大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

映画「めぐり逢う朝」(原題:Tousles Matinsdu Monde)

【題名】映画「めぐり逢う朝」(原題:Tousles Matinsdu Monde)
【監督】アラン・コルノー
【脚本】パスカルキニャール
    アラン・コルノー
【出演】<サント・コロンブ>ジャン・ピエール・マリエル
    <マラン・マレジェラール・ドパルデュー
    <マドレーヌ> アンヌ・ブロシェ
    <マラン・マレ(青年時代)>ギョーム・ドパルデュー
    <サント・コロンブ夫人>カロリーヌ・シホール
    <トイネット>カロル・リチャード        ほか
【美術】ベルナール・ヴェザ
【音楽】ジョルディ・サバール(Gamb)ほか
【公開】1993年2月11日
【感想】ネタバレ注意!
今日は17世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ(フランス語でヴィオール)奏者の名手として知られるサント・コロンブとその弟子のマラン・マレの半生を描いた映画「めぐり逢う朝」(原題:Tousles Matinsdu Monde)を観ることにしました。マレン・マレはリュリにオペラの作曲を師事してルイ14世付の宮廷楽団員になり、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の名手として名声を博し、その後、オペラ作曲家としても活躍します。因みに、ヴィオラ・ダ・ガンバの“ガンバ”とは「脚」の意味(Jリーグの「ガンバ大阪」の“ガンバ”も同じく「脚」の意味)で、チェロのようなエンド・ピンがなく脚で挟んで演奏するのを特徴とするので「脚のヴィオラ」とも呼ばれています。なお、ヴィオラ・ダ・ガンバは宣教師によって日本に持ち込まれ、織田信長安土城下のセミナリオでその演奏を耳にしたそうです。織田信長安土城で何度かクラシック音楽を聴いたという記録が残されており、豊臣秀吉大友宗麟クラシック音楽を好んだそうですから、信長や秀吉、宗麟が日本人初のクラシック音楽ファンであったとも言えそうです。

ブログの枕はバレンタインデーに因んで、芸術作品に影響を与えた食文化という切り口で何か書いてみたいと思っています。


現在、執筆中。


さて、そろそろ本題に戻りたいと思います。かなり昔に公開された映画になりますが、その感想を簡単に残しておきたいと思います。


現在、執筆中。


めぐり逢う朝  HDニューマスター版 [DVD]

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◆おまけ
マラン・マレヴィオール曲集第2巻より「ラ・フォリア」をお聴き下さい。因みに、“フォリア”とはスペインやポルトガルで生まれた3拍子の緩やかな舞曲のことです。

マラン・マレヴィオール曲集第4巻より「夢見る人」をピアノ編曲版でお聴き下さい。この時代の曲を楽器を替えて編曲するとピリオド楽器が奏でる魅力とは違った魅力が惹き出されることがあります。

マラン・マレと同時代を生きたフランスの音楽家、リュリ作曲のコメディー・バレ「町人貴族」(前半)とラモー作曲の歌劇「優雅なインドの国々」(後半)より抜粋。当時は杖のような指揮棒を床についてリズムをとりながら指揮しましたが、リュリはこの指揮棒を誤って足にさしてしまったことが原因で死亡しています。