大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

フラメンコ・フラメンコ(原題:FLAMENCO, FLAMENCO)

【演題】フラメンコ・フラメンコ(原題:FLAMENCO, FLAMENCO)
【監督】カルロス・サウラ
【脚本】カルロス・サウラ
【撮影】ヴィットリオ・ストラーロ
【美術】ラウラ・マルティネス
【音楽】イシドロ・ムニョス
【衣裳】エキーポ・アウステン・フニオール
【出演】サラ・バラス
    パコ・デ・ルシア
    マノロ・サンルーカル
    ホセ・メルセー
    ミゲル・ポヴェダ
    エストレージャ・モレンテ
    イスラエル・ガルバン
    エバ・ジェルバブエナ
    ファルキート
    ニーニャ・パストーリ
【会場】シネマ・ジャック&ベティー 11時55分
【料金】1,800円
【感想】
未だ手術の傷跡がピリピリと痛むことがありますが、連日の真夏日に耐えられずちょこっと涼みがてら久しぶりに映画館へ映画を観に行くことにしました。丁度、横浜伊勢佐木モール沿いにあるシネマ・ジャック&ベティーで食指が動く映画「フラメンコ・フラメンコ」(ミニシアター系のジャック)と映画「ピナ・バウシュ 夢の教室」(名画座系のベティー)が上映されていたので、まとめて2本観ることにしました。


http://www.jackandbetty.net/ 
シネマ・ジャック&ベティーが「東映名画座」だった時代の写真

この映画は、既に「イベリア 魂のフラメンコ」(DVD)としてリリースしていますが、やはり映画館の大スクリーンと本格的な音響設備で観ると格別の味わいです。フラメンコは約550年前に北インドから中近東を渡ってスペイン南部アンダルシア地方に移住して来たヒターノ(スペイン語でジプシーのこと)によって生み出されたカンテ(歌)、バイレ(踊り)、フラメンコギター(音楽)、フラメンコドレス(衣装)からなる総合芸術ですが、日本を含む東洋の舞踊や音楽と共通した特徴を多く持ってます。一つはコンパス(リズム)が非常に複雑で、サパデアート(靴音)がフラメンコの重要な要素となっています。これは日本の能楽(足拍子、留拍子)等にも共通し、足音(着地音を含む)を立てないバレエとは対照的な特徴です。また、フラメンコの歌い手は地声(自然の発声)が重んじられ、“こぶし”をまわして歌われますが、これも能楽等に共通し、(歌い手の個性よりも)均質化した声質から生まれるハーモニーを重んじる西洋のオペラ等とは対照的な特徴を持っています。日本には昭和4年頃にフラメンコが入ってきたといわれていますが、日本がスペインに次ぐフラメンコ人口を誇っているのはフラメンコが持つスペインの陽光を感じさせる開放感やダイナミックで情熱的な官能という異質性(憧憬)と、複雑なリズムと即興感(個別性)という相似性(親近)に日本人が親近感を覚える秘密があるのかもしれません。

イベリア 魂のフラメンコ [DVD]
http://www.flamenco-flamenco.com/index.html

さて、カルロス・サウラ監督は「タンゴ」「サロメ」「ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い」等のダンスや音楽をテーマにした作品を数多く残していますが、この映画は伝記やドキュメンタリーではなく、フラメンコによって“生命の旅と光”を描き映画全体が1つの作品になっています。従って、映画館に足を運ぶ前に監督の表現意図(構成)を知っておくと鑑賞が一段と深まると思います。パコ・デ・ルシア、マノロ・サンルーカル、ホセ・メルセー等のフラメンコ界の巨匠をはじめとした豪華な出演者が集い、情熱が迸るフラメンコの精髄を伝えながら、多彩なパロ(フラメンコの曲種)と光を組み合わせて全21幕の構成で“生命の旅と光”を表現していきます。“生命の旅”とは、音楽に乗せて人間の一生を巡る旅を意味し、人間の誕生から晩年、そして蘇生(イスラム教の教義である最後の審判を経た死者の蘇りではなく、ヒターノの起源とも言えるインド哲学・東洋思想に見らえる輪廻転生の世界観、宗教観)を多彩なパロで表現しています。また、“生命の旅”を幻想的な光で照らし出し、未来の生命の炎(フラメンコの語源はflama:火)が燃え続けるような独創的なセッションを繰り広げています。

◆映画の構成

【誕生】<アンダルシアの素朴な子守歌>

    • 午後の強い白い光に包まれる。

【幼少期】<アンダルシア、パキスタンの音楽とそれが融合した音楽>

    • 低い位置の太陽の黄色に覆われ、長い影と通りのにぎわいを描く。

【思春期】<より成熟したパロ>

    • 夕暮れ(橙色と水色)に向かい、人生における出会いやパティオでの日常を描く。

【成人期】<重厚なカンテ>

    • 濃い青、藍色、紫色が現れる。

【死期】<奥深く、純粋で清浄な感情>

    • 白と黒を基調した厳粛で神聖な空間。空が薄明るくなって行き、そして希望の緑に向う。そして、薄い青色から濃い橙色のグラデーション、フィナーレを飾るのは赤みを帯びた橙色、夜明けだ。

ジプシー・キャラバン [DVD]黒木メイサ スペイン フラメンコ 魂の踊りと出会う旅 [DVD]

一口にフラメンコと行っても、コンパス(リズム)や曲調によって多彩なパロが存在し、これにカンテ(歌)、バイレ(踊り)、フラメンコギター(音楽)の個性や即興感が加わって豊かな情趣を生み出していきます。以前、BSプレミアムで黒木メイサさんがアントニオ・エル・ピパさん(バイラオール)からフラメンコの教授を受けるドキュメンタリー番組を観ましたが、その中でフラメンコギタリストのモライートさんがフラメンコは「君の中に湧き上がる感情を人々に伝える芸術」だと語っていたのを印象深く思い出します。この映画を見れば分かりますが、フラメンコに独特の情緒纏綿とした非常に濃厚な表現には、その研ぎ澄まされた指先や複雑に刻まれるステップに、その唸りにも似た搾り出すような歌声に、そのノスタルジックで饒舌なギターに、内面から解き放たれる感情の発露、強いエネルギーの発散(生命力、存在証明)が感じられ、“生命の旅と光”という多様なモチーフを持つテーマを使ってフラメンコが持つ表現の可能性を追究した意欲的な作品だと思いますし、そこにフラメンコの底知れぬ魅力が感じられます。先述のTV番組で黒木メイサさんは初日に比べればコンパス(リズム)が体や呼吸に刻み込まれて技術的に向上し、ダンスに自信(主体性、主張)が感じられるようになりましたが、エル・ピパさんの言葉を借りれば「心を使って踊る」「動きに自分の何かを込める」というフラメンコの精髄には遥かに及ばない印象(仏作って魂入れずの感)を受けました。舞踊に留まらず、音楽その他の芸術にも当て嵌まりますが、「技術」(手段)のないところに「表現」(目的)は生まれませんが、「技術」(手段)のみでは「芸術」とは呼べません。それだけに、この映画に出演しているマエストロ達の至芸を見ていると、フラメンコは「感情を伝える芸術」であるという言葉の重み(その魅力と難しさ)を痛感させられますし、「ドゥエンデ(Duende)」(その場にいる人々を包み込み不思議な感動をもたらすフラメンコの魅力)がどういうものなにかを感得できると思います。

◆パロの種類

【ソレア(Solea)】

    • soledad(孤独)が由来。フラメンコの最も古い形といわれ、深みと威厳のある曲種。

アレグリアス(Alegrias)】

    • alegre(喜び)が由来の明るく陽気な曲種。ダイナミックなバイレが特徴。

【タンゴ(Tango)】

    • 2拍子でノリのよい明るい曲種。宴の締めに演奏されることが多い。アルゼンチン・タンゴとは別。

シギリージャ(Seguiriya)】

    • 複雑なリズムを持ち、簡素な曲調であるが、カンテは嘆きを表現する奥深いもの。

【ブレリア(Buleria)】

    • burla(あざけり)が語源とされる。非常にテンポが速い曲種で、激しい曲調を持つ。

セビジャーナス(Sevillanas)】

    • セビージャ発祥の舞踊曲が起源。4曲が1セットになり、明快な曲調。

ファンダンゴス(Fandangos)】

    • アンダルシアの民謡から派生したカンテで、独特な形式を持ち、感情表現の幅が広い。

◆フラメンコのライブ公演
http://www.paseo-flamenco.com/

◆おまけ
サラ・バラスさんの情熱的で力強く美しいダンスをご堪能あれ。

歌劇「カルメン」から。