程度の印象しか持っていませんでしたが、この演奏を聴いて初めてこの曲の真価に触れたような感銘を受けたことを思い出します。演奏家の重要な使命の1つが作品の魅力を伝えることにあるとすれば、僕はアルゲリッチの演奏によって開眼された作品が少なくありません。ジャケットの写真を見ると若い頃の面影はなくなり、まるでジプシー女を彷彿とさせるようなオドロオドロしい風体に変り果ててしまいましたが、それでも発情してしまう自分が恐ろしいです。


http://www.yamano-music.co.jp/userProdDetail.do?itemCode=4107100949

◆おまけ
上記の作曲家の他の楽曲をご紹介しておきましょう。