ぶらあび

伝統に根差しながらも時代を『革新』する新しい芸術作品と、これを創作又は実演する芸術家をジャンルレス・ボーダレスにキャッチアップする契機とするために書き散らかしています。

【追悼講演】サウンドスケープの過去と未来:R.M.シェーファーが残したもの<STOP WAR IN UKRAINE>

▼CMソングの日(ブログの枕)
今日は「CMソングの日」ですが、1951年9月7日に民間ラジオ放送局で日本初のCMソングを使ったラジオCMが放送されました。1951年9月1日に中部日本放送局が日本初の民間ラジオ放送を開始しますが、その放送枠を小西六写真工業株式会社(現、コニカミノルタ株式会社)が買い取って、その番組制作を作詞家・作曲家の三木鶏郎(通称、トリロー)に依頼します。三木鶏郎は、NHKには真似できないものを放送したいと意気込み、小西六写真工業株式会社の商品「さくらフィルム」のCMソング「ボクはアマチュアカメラマン」(企業名や商品名がないイメージソング)を放送し、CMソングという新しいジャンルを誕生させます。三木鶏郎の門下には、作曲家・いずみたく桜井順、作詞家・伊藤アキラ、作家・永六輔野坂昭如五木寛之等の錚々たる著名人が名を連ねますが、その後、三木鶏郎とその門弟達は日本のポップカルチャーを牽引する立役者となり、日本人の頭を支配することになる数々の有名なCMソング等を生み出すことになりました。但し、最近では、インタネットの普及に伴ってマスメディアを使ったCMソング等を使った聴覚に訴えるCMだけではなく、バナー広告など視覚に訴えるCMも台頭しています。
 
▼今でも日本人の頭を支配する有名なCMソング等
ハトヤホテル」(CM:作詞・野坂昭如
明治チョコレート」(CM:作詞・いずみたく
いい湯だな」(歌謡曲:作詞・永六輔
ゲゲゲの鬼太郎」(アニメ:作詞・水木しげる) など
日立の樹」(CM:作曲・小林亜星
かっぱえびせん」(CM:作曲・筒井広志)
青雲のうた」(CM:作曲・森田公一) など
作曲・桜井順
お正月を写そう」(CM:作詞・桜井順
石丸電気」(CM:作詞・桜井順伊藤アキラ
とんでったバナナ」(歌謡曲:作詞・片岡輝) など
 
なお、2021年5月15日、作詞家・伊藤アキラが逝去し、これを追うように2021年5月30日、作曲家・小林亜星も逝去しています。更に、2021年9月25日、作曲家・桜井順が逝去しており、日本のCMソングの一時代を築いた巨匠達が相次いで他界しています。また、後述しますが、CMソングを含む音環境等を研究対象とするサウンドスケープの提唱者でカナダ人作曲家・M.シェーファーも2021年8月14日に逝去していますので、2021年は音楽界にとって時代の転換点とも言える年だったと言えるかもしれません。因みに、1769年、平賀源内が「漱石膏」(歯磨き粉)の宣伝音楽を作詞、作曲したと言われており、日本で最初に本格的に音楽を宣伝に利用した事例と言われていますが(但し、大河ドラマ真田丸」で瓜売りの歌が再現されていましたので、昔から物売りが売り口上に節やリズムを付けて売り歩くという例はあったものと思われます。)、残念ながら、その楽譜等は現存していません。その意味で、日本のCMソングやコピーライター(「本日土用丑の日」というキャッチコピー鰻屋の店頭に張り出すようにアドバイスしたところ大繁盛し、土用の丑の日に鰻を食べる習慣が誕生と言われています。)の元祖は平賀源内と言えます。最近では、CMの訴求効果としてCMソングや信号音、標章音等の重要性が増しており、例えば、医薬品のCMでは「使用上の注意」を表示する際に「ピンポン」という信号音(鐘の音)を併用しているのもその一例です。これは日本OTC医薬品協会等が公表しているOTC医薬品等適正広告ガイドライン(「一般用検査薬広告の自主申し合わせについて」(平成29 年7 月14 日)の第4項の(3)の2)/同書P104)において、広告における「使用上の注意」の表示方法として「視聴者の注意を喚起するような音声等も併用する」と規定し、それを踏まえて「ピンポン」という信号音(鐘の音)が業界標準として利用されています。また、CMソングではありませんが、学校の始業や終業を合図する「キンコンカンコン」というチャイム(ウェストミンスターの鐘の音)なども馴染み深い音ですし、車が道路上を制限速度内で走行すると音楽が鳴るようにすることで安全運転を促すメロディーロード全国地図)も注目されている試みです。最近のCMソングでは、企業イメージや商品イメージと強く結び付いた音楽や標章音等がブランドシンボルとして重視されるようになり、例えば、ファミリーマート松屋任天堂ゲーム(マリオのコイン効果音)など、サウンドロゴとして商標登録される事例も増えています。さらに、太田胃散のCMで病弱であったショパン前奏曲第7番イ長調が使用されるなど、著作権の保護期間が終了しているクラシック音楽がCMやBGM等に利用される例も顕著となっています。CMソング隆盛の背景には、クラシック音楽のように物語性のある音楽からミニマル・ミュージックやポスト・クラシカル等に象徴されるようにイメージや雰囲気を想起させる音楽が好まれる現代の嗜好性(文脈ではなく感覚を伝えるためのミニマル・コミュニケーションとしての打ち言葉なども同様)もあるのではないかと考えられます。その意味では、拙ブログのように句読点を多用し、ダラダラと長い文脈が続く垢抜けない文章は、現代の若者からは到底受け入れ難いものということになるのかもしれません。
 
 
【演題】サウンドスケープの過去と未来:R.M.シェーファーが残したもの
【演目】第1部:<出会い>
    ・イントロダクション:シェーファーのバイオグラフィの基本を紹介
    ・キーノート・ダイアローグ:Hildegard Westerkamp
    ・1970-80年代に果たした役割
                 (WSPの活動を含むSFUの状況等)
      <対談者>今田匡彦(弘前大学教育学部教授(音楽教育学))
           鳥越けい子(青山学院大学総合文化政策学部教授)
    第2部:<インパクト>
    ・シェーファーサウンドスケープ論の導入前後の日本の状況を聞く
      <発言者>岩宮眞一郎(音響学、芸術工学
           小川博司社会学、日常生活と音楽研究会)
           小原良夫(日本BGM協会理事、各種サイン音設計)
           小西潤子(民族音楽学
           曽和治好(ランドスケープ、 造園・景観建築デザイン)
           平松幸三(音響学、衛生工学、土木学会関西支部
           横内陽子(ラジオ、放送メディア)
      <司会者>大門信也(関西大学社会学部准教授)
           髙橋憲人(弘前大学人文社会科学部研究機関研究員)
    第3部:<未来へ>
    ・シェーファーサウンドスケープ論の本質とは何か?を語る
    ・リトルサウンドエデュケーション:
                  子どもたちが創生する未来のオンガク
    ・「世界の調律」に読み取る新たなメッセージ
      <座談会>今田匡彦、鳥越けい子、髙橋憲人、大門信也
【主催】一般社団法人 日本サウンドスケープ協会(理事長:土田義)
【会場】オンライン
【会費】無料
【感想】
▼追悼講演の概要と感想
先日、(社)日本サウンドスケープ協会の主催で、2021年8月14日に逝去したサウンドスケープの提唱者でカナダ人作曲家のM.シェーファーを追悼するために、M.シェファーの功績とサウンドスケープの過去と未来を考える講演会が開催されたので(オンライン視聴)、その概要及び感想を簡単に残しておきたいと思います。冒頭、M.シェファーのBIOが簡単に紹介された後、M.シェファーと親交があったドイツ人作曲家のH.ヴェスターカンプによるM.シェーファーを偲ぶ回想が紹介され、M.シェファーに薫陶を受けた研究者とサウンドスケープに関係する各方面の専門家等によるパネルディスカッションが行われました。当初、M.シェファーは、J・ケージの実験音楽やランド・アート(ミステリーサークルなど自然の素材を活かして砂漠や平原等に作品を造る美術)などの影響から音環境そのものを音楽作品として捉えて研究対象としていましたが、フィールドワークを重ねるうちに、個人や社会によって全く異なる音環境の認知が行われていることに気付き、サウンドスケープは音環境に広がる音そのものを研究対象とする音響学に近い性格のものから、個人や社会が音環境をどのように認知しているのかを研究対象とする音響生態学に近い性格のものへと進化して行きました。M.シェファーは、欧米の音環境が産業革命を契機としてハイファイ(1つ1つの音がクリアに聴き取れる状態)からローファイ(1つ1つの音が他の音によって掻き消されて聴き取れない状態)が支配的となった状況を踏まえて、その音環境の再構成を行うサウンドスケープ・デザイン」(単なる騒音対策ではなくサウンドスケープを人工的に作り出すこと)の必要性を認識するようになりました。なお、パネルディスカッションが行われる予定になっていましたが、短い時間のなかで、各方面の専門家等がそれぞれの立場から一言づつ発言して時間切れとなりましたので、以下では発言者毎にその発言要旨を簡単にご紹介します(発言順/敬称略)。但し、以下では各発言者の発言内容のごく一部の概要しか記載しておらず、また、その発言趣旨を正確に理解できていない可能もありますので、各発言者の真意に沿わない誤解が含まれている可能性があることをご承知置き下さい。各発言者の正確な考え方をお知りになりたい方は、直接、各発言者の著書や講演会等をご参照下さい。
 
小川博司:M.シェーファーの古典的名著「調律の世界」の翻訳を担当した方です。1983年頃はラジカセやウォークマン等が本格的に普及して日常生活に音楽が急速に浸透した時代であり、音楽が何らかのムードを創るものとして持て囃されていましたが、そのような時代背景のなか、上記「調律の世界」は音楽の在り方を考えるうえで非常に重要な視点を与えるものとして注目されたという趣旨の発言がありました。確かにクラヲタの僕は当時のお小遣いだけではコンサート通いができないので必死にラジカセ(FMfanエアチェック)に噛り付いていたことを思い出します。
小原良夫サウンドスケープ・デザインに携わられている方で、最近では、京都駅~関西国際空港駅を結ぶJR東海の列車発車や列車接近のサイン音、大阪花博(国際花と緑の博覧会)の音の演出などを手掛けられています。BGMは、意識しない音、意識されてはいけない音楽として音を風景のように捉えることが必要であり、できるだけ音をビジュアル化するという視点で取り組んでいるという趣旨の発言がありました。最近、ネット社会を背景として「つながらない権利」が注目されていますが、多様化の時代に他人から何かを押し付けられないということが重要になっています。
岩宮真一郎:M.シェーファーは、当時、音響学が見過ごしてきたコンテクスト(音環境と社会や文化等との関係)を重視していた点で先進的な考え方を持ち、音環境をオーケストラに見立て人間はそれぞれの音環境の中で指揮者、演奏者、聴衆の役割を担っているという視点から参加型のサウンドスケープ・デザインを指向していたそうですが、その流れから最近では教育現場等において音に対する意識を育むためのサウンド・エデュケーションという取組が活発になっているという趣旨の発言がありました。パソコンの普及による視覚社会への偏重傾向に対する警鐘とも言えそうです。
曽和治好ランドスケープサウンドスケープの語源)に携わられている方で、当初、ランドスケープは機能面・視覚面を中心に考えられていましたが、サウンドスケープが登場して空間が持つ音環境の重要性が認識されるようになり、その考え方を採り入れて視覚以外の感覚を働かせて感じる自然美を重視するようになったという趣旨の発言が行われました。過去のブログ記事で触れましたが、漫画「ミュジコフィリア」では池泉廻遊式庭園「無鄰菴」が表現する音の世界(コスモロジー)を紹介しています。
平松幸三:音響学に携わられている方で、騒音が聴力や生態等に与える影響について研究されているそうです。サウンドスケープが登場すると、騒音行政の分野で歓迎をもって受け入れられ、騒音対策の延長としてのサウンドスケープに取り組まれてきたという趣旨の発言が行われました。
横内陽子:1990年代にセント・ギガという有料の衛星ラジオにおいて、地球を俯瞰的に眺める視点から「Sound Effect」(特定の音だけを再現する効果音)ではなく「Sound of Earth」(その場で聴こえる全ての音から構成)を放送していたという趣旨の発言が行われました。
小西潤子民族音楽学や生態音楽学に携わられている方で、人間のための音楽から環境(他の生物)のための音楽を研究するEco-musicologyに取り組まれているという趣旨の発言がありました。過去のブログ記事で触れましたが、植物も聴覚等を備え、一定の知性を持っていることが分かっています。
 
▼人間の知性と音(楽音及び非楽音を含む)を聴くということ
人間は、「知覚」(現在の情報)+「記憶」(過去の情報)=「認知」(未来又は未知の予測)を行い、その認知の結果から「感情」が生まれますが、基本的に、その結果が人間の生存可能性を高める方向であれば喜・楽などのポジティブな感情が生まれ、また、その結果が人間の生存可能性を低める方向であれば怒・哀などのネガティブな感情が生まれて、それらの感情に応じた身体反応を起こすことで環境を変化させて生存可能性を高めていると考えられます。また、人間は、新しい知覚(体験)や新しい記憶(学習)を繰り返すことで新しい認知を得ますが、その知覚と記憶の組合せが平凡(これまでにあったような組合せ:ニューロン可塑性が非活発)であれば「想像力」となり、その知覚と記憶の組合せが非凡(これまでにないような組合せ:ニューロン可塑性が活発)であれば「創造力」となります。更に、その知覚と記憶の組合せが非凡なもののうち、その組合せに何らかの関係性や法則性等を見い出すことができれば「創造的」となり、その組合せに何らかの関係性や法則性等を見い出すことができなければ「狂気的」となります。この点、従前の知覚や従前の記憶(日常)ばかりを繰り返していると人間は「飽きる」という状態に陥って、新しい認知(非日常)を求めて新しい知覚(体験)や新しい記憶(学習)を模索するようになり、例えば、新しい習い事を始める、新しい音楽を聴く、旅行に出掛けるなどの身体反応を起こすようになります。これが人間の知性を育んでいる基本的な仕組みと考えられます。この点、下図は、サウンドスケープ・デザインに関する書籍「人と空間が生きる音デザイン」(小松正史著)に収録されている概念図ですが、基本的には、上記と同じ趣旨のことが図説されています。
 
鳥越けい子:M.シェーファーの古典的名著「調律の世界」の翻訳を担当された方です。それまで音響学、音響真理学、耳科学、国際的な騒音寄生の実施とその手続き、通信の録音の技術(電気音響学、電子音楽)、聴覚のパターン認識、言語や音楽の構造分析などサウンドスケープに係る学問分野は細分化していましたが、M.シェーファーサウンドスケープを提唱して「ワールド・サウンドスケープ・プロジェクト(WSP)」を創立し、それらの細分化していた学問領域を統合して、その研究領域をテキストとして音楽(図)からコンテクストとしてのサウンドスケープ(地)へと拡大します。1980年に生物学者のE.ストーマーが人類が地球と大気に与えた影響の大きさに着目して提唱し、その後、2000年に大気学者のP.クルッツェンの発案によって世界的に注目されることになった「人新世」の考え方はサウンドスケープにも大きな影響を与えており、サウンドスケープを人類が生き延びるための創造行為として捉え直し、これまでの既成概念を覆して世界をデザインし直す(即ち、文化的制度に由来する境界及び知覚の被膜の存在を認識して、それらを超える及び剥がす)ためのサウンドスケープ・デザインが求められているという趣旨の発言がありました。日本のサウンドスケープの第一人者である方の発言は重く響きますが、前回のブログ記事でも触れたとおり、現代は時代の価値観、自然観や世界観等が大きく更新され、「昨日までの世界」に閉じ籠っていられない不可逆な時代を生きており、過去の人間中心主義の時代の芸術表現では現代人の教養を育むことが難しくなってきていると思いますので、そのことを踏まえて現代の時代性を表現し又はそれを前提とした新しい芸術表現が求められているのではないかと感じます。
武満徹によるM.シェーファー評(1980年)
彼は単なる万能選手ではない。彼の実践が私たちを打つのは、全てのものに向けられているその詩的な眼差しによってである。分離され密閉された分野の狭い通路を、再び「世界」に向けて開こうとする彼の根源的(ラディカル)な意思が私たちを打つのだ。
今田匡彦:M.シェーファーから薫陶を受けた方で、サウンドスケープ・エデュケーションを研究されています。人類が言葉を発明して言葉による意味付けが行われるようになる前から音楽は存在し、その後に言葉を発明して言葉によって理論化したものが現在の「音楽」と言われているものです。現在、音楽の不変項と言えるようなものは見つけられておらず、宇宙にまで広げて音楽を捉えると音楽とは何なのか増々分からなくなります。シャーマニズムでは音を魔術的なものとして捉えていた一方で、西洋の「音楽」ではそれを長さ、高さ、強さなどで分析することによって音楽の近代化が図られましたが、1960年代にM.シェーファーは「音楽」を狭路へ押し込める言葉によるヘゲモニーを打破しなければならないという問題意識を持ち、歴史上の作曲家の前にひれ伏すような音楽教育では駄目だという考え方を持っていたという趣旨の発言が行われました。過去のブログ記事でも縷々触れてきましたが、正しく現代のクラシック音楽界が陥っている袋小路を言い当てた発言ではないかと思われます。喩えれば、現在の「音楽」と言われているものは、スーパーに並べられている食べ易く加工された魚の切り身のことを「魚」と呼んでいるのに等しく、これまで切り捨てられていた部位を見直してきちんと魚を再認識することから始めなければ人類が魚とは何なのかをより良く理解し、言葉のヘゲモニーを打破することは難しいかもしれません。
 
M.シェーファーの古典的名著「世界の調律」では、西洋音楽が音楽を「楽音」の狭路へ押し込み、そこから「非楽音」を排除してきたことに触れている点が非常に興味深いです。過去のブログ記事で触れましたが、20世紀に入ると、音楽を「楽音」の狭路から解放するための様々な試みが行われ、例えば、A.シェーンベルクは、調性の呪縛から音楽を解放するために「十二音技法」を考案し、また、L.ルッソロは、ノイズに美的な価値を見い出して「騒音の音楽」を考案して、音楽に「非楽音」を採り込みます。また、E.サティーは、家具のように日常生活に溶け込んで意識されることがない音楽として「家具の音楽」を発表し、その後のB.イーノの「アンビエント・ミュージック」の先駆となります。さらに、P.シェフェールは、環境音等の「非楽音」をテープに録音して音楽に採り込む「ミュージック・コンクレート」を考案し、また、J.ケージは、沈黙等の「非楽音」を音楽に採り入れると共に、作曲家が緻密に設計するという西洋音楽の伝統から音楽を解放するために「偶然性の音楽」を考案します。やがてコンピューターの発明によって電子音楽が採り入れられるなど、音楽の概念が大きく拡張されて来ました。過去のブログ記事でも触れましたが、このような音楽の概念の拡張は、宗教音楽(宗教の教義を伝えるための音楽)ではなくオペラ(人間の感情を表現するための音楽)が誕生し、人間の感情を豊かに表現するためのドラマティックな表現手法を求めて不協和音の解放(不協和の予備の解放)に踏み出したモンテヴェルディーにまで遡ると言えるかもしれませんが、シェーンベルク(不協和の解決の解放)が登場するまでは西洋音楽の伝統の枠内に留まる試みなので、20世紀以降に本格化する音楽を「楽音」の狭路から解放するための試みは一線を画しているものと思われます。なお、古代には視覚よりも聴覚が重要なものとして位置付けられ、神の言葉、部族の歴史やその他の重要な情報等は口承により伝承されていましたが、日本では、中国から漢字が伝来するまでは口承文化(聴覚文化)を基調とし、神を経典(文字)ではなく音(神の訪れ➟神の音連れ)によって感じるなど、昔から日本人は知覚としての音に留まらず、認知としての音として、その音(非楽音を含む)に何かを聴き取る感性やイマジネーション力が発達しており伝統的にサウンドスケープと親和的な文化を育んできたものと考えられます。この点、過去のブログ記事でも触れましたが、例えば、平安京は四神相応の考え方に基づいて都市設計が行われ(平安京の守護神として、陰陽五行説で幻の獣神とされている玄武、青龍、朱雀、白虎、麒麟平安京の中央と四辺に配置)、そこにサウンドスケープのような概念を採り入れて、平安京の西方に神護寺の平調、北方に醍醐寺の盤渉調、東方に高台寺及び清光寺の上無調並びに知恩院の下無調べ、南方に西本願寺の壱越調甲を配置し、陰陽五行説の思想を体現するように五種類の梵鐘の響きが平安京を包み込むようになっています。このように日本人が伝統的に育んできた(そして日本の義務教育の西洋音楽偏重主義によって損なわれた)音(非楽音を含む)に何かを聴き取る感性やイマジネーション力というものが日本の豊かな文化(例えば、和歌は、目で読むものではなく声に出して詠むものなど)を育んできた伝統に思いを馳せると共に、その豊かな文化を取り戻すために昔の日本人が持っていた音(非楽音を含む)に何かを聴い取る感性やイマジネーション力を育む意味でもサウンドスケープ・エデュケーションの重要性は増しているのではないかと感じられます。最後に、このブログ記事で触れさせて頂いたM.シェーファー伊藤アキラ小林亜星桜井順、後述の森英恵過去のブログ記事で触れさせて頂いた三宅一生、各氏の功績を讃えると共に、そのご冥福を衷心よりお祈りします。
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.6
シリーズ「現代を聴く」では、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
アンドレア・タッローディ「ピアノと弦楽のための空の歌」(2017年)
スウェーデン人の現代作曲家のアンドレア・タッローディ(1981年~)は、2018年に「弦楽四重奏曲」でスウェーデングラミー賞を受賞するなどスウェーデンで最も注目されている俊英です。この動画は、ウクライナ人ピアニストのナタリア・パシチニクの委嘱によって、ウクライナ民謡「青と灰色の翼を持つ鳩」とスウェーデンの民謡「輝く星」をモチーフにして作曲された音楽です。
 
ヨハネス・フィッシャー「カノンとスズメ」(2018年)
ドイツ人の現代作曲家のヨハネス・フィッシャー(1981年~)は、2003年にゲンダ・ギュンター・ビアラス賞(作曲賞)を受賞、2007年に第56回ミュンヘン国際音楽コンクール(打楽器部門)で優勝するなど作曲家だけではなく打楽器奏者としても著名です。この動画は、フィッシャーが2012年に第61回ミュンヘン国際音楽コンクール(弦楽四重奏部門)で優勝したアルミーダ弦楽四重奏団に献呈した音楽です。
 
▼佐原詩音「コナコナ蝶々」(2022年)
日本人の現代作曲家の佐原詩音(1981年~)は、第30回TIAA全日本作曲家コンクールで審査員賞を受賞するなど最も注目されている若手の俊英で、かなり精力的に活動されています。この動画は、コンサートプラン・クセジュで発表された新曲が演奏された模様ですが、佐原さんが自らキュレーターとなって動画の概要欄に作品解説を掲載していますので鑑賞のガイドになると思います。先日、他界された森英恵さんは蝶をモチーフとしたデザインで世界へと羽ばたきましたが、森さんを偲ぶ意味も込めてこの曲をご紹介します。