ぶらあび

伝統に根差しながらも時代を『革新』する新しい芸術作品と、これを創作又は実演する芸術家をジャンルレス・ボーダレスにキャッチアップする契機とするために書き散らかしています。

新年のご挨拶(その②)

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永寿嘉福。2019年12月8日に中国で新型コロナウィルス感染症患者が公式に確認され、2020年3月11日にWHOがパンデミックを宣言しましたが、現在も尚、世界中で新型コロナウィルスの感染が拡大しており、この危機的な状況は足掛け2年に及んでいます。そこで、2022年の年頭にあたってアマビエの御朱印状で定評がある「正福寺」(茨城県笠間市)と「柏神社」(千葉県柏市)へ新型コロナウィルスの終息を祈願すべく参拝しました。なお、正福寺は、神仏習合の名残りからご本尊の千手観音菩薩(仏様)と共に今年の干支である虎(寅)を神使とする毘沙門天(神様)及び疫病退散の守護神である不動明王(神様)が祭られており、その御利益からイラストレーターの相田ゆうりとのコラボレーションで様々な種類のアマビエ御朱印状が授与されているので話題になっています。因みに、正福寺のある茨城県笠間市は「笠間焼」で有名ですが、茨城芸術の森公園の周辺には沢山の窯元があり、笠間焼の小売店や陶芸教室等で賑わっています。笠間焼は、江戸時代に「信楽焼」の陶工の指導を仰いで笠間で開窯したことで誕生しますが、さらに、笠間焼の陶工が益子で開窯したことで「益子焼」が誕生します。信楽焼と言えばタヌキの置物が有名ですが、昭和26年に昭和天皇信楽行幸された際に日の丸の旗を持ったタヌキの置物を沿道に並ばせて奉迎する光景に感激して「をさなどき あつめしからに なつかしも しがらきやきの たぬきをみれば」という和歌を詠んだことから全国に広まったと言われています。そば屋の軒先に信楽焼のタヌキの置物が置かれていますが、「タヌキ」と「他抜き」をかけて「他店をダシ抜く」という商売繁盛の願いが込められているそうです。また、そのタヌキの置物を連想させる俗曲「たんたんたぬきの歌」アメリカのバプテスト教会ロバート・ローリー牧師が作曲した讃美歌「Shall we gather at the river」(聖歌687番、新聖歌475番)の替え歌ですが、原曲の「shall we gather...」という歌詞から商売繁盛(集客)に縁起がある歌とも言われています。
 
①正福寺(茨城県笠間市笠間1056-1
②大石邸跡(茨城県笠間市笠間995
座頭市の碑(笠間つづじ公演)(茨城県笠間市笠間616-7
茨城県陶芸美術館(茨城県笠間市笠間2345
正福寺/この寺院の歴史は古く651年(白雉2年)の創建となり、坂東三十三ケ所の23番札所の名刹です。 正福寺(アマビエ御朱印/様々な種類のアマビエの御朱印状のほか、恋愛成就に御利益のあるハート型の絵馬💛 大石邸跡/浅野家は笠間藩から赤穂藩へ国替えになっていますが、大石内蔵助の祖父の屋敷跡が残されています。 座頭市の碑/映画「座頭市」の主人公・座頭の市は実在した人物ですが、茨城県笠間市の出身と言われています。 茨城芸術の森公園(登り窯関東ローム層から出土する笠間粘土で作られる笠間焼は栃木の益子焼と共に有名です。
⑤柏神社(千葉県柏市柏3-2-2
三保の松原静岡県静岡市清水区三保4045
柏神社/江戸時代に千葉県柏市周辺で流行した疫病退散、厄除けを祈願するために柏神社が創建されました。 柏神社(アマビエ御朱印/疫病退散を祈願するために創建された由緒からアマビエ御朱印状が授与されています。 三保の松原(表富士)/富士山と共に世界文化遺産に登録され、能「羽衣」の舞台となった三保の松原です。 三保の松原(羽衣の松)/地上に舞い降りた天女が羽衣を懸け忘れたとされる羽衣伝説で有名な羽衣の松です。 三保の松原(エレーヌの碑)/能「羽衣」の舞に魅せられたバレリーナ、エレーヌ・ジュグラリスの碑です。
 
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さて、来月2月4日から北京2022冬季オリンピック競技大会が開催されますが、昨年7月23日から8月8日に開催された東京2020夏季オリンピックパラリンピック競技大会はコロナ禍の影響で全く記憶に残らない精彩を欠く大会となってしまったことは残念です。この大会と併せて文化イヴェントも企画され、日本の美を世界へ発信する「日本博」は規模を縮小して開催されていますが、残念ながら国内外から全く注目されていないのが現状です。また、昨年6月6日にフィンランドの現代作曲家であるカイヤ・サーリアホが能「経正」及び能「羽衣」を題材にして作曲したオペラ「Only the Sound Remains-余韻-」日本初演されましたが、(海外での高い評価に比して)あまり日本国内では脚光を浴びていないことは非常に残念でなりません。既に、このオペラはDVDがリリースされていますが、フィリップ・ジャルスキーのカウンターテノール(彼岸、天上界)とダヴォン・タインズのバリトン(此岸、地上界)とが対置され、電子楽器、西洋楽器の特殊奏法や合唱、そしてピーター・セラーズによる光と闇を巧みに利用した演出等によって神秘的で幽玄な世界を織り成す舞台は出色で、ご興味のある方はお年玉で入手されることをお勧めします。ところで、能「羽衣」は、ユネスコ世界無形文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」に登録されている三保の松原を舞台とする羽衣伝説を題材として創作されていますが、フランス人バレリーナエレーヌ・ジュグラリスは舞踊を研究するなかで能「羽衣」の「天女の舞」と巡り合い、その優雅な舞に惚れ込んで自分流に翻案した作品をフランス各地で公演します。しかし、その3ケ月後に羽衣の衣装をまとったまま舞台で倒れ、35歳の若さで夭折しました。能「羽衣」は羽衣を身にまとった天女が優雅な舞を舞って天上界へと帰って行く話ですが、羽衣の衣装をまとったまま夭折(昇天)したエレーヌ・ジュグラリスはさながら現代の天女と言えるかもしれません。エレーヌ・ジュグラリスの夫は、彼女の遺言により彼女の遺髪を持って三保の松原を訪れ、現在、その遺髪を埋めた場所に「エレーヌの碑」が建立されています。因みに、白バラの新品種「エレーヌ・ジュグラリス」は、まるで天女の羽衣のような優美な花びらを特徴としていることから、エレーヌ・ジュグラリスの名前より命名されたものです。このように能楽は、現代作曲家のカイヤ・サーリアホバレリーナのエレーヌ・ジュグラリスだけではなく、劇作家のポール・クローデル(彫刻家のカミーユ・クローデル実弟で、オネゲル作曲「火刑台上のジャンヌ・ダルク」の台本や戯曲「知恵の司、または饗宴の寓話」(能楽からの翻案)等を執筆)、作曲家のベンジャミン・ブリテン(能「隅田川」を題材にしてオペラ「カーリュー・リバー」を作曲)やジョン・ケージ(美術家のマルセル・デュシャンとの共作による能オペラ「邯鄲」を創作)など、少なからず西洋芸術に影響を与えています。能楽は物語、歌、舞踊から構成される総合舞台芸術ですが、基本的に、オペラは歌と舞踊が分業されているのに対し、ミュージカルは歌と舞踊が兼業であることから、シテが歌と舞踊を兼業する能楽は世界最古のミュージカルという性格を有しています。そのような文化的な素地がある日本では、2019年から松竹ブロードウェイシネマが始まり、また、昨年から今年にかけてコロナ禍の巣籠り需要を背景としてミュージカル映画(各種の動画配信サービスや映画館)の公開が目白押しなどミュージカル・ブームと呼べるような状況が続いています。また、日本では漫画、アニメやゲーム等を題材とする2.5次元ミュージカル(宝塚歌劇団の「ベルサイユのばら」が発祥)という独自のジャンルを確立し(この影響から漫画「ONE PIECE」を題材とする歌舞伎も誕生し)、日本における演劇部門の観客総動員数の約6割がミュージカルと言われるほどの盛況になっています。かつてオペラがその時代の時代性を表現する作品を創作してきたように、現代ではミュージカルが現代の時代性を表現するための舞台芸術を力強く牽引する重要な役割を担っており、その影響を受けて映画やゲーム等を題材とする新作オペラも創作されるようになっています。そこで、2022年の年頭にあたり、自分の頭の中を整理する意味で、主要なミュージカル作品をレビューしながら、ざっくりとミュージカルの歴史についてお浚いしておきたいと思います。
 
 
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シャーマニズムと芸能の誕生
古来、人間は、自然の恩恵や脅威等に超自然的な存在を感じて(その脳科学的なメカニズムについては前回のブログ記事を参照)、そこから自然界の万物には超自然的な存在が宿っているというアニミズム思想が芽生えて、やがて特殊な能力を備えたシャーマン(霊媒師等)を介して超自然的な存在との交信を試みるシャーマニズムが誕生します。この点、狩猟民族は大地を移動して獲物を追う生活を基本としていましたが、その獲物にも超自然的な存在が宿っていると考えていたことから、その超自然的な存在との交信を試みるためにシャーマンの身体から魂が離脱し、神霊界を移動して超自然的な存在を追う脱魂型シャーマニズム(宗教儀礼に発展します。このように超自然的な存在(魂)と身体を分離して超自然的な存在(精神=理性、神様)が身体(肉体=本能、人間)を支配しているという考え方は、やがて一神教的な考え方へと結び付いていきます。これに対して、農耕民族は大地を耕作して収穫を待つ生活を基本としていましたが、その収穫物には超自然的な存在が宿ると考えていたことから、その超自然的な存在との交信を試みるためにシャーマンの身体を依り代として超自然的な存在が憑依するのを待つ憑霊型シャーマニズム(宗教儀礼が発展します。このように超自然的な存在(魂)と身体を含む自然界の万物とを分離せず超自然的な存在が身体を含む自然界の万物(依り代)に憑依するという考え方は、やがて多神教的な考え方へと結び付きいていきます。その後、これらの宗教儀礼(特に憑依型シャーマニズム)が芸能へと発展し(例えば、古代ギリシャでは大ディオニソス祭から古代ギリシャ劇へ、また、日本では神事から能楽へと発展している事例など)、これが演劇の起源になったと考えられています。因みに、日本の国技である相撲は、元々は農作物の豊凶を占う農耕儀礼として行われていたものであり(「相撲の誕生」)、その名残りとして前回のブログ記事でも書いたとおり相撲の土俵には五穀豊穣を祈念するための四房が飾られています。
 
▼音楽劇の分類と発展
分類 客層 主題 音楽 歌唱法
舞踊
オペラ 宮廷貴族 神聖
世俗
クラシック ベルカント
ドイツ唱法
分業
オペレッタ ブルジョア 世俗

ミュージカル プロレタリア ポピュラー クルーナー
(マイク)
兼業
※日本の音楽劇は、大きく宮廷の雅楽(神聖)、武士の能楽(神聖・世俗)、大衆の歌舞伎(世俗)に分類
※オペラでは歌手とダンサーが分業及び作曲家と編曲家が兼業なのが特徴であるのに対し、ミュージカルでは歌手とダンサーが兼業及び作曲家と編曲家が分業なのが特徴で、歌手とダンサーが兼業の能楽はミュージカルに近く、歌手とダンサーが分業の歌舞伎はオペラやオペレッタに近い特徴を持っています。
 
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▼十字軍遠征の失敗とオペラの誕生(ヨーロッパ内の異文化交流)
さて、古代ギリシャ演劇には、ギリシャ神話を題材として主人公(神様や英雄)の感情を表現する1~3人の俳優とその劇を進行するコロス(合唱、舞踊)が掛け合う音楽劇であるギリシャ悲劇(≒ 日本の能)と、世俗の出来事を題材として世人の言い分を代弁する俳優とこれを俯瞰するコロス(合唱、舞踊)が掛け合う音楽劇であるギリシャ喜劇(≒ 日本の狂言)等が存在しましたが、古代ギリシャローマ帝国によって征服され、キリスト教が国教化されると、キリスト教と相容れないギリシャ神話を題材とするギリシャ悲劇や娯楽的又は批判的な性格を持つギリシャ喜劇はキリスト教会から弾圧され、キリスト教を布教するためのラテン語の音楽劇のみが催されるようになります。その後、十字軍遠征の失敗(映画「キングダム・オブ・ヘブン」キリスト教会の権威が失墜してキリスト教(会)的な価値観に懐疑的な風潮が生まれ、十字軍遠征により古代ギリシャ文化に触れる機会を持ったイタリア人はキリスト教が布教される以前の時代に存在していたギリシャ神話的な価値観を見直すルネサンス運動が勃興します。このようなパラダイムシフト(ルネサンス運動の勃興)を背景として、キリスト教を布教するためのラテン語の音楽劇はイタリア人に理解し難いものであったことから、貴族を中心として音楽家や詩人等から構成される文人グループ(カメラータ)が結成されて古代ギリシャ演劇のコロス(合唱)を復活させる試みが活発になり、その過程でラテン語の音楽劇ではなくイタリア人が理解し易いイタリア語によるモノディー様式(言葉が聞き取り難いポリフォニーの技法を使わず、楽器による伴奏に合わせて言葉を朗唱的に歌うレチタティーヴォ)の音楽劇が創作されてオペラが誕生します。この点、1597年にギリシャ人作曲家のヤコポ・・ペーリが創作したオペラ「ダフネ」(楽譜紛失)が最古のオペラと言われており、これに続く1600年にメディチ家の娘がフランス国王に嫁ぐお祝いの催しとしてイタリア人作家のリヌッチーニとイタリア人作曲家のペーリ及びカッチーニが創作したオペラ「エウリディーチェ」(楽譜現存)が上演され、その後、オペラは宮廷貴族を中心に発展します。過去のブログ記事で触れたとおり、1607年にイタリア人作曲家のモンテベルディが創作したオペラ「オルフェオ」で、劇を進行する朗誦的なレチタティーヴォと主人公の感情を表現する旋律的なアリアから構成され、器楽合奏による伴奏など劇的な音楽表現を採り入れた本格的なオペラが確立し、やがて神話や英雄等を題材とするオペラ・セリア(悲劇)のジャンルを確立します(その後のヴェリズモ・オペラまでの流れは割愛します)。さらに、オペラはイタリアからヨーロッパ諸国へと広がりますが、イタリア以外のヨーロッパ諸国では自国民が理解し難いイタリア語によるオペラ上演ではなく自国語によるオペラ上演を模索するようになります。しかし、当時、イタリア語以外の言語で歌える歌手が十分に育成されておらず、また、イタリア語以外の言語はイタリア語と音韻特性が異なるためにレチタティーヴォを歌い難いという問題が生じました。そこで、フランスでは、1670年にフランス人作家のモリエールとイタリア人作曲家のリュリが創作したオペラ「町人貴族」等に代表されるように、フランス語では歌い難いレチタティーヴォを歌ではなく台詞に置き換えて、その代りにフランス宮廷で流行していた舞踊(バレエ)映画「王は踊る」)を採り入れて劇的な要素を補うコメディ=バレ(舞踊劇)トラジェディ・リリック(叙情悲劇)が誕生し、後にグランド・オペラへと発展します。また、同様にレチタティーヴォ台詞に置き換えて、流行歌や舞踊等を採り入れた風刺喜劇であるヴォードヴィル(これがイギリスのバラッド・オペラ、ドイツのジングシュピールへと承継)やドラマチックな恋愛物語を題材として音楽伴奏等を採り入れた台詞喜劇であるメロドラマが生まれ、後にミュージカルへと発展します。その一方、ドイツでは、フランス人作曲家のラモーによる和声理論の体系化や楽器の発明・改良等の影響から、旋律を重視するオペラよりも和声を重視する器楽曲の創作が活発になりますが、上述の問題に加えて三十年戦争の荒廃等により暫くオペラは普及しませんでした。やがてモーツァルトのオペラ「魔笛」を経て(モーツアルトの妻・コンスタンツェの従弟にあたる)ウェーバーのオペラ「魔弾の射手」でドイツ語の台本を使用してドイツの伝統や文化等に根差したドイツ・オペラを確立します。その後、ラモーの和声理論を発展させて(和声理論の型破り:型があるから型破り、型がなければただの型なし(故・第18代中村勘三郎))、アリアやレチタティーヴォの区別なく無限旋律(旋律の区切りや和声の終止感がなく無限に続いて行く旋律)やライトモティーフ(示導動機)を使って音楽と劇を統合した楽劇が誕生します。因みに、バイロイト祝祭劇場では、観客が舞台に集中できるように、舞台と客席の間を遮らない目的でオーケストラ・ピットが新設され、上演中は客席の照明を暗くするなど、王侯貴族のための社交場から市民のためのオペラ鑑賞に適した劇場へと生まれ変わるべく様々な工夫が講じられ、今日の上演スタイルが確立します。また、イギリスでは、ピューリタン革命(君主制と結び付いたカトリックに対し、プロテスタントが信仰の自由を勝ち取るために君主制から共和制へ移行することに成功した革命)により、人々を堕落させるという理由で音楽等が制約され、その影響から他のヨーロッパ諸国と比べてオペラや器楽曲が発展しませんでした(イギリスに大作曲家が生まれなかった理由)。その後、ピューリタンによる共和制が行き詰まると再び君主制へ移行し、ヘンデルハノーファー選帝侯の宮廷楽長に就任してイタリア・オペラが上演されるようになります。
 
キリスト教宗派と歴史的な芸術嗜好
カトリックは「感じる宗教」、プロテスタントは「考える宗教」と言われますが(但し、近年ではプロテスタントもゴスペルに象徴されるように「感じる宗教」に様変わりしていますが)、その仮定に立ってヨーロッパ諸国の人口に占めるカトリック信者及びプロテスタント信者の割合(参考値)を見ると、カトリック信者の割合が多い国は歴史的に歌曲(歌劇)や舞踊(舞踊劇)など感情に働き掛ける芸術を好む傾向が見られる一方で、プロテスタント信者の割合が多い国は歴史的に器楽や演劇など思索に働き掛ける芸術を好む傾向が見られます。
宗派 性格
カトリック 権威主義 聖書の読解は難しいので、神と人間の間にキリスト教会が介在し、キリスト教の教義をミサ(神父の説教や音楽劇等)で伝える。
プロテスタント 個人主義 聖書を自分なりに読解し、神と人間の間にキリスト教会を介在させずに自ら直接に向き合うことで、主体的に信仰する。
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歴史的な芸術嗜好 キリスト教宗派
音楽 歌曲(歌劇) カトリック:78%
プロテスタント:1%
舞踊(舞踊劇) カトリック:48%
プロテスタント:3%
器楽曲 カトリック:32%
プロテスタント:39%
文学 演劇 カトリック:14%
プロテスタント:51%
 
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▼市民革命とオペレッタの誕生(君主から市民への主役交代)
イギリスでは、再び君主制カトリックが結び付くことを恐れて名誉革命が勃発し、立憲君主制(議会が君主の暴走を抑える君主制と共和制の折衷的な体制)が樹立します。名誉革命で市民の権利意識が目覚めると、イタリア・オペラの貴族趣味に対する反動等を背景として、ゲイのオペラ「乞食オペラ」(三文オペラ)が流行し、ヴォードヴィル(フランス)の英語翻訳等を題材として流行歌(バラッド)を採り入れた風刺喜劇であるバラッド・オペラや既存オペラのパロディー喜劇であるバーレスクが誕生します。また、オペラ・ブッフォ(イタリア)の影響を受けてイギリスのオペレッタであるコミック・オペラ(サヴォイ・オペラ)やミュージカル・コメディ(ミュージカルの語源)が誕生し、ジャポニズムの影響から日本を題材としたコミック・オペラ「ミカド」やミュージカル・コメディ「ゲイシャ」等が創作されます。さらに、流行歌、舞踊や曲芸を上演するムーラン・ルージュ等のミュージック・ホールが流行し、後にこれらはミュージカルへと発展します。イギリス以外のヨーロッパ諸国でも、イギリスの名誉革命を契機として、世俗を題材とする喜劇としてオペラ・ブッファ(イタリア)、オペラ・コミック(フランス)、バラッド・オペラをドイツ語に翻訳したジングシュピール(ドイツ)等の大衆文化が台頭します。その後、アメリカ独立戦争(イギリスの植民地であったアメリカはイギリスの徴税に反発して独立を宣言し、イギリスとアメリカとの間でアメリカの独立を掛けて戦われた戦争/映画「パトリオット」)を契機としてフランス革命(フランスはイギリスの弱体化を狙ってアメリカの独立を支援しますが、それに伴う財政悪化のために免税特権があったフランスの貴族から徴税しようと試みてクーデターが発生し、これに啓蒙思想の影響を受けていた飢餓と重税に苦しむ市民が参加/映画「マリー・アントワネットに別れをつげて」)が勃発し、絶対王政の崩壊(その後の絶対王政の復活を目論んだウィーン体制の崩壊を含む。)を招きます。因みに、フランスは、その動機は純粋ではありませんでしたが、アメリカの独立を支援し、それによって自らも自由を獲得する結果になったという歴史的な因縁があり、その記念としてアメリカ独立の100周年に自由の女神像アメリカへ寄贈しています。フランス革命を契機として王侯貴族に代わってブルジョアが芸術活動を資金的に支援するようになると、それまで王侯貴族に支持されていた貴族趣味のオペラ・セリア(イタリア)やトラジェディ・リリック(フランス)は廃れ、オッフェンバックオペレッタ「地獄のオルフェウス」が流行するなど、大衆の趣味を反映してオペラ・コミックで使用する音楽をクラシック音楽からポピュラー音楽に置き換えた大衆版のオペラ・コミックとしてオペレッタが確立し、やがてワルツや古典舞曲を中心とした音楽からチャルダーシュやジャズ等の多様な音楽を採り入れて大衆的な性格を強め、後にミュージカルへと発展します。因みに、映画の誕生でオペレッタの人気が低迷し、次にテレビの誕生で映画の人気が低迷し、更にインターネットの誕生でテレビの人気が低迷しますが、最近では、コロナ禍の巣籠り需要を背景としてインターネット動画配信サービス等を媒体としたミュージカル映画がブームになっています(後述)。
 
 
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大航海時代とミュージカルの誕生(ヨーロッパとアフリカの異文化交流)
ヨーロッパ諸国では、冷蔵庫がない時代に肉を保存し又は味付けをするために胡椒等の香辛料が重用されましたが、ヨーロッパ諸国の気候では胡椒等の香辛料の原料となる植物が生育し難いことから、羅針盤の発明や造船技術の進歩等により遠洋航海が可能になると、アジア諸国から胡椒等の香辛料を調達するための大航海時代になります。これによりスペインは大西洋を横断してアメリカ大陸を発見し、ヨーロッパ諸国によるアメリカ大陸の植民地化が始まりますが、やがてイギリスが武力でヨーロッパ諸国の植民地であった北アメリカ大陸の大西洋沿岸地域を奪って占領します。その後、イギリスは産業革命による綿花需要の急増等に伴う労働力不足が深刻になり、遠洋航海の途中にあるアフリカ諸国で黒人奴隷を調達して労働力としてアメリカ大陸へ送ります。その後、過去のブログ記事でも触れたとおり、ヨーロッパ諸国の植民地政策(帝国主義)が本格化すると、先進国(イギリス、フランス、イタリア等)と後進国(ドイツ、オーストリアハンガリーオスマントルコ等)との間で第一次世界大戦が勃発して王侯貴族が築き上げた中世的な社会体制や芸術文化(オペラ、オペレッタクラシック音楽等)が荒廃すると共に、その戦費を賄うためのアメリカからの多額なドル借款を契機として世界経済の中心がアメリカへ移り、それに伴って芸術文化の中心もアメリカへ移ります。この点、アメリカは歴史的に王侯貴族が存在しなかったことから、貴族趣味を反映した中世的な芸術文化ではなく大衆の趣味を反映した近代的な芸術文化(ミュージカル、ジャズ音楽、ロック音楽、ラップ音楽等)が発展します。アメリカの南北戦争後に奴隷解放された黒人によりヨーロッパの讃美歌等とアフリカの民族音楽のリズム等を融合したジャズが誕生しますが、第一次世界大戦アメリカからヨーロッパへ派兵された黒人部隊がジャズを演奏したことなどから第一次世界大戦後にジャズがブームになり、1924年にガーシュインがクラシックとジャズを融合した狂詩曲「ラプソディ・イン・ブルー」を創作します。この曲では、ガーシュインがメロディを作曲し、グローフェがそれに基づくオーケストレーションを行いましたが、(クラシック音楽ではメロディの作曲とそれに基づくオーケストレーションは同一人物が行うのが一般的ですが)ミュージカルではメロディの作曲(ソング・ライター)とそれに基づくオーケストレーション(アレンジャー)を別々の人物が行う作曲スタイルの先駆となり、これによって多様なジャンルの音楽をミュージカルに採り入れることが可能になったばかりか、オーケストレーションが不得手でも優れたメロディを作曲できる才能のある者にミュージカル作曲家としての門戸が開かれることになりました。既にアメリカにはヨーロッパからオペレッタ(上述のコミック・オペラ(サヴォイ・オペラ)を含む。)、ヴォードヴィル(上述のバラッド・オペラを含む。)、メロドラマや各種のショー(上述のミュージック・ホールやバーレスクを含む。)等が伝わっており、レビュー(1年の出来事等を題材として歌や踊りを採り入れて回想する風刺劇)やミンストレル・ショー(白人が顔を黒塗りして黒人の真似をするパロディー劇)等の大衆文化が発展していましたが、これらの影響を受けて、1927年にカーンが物語と歌を融合したミュージカル「ショー・ボート」(ミシシッピー川を回遊する興行船でメロドラマ、ミンストル・ショー、ヴォードヴィル等のショーを披露していた芸人達が登場し、その半生や人種問題等を採り上げた深淵な物語とジャズや黒人霊歌等の要素を採り入れた音楽とが一体になって展開する一貫したストーリー性があるブック・ミュージカル)で、アメリカの身近な話題を題材としてジャズ等のポピュラー音楽や社交ダンス、タップダンス等のモダンダンスを採り入れた英語によるアメリカ版のオペレッタとも言い得るミュージカルが誕生します。ブック・ミュージカルの特徴は、その後の「サウンド・オブ・ミュージック」(1952)、「マイ・フェア・レディ」(1956)、「オペラ座の怪人」(1986)等の作品に受け継がれていきます。1929年の世界大恐慌や映画の誕生等によって浮世離れしたオペレッタは廃れますが、ミュージカルはラジオの誕生によりヒット曲の供給源として注目されるようになります。また、トーキー映画の誕生によってミュージカル映画がブームとなり、ブロードウェイ・ミュージカルの舞台が映画化され、また、ハリウッドの映画俳優がブロードウェイ・ミュージカルの舞台に出演する(マイクの使用によって声楽を本格的に学んでいないハリウッドスターもブロードウェイ・ミュージカルの舞台出演が可能)など交流が盛んになります。第二次世界大戦後、1947年にブロードウェイの知名度アップを目的として優れたミュージカル作品に贈られる「トニー賞ony)」(1944年に創設されたドナルドソン賞を承継したもの)が設けられますが、メディアの発達に伴って報道、文学、作曲を対象にした「ピューリッツア賞(ulitzer)」(1903年)、映画を対象にした「アカデミー賞/オスカー(scar)」(1929年)、テレビ番組を対象にした「エミー賞mmy)」(1949年)、音楽を対象にした「グラミー賞rammy)」(1959年)等が設けられ、現在でもPEGOTと呼ばれる5つの賞は世界の芸術文化の最先端の潮流を占う権威ある賞として、その受賞作品に世界中から注目が集まっています。暫くミュージカルはヒット曲の供給源としてヒット曲だけを狙う傾向を強めていましたが、1943年にロジャースが物語と歌とダンスを融合したミュージカル「オクラホマ!」で、単なるヒットを狙った歌やダンスから登場人物の深層心理を表現するための歌やダンスへとミュージカルを深化します。1960年代にジャズが複雑な和声進行を採り入れるなど前衛的な性格を強めると、大衆の趣味との間に乖離が生じるようになり、新しいポピュラー音楽として和声進行を単純化してリズムを強調したロック音楽が誕生します。1967年にマクダモットが物語ではなく音楽を重視して創作したミュージカル「ヘアー」(ベトナム戦争に反対する反戦メッセージとヒッピー文化を題材とした作品で、一貫したストーリーがないブックレス・ミュージカル)で、初めてロック音楽を採り入れてオフ・ブロードウェイ(500席未満の小劇場で、若く無名な芸術家が将来のオン・ブロードウェイの名作となり得る作品を低予算で実験的又は挑戦的に公演し、その才能を開花させるための場としても機能)で人気を得た後、オン・ブロードウェイ(500席以上の大劇場)へと進出します。ブックレス・ミュージカルの特徴は、その後の「シカゴ」(1975)、「コーラスライン」(1975)等の作品に受け継がれていきます。その後、1971年にウェバーがロック音楽を使用して創作したミュージカル「ジーザス・クライス・スーパースター」で、サングスルー様式(ミュージカルの全編が台詞と歌から構成されるオペレッタのような様式ではなく歌のみから構成されるオペラのような様式)を採り入れると共に、スペクタクルな舞台を展開し、その後の「レ・ミゼラブル」(1980)、「キャッツ」(1981)、「オペラ座の怪人」(1986)、「ミス・サイゴン」(1989)(プッチーニのオペラ「蝶々夫人」が題材)等のメガ・ミュージカル(巨大な舞台装置を使う大掛かりな舞台)の潮流を生みます。やがて1990年代にディズニーがミュージカルへ参入し、「美女と野獣」(1994)、「ライオンキング」(1997)、「アイーダ」(2000)(ヴェルディーのオペラ「アイーダ」が題材)、「アナと雪の女王」(2018)等のヒット作品を生みます。さらに、2015年にミランダがラップ音楽(ヒップホップ音楽)を採り入れたミュージカル「ハミルトン」(2015)で、オペラのイタリア語によるレチタティーヴォをミュージカルの英語によるレチタティーヴォとして蘇らせてミュージカルに新風を吹き込みます。2021年にミュージカル映画ムーランルージュ」を舞台化した「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」が第74回トニー賞を受賞しましたが、リメイク・ミュージカル(有名な映画や物語などを舞台ミュージカル化した「ヘアスプレー」(第57回トニー賞)、「バンズ・ヴィジット」(第72回トニー賞)、「ハデスタウン」(第73回トニー賞)など)、ジュークボックス・ミュージカル(既存のヒット曲をつないでミュージカル化した「マンマ・ミーア!」(ABBA)、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」(クイーン)、「ジャージー・ボーイズ」(フランキー・ヴァリフォー・シーズンズ)、「ムーヴィン・アウト Movin’ out」(ビリー・ジョエル)「Beautiful:The Carole King Musical」(キャロル・キング)、「ロック・オブ・エイジズ」(80年代のロックのヒット曲で構成)など)、ディズニー・ミュージカル(ディズニーの長編アニメをミュージカル映画化した「モアナと伝説の海」や「ミラベルと魔法だらけの家」など、実写とアニメを合成してミュージカル映画化した「メリー・ポピンズ」など)や、ミュージカル・シネマ(過去のミュージカル作品へのオマージュで彩られた「ラ・ラ・ランド」(第84回アカデミー賞)、舞台ミュージカル「ディア・エヴァン・ハンセン」(第71回トニー賞)をミュージカル映画化した「ディア・エヴァン・ハンセン」、舞台ミュージカル「イン・ザ・ハイツ」(第62回トニー賞)をミュージカル映画化した「イン・ザ・ハイツ」など)などが注目されています。なお、1961年にシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」を題材にした舞台ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」をミュージカル映画化した「ウェストサイド・ストーリー」(第34回アカデミー賞)は体育館のダンスシーン等のラテン系ジャズ音楽以外はバーンスタインが作曲及び編曲を行い、ロビンズが物語、音楽及びダンスを融合する演出で話題になった不朽の名作ですが、これをスピルバーグ監督がリメイクしたミュージカル映画ウェストサイド・ストーリー」が2022年2月11日に公開されます。また、ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」を題材にしたミュージカル映画シラノ」が2022年2月25日に公開されるなど、ミュージカル・ブームは衰えを知りません。なお、アメリカから器を借りる形にはなりますが、日本でもミュージカル「阿国」、ミュージカル「李香蘭」やミュージカル「はだしのゲン」等の名作が生み出されており、また、上述のとおり日本独自のジャンルである2.5次元ミュージカルが注目を集め、さらに、メタバースを使ったミュージカルが企画され(歌舞伎界でも1月25日からメタバースを使った「META歌舞伎 Genji Memories」の公演が予定)、観客が自らのアバターでミュージカルに出演することができる参加型・体験型のイベントも企画されています。ミュージカルは、現代の時代性を表現できる数少ない芸術表現の1つとして現代人から圧倒的な支持を得ていますが、過去のブログ記事で記載したとおり、これまで白人が独占してきたブロードウェイ・ミュージカルの歌手や作家に有色人種(黒人やアジア人など)を起用する動きが目立ってきており、十字軍遠征の失敗、市民革命、大航海時代産業革命等が新しい芸術文化を育む契機となったように、最近のSDGsの取組みやコロナ禍の体験、AI革命等がどのような新しい芸術文化を育む契機となるのか、その意味からも今後のブロードウェイ・ミュージカルの動向が非常に注目されます。今年の個人的な抱負としては、現代音楽(現代オペラ、ポスト・クラシカル等を含む)やミュージカルなど現代の時代性を表現し得る現代に生きる芸術家による新しい芸術表現(メタバース、XR等を使った芸術表現等を含む)に注目していきたいと思っています。なお、最後になりましたが、ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」の作詞や幕末日本の黒船来襲を題材として歌舞伎や文楽など日本の伝統芸能のエッセンスを演出に採り入れて話題になったミュージカル「太平洋序曲」の作曲を担当し、演出家・宮本亜門のブロードウェイ進出の切っ掛けを作ったソンドハイムが去る2021年11月26日に逝去されました(享年91歳)。衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
 
◆おまけ
フィンランドの現代作曲家であるカイヤ・サーリアホが能「経正」や能「羽衣」を題材にしてカウンターテナーフィリップ・ジャルスキーのために作曲し、おそらく21世紀を代表するオペラ作品の1つとして名前を連ねることになるであろうオペラ「Only the Sound Remains」をお楽しみ下さい。
 
19世紀のイタリアでは、神話や英雄等を題材とする浮世離れしたロマン主義的なオペラへの反動として声楽の超絶技法を排して演技力や表現力を使って市民の日常生活を写実的に描写する骨太な音楽劇であるヴェリズモ・オペラが誕生しますが、その代表作の1つであるプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」をお楽しみ下さい。
 
プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を題材にし、ドラッグ、HIV、マイノリティーなど現代的な社会問題を扱って話題になったミュージカル「レント」をお楽しみ下さい。このミュージカルを創作したラーソンは初演前日に急死していますが、現在、自伝的なミュージカル映画tick,tick....BOOM!」が公開されています。