大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「ホルスト“惑星”」

【題名】クラシックミステリー 名曲探偵アマデウスホルスト“惑星”」
【放送】NHK−BSプレミアム
    平成21年7月19日(日)20時00分〜20時30分
【司会】筧利夫
    黒川芽以
    山口龍人
【出演】野本由紀夫(玉川大学教授)
    小鍛冶邦隆(東京藝術大学教授)
    平原綾香(歌手)
    NHK交響楽団(指揮:シャルル・デュトワ
    読売日本交響楽団(指揮:パオロ・カリニャー)
【感想】
今日7月4日はアメリカの独立記念日(インディペンデンス・デイ)です。ご案内のとおり、イギリスによって統治されていたアメリカの13植民地がイギリスとの独立戦争を経て1776年7月4日に独立宣言を採択したことを記念しています。因みに、アメリカ独立当時の星条旗に星が13個、赤白の条が13本あるのは13植民地を表していますが、そのアメリカ独立宣言の中で最も重要な部分である自然権思想が盛り込まれている日本国憲法の規定もその条数は13条となっています。なお、メル・ギブソンが主演する映画「パトリオット」では独立戦争の様子をかなり克明に描いていますのでご興味がある方はどうぞ。

【The Declaration of Independence】(アメリカ独立宣言)
“all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.”(すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由及び幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている。)

日本国憲法
「第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

因みに、映画「7月4日に生まれて」という作品がありましたが、個人的には7月4日は大型自動二輪(750cc以上のバイク)の検定に合格した日として僕の第二の誕生日とも言うべき記念日なのです。僕が初めて買ったバイクはアメリカ製のハーレーダビッドソンですが、アメリカ大陸(ルート66号)を横断するためのバイクとして開発され、単なるマシーン(工業製品)ではなく、アメリカのカウボーイ文化が息衝くアメリカのモーターカルチャーそのものを体現しているバイクと言っても過言ではないと思います。


まるで疾駆する駿馬のような流線形のフォルム(ハーレーダビッドソン FLSTF)

西部劇に登場するカウボーイアメリカ開拓時代の象徴として昔はアメリカ人男性の憧れの職業でした。その名称からも明らかな通り、アメリカ大陸の南部から中部に生息していた野生の牛を駆り集め、それら牛の大群を馬と幌馬車を連ねて追いながら西部や東部のマーケットに運ぶこと(ロング・ドライブ)を生業としていましたが、そのファッション(ジーパン、カウボーイブーツ等)や風俗習慣等が現在のアメリカの文化に色濃く影響を与えています。バイクについても同様で、ハーレーダビッドソンに代表されるアメリカン・バイクはホースバック・ライディング・スタイル(ハンドルを馬の手綱、ステップを馬の鐙と見立て、まるで馬に跨るように手と足を前に投げ出して乗車)でバイクに跨り長距離をゆったりと走ることに適したバイクと言われ、宛らロング・ドライブするカウボーイの「鉄馬」(アイアン・ホース)と言った様相を呈しています。実際、ハーレーダビッドソンのエンジン音は馬の蹄の音(パッパカ、パッパカ=ドッドド、ドッドドという3拍子)になっています。そう言えば、グリーグ組曲「ホルベアの時代より」(作品40)の前奏曲の冒頭は弦が草原を駆け抜ける駿馬の足音のように3拍子の爽快なリズムを刻んで疾駆しますが、ハーレーダビッドソンのエンジンが奏でる3拍子の鉄馬のサウンドを連想させます。これに対し、BMWなどのヨーロピアン・バイクはヨーロッパの伝統的馬術「ブリティッシュ馬術」(牛を追い縄を投げるカウボーイの馬術ウェスタン馬術」とは特徴を異にするヨーロッパ貴族のスポーツ競技のための馬術)を思わせるように前傾姿勢でバイクに跨り高速で走ることに適したバイクと言えるかもしれません。このように、ハーレーダビッドソンを代表するアメリカン・バイクにもカウボーイ文化が色濃く影響していると言えそうです。個人的な信条としてバイクは生き様で乗るものだと思っていますが、ハーレーダビッドソンには富や栄誉や愛する女達を捨て、心の自由を求めて人生の旅を続けた西部の男達(カウボーイ)のロマンのようなものが息衝いている気がします。そういう意味で、7月4日は僕にとって人生の独立記念日を意味しているかもしれません。

ハーレーダビッドソンのエンジン音(鉄馬のサウンド

グリーグ組曲「ホルベアの時代より」(作品40)から前奏曲

【楽譜】冒頭18小節目までの3連符
http://javanese.imslp.info/files/imglnks/usimg/1/12/IMSLP322046-SIBLEY1802.23219.ff44-39087009523871score.pdf

なお、余談ですが、上述したとおりハーレーダビッドソンアメリカ大陸(ルート66号)を横断するためのバイクとして誕生しましたが、ルート66号がアメリカのファーストフード文化(ルート66号を往来しながら手軽にとれる高カロリーな食事)を生んだと言われており、例えば、1948年カリフォルニア州サンバナディーノのルート66号沿いでマクドナルド兄弟が「スピーディーサービス」を売りにしてマクドナルド第1号店を開店しています。日本では江戸時代の頃から江戸の町並みに屋台が立ち並び、立ち食いの蕎麦屋、寿司屋やおでん屋などが営業していたと言われていますが、気の短い江戸っ子が手っ取り早く食事を済ませるためのファーストフードとして、その歴史はアメリカよりも古いと言えるかもしれません。

マクドナルド発祥の地

この夏にバイクや車の免許を取りたいという方には、千葉県の津田沼自動車教習所がお勧めです。マイスケジュールコースというユニークな制度があり、通学でも合宿並みの早さ(バイクの免許なら1〜2週間程度)で免許が取れてしまいます。秋の紅葉のシーズンには十分に間に合います!!


上段左から、1〜2枚目:バイクは生き様で乗るもの。心の自由を求めて人生を旅する僕の相棒、ハーレーダビッドソン(ヘイテイジ・ソフティル・クラシック)。上述のとおりアメリカ大陸(ルート66号)を横断するための乗り物として誕生したので、日本のバイクと比べてスケールが大きく、白バイの約2倍の排気量と重量があり、太いトルクで“ドドドド”と地を割くような排気音で走るのが特徴です。これだけ大きな暴れ馬になると腕に覚えのある男性でも持て余し気味ですが、最近は日本でも女性のハーレー乗りが増えそのエレガントな乗り姿は本当にカッコイイです。よく夏は暑くないかと聞かれることがありますが、バイクは全身に風を受けながら走る乗り物なので、さながら強力な扇風機にあたっているようで全身に風が廻りカラッとしてとても清々しいです。3〜4枚目:カウボーイのロング・ドライブに適したドッシリとしたシート。本物の馬の鞍と比較すると殆ど同じ形状をしているのが分かりますが、人間工学に適した形状と言えるかもしれません。5枚目:近所の牧場の馬。千葉県はサーフィンの発祥の地としても知られていますが(プロサーファーとして有名なマイク真木さんも千葉県在住)、乗馬場が多く乗馬が盛んな土地柄でもあり、波ばかりではなく馬やバイクに乗る人も多く人生を謳歌している人達が住む魅力的な県なのです。自分の人生を魅力的にできない人にどうして良い仕事ができましょう。良い仕事人は同時に良い遊び人でもあります。因みに、剣豪の塚原卜伝で有名な鹿島神宮には鹿が飼われていますが、その昔、鹿島神宮の祭神が鹿に乗って春日大社に渡り(実際には鹿島神宮の鹿が神使として春日大社に贈られたということだと思います)、その鹿が奈良公園の鹿になったと言い伝えられています。鹿は神の乗り物、馬とバイクは人の乗り物と言われる由縁です。
下段左から、1枚目:うちの庭にある池です…というのは嘘ですが、僕の家の近所にあるダム湖です。都会の喧騒から離れ、自然の音以外には静寂に包まれた心安らぐ場所で、深緑の森をセピア色に染めあげる夕陽や都会では見ることができない零れ落ちてきそうな満天の星空が美しく、独りになりたいときや、音楽と向き合いたいときに僕の相棒を駆ってふらっとやってきます。ここで瞑目しながらベートーヴェンのピアノ・ソナタの深淵な精神世界に耳を傾けていると、自分と音楽だけの悠久の時間に浸れます。2枚目:世界的に有名な千葉の“CAR-BOY WOOD”。ロサンゼルスにこれを真似したものがあります。3枚目:勝浦海岸。これからの季節は波を待つサーファーで賑わいます。4枚目:割烹かねなか「波の伊八丼」。肉厚の刺身がダイナミックな波のうねりを表現しているように見えます。大原漁港で水揚げされた新鮮な魚は、あまり波が荒くならない東京湾内や相模湾内で育った東京や神奈川の魚と異なり、太平洋(外洋)の荒波で鍛え抜かれた引き締まった身でモチモチっと歯ごたえがよくその引き締まった身に閉じ込められた魚の旨味に胃袋が溶けてしまいそうになります。なお、このブログでも何度かご紹介していますが、“波の伊八”こと武志伊八郎信由は千葉県出身の木造彫刻家で、葛飾北斎は浮世絵「神奈川沖浪裏」を創作するにあたり“波の伊八”の欄間彫刻「波と宝珠」にインスピレーションを受けたと言われています。因みに、ドビュッシーが交響詩「海」を作曲した際の初版譜の表紙には葛飾北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」が使用されておりこの浮世絵からインスピレーションを受けて同曲を創作した可能性が指摘されていますが、“波の伊八”の欄間彫刻「波と宝珠」がなければ、葛飾北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」、ひいてはドビュッシーの交響詩「海」は生まれていなかったかもしれないと言えるかもしれません。ドビュッシー交響詩「海」がお好きな方は、是非一度、行元寺にある“波の伊八”の欄間彫刻「波と宝珠」を肉眼でご覧下さい。僕は何やら鬼気迫るものすら感じさせる躍動感溢れるダミナミックな荒波の彫塑を目の当たりにし、背筋に鳥肌が立ったことを思い出します。これを見た葛飾北斎が衝撃を受け、浮世絵「神奈川沖浪裏」の創作に駆り立てられた理由がよく分かりますし、それがドビュッシー交響詩「海」の中で音楽表現として見事に結実されているようで感動を深くします。“波の伊八”の欄間彫刻「波と宝珠」は人生の荒波に翻弄される魂(=宝珠)を表現した作品と言われていますが、死ぬまでに一度は目にしておきたい稀代の名作です。この他にも千葉県内には人類の至宝とも言うべき“波の伊八”の作品が数多く残されていますので、“波の伊八”の作品と割烹かねなか「波の伊八丼」で心もお腹も一杯に満たして下さい。

    • >ブログの枕はここまで。

さて、かなり古い録画にはなりますが、アメリカの星条旗の星、来る7月7日の七夕と独立戦争の相手国イギリスに因んで名曲探偵アマデウスホルスト“惑星”」を視聴したので簡単に概要を残しておきたいと思います。グスターヴ・ホルストは1874年にイギリス チェルトナムの音楽一家に生まれ、幼いことからピアニストを目指していましたが、右手の神経炎が原因でピアニストを断念し、ロンドンの王立音楽大学に入学して教育者となります。その後、1917年に組曲「惑星」(第一曲「火星」、第二曲「金星」、第三曲「水星」、第四曲「木星」、第五曲「土星」、第六曲「天王星」、第七曲「海王星」)を完成させて大成功します。

組曲「惑星」の中でも第4曲「木星」が有名で(ダイアナ妃の葬儀でも演奏)、その曲の冒頭では同じ音型を繰り返すヴァイオリンの音が複雑に絡み合い、何かが始まりそうな予感を与える効果を与えています。楽譜のヴァイオリンパートを見ると、第1ヴァイオリンの高音がラ・ド・レ、低音がミ・ソ・ラ、第2ヴァイオリンの高音がラ・ド・レ、低音がミ・ソ・ラの音型を繰り返していますが、その音が1音づつづれて複雑に絡み合っているように聞こえます。この音をずらす効果によって混沌とた曲調となり、聴衆が楽曲に惹き込まれて行く効果を生んでいます。

【楽譜】冒頭の第1バイオリンと第2ヴァイオリン
http://javanese.imslp.info/files/imglnks/usimg/5/5f/IMSLP15436-Jupiter.pdf

第4曲「木星」の第4主題(平原綾香さんのジュピターでサビに使われている部分)は聴く者の心を強く惹き付ける印象的な旋律ですが、これは日本的な音階であるヨナ抜き音階(第4(ヨ)音「ファ」、第7(ナ)音「シ」を抜いた音階)が使われているためです。このヨナ抜き音階はスコットランド民謡にも使われており、蛍の光ハ長調)の原曲がスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」であることからも日本の音階とスコットランド民謡の音階とが親和的であることが分かります。第4主題は曲中で3回繰り返されますが、徐々に旋律が上昇して音域が拡がり(第四主題の出だしの音「ソ」→2回目では1オクターブ高い「ソ」→3度目ではさらに1オクダーブ高い「ソ」)、参加する楽器が増えて、クレッシェンドしてこの曲のクライマックスを築く効果を生んでいます。

なお、組曲「惑星」の第1曲から第3曲までは実際の惑星の配列と逆順序になっていますが、この曲は西洋占星術の影響を受けて作曲したと言われており木星を起点として惑星を眺めたときの配列を曲順にしたのではないかと考えられます。ホルストは“組曲の意味は副題から汲み取って貰いたい”と語っていることから、木星を中心に人間の人生を表しているとも考えられ、木星は人生の絶頂期、人生の喜び(Life is beautiful)を表現しているとも言えそうです。

火星:戦争をもたらすもの(ダイナミックで豪快な曲調が激しい戦いを想像させる)
金星:平和をもたらすもの(戦争から一転平穏な落ち着きを取り戻す)
水星:翼のある使者(陽気でユーモア―に溢れる楽曲)
木星歓喜をもたらすもの
土星:老いをもたらすもの(格調高く荘厳な調べ)
天王星:魔術師(オーケストラをフルに生かした独特のリズムが魔術の世界に誘う)
海王星:神秘なるもの(一番遠くの未知の星)

ホルストは40歳を過ぎてから作曲した組曲「惑星」が大成功して人気作曲家となりました。世間は組曲「惑星」のような新作を期待しましたが、ホルストは自分が本当に書きたい音楽(宗教音楽自分の学生達が喜ぶ音楽)のみを作曲したことから、組曲「惑星」以外の曲が世間に受け入れられず批評家から批判されるというジレンマに苦しむことになります。しかし、ホルストは世間的な価値観に迎合して成功することよりも自分の価値観に従って作曲した音楽で成功することを重視しており、このことはホルストの「芸術家は世の中でうまくいかないことを祈るべきである」という言葉にも端的に表されています。自らの創作意欲に充実であろうとしたホルストの芸術家としての真に自由な生き方に共感を覚えます。

第7曲「海王星」のエンディングは、器楽による演奏が終了して女性コーラスのみとなりますが、聴衆から見えない場所に控える女性コーラス(バンダ)が徐々に歌声を小さくし遥か遠くに消え行くように繰り返されます。一生が終わった後に何があるのか誰も自分自身のエンディングは分からない、ホルストはそのことを表現するために女性コーラスの声がどんどんと遠ざかりその後にどうなったのか分からないような終わらせ方にしたいと考えたのかもしれません。太陽系の外に広陵とした終わりのない世界が拡がっているように人生もいつ果てるとも分からない終わりのない旅が続く、心の自由を求めて人生の旅を続ける西部の男達(カウボーイ)の生き様にも相通じるものがあるかもしれません。

【楽譜】最終楽章
http://burrito.whatbox.ca:15263/imglnks/usimg/6/69/IMSLP15439-Neptune.pdf


00:04
ヴァイオリンの音のズレによって聴衆を誘う第1主題
01:02
軽快な第2主題
01:40
民族舞踊風の第3主題が3拍子で現れる
03:01
満を持して第4主題が登場
懐かしさを感じるスコットランド民謡風の旋律
03:42
2回目は自然に1オクターブ高い位置からはじまる
04:21
3回目はさらに1オクターブ上がりフォルテ(強音)になる
04:44
第1主題が再現される
05:47
第2主題が再現される
06:25
第3主題が再現される
07:00
第4主題が短く再現されてフィナーレ

◆おまけ
アメリカのカウボーイ文化を題材に採り上げている歌劇として、プッチーニの歌劇「西部の娘」(抜粋)をどうぞ。

アメリカの風情を伝える器楽曲として、ドヴォルザーク弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」をどうぞ。

アメリカ人作曲家による器楽曲として、バーバーの弦楽のためのアダージョをどうぞ。