大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

新国立劇場事件最高裁判決

法律雑誌「NBL」(964号)に新国立劇場事件最高裁判決について詳細な記事が掲載されていましたので、その概要をご紹介します。この判決は、音楽家を含む舞台芸術家の多くがフリーランス非正規雇用の労働者(芸術家に対してこの言葉を使うのは好きではありませんが、便宜上...)として極めて弱い立場にある現状を考えると、これらの方々の適正な労働条件(生活保障)を確保するという観点で重要な意義を有するものと思われます。我々に夢を与える舞台芸術家と言っても霞を食べて生きている訳ではありませんので…。

【事件の概要】
新国立劇場合唱団の選抜試験において、次期シーズンの合唱団員に不合格とされたYさん(過去4回、契約メンバーとして合唱団員に合格)が、以下の2点は不当労働行為(労働組合法で禁止する使用者の行為)にあたるとして東京都労働委員会と裁判所(東京地裁、東京高裁)へ申立。

【争点】
(1)Yさんが不合格とされたこと。
(2)上記(1)について、組合からの団体交渉に応じなかったこと。

【行政と下級審の判断】
●行政(東京都労働委員会)の判断
・上記(1)の問題:不当労働行為にあたらない。
・上記(2)の問題:不当労働行為にあたるので、組合との交渉に応じるべき。

●司法(東京地裁、東京高裁)の判断
・上記(1)の問題:不当労働行為にあたらない。
・上記(2)の問題:Yさんは労働組合法で定める「労働者」には該当しないので、不当労働行為にはあたらない。

最高裁判決】
上記(2)の問題について、行政(東京都労働委員会)と司法(東京地裁、東京高裁)の判断が分かれましたので、『Yさんが労働組合法で定める「労働者」に該当するか否か』について最高裁で争われた事件。結論から言うと、最高裁は以下の5つの要素を考慮し、『Yさんは労働組合法で定める「労働者」に該当する』と判断して東京高裁へ差し戻しました。最高裁判決は、過去の判例CBC管弦楽団事件)、行政解釈及び学説(多数説)に照らして妥当なものであり、今後、東京高裁で最高裁判決の趣旨に沿った判決(東京都労働委員会の判断と同様の判断)が下ると思われます。

1)組織への組入れ
契約メンバーは、各公演に不可欠な歌唱労働力として組織に組み入れられていた点

2)契約内容の一方的決定
契約メンバーがいかなる態様で歌唱の労務を提供するかについて一方的に決定されていた(交渉力格差がある)点

3)報酬の労務対価性
契約メンバーは、単価及び計算方法に基づいて算定された報酬の支払いを受けており、それは歌唱の労務の提供の対価とみるのが相当である点

4)業務の依頼に応ずべき関係
契約メンバーは、基本的に各公演の出演依頼に応じるべき関係があった点(各公演の出演依頼に応じるべき契約上の義務やこれに応じなかったことによる不利益な扱いがなかったとしても、実態上、この関係があれば良い。)

5)指揮監督下の労務提供・一定の時間的場所的拘束
契約メンバーは、組織の指揮監督の下において歌唱の労務を提供し、時間的にも場所的にも一定の拘束を受けていた点

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110412150301.pdf