ぶらあび

ジャンルを超え、地域を超え、時代を超えて「時間芸術」(音楽、文学、話芸、香道…)、「空間芸術」(建築、彫刻、陶芸、絵画、書道、華道…)、「総合芸術」(舞踊、演劇、映画、茶道…)など芸術全般の感想を書き綴ります。(オススメ公演情報等はスマホ版で表示されないのでPC版でご覧下さい。)

年頭の挨拶

        

【神の仔羊(Agnus Dei)】
今年の干支は「羊」ですが、古く羊は宗教上の儀式において神への生贄として捧げられてきた習慣があり、キリスト教では贖罪のために神(天)から遣わ(降誕)されたイエス・キリストのことを「神の仔羊」といいます。また、キリスト教の司教が持つバクルス(司教杖)は羊飼いが羊を守るために使うシェパーズ・クルーク(羊飼いの杖)を象徴するもの(羊飼いは羊が群れから離れて狼に襲われないように守るのと同様に、信徒を信仰の迷いから導き救うもの)と言われています。因みに、クリスマスツリーの飾り付けにも使われるキャンディーケインもシェパーズ・クルーク(羊飼いの杖)の形を真似て作られたものです。なお、「羊」は羊の上半身を象って生まれた文字ですが、色々な言葉の語源になっています。例えば、中央アジアで羊を放牧していた遊牧民チベット人)のことを「羌」と言いますが、これは羊飼いを意味する「人」と「羊」とを組み合わせて生まれた文字です。また、ジンギスカンに代表されるように古くから羊肉は栄養価が高く滋養のつく食物として重用されていましたが、「養」は「食」と「羊」とを組み合わせて生まれた文字と言われています。このほかにも「羊」を語源とする言葉は数多くありますが、上記のとおり昔から「羊」は神への生贄として犠牲を象徴する生き物とされ、自己犠牲を意味する「我」と「羊」とを組み合わせて「義」という文字が生まれています。また、神の教えを伝える「言」と「羊」とを組み合わせて「善」という文字が生まれ、また、立派な様を示す「大」と「羊」とを組み合わせて「美」という文字も生まれています。「羊」を頂く文字は人としての在り様を教え諭しているようで「羊」という文字と向き合いながら背筋が伸びる思いです(新年から心に“舟を編んで”みました)。今年は「羊」に肖って「真善美」(認識上の真、倫理上の善、審美上の美)を極めるべく一層の精進に励む年にしたいものだと心に掛けています。

ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の仔羊だ」』(ヨハネによる福音書1章29節)


2015年のアニバーサリー


◆作曲家

◆実演家

◆美術

  • 琳派創始400年記念

◆宗教

◆その他

◆お年玉
皆様にとりまして心安らかな一年でありますように、祈りを込めて..。
【“Agnus Dei”の典礼文】
Agnus dei, qui tollis peccata mundi miserere nobis.
神の仔羊、あなたはこの世の罪を取り除き給いしもの、我らを憐れみたまえ。
Agnus dei, qui tollis peccata mundi dona nobis pacem.
神の仔羊、あなたはこの世の罪を取り除き給いしもの、我らに安らぎを与えたまえ。

バーバー「弦楽のためのアダージョ」に“Agnus Dei”の典礼文を付して編曲されたもの

ビゼーアルルの女」の間奏曲に“Agnus Dei”の典礼文を付して編曲されたもの

フォーレ「レクイエム」より“Agnus Dei”

モーツァルト「羊飼いの王様」より

◆お年玉のおまけ
映画「きみに読む物語」より冒頭シーン

新年早々、Gyaoで映画「きみに読む物語」(原題:The Notebook)という素敵な映画に出会いました。人生の黄昏時にあの人があの頃の想い出(白鳥)と共に人生の大河を渡ってやってくる・・・映画の冒頭シーンをアップしておきます。死の床にあって、自分の人生とどのように折り合いをつけるのかは人それぞれ。映画の冒頭で主人公は次のとおり語りますが、この主人公と同じように人生は美しく素晴らしいものであったと言って死んでいきたい(そう言えるように神から与えられた時間を大切に生きていきたい)としみじみと感じさせられる映画です。映画は人生を教えてくれる..。
“I am nothing special, of this I am sure. I am a common man with common thoughts and I’ve led a common life. There are no monuments dedicated to me and my name will soon be forgotten, but I’ve loved another with all my heart and soul, and to me, this has always been enough…”(僕は凡人で、普通の考え方で、平凡な生活を送ってきた。僕に捧げられた記念の物もなく、僕の名前もすぐ忘れられるだろう。でも僕は、1人の人間を全身全霊で愛した、それだけで僕は十分なんだ。)