ぶらあび

伝統に根差しながらも時代を『革新』する新しい芸術作品と、これを創作又は実演する芸術家をジャンルレス・ボーダレスにキャッチアップする契機とするために書き散らかしています。

演奏会「現音 Music of our Time 2022」とブリロの箱<STOP WAR IN UKRAINE>

▼マウスとデザイン(ブログの枕の前編)
現代人が1日の中で一番長く握り締めているものは筆記用具(~昭和)からマウスやスマホ(平成~)へ変化したと言えるかもしれませんが、来る12月9日は「マウスの誕生日」です。同じマウスでも「ミッキーマウスの誕生日」は11月18日ですが、パソコン画面上でカーソルを1ドット移動させるためにマウスを動かさなければならない距離は1/100インチ(=0.254mm)に設計されており、その距離(単位)のことを「ミッキー」と呼ぶのはミッキーマウスに因んでいます。1967年にITの父・D.エンゲルバートマウスを発明して特許を取得し、1968年12月9日にマウスのデモンストレーションを行ったことから「マウスの誕生日」とされています。それまでのコンピュータはプログラムを入力できる専門家しか扱えませんでしたが、マウスの誕生によって誰でも直観的な操作でコンピュータを扱うことができるようになり、その後のIT革命の礎となりました。1969年10月29日にUCLAのL.クラインロック教授からARPANET(インターネットの前身となるパケット通信ネットワーク)を使った最初のメッセージがD.エンゲルバートに送信され、この日が「インターネットの誕生日」になっています。このように今日のIT社会を支えているマウスやインターネット等は1960年後半に相次いで誕生していますが、S.ジョブズはマウスの開発がパーソナルコンピュータの普及に重要な鍵になると考えて操作性とコスト面に優れたシンプルなデザインにすることを追求し、1983年に世界初のマウスを使うためのインターフェイスを備えたコンピュータ「Apple Lisa」を発表して、各メーカーがマウスの改良等に乗り出したことからパーソナルコピューターが普及して行きます。これにより1997年にD.エンゲルバートはマウスの発明等(プログラム型コンピュータからインタラクティブ型コンピュータへの発展)の功績によりIT業界のノーベル賞と言われるチューリング賞を受賞しています。因みに、この前年の1996年にスマートフォンの原型となった電話機能付きPDA端末が発売されています。過去のブログ記事で触れたとおりS.ジョブズはマウスだけではなくMac(フォントを含む)やiPhoneの開発にあたってデザインを重視し、エンジニアが商品の仕様設計を行ってからそれに合う商品のデザインをデザイナーに考えさせるのではなく、デザイナーが商品のデザインを考えてからそれに合う仕様設計をエンジニアに行わせるという独特な開発プロセスを踏んだと言われています。この点、デザイン(design)の語源は、ラテン語のデ(de=削る)とザイン(sign=形作る)であり私欲を削ぎ落して本質を磨き上げることを意味していることから、デザインは「引き算」のプロセス(伝えたいものではなく伝わるもの)に重要な意義を求め、コンセプトとターゲットを意識してデザインする(削る)ことで伝わるものへと洗練させて行く創造的営為と言われています。S.ジョブズは、単なる表面的な美しさを追求するのではなく実用性と結び付いたシンプルで無駄のない機能美を追求した結果としてMacやiPhone等に見られる媚びない、驕らない洗練されたシンプルなデザインが誕生し、それが世界中の人々から圧倒的に支持される要因の1つになったと言われています。過去のブログ記事サウンドスケープ・デザインと脳の認知について簡単に触れましたが、それと同じくデザインのセンスは人間の「知覚」(体験=現在の情報)と「記憶」(学習=過去の情報)の組合せによって未知や未来を予測する能力(正確性や独創性等)のことであり、豊富な知識を蓄積することで物事を高い精度で最適化し得る脳の認知能力を磨くことが重要だと言われています。この点、S.ジョブズは、上述のとおり京都をはじめとして世界中を旅して色々な「本物」に触れながら豊富な知識を蓄積したことで自らのデザインのセンスを磨き、MacやiPhone等のデザイン性の優れた商品を生み出すことができたのではないかと思われます。
 
 
▼ブリロの箱とポップ・アート(ブログの枕の後編)
上記で採り上げた「マウスの誕生日」(工業デザイン)に因んで、先日、ポップ・アートの巨匠A.ウォーホルがマウスの誕生(1968年)と同時代に制作した代表作「ブリロの箱(Brillo Boxes)」(1964年)を島根県2025年春開館予定の鳥取県立美術館で所蔵する目玉作品として約3億円で落札したニュースが物議になっていました。マスコミ各社の論調を見ると、大要、①作品理解の問題、②購入経緯の問題及び③財政状態の問題の3点が議論になっていたようですが、このうち上記②及び③の問題は島根県島根県民との間のコミットメント・プロセスの問題であり部外者が口を挟むのは差し控えたいと思いますので、上記①の問題を考えるために簡単にポップアートについて採り上げてみたいと思います。過去のブログ記事でも触れましたが、第一次世界大戦で中・近世的な社会体制や価値観等が崩壊し、宮廷文化の伝統を受け継いだブルジョア(≒ 貴族)文化を象徴する伝統芸術を否定して「反芸術」(レディー・メイド、アッサンブラージュやコラージュなど既製品や大衆性を素材とする表現)を志向するダダイズムが誕生します。その後、第二次世界大戦帝国主義が崩壊し、世界の中心がヨーロッパからアメリカへ移行するとヨーロッパ(貴族社会)の伝統芸術に対するアメリカ(市民社会)の大衆文化が華開き、1950年代にイギリスでダダイズムの影響等からヨーロッパ(貴族社会)の伝統芸術に反発するアメリカの大衆文化を意味する「ポップ・アート」という概念が誕生し(「伝統からの解放」を志向するアメリカニズム)、その後、1960年代にアメリカで抽象表現主義(風景や人物など目に見えるものを描く具象絵画(伝統)から解放されて人間の内面など目に見えないものを描く自由な表現を志向して興隆しますが、やがてアーティストの自由な表現を制約する権威的な性格を強めて衰退)を否定し、再び、「反芸術」(大量生産・大量消費社会を背景としてレディー・メイド、アッサンブラージュやコラージュの素材として新製品ではなく廃棄物を利用するなど即物的、即興的な性格を強めた表現)を志向するネオ・ダダイズムやその影響を受けたポップ・アートが主流になります。ネオ・ダダイズムは、作曲家ジョン・ケージにも影響を与え、音響を即物的(ポップ・アートと同様に文脈から切り離された表現素材)、即興的(ポップ・アートと同様に創作者の作為から切り離された偶然性)に捉えた「4分33秒」等の作品を生み出す契機になりました。また、過去のブログ記事で触れましたが、M.シェーファーが著書「世界の調律」(1977年)で人工的に生み出される騒音など日常空間にある音環境を包括的に研究対象とするサウンドスケープという概念を提唱しています。1970年代にベトナム戦争でポップ・アートが時代の雰囲気に合わなくなると、社会的な権威に対するカウンターカルチャーとしてヒッピー文化が主流になりアースワークやミニマルアートが台頭しますが、その考え方がIT革命の思想的な基盤(例えば、管理者を置かない分散型ネットワークの発想など。因みに、S.ジョブズもヒッピーでした。)を形成したと言われています。その後、2000年代に入ってポップ・アート等を採り入れたストリート(ヒップ・ホップ)文化が華開き、また、ポップ・アートとメディア・アート(IT技術)が融合したネオ・ポップ(VTuberなどiポップを含む)へと発展します。このように伝統というシガラミ(歴史的な文脈)を持たないアメリカが震源となり、伝統芸術(ヨーロッパ文化)に反発する反芸術(アメリカ文化)としてポップアートが誕生し、社会的な権威(体制)に反発するカウンターカルチャー(若者)としてヒッピー文化が誕生し、また、中産階級(白人社会)に反発する貧困階層(黒人社会)からストリート文化が誕生しており、社会の歪みを背景として古い価値観を新しい価値観に塗り替えようと反発することで新しい文化を育んできたアメリカ(市民社会)のダイナミズムがあり、その先兵としてポップ・アートが位置付けられるのではないかと思います。ポップ・アートは、第二次世界大戦後に世界中を席捲したアメリカのフォード・システムに象徴される大量生産・大量消費を可能にした製造業(モノ)中心の現代社会をテーマとし、それまでの伝統芸術が扱ってこなかった広告、漫画、雑誌や写真など日常にある素材を使って制作された作品で、伝統芸術が求める見た目の美しさではなく、その背後にある考え方、思想やコンセプト等を重視した表現である点に特徴があります。よって、見た目の美しさを求めてポップ・アート(現代アート)を鑑賞しても、「これは芸術と呼べるのか」という種類の的外れな反応しか生まれず、その表現意図や価値観等を看破し得る現代や未来に開かれた豊かな教養力、洞察力や感受性等がなければ、いつまでも鑑賞は深まりません。1964年、A.ウォーホルは、ブリロのソープパッド、キャンベルのトマトスープやケロッグのコーンフレークなど大量生産・大量消費を象徴する商品の梱包箱に使用されているデザインをシルクスクリーンで忠実に転写した立体作品(彫刻)をニューヨークのギャラリーで発表しますが、これはメディア広告等により社会階層や国境等を越えて伝播する商品イメージ(記号、アイコン)をその本来の文脈から切り離して反復的に強調することで、(現在では当たり前のように享受していますが)大量生産・大量消費によって誰でも平等に同じ水準の生活を送ることができるようになった現代社会の特質を浮彫りにすると共に、その表現領域を現代の時代性にミスマッチな伝統芸術から逸脱して現代の時代性に迫真するフィールドへと拡張することで、現代社会の特質とも言える芸術と日常の融合やオリジナル神話の打破等を意図して現代の時代性に根差した表現スタイルを志向したものであり(大衆芸術革命)、芸術に日常的なものを採り入れる反芸術的な性格を持った「フルクサス」や芸術家の創作行為のみによって完結する自律型の表現スタイルを逸脱して聴衆の受容行為(体験)を通じて完結する参加型の表現スタイルを持った「ミニマリズム」等とも通底する考え方だと思われます。過去のブログ記事でも触れたとおり、ジャンル、メディアや次元等を越境し、人間の再現能力の限界を克服するデジタル社会の到来を先取りするかのような先進的な考え方を表現していたと言えるかもしれません。その意味で、鳥取県鳥取県立美術館で所蔵する目玉商品として、世界的に知られるA.ウォーホルの代表作「ブリロの箱」を落札したことは、上記②及び③の問題を除いて上記①の問題や県外民、訪日外国人の集客という点から言えば正しく慧眼であったと言えるかもしれません。なお、日本では、デヴィット・ボーイの楽曲「アンディ・ウォ-ホル」(1971年)やA.ウォーホルが出演するTVCM「TDKのHiFiビデオテープ」(1983年)などが有名ですが、最近では、UNIQLOのコラボ商品「アンディ・ウォーホルUT(ブリロの箱Tシャツ)」などが話題になっています。また、現在、「アンディ・ウォーホル・キョウト」展が開催されており、そのテーマソングとして常田大樹作曲の「Mannequin」が使用されています。
 
 
▼演奏会「現音 Music of our Time 2022」
日本現代音楽協会が主催する現代音楽のフェスティバル「現音 Music of our Time 2022」が11月13日から12月25日まで開催されており、フォーラム・コンサート第1夜、フォーラム・コンサート第2夜及び第39回現音作曲新人賞本選会の3公演をオンライン配信で視聴することにしましたので、日本人の現代作曲家の紹介がてら、その感想を簡単に残しておきたいと思います。但し、1公演の演目数が非常に多いので、紙片の都合から各演目につき一言づつの感想とさせて頂きます。
 
▼フォーラム・コンサート第1夜(11/24 オンライン視聴)
【演目】①scenes(2022年初演)
      <作曲>河野敦朗
      <B-Cl>菊地秀夫
      <Pf>榑谷静香
    ②チェロ独奏の為の「浄瑠璃」(2022年初演)
      <作曲>田口雅英
      <Vc>北嶋愛季
    ③Affectus Ⅴ~バスフルートとクラシックギターのための~
                           (2022年初演)
      <作曲>平良伊津美
      <B-Fl>大野和子
      <Gt>山田岳
    ④フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための音楽
                           (2022年初演)
      <作曲>浅野藤也
      <Fl>増本竜
      <Cl>田中香織
      <Vn>亀井庸州
      <Vc>松本卓以
      <Pf>大須賀かおり
    ⑤三瀬川(2022年初演)
      <作曲>二宮毅
      <Hp>篠﨑史子
    ⑥ヤルダン〜風の壁画(2022年再演)
      <作曲>遠藤雅夫
      <尺八>田嶋直士
      <Vc>植木昭雄
    ⑦禱Ⅱ〜トロンボーン三重奏のための(2022年初演)
      <作曲>高見富志子
      <T-Tb>田厚生、西岡基
      <B-Tb>飯田智彦
    弦楽四重奏曲第3番「異形・日本・かぐや姫」(2013年再演)
      <作曲>ロクリアン正岡
      <SQ>弦楽四重奏団「Fluorite」
          <Vn>矢澤結希子、石川倫歌
          <Va>上見麻里子
          <Vc>小野口紗
【一言感想】
①scenes
scenesとは「光景」の意味で「音楽でも芸術でも自然でもなく、豊かな、未知の、よろこばしい何か、、、、」という解説が付されています。この解説に拘らず、僕の勝手な印象を書き残すとすれば、ピアノとバスクラリネットのスリリングなアンサンブルが展開され、ピアノの響きは迸る炭、バスクラリネットの音色は滲む炭のようであり、大胆な筆致、繊細な濃淡、凝縮された余白で紡がれる水墨画を見ているようなイメージで最後まで弛緩することなく楽しめました。
 
②チェロ独奏の為の「浄瑠璃
曲名にもあるとおり「伝統的な素材を模倣した部分とそこからの様々な逸脱や変形の組み合わせからなっており、浄瑠璃の音楽の要素を現代的な手法で素材化・再構成することを試みた。」という解説が付されています。低音と高音の音色やピッチカート、フラジオレットグリッサンド、スル・ポンティチェロ等の特殊奏法を効果的に使い分けながら義太夫の語りや三味線の節付け等が明瞭に感じられる面白い曲趣で、その面白味が感じられる雄弁な演奏も出色でした。
 
③Affectus Ⅴ~バスフルートとクラシックギターのための~
Affectusとはラテン語で「情緒」の意味で「フーガを多く用い、ある意味古典的な作品になりました。また、特殊奏法も多く使い、引き締まった作品になりました。」という解説が付されています。撥弦楽器木管楽器という珍しい組合せによって奏でられるアンサンブルがこのように相性が良いものかと驚かされましたが、特殊奏法を効果的に使用しながら非常に表情豊かな曲趣を表現力豊かな演奏で楽しむことができました。
 
④フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための音楽
「それぞれの楽器が対立することなく、それぞれの歌を歌いながらお互いに寄り添うように溶け合うようなアンサンブルになるように心がけながら作曲した。」という解説が付されています。各楽器に主張はありますが、それは他を押し退けるものではなく各楽器との関係性の中で調和している不思議な曲趣です。「混ぜる」(洋食)ではなく「和える」(和食)という日本的な考え方に親和的で、ダイバシティが尊重される現代の時代性を感じさせます。
 
⑤三瀬川
三瀬川は「三途の川」の別称で「このコロナ禍において、つかの間の不通のはずが思いがけず永久の離別となり、その見送りすら適わぬものが相次いだ。それは送る者のみならず旅立つ者にもまた同じであったのかとも思う。こうしたことの自身の身近な知人への送りの音楽として、この作品を編むに至った。」という解説が付されています。人間の死がもたらす荘厳で静寂な時を想起させる鎮魂歌とでも言うべき印象深い曲趣です。
 
⑥ヤルダン〜風の壁画
ヤルダンとはウイグル語で「険しい崖のある土丘群の地」の意味で「この幻想的な光景を尺八とチェロで転写しようと作品を書き進め」「尺八は第1楽章は一尺八寸、第2楽章では一尺六寸、第3楽章二尺三寸管が使われ、それぞれ朝昼夜のイメージを重ねた。」という解説が付されています。尺八は風、チェロは壁画を表現したものだろうか、風(尺八)と壁画(チェロ)が表情豊かに絡み合う景色を見てるような面白さがありました。
 
⑦禱Ⅱ〜トロンボーン三重奏のための
「突如発生したパンデミックは姿形を変え、多くの人々の心に新たな戸惑いや悲しみの影を落としていますが、私自身もその余りの大きさ、重さに未だ心の整理つかないままの状況で」「こうした、私の千々に乱れる今の思いをトロンボーン三重奏によって表現することを試みました。」という解説が付されています。鬱屈として気が晴れず、情緒も不安定になり厭世観に苛まれている現代人の心情を巧みに表現し、どこか思い当たる節のある共感溢れる曲趣に感じ入りました。
 
弦楽四重奏曲第3番「異形・日本・かぐや姫
かぐや姫が地球の六人の男の結婚要望を拒んだ如くに一オクターブ半音階の一つ置きの音を捨て、残る6音のみによる全音音階(WTS)に使用音を限った」「現代人は全音階(DS)に調律されている。演奏者が発射する全音音階の音達が撥のように人の聴覚を打つとき、自ずと全音階の音が鳴り12個のいずれかの調性感が備わる」という解説が付されています。過去のブログ記事でも触れましたが、音楽の認知について考えさせられるコンセプチュアリズム作品です。
 
▼フォーラム・コンサート第2夜(11/25 オンライン視聴)
【演目】①ダンテスダイジの詩による二つの歌曲(2022年初演)
      <作曲>大平泰志
      <Sop>根本真澄
      <Pf>宮野尾史子
    組曲 気候変動Ⅳ 静と動(2022年改訂初演)
      <作曲>楠知子
      <Pf>楠知子
      <Pc>サウンド再生
    ③Go Down the Rabbit Hole(2022年初演)
      <作曲>桃井千津子
      <Fl>鈴木茜
      <Pf>筒井紀貴
    メディテーション(2007年初演)
      <作曲>堀切幹夫
      <Vc>豊田庄吾
      <Pf>高木早苗
    ⑤ゆがんだ十字架のヴァリアント ―ピアノ独奏のための―
                           (2008年再演)
      <作曲>木下大輔
      <Pf>堀江真理子
    クラリネットソナタ第3番(嘆きの歌)(2022初演)
      <作曲>露木正登
      <Cl>鈴木生子
      <Pf>及川夕美
    ⑦《夕闇のかなたに》~マリンバ独奏のための(2022年改訂初演)
      <作曲>河内琢夫
      <Mar>高橋治子
【一言感想】
①ダンテスダイジの詩による二つの歌曲
「禅者であり、最終解脱者でもある、ダンテスダイジの詩」「性と死というコインの表裏のような関係にある2つの主題を選び」「「性愛」はエロスを通じた悟りに関する詩であり、「いつ死んでもいい」はより人生的な悟りに関する詩である。」という解説が付されています。性と死に関する「悟り」とありますが、その言葉が持つイメージとは裏腹に跳躍音が多く非常にダイナミックな曲調で、人間の本性を看破した詩の世界観を力強く訴え掛けてきます。
 
組曲 気候変動Ⅳ 静と動
「コロナワクチンの開発で人類の壊滅的危機は回避されたのも束の間、春には、デジタルメディアによって、東欧の紛争が連日報道された。私も微力ながらと、思いを馳せ、自宅でその国歌のメロディーに伴奏をつけてみた。すると、哀愁を帯びた短調長調の未分化のものが聞こえる。」という解説が付されています。善意と憎悪、救いと破壊、希望と絶望など様々なものが混沌とする複雑な時代に生きていることを想起させる含蓄のある曲想で聴き応えがありました。
 
③Go Down the Rabbit Hole
「曲は3つに分かれ、賛美歌風(過去)、フーガ風(現在)、舞曲風(未来)の雰囲気をもつ」「「ドリア」は記憶の薄れ、「オクタトニック2種」はコロナ渦の最中、「完全4度の連続も含むぺンタトニック5種」で未来を予想、これらを順列による(小節ごとの)使用音で「異なる状況」の表現を試みた。」という解説が付されています。非常に曲想が豊かで個人的には好みの曲趣なので、この作曲家の他の作品も聴いてみたいと思っています。
 
「短い間だったけれど、共に生活をした女性との思い出がある」という設定のようですが、「属九の和音(それは彼女の豊かな肉体の響きだ)をベースに」「13分のメディテーションは終わる。」という解説が付されています。曲名のとおり全体を通して瞑想的な曲調が支配的で、優しい語り口のチェロと、これに寄り添うピアノが心地よい気怠さのようなものを漂わせる繊細な演奏を楽しむことができました。
 
⑤ゆがんだ十字架のヴァリアント-ピアノ独奏のための-
「この作品ではシ/ド♯\ソ/シ♭の音型を用いる。この4音は音程関係がシンメトリーではない。すなわち「ゆがんだ十字架」」「この音型にもとづく主題と、その自由な性格変奏6篇から成る。」という解説が付されています。冒頭で主題の音型が印象的に提示された後、これに続く明瞭な性格的特徴に彩られた変奏がドラマチックに展開する聴き応えのある作品でした。アーカイブ配信が数日で終了してしまうので、是非、音盤のリリースが待たれます。
 
クラリネットソナタ第3番(嘆きの歌)
クラリネット独奏によるプロローグとエピローグを伴った3つの楽章により構成」「プロローグは「嘆きの歌1」、第1楽章は「5つの情景と嘆きの歌2」、第2楽章は「間奏曲」、そして第3楽章は「嘆きの歌3」」という解説が付されています。クラリネット奏者・鈴木生子さんに献呈された曲ですが、クラリネットの陰影のある深みを感じさせる音色が印象的で、クラリネットとピアノのスリリングな丁々発止も聴きどころとなっていました。
 
⑦《夕闇のかなたに》~マリンバ独奏のための
「この作品は北海道小樽にほど近い余市町にあるフゴッペ洞窟の古い壁画に触発されて作曲」「初めて小樽近郊を訪れたのはある冬の寒い夕暮れ時だったが、曲のタイトルと全体のムードはその時の心象風景」という解説が付されています。この壁画はアイヌ民族よりも前の先住民が描いたものだそうですが、マリンバの豊かな色彩感や空間的な広がりを感じさせる響きによって、この土地に重層的に刻まれている歴史へと誘われているような感慨深さが感じられました。
 
▼第39回現音作曲新人賞本選会(12/5 オンライン視聴)
【演目】▼第1部:現音作曲新人賞本選会(テーマ:弦楽アンサンブル)
    ①Rrrrrr...(2022年初演)
      <作曲>吉田翠葉(新人賞入選)
      <Vn>佐藤まどか
      <Va>甲斐史子
      <Vc>松本卓以
      <Gt>土橋庸人
    ②ブラウンノイズ〜2台のヴィオラと2台のチェロのための〜
                           (2022年初演)
      <作曲>井上莉里(新人賞優勝、聴衆賞)
      <Va>安藤裕子
      <Va>甲斐史子
      <Vc>松本卓以
      <Vc>山澤慧
    ③A.コレッリによる〈ルーツ〉 弦楽三重奏のための
                           (2022年初演)
      <作曲>徳田旭昭(新人賞入選)
      <Vn>松岡麻衣子
      <Va>安藤裕子
      <Vc>山澤慧
    ④でぃすこみゅ:Statement(20227年初演)
      <作曲>中村俊大(新人賞入選)
      <Vn>佐藤まどか
      <Va>甲斐史子
      <Vc>松本卓以
      <Vc>山澤慧
    ▼第2部:日本現代音楽協会会員作品上演
    ⑤Tactics-for Violin and Violocello-
                           (2022年初演)
      <作曲>中辻小百合
      <Vn>佐藤まどか
      <Vc>松本卓以
    ⑥Adagietto for string trio
                           (2022年初演)
      <作曲>赤石直哉
      <Vn>松岡麻衣子
      <Va>安藤裕子
      <Vc>山澤慧
    ⑦螺旋の記憶Ⅱ〜2つのヴィオラのための(2022年初演)
      <作曲>山内雅弘
      <Va>安藤裕子
      <Va>甲斐史子
【一言感想】
①Rrrrrr...
「モールス信号と点字を利用し、英語、フランス語、日本語の「繰り返し」という単語のみを用いて」「リズムを発展させて繰り返し(中略)和声においても1つの核和音から全て派生させ構成」という解説が付されています。この曲の特徴は曲名によく現われていますが、短いリズムの繰返しはベートーヴェン(ミニマルの元祖?)へのオマージュにも聴こえ、モールス信号や点字(6点の組合せ)のように音を点描するような着想の面白さを感じさせる曲です。
 
②ブラウンノイズ〜2台のヴィオラと2台のチェロのための〜
「持続性というものは大切にし、テンポや拍子は常に一定であるがその中で様々な表情の変化があること、そして低く調弦されたヴィオラとチェロが絡み合いながら新たな音色を見出」という解説が付されています。最近、集中力や睡眠等への効果から話題になっているカラードノイズをテーマとした曲ですが、これまで(映画を除いて)ノイズとして安易に切り捨てられていき音(非可聴音を含む)が持つ豊かな表現力、広陵とした世界観が感じられる興味深い曲です。
 
③A.コレッリによる〈ルーツ〉 弦楽三重奏のための
「A.コレッリによる旋律が引用され」「音楽的財産の引用から作曲方法をさらに掘り下げ、何らかの新たなヴィジョンを示すことを目指して書かれた」という解説が付されています。コンチェルト・グロッソに代表される弦楽アンサンブルの発展に多大な貢献があったA.コレッリの曲を遠景に捉えながら、伝統のシガラミから解放されて音楽表現を大幅に拡張してきた現代的な視座から弦楽アンサンブルの可能性を示す意欲的で示唆に富む作品を楽しめました。
 
④でぃすこみゅ:Statement
ディスコミュニケーション(相互不理解)の音楽のステートメント(声明)であり、現代におけるディスコミュニケーションの種々の様相を描写しようと試みるもの」という解説が付されています。人間の真実(下世話なこと)を表現することがタブーなクラシック音楽に対し、タブーなく人間の真実に迫って行く現代音楽の醍醐味のようなものが感じられる曲です。「誤解によって愛は始り、理解によって愛は終わる」とも言いますが、夫婦で耳を傾けたい一曲です。
 
⑤Tactics-for Violin and Violocello-
「チェロを捕食者、ヴァイオリンを被食者に見立て」「色々な生き物たちが天敵から逃れるために身につけた多種多様な戦略に焦点」という解説が付されています。生物の生存戦略を豊かな描写力で表現した知的好奇心を掻き立てる面白い曲で目を見張りました。音楽とは人間の心を伝えるだけの矮小なものではなく、宇宙の真理や自然の摂理などを表現し得る大きな器を持ったものだということを実感させてくれる曲です。佐藤さんと松本さんの当意即妙な演奏も出色。
 
⑥Adagietto for string trio
「テーマもモティーフもありません。ただの音、音たち」「当初全てラだけで書こうとしていましたが、あまりの怠惰を省み音が増えていきました」という解説が付されています。この解説によれば、コンセプトや音型等が設定されていない曲のようでしたので音脈が感じられないカオスな曲趣を想像していましたが、寧ろ、メリハリのある音脈のようなものが感じられ、それが繰り返されながら様々に変容して行く構成力や表現力のある曲という印象で楽しめました。
 
⑦螺旋の記憶Ⅱ〜2つのヴィオラのための
「第1楽章では第2ヴィオラはC線とG線を半音低く調弦し」「2つのヴィオラは基本的に協調しつつ、DNAの二重螺旋のように絡み合いながら、いわゆるスパイル・ポリフォニーによって展開」という解説が付されています。ヴィオラからこんな音色や音場を紡ぎ出せるものなのかと舌を巻くような独創的な曲趣で、これまでにない新しい音楽体験に完全にノックアウトされました。ヴラヴォー!この世界観を音楽として再現してしまう安藤さんと甲斐さんの力量にも脱帽。
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.11
シリーズ「現代を聴く」では、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼ミケル・ケレムの「1984組曲」(2019年)
エストニア人の現代作曲家のミケル・ケレム(1981年~)は、ヴァイオリニストとしても著名で作曲活動と共に演奏活動も精力的に行っている期待の俊英です。この動画は、権威主義国家に分割統治される近未来の世界の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの小説「1984年」を題材に制作されたミュージック・シアター作品で、ケレムが楽曲提供しています。
 
▼エリク・デシンペラーレの「独奏コントラバスメゾソプラノとオーケストラのための風の夜の狂詩曲」(2019年)
ベルギー人の現代作曲家のエリク・デシンペラーレ(1990年~)は、ピアニストとしてコントラバス奏者の兄と共に演奏活動も精力的に行っており、2013年にハレルベーケ国際作曲コンクールで優勝している期待の俊英です。この曲は、イギリスの詩人T.S.エリオットの詩「風の夜の狂詩曲」に着想を得て作曲され、コントラバス奏者の兄に捧げられたものです。
 
▼會田瑞樹の「雨の降る前に… -二人の奏者と一台のヴィブラフォンのための-」(2021年)
日本人の現代作曲家の會田瑞樹(1988年~)は、ヴィブラフォン奏者としても著名で作曲活動と共に演奏活動も精力的に行っており、2021年度第59回レコードアカデミー賞を受賞している期待の俊英です。武満徹の名曲「雨の樹」のプレリュードとして作曲され、ペットボトルやチェーンなどを使った特殊奏法が面白い演奏効果を挙げています。