大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

東京シンフォニエッタ第52回定期演奏会と言葉が彩る世界<STOP WAR IN UKRAINE>

▼言葉が彩る世界(ブログの枕)
前回のブログ記事で「世界を色取る言葉」として日本語の色名について簡単に触れましたが、今回は「言葉が彩る世界」として日本語が日本人の認知(意識)にどのような影響を与えているのかを英語との比較において簡単に触れてみたいと思います。日本語と英語は、語彙の違いに加え、文法(日本語:SOV、英語:SVO)、省略(日本語>英語)、代名詞(日本語>英語)、音数(日本語<英語)、音節(日本語:開音節、英語:閉音節)、アクセント等に特徴的な差異が存在します。また、古くからヨーロッパは文字社会(表音文字)であったのに対し、日本は無文字社会でしたが、5~6世紀頃に中国から伝来した表意文字(真名)と遣唐使の廃止に伴って独自に発展した表音文字(仮名)の双方を使うようになりました。このように、古来、日本は無文字文化として直接接触が優勢な社会であったことから、話し手と聞き手が共同視点を持つことを前提とするコミュニケーションが発展しましたが、ヨーロッパは有文字文化として間接接触が優勢な社会であったことから、話し手と聞き手が共同視点を持たないことを前提とするコミュニケーションが発達しました。このため、日本語では話し手(一人称)と聞き手(二人称)が共同視点を持つこと(オン・ステージの視点:舞台の上で実演する俳優の視点)を前提として日本語が組み立てられますので、共同視点から文脈把握できる主語や目的語等を省略する傾向が顕著であると言われています(引き算の美学=イメージの共有→顕在劇としての能楽)。これに対し、英語では話し手(一人称)と聞き手(二人称)が共同視点を持たないこと(オフ・ステージの視点:舞台の下で鑑賞する観客の視点)を前提として英語が組み立てられますので、状況を俯瞰する客観的な視点(三人称)によるコミュニケーションが求められ、主語や目的語等を省略することは殆どなくその全てを言語で説明すると言われています(足し算の美学=ファクトの説明→台詞劇としてのオペラ)。例えば、日本語で「いま行きます」という表現は、英語では「I am coming」と 「I am going」の2種類の表現がありますが、英語では客観的な視点(三人称)から「come」(聞き手に近づくという趣旨の行く)と「go」(聞き手から遠ざかるという趣旨の行く)の2種類の表現を分析的に使い分けますが、日本語では話し手(一人称)の視点から「行く」という1種類の表現を包括的に使い、これが「森を見る日本人」と「木を見る西洋人」という認知(意識)の特徴的な違いになって現れています。しかも、日本語では誰が行くのかは聞き手が文脈(共同視点)から補うことを前提としていますが、英語では誰が行くのかは聞き手が文脈(共同視点)から補うことを前提としていませんので、話し手の「I」(話し手である自分を客観視=自我の発見)を省略することはありません。このような事例は枚挙に暇がなく、英語ではLGBTQ+の告白を「Coming out」 (相手に歩み寄って理解を求めるニュアンス)と言いますが、これも同様に客観的な視点(三人称)から捉えている表現であり、話し手(一人称)の視点から捉え直すと「Going out」 と表現したくなる感覚になります。なお、このような客観的な視点(三人称)から世界を捉える発想(世界を俯瞰(自然観察)し、これを支配(科学)しようとする父性原理)は一神教を観念し易い傾向がある一方、主観的な視点から世界を捉える発想(世界と同化(自然信仰)し、これと調和(尊重)しようとする母性原理)は多神教(アニミズム)を観念し易い傾向があり、言語が人間の認知(意識)に与える影響の大きさが伺われます。日本語では主語や目的語等を省略する傾向が顕著であり、それらを文脈から補う必要があることから「ハイコンテクストな文化」(言語への依存度が低く文脈への依存度が高いコミュニケーション)と言われるのに対し、英語では主語や目的語等を省略することは殆どないので、それらを文脈から補う必要がないことから「ローコンテクストな文化」(言語への依存度が高く文脈等への依存度が低いコミュニケーション)と言われており、外国人から見ると日本人は言葉が少なく何を考えているのかよく分からないと当惑されること(影)がある一方で、日本人は何も言わなくても何を考えているのかよく気づくと感嘆されること(光)も多いという特徴になって現れています。このような日本語の特性が世界で最も短い詩の形式「俳句」を生み出し、「一を聞いて十を知る」「阿吽の呼吸」「以心伝心」「暗黙の了解」「察する」等の言葉が生まれ、それが世界に誇る「おもてなし」の文化として昇華しています。さらに、日本語の話し手と聞き手が共同視点を持つことを前提とするコミュニケーションは状況を再現する表現(例えば、彼は水をゴクゴクと飲んだ)によって聞き手に感覚的な理解を誘うオノマトペが発達し、これが世界に誇るマンガ文化として昇華しています。これに対し、英語の話し手と聞き手が共同有視点を持たないことを前提とするコミュニケーションは状況を説明する表現(例えば、He gulped water)によって聞き手に論理的な理解を誘う動詞が発達しました。このように日本語と英語では世界の捉え方が異っていますが、人間の脳は約1000億個以上の神経細胞から組成され、1つの神経細胞に約1万のシナプス(神経結合)があって情報伝達していることが分かっていますが、約1歳でシナプスの密度はピークに達し、その後、約4歳までシナプスの刈り込み(ニューラルネットワークの最適化)が行われ、この時期を過ぎると新たなシナプス(神経結合)の生成は容易ではなくなり、それに伴って新しい言語の獲得も難しくなることが分かっています。この点、音楽にも同様のことが言え、例えば、西洋音楽のリズムは客観的な視点(三人称)からメトロノームによる数学的な規則性のある時間間隔(「拍」)を客観的に刻むという特徴(ニュートン力学の時間観)があるのに対し、日本の伝統邦楽のリズムは奏者の視点(一人称)から呼吸の同調(共同視点)による不規則な時間間隔(「間」)を主観的に刻む(リズムが伸縮する)という特徴(相対性理論の時間観)があります。そこで、西洋音楽家、日本の伝統邦楽家及び一般人を対象にしてリズムに対する脳の認知能力を調査したところ、それぞれリズムに対する脳の認知能力(聴覚を含む)に違いが現れ、西洋音楽家や日本の伝統邦楽家は一般的な音楽教育だけでは発達しないリズムに対する特殊な脳の認知能力が育まれている可能性があるという研究結果が発表されていますが、言語や音楽は早期教育が重要である一方で、この世界を彩り豊かなものにするためには、それぞれの言語や音楽の違いが育む多様な世界観とそれにより生じる多彩な発想(創造性)も大切にする必要があります。
 
▼日本語と英語の世の中の捉え方の違い
【用例①】日本語の主観(一人称)と英語の客観(三人称)
     <日本語>いま行きます。
     <英 語>I am coming.
                                   I am going.
【用例②】日本語の感覚(オノマトペ)と英語の論理(動詞)
     <日本語>彼は水をゴクゴクと飲んだ。
     <英 語>He gulped water. ※gulpe:がぶ飲みする
 
▼認知言語と社会性
言語 特性 認知 社会・文化
日本語 主観性
(一人称)
包括的
(森を見る)
母性原理(調和) 無文字
社会
英語 客観性
(三人称)
分析的
(木を見る)
父性原理(支配) 有文字
社会
 
▼言葉と文脈への依存度比較
 
▼東京シンフォニエッタ第52回定期演奏会
【演題】東京シンフォニエッタ第52回定期演奏会 ほか
【演目】エムレ・エロズ 弦楽四重奏曲
      <Vn>山本千鶴、梅原真希子
      <Va>吉田篤
      <Vc>宇田川元子
    室元拓人 Tokara Evoke III
      <Con>板倉康明
      <Orc>東京シンフォニエッタ
    マルコ・ロンゴ Light Lapse II
      <Con>板倉康明
      <Orc>東京シンフォニエッタ
    入野義朗 小管弦楽のためのシンフォニエッタから
                        第1楽章「序奏とフーガ」
      <Con>本名徹次
      <Orc>オーケストラ・ニッポニカ
    ⑤黛敏郎 スフェノグラム
      <Mez>加賀ひとみ
      <Con>板倉康明
      <Orc>東京シンフォニエッタ
    ⑥黛敏郎 トーンプレロマス55
      <ミュジカルソー>荻原誠
      <Con>岩城宏之
      <Orc>東京佼成ウインドオーケストラ
【放送】NHK-FM「現代の音楽」 司会:現代作曲家・西村朗
【日時】4月16日(日)4月23日(日)各8時10分~(エアチェック)
【料金】無料
【感想】
今日は、NHK-FM「現代の音楽」で2022年12月22日に東京文化会館で開催された東京シンフォニエッタ(1994年に現代音楽を演奏するための理解力や技術力など非常に高度な要求に応えることができる楽団として設立)の第52回定期演奏会の模様が放送されていましたので、その感想を簡単に残しておきたいと思います。この演奏会は「作曲コンクール」がテーマになっており、近年、どのような新しい作品が生み出され、選ばれているのかをキャッチアップするという趣向でした。なお、NHK-FM「現代の音楽」のテーマ曲がT.アデス「イン・セブン・デイズ」(2008年)からS.ライヒ「ランナー」(2016年)に変更になりましたが、これらの曲を含めて次世代に受け継がれるべき芸術資産は創造されています。かつて、第一次世界大戦以降の時代を「(クラシック音楽)不毛の時代」と揶揄するオセンチな時代がありましたが、その認知能力(教養)の低さを棚に上げて古い世界観から抜け切れない頭が不毛だったという不名誉なことにしかならないと思います。ロマン派以前の音楽が過去の偉大な芸術遺産であるとしても、それらの作品で表現されている又はその表現の前提になっている自然観、世界観や価値観の劣化、乖離、矛盾や破綻等が明確に認識され、それらに対する各分野からの異議申立てが行われている時代であり、現代の知性を前提として現代人の教養(学問、知識、経験や芸術受容等を通して養われる心の豊かさ)を育むための新しい音楽が求められていると思います。その意味で、近代以前の価値観等を前提として「調性音楽」と「無調音楽」や、「芸術音楽」と「大衆音楽」などの区分に拘泥する態度がプアーであり、現代の知性を前提としてどのような世界観を表現し、それを表現するためにどのような表現方法等を選択するのかという実質が問われていると思います。
 
①エムレ・エロズ 弦楽四重奏曲
トルコ人現代作曲家のエムレ・エロズ(1995年~)は、現在、パリ国立高等音楽院の学生ですが、この曲は2020年に四川音楽院(四川省成都市)で開催された第16回陽光杯学生作曲コンクール(西村さんが審査員を担当)で優勝したものです。4挺の弦楽器が無窮動、ロングトーン、スル・ポンティチェロやコル・レーニョなどの特殊奏法を駆使して様々な音色や質感のきしみ音を奏で、それらが緩急を繰り返しながらポリフォニックに変化して独特の音場を形成するテンションの高い音楽です。この曲想を音として再現するためには、非常にに高度なアナリーゼが演奏者に求められると思います。
 
②室元拓人 Tokara Evoke III
過去のシリーズ「現代を聴く」でもご紹介しましたが、日本人現代作曲家の室元拓人(1997年~)は、現在、東京藝術大学大学院に在籍し、2022年武満徹作曲賞第1位を受賞しています。この曲は、鹿児島県トカラ列島に伝わる伝統行事に着想を得て作曲されたものだそうですが、(ラジオなのでどのように音を作っているのか分かりませんでしたが)トカラ列島の自然の音(サウンドスケープ)を再現しているような様々な音が渾然一体として1つの世界観を形成し、トカラ列島の伝統行事でも体現されているであろう自然への畏敬と憧憬(同化)を体感できる不思議な曲想の音楽を楽しめました。
 
③マルコ・ロンゴ Light Lapse II
イタリア人現代作曲家のマルコ・ロンゴ(1979年~)は、トレント音楽院及びサンタ・チェチーリア音楽院で音楽を学び、2020年に第41回若い作曲家のための国際作曲コンクール入野賞を受賞しています。一言で表現すれば、映画「燃えよドラゴン」で鏡の部屋のシーンがありますが、あの幻惑的な映像世界を音楽的に表現したような独特の音響効果を生んでいる作品です。全曲を通して明確なメロディー、リズム、ハーモニーのようなものは感じられずに重層的な響きが揺蕩っているような曲想ですが、その響きに身を委ねていると中毒症を引き起こしてしまう不思議な魅力が感じられる作品です。
 
④入野義朗 小管弦楽のためのシンフォニエッタから第1楽章「序奏とフーガ」
この演奏会の演目ではありませんが、現代作曲家・入野義朗(上記③)へのオマージュとして作品が紹介されました。この曲は日本で初めて十二音技法を使って作曲された作品(1953年)ですが、既にA.シェーンベルクが十二音技法を考案してから100年を迎えようとしており、人類に新しい世界観を拓いた十二音技法はもはや古典と言い得る風格を備えています。序奏部でピアノと木管が音列を提示していますが、リズムを上手く使っているためなのか、あまり十二音技法を使用しているような曲調には感じられません。
 
⑤黛敏郎 スフェノグラム
黛敏郎は、僅か1年でパリ留学から帰国し、東洋に潜在する創造力を喚起する活動を開始しますが、1951年(黛20歳)に、この曲が第25回国際現代音楽祭(ISCM)に入選して日本の作曲家の実力が世界水準にあることを示しました。この曲は黛敏郎の音楽的なヴィジョンが明解に感じられ、その豊かな曲想と独特な世界観を体現する音楽に早熟な才能が感じられる名曲ですが、これに対する深い理解を示した東京シンフォニエッタの好演を楽しむことができました。第4曲での加賀ひとみの妖艶な歌唱も秀逸でした。
 
⑥黛敏郎 トーンプレロマス55
この曲は1955年に吹奏楽のための作品として作曲されましたが、黛敏郎が前衛音楽、実験音楽、民族音楽やエレクトロニカなど多彩な活動に取り組んで新しい世界観を拓く気概に満ちていた時代の意欲的な作品です。なお、松本清張の長編推理小説「砂の器」に登場する前衛音楽家・和賀英良は黛敏郎がモデルと言われています。曲名の「トーンプレロマス」とはトーンクラスターのことを意味するE.ヴァレーズの造語だそうですが、非常にパワフルで荘厳な音響等には黛敏郎の溌剌とした野心のようなものが感じられます。
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.21
シリーズ「現代を聴く」では、1980年以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家又は現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している若手の演奏家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼ニルス・フラームの「4′33“ ジョン・ケージへのオマージュ」(2021年)
ドイツ人現代作曲家のニルス・フラーム(1982年~)は、現在、ピアニスト&現代作曲家として活躍し、ポスト・クラシカルの現代の偉才としての地位を確立している実力者です。「人間が作ったジャンルの壁を壊していきたいと思っている」と自身語っているとおり、ジャンルレスにクロスオーバーな活動をしています。なお、ジョン・ケージが禅の影響を受けて「空即是色」の世界観を表現したとも言われる「4′33“ 」はジャンルを超えて様々なアーティストにカバーされていますが、この動画はジョン・ケージへのオマージュとしてポスト・クラシカルらしい立ち位置で繊細で独創的なサウンドスケープを表現しています。
 
▼チェロ独奏:ジュリアン=ラファリエール/細川俊夫のチェロとオーケストラのための「昇華」(2016年)
この動画は、2017年のエリザベート王妃国際音楽コンクール・チェロ部門に優勝したフランス人チェロ奏者のジュリアン=ラフェリエール(1990年~)が本選会で細川俊夫作曲「昇華」を演奏したときの模様を収録したものですが、来る5月23日に20世紀を代表する名曲であるO.デュティユーのチェロ協奏曲「遙かなる遠い国へ」及びP.デュサパンのチェロ協奏曲「アウトスケイプ」(世界初録音)を収録したニュー・アルバムをリリースする予定になっており、現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している現在最も期待されている若手の演奏家の1人として、この機会にご紹介しておきます。
 
▼近江典彦の鉱物集第1集「サファイア」(2015)
日本人現代作曲家の近江典彦(1984年~)は現代作曲家・西村朗に師事し、西村朗や細川俊夫等が審査員を務める武生作曲賞(2006年)、名古屋市文化振興賞(2010年)などを受賞している期待の俊英です。コロナ禍がありましたので、現在、活動を継続しているのか分かりませんが、現代音楽アンサンブルTokyo Ensemnable Factoryを主催し、「現代音楽の本当に面白いところに手が届いたプログラムが少ない」「演奏団体が自国の作曲家、作品にほとんど目を向けない」という問題意識を持って活動されているようなので、その活動に注目すると共に聴衆の立場からも出来ることはないか考えています。