ぶらあび

ジャンルを超え、地域を超え、時代を超えて「時間芸術」(音楽、文学、話芸、香道…)、「空間芸術」(建築、彫刻、陶芸、絵画、書道、華道…)、「総合芸術」(舞踊、演劇、映画、茶道…)など芸術全般の感想を書き綴ります。(オススメ公演情報等はスマホ版で表示されないのでPC版でご覧下さい。)

新国立劇場 ショスタコーヴィチ 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」

【演題】新国立劇場 ショスタコーヴィチ 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人
【演目】ショスタコーヴィチ 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」(全四幕原語上演)
      <ボリス>ワレリー・アレクセイエフ
      <ジノーヴィー>内山 信吾
      <カテリーナ>ステファニー・フリーデ
      <セルゲイ>ヴィクトール・ルトシュク
      <アクシーニャ>出来田三智子
      <ボロ服の男>高橋淳
      <イズマイロフ家の番頭>山下浩
      <イズマイロフ家の屋敷番>今尾滋
      <イズマイロフ家の第1の使用人>児玉和弘
      <イズマイロフ家の第2の使用人>大槻孝志
      <イズマイロフ家の第3の使用人>青地英幸
      <水車屋の使用人>渥美史生
      <御者>大槻孝志
      <司祭>妻屋秀和
      <警察署長>初鹿野剛
      <警官>大久保光哉
      <教師>大野光彦
      <酔っ払った客>二階谷洋介
      <軍曹>小林由樹
      <哨兵>山下浩
      <ソニェートカ>森山京
      <年老いた囚人>ワレリー・アレクセイエフ
      <女囚人>黒澤明
      <ボリスの亡霊>ワレリー・アレクセイエフ
【指揮】ハイル・シンケヴィチ
【楽団】東京交響楽団
【合唱】新国立劇場合唱団
【演出】リチャード・ジョーンズ
【会場】新国立劇場
【料金】7350円
【感想】
明日は送り盆(終戦記念日)ですが、皆さんはどんな夏休みをお過しでしょうか。毎年、この時期は都内が閑散として心無しかのんびりと時間が流れているな気がして不思議と気持ちが落ち着きます。以前、このブログで近代産業革命以来の都市モデル(ロンドン)が行き詰まりを見せていると書きましたが、これだけ人工が密集し時間密度が濃厚な社会で生活していると息苦しさを覚えます。

少し前の公演になりますが、ショスタコーヴィチの最高傑作と名高い歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が新国立劇場で採り上げられ、その初日を聴きに行ったので、簡単に感想を残しておきたいと思います。この歌劇は東京歌劇団が初めて日本人キャストによる同曲の公演を行い、その公演も聴きに行きましたが、今後、日本でも同曲が新国を始めとした歌劇団のレパートリーに組み込まれることを期待したいです。ショスタコ交響曲作曲家と言われるだけあって器楽が歌に隷属するのではなく、器楽と歌が良い意味で緊張関係を保ちながら、実にシンフォニックな厚みのある音楽が展開されます。全編を通じて退廃的な空気が支配的で紛々たるアイロニーを撒き散らし強烈な風刺の篭められた毒性の強い音楽はショスタコの独壇場と言え、その一癖も二癖も三癖もあるインパクトは聴衆を中毒性に陥れる魔力を持っています。歌手ではボリス役のワレリー・アレクセイエフさんやカテリーナ役のステファニー・フリーデさんがベテランの貫禄を示す存在感のある歌唱で舞台を牽引し、オーケストラは(楽想を考えると生真面目にやり過ぎているのではないかという印象も否めませんでしたが)総じてメリハリのあるリズムと小気味良いテンポによる雄弁で劇的な演奏を楽しむことができました。その意味でショスタコーヴィチの「体臭」とも言える諧謔性はあまり感じられませんでしたが、歌手とのコンビネーションも良好で(良い意味でも悪い意味でも)アソビのない脇の締まった手堅い演奏だったと思います。演出はこの音楽の特徴であるドラマと音楽の一体化を意識したもので概ね好感が持てるものだが、同時にこの音楽が持つ劇(ドラマ)的な性格を舞台演出に十分に活かし切れていない印象も受け、結果的に、やや舞台が音楽に引き摺られているという印象も否めませんでした。この歌劇はショスタコーヴィチの音楽に共通するように最後に何かが解決され、救済され、又は悔い改められるような辻褄合せ、胡散臭さはなく、重く圧し掛かる時代の闇と袋小路に陥っているような日常の閉塞感とが剥き出しになっているような救いのないリアリズムに覆われた20世紀最高のヴェリズモ・オペラの傑作である、ことがヒシヒシと伝わってくる完成度の高い舞台であったと思います。

ショスタコーヴィチ:歌劇《ムツェンスク郡のマクベス夫人》ネーデルラント・オペラ2006 [DVD]

◆おまけ
ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガより第4番
この24の前奏曲とフーガは僅か3日間で書き上げられた大作です。決してラブリー&イージーで聴き易い音楽ではありませんが、音の向こう側に拡がる深淵で広陵たる精神世界に耳を澄ませてみて下さい。

ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第2番より第2楽章
何故か日本では滅多に演奏されることがない名曲です。指揮者はショスタコの息子、ピアノは孫による演奏です。少しでもショスタコの音楽に興味を持って戴ける方が増えて欲しいという願いを込めてアップしておきます。

ショスタコ−ヴィチ 交響曲第7番より第一楽章
ナチスドイツ軍によるレニングラード包囲戦の模様を音楽で表現したものです。音楽は途中(05:34〜)から定型のリズムを繰り返し徐々に拡大していきますが、これはラヴェルボレロのパロディーと言われています。この定型のリズムはナチスドイツ軍の行軍を表象し、その包囲網が徐々に狭められて行く緊迫感を良く表現しています。なお、昔、シュワルツネッガーが栄養ドリンクのCMでこの曲のリズムに乗せて“チー・チン・プイ・プイ”と歌っていたので聞き覚えのある方も多いはず。(iPhoneでは上手く視聴ができないようなので、PCから視聴して下さい。)