大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023(5月4日)と禅(鈴木大拙とジョン・ケージ)<STOP WAR IN UKRAINE>

▼禅(鈴木大拙とジョン・ケージ)(ブログの枕)
GWの連休を利用して観光がてら「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023」に来ています。石川県が生んだ賢人と言えば、哲学者の鈴木大拙(「」「日本的霊性」)と西田幾多郎(「善の研究」)の名前を挙げる人が多いのではないかと思いますが、コロナ禍の2020年に生誕150周年を迎え、昨年2022年に渡辺俊幸作曲のオペラ「禅~ZEN」オーケストラアンサンブル金沢@鈴木恵里奈の演奏により世界初演されて話題になりました(2023年11月再演予定)。因みに、鈴木大拙と西田幾多郎は旧制第四高等学校石川県金沢市広坂2-2-5)の同級生であり盟友でしたが、同校は総理大臣をはじめとして各界で活躍した人材を数多く輩出する名門校でした。さて、現代作曲家のジョン・ケージは、1940年代後半にコロンビア大学で行われた鈴木大拙の禅哲学のクラスを受講し、その後、何度か日本にいる鈴木大拙の元も訪れていますが、それが「4' 33"」を始めとする彼の作品の思想的な裏付けになったことが知られており(クロスオーバー)、また、その思想が物語る世界観は現代物理学(量子力学)にも通じるものがありますので、この機会に簡単に概観しておきたいと思います。鈴木大拙と西田幾多郎は、文化的相対主義(全ての文化を独自の価値体系を持つ対等な存在であると捉える立場)から東洋思想(禅や浄土宗、浄土真宗等の考え方)を西洋人にも理解できるように哲学理論として昇華し、それを世界中に広めて様々な影響を与えています。過去のブログ記事でも触れましたが、仏教は悟りの宗教、キリスト教は救いの宗教であるとすれば、神道や禅は行いの宗教という特徴がありますが、日本には5~6世紀頃に仏教が伝来し、鎮護国家の思想(仏教には怨霊を鎮魂し、国家を守護して安定させる力があるとする思想)を背景として朝廷や公家の間で普及したのに対し、朝廷から武家へ政権が移行した鎌倉時代には武士や庶民にも理解し易い禅(瞑想)や浄土真宗(念仏)等の新しい仏教(鎮魂から供養へ)が普及しましたが、鈴木大拙は仏教が伝来した鎌倉時代に日本人の意識に潜在していた「日本的霊性」(日本人が古来から無意識に育んできた宗教的な意識)が覚醒したと説いています。過去のブログ記事で触れましたが、西洋では自分(主体)と相手(客体)との間に共同視点を持たずに客観的な視点(三人称)から「分別」(対象の属性を捉えて分ける(分かる)→木を見る西洋人)によって世界を捉える特徴がある(二元論的な世界観)のに対し、日本では自分(主体)と相手(客体)との間に共同視点を持ち主観的な視点(一人称)から「無分別」(対象の本質を捉えて和える→森を見る日本人)によって世界を捉える特徴がある(一元論的な世界観)という違いがあり、それが禅(瞑想)では自然と同化した呼吸状態になること(一元論)を目指し、また、浄土真宗(念仏)では自分と阿弥陀如来が1つの境地になること(一元論)を目指すという特徴になって現れています。J.ケージは1940年代後半にハーバード大学の無響室に入った経験からアソビエント・ノイズミュージックを着想し、「4'  33"」(1952年、この曲のプロトタイプとして構想していた「Silent Prayer」(黙祷)の曲名を「4' 33"」に変更)を創作する直接的な契機になったと語っていますが、同じ時期に、上述のとおりコロンビア大学で行われた鈴木大拙の禅哲学のクラスを受講しており、その思想から多大な影響を受けました。鈴木大拙は日本的霊性とは精神と物質を1つにする働きであると説いていますが、これは「音/沈黙」「必然/偶然」「音楽/ノイズ」の関係にも同様のことが言え、現代物理学(量子力学)の「状態の重ね合わせ」にも通じる時代を先取りした世界観と言えますが、J.ケージは「4' 33"」を全ての可聴音を音楽的偏見から解放する試みであると語っており、これらを包括するものとして音楽を捉え直していたことが伺えます。最近では、集中力の向上や睡眠の改善等への効果からカラードノイズが注目を集めており、音楽に求められる社会的な意義も大きく変化してきています。後年、J.ケージは龍安寺石庭を訪れて「龍安寺(Ryoanji)」という作品を完成させていますが、枯山水の沈黙から心に生まれる水の音に着想を得て、枯山水の岩と砂紋をドローイングによる図形楽譜にして水の流れを表現する作品を作曲しました。この点、二元論的な世界観を前提として発展してきた西洋音楽に、一元論的な世界観を前提として確立してきた東洋思想(「音/沈黙」等を包括的に捉える世界観)を採り入れることに成功した画期的な作品と言えます。J.ケージは、「過去の傑作を理想の作品と崇拝することには共感しません。和声を使うことで音楽を印象的で壮大にすることに感心しません。楽器を完璧なものにさせていく歴史は、進歩ではなく、何らかのものを否定してきた歴史なのだ。」と語っていますが、これまで西洋文明が切り捨ててきた世界に心を拓き、その世界観を広げた作曲家としてその功績は計り知れないものがあり、鈴木大拙の禅哲学がその契機となったことの意義深さについて、金沢の土地の歴史を訪ねながら感慨を深くしています。なお、過去のブログ記事でS.ジョブズはピッピーであったことに触れましたが、鈴木大拙の禅哲学はヒッピー世代にも大きな影響を与え、彼は商品開発にあたって決してマーケティング調査を行わずに座禅によって自らの心の内に耳を澄ませて自らが本当に望むものは何なのかを見極めたことが知られており、これが世の中に存在しないものを生み出す創造の源泉になっていたと考えられます。また、世界の精神医療の現場では瞑想や呼吸法のトレーニングを通じて健康な状態に近づく「マインドフルネス」が注目を集めていますが、様々な分野で鈴木大拙の禅哲学が影響を与えています。石川県(加賀国)のお膝元には永平寺(禅)があり、また、加賀一向衆(浄土真宗)によって育まれた風土がありますが、これが鈴木大拙や西田幾多郎という賢人を生み、世界に様々な影響を与えていると言えます。
 
 
▼いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023(5月4日)
▼ガルガン・アンサンブル feat.日野皓正
【演目】H.カーマイケル スターダスト
    T.モンク ラウンド・ミッドナイト
    日野皓正 アローン・アローン・アンド・アローン
      <Tp>日野皓正
      <Pf>高橋佑成
      <Con>鈴木恵理奈
      <Orc>カンガルーアンサンブル
    L.ヤナーチェク 弦楽のための牧歌
      <Orc>カンガルーアンサンブル
    F.レファール メリー・ウィドウより
      <Con>鈴木恵理奈
      <Orc>カンガルーアンサンブル
【場所】北國新聞赤羽ホール
【日時】5月4日 10時30分~
【料金】2000円
【一言感想】(288文字以内/演目)
現在、日野さんはカリフォルニア在住だそうですが、今年81歳とは思えない溌剌とした若々しさが感じられます。T.モンクの名曲の後に演奏された自作「アローン・アローン・アンド・アローン」が白眉でした。立川談志の言葉を借りればイリュージョンということになりましょうか、ピアノ伴奏に合わせてタップを踏んでリズムを支配し、ピアノの弦にトランペットのベルを近づけて咆哮し共鳴させることで異次元の音響空間を生み出すなど、流石はアメリカ文化の洗礼を受けながら活動している斬新さが感じられます。ヤナーチェクの弦楽のための牧歌が出色で、軽快な機動力と解像度の高いアンサンブルは聴き応えがありました。
 
▼バルトーク国際コンクール第2位 髙木凜々子が独奏イオリンとオルガンで奏でる民族音楽Ⅱ
【演目】A.ドヴォルザーク スラブ舞曲第1集より第1,2、3番
      <Con>沖澤 のどか
      <Orc>オーケストラ・アンサンブル金沢
    H.ヴィエニャフスキ ヴァイオリン協奏曲第2番
      <Vn>髙木凜々子(バルトーク国際コンクール第2位)
      <Con>沖澤 のどか(ブザンソン国際指揮者コンクール優勝)
      <Orc>オーケストラ・アンサンブル金沢
【場所】石川県立音楽堂 邦楽ホール
【日時】5月4日 12時40分~
【料金】2500円
【一言感想】(288文字以内/演目)
高木さんは1音1音を丁寧に鳴らす堅実な演奏でハイポジションやワンボースタッカート等で若干の曖昧さが感じられたところはありましたが、全体を通して信頼感のある演奏を楽しめました。技巧の冴えでアグレッシブにドライブするタイプというよりも、ヴァイオリンをしっとりと鳴らしながら抒情豊かに歌い上げて行くその美しさは恍惚感すら覚えるもので暫し聴き惚れてしまいました。ヴラヴァー!第二楽章でソリストを導くクラリネットが実に繊細で白眉。ヴラボー!を送りたいです。沖澤さんは準備時間がなかったと思いますが、オケから柔和な響きを引き出してソリストに付かず離れず寄り添う好サポートでした。
 
▼三舩優子&堀越彰 ピアノとドラムスがつくる新境地
【演目】Z.コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」より第2曲
    A.ボロディン ダッタン人の踊り
    池辺晋一郎 ふたりづれの蝶がくぐる
    G.ガーシュウィン ラプソディー・イン・ブルー
      <Pf>三舩優子
      <Dm>堀越彰
【司会】池辺晋一郎
【場所】石川県立音楽堂 交流ホール
【日時】5月4日 15時00分~
【料金】1000円
【一言感想】(288文字以内/演目)
ジャズにはピアノとドラムのデュオという編成があり、池辺さんはこの組合せを使って何か新しいことはできないかという発想から、クラシックピアニスト・三舩優子さんとジャズ・ドラマー・堀越彰さんのデュオをお誘いして実現したものだそうです。池辺さんの「ふたりづれの蝶がくる」は2台4手のピアノための作品として作曲されたものですが、これを三舩さんが1台2手に編曲し、更にジャズ・ドラムを組み合わせて演奏されました。今日の白眉はラプソディー・イン・ブルーで誰の編曲版か分かりませんでしたがジャズ・テイストが追加された斬新なアレンジになっており、非常にグルーブ感のある演奏を楽しめました。
 
▼左手のピアノニストたち
【演目】つきはしさゆり 雫
    J.S.バッハ 無伴奏パルティータ第3番よりガボット
    J.シベリウス もみの木
      <Pf>黒崎菜保子
    梶谷修 風に・・・波に・・・鳥に・・・
    U.シサスク エイヴェレの星たち
    梶谷修 赤とんぼ(原曲:山田耕作)
      <Pf>舘野泉
【場所】音楽堂やすらぎ広場
【日時】5月4日 16時30分~
【料金】無料
【一言感想】(288文字以内/演目)
石川県の出身で左手のピアニスト・黒崎菜保子さんが前半の3曲を演奏されました。黒崎さんの特徴と言えるのかもしれませんが、どの曲も旋律美を讃えた詩情豊かな演奏を楽しむことができ、左手のピアノの魅力を堪能できました。次に、舘野泉さんが後半の3曲を演奏されました。いずれの曲も舘野さんに献呈された自家薬籠中とするレパートリーですが、その演奏には老成の境地とでも言うべき巨匠の風格のようなものが感じられ、思索的で情感豊かな演奏からは様々な音楽的なメッセージが伝わってきて心が満たされて行くような濃厚な時間を楽しむことができました。これぞ芸術鑑賞の醍醐味です。
 
▼新鋭沖澤のどか「新世界」を振る!
【演目】A.ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」
      <Con>沖澤のどか
      <Orc>ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団
【場所】石川県立音楽堂 コンサートホール
【日時】5月4日 19時40分~
【料金】2000円
【一言感想】(288文字以内/演目)
今年から京都市立交響楽団常任指揮者に就任した沖澤さんを聴きに行くことにしました。沖澤さんは分厚い音響を構築してグイグイと迫るマッチョな演奏とは異なり、オーケストラから優美な響きを紡ぎ出して(ジャンダーバイアスですが)女性らしい配慮の行き届いた繊細な演奏が特徴だと思いますが、もうもうと土埃が舞うようなドヴォルザークの土俗性よりもノスタルジーを美しく際立たせる演奏を楽しむことができました。殆ど練習時間はなかったと思いますが、(オケは連日複数公演を熟す疲れからやや雑味が出た部分もありましたが)オーケストラを巧みに補正する掌握力、統率力に優れた指揮者の手腕が感じられました。
 
いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023(5月4日)
鼓門(金沢駅兼六園口):夜の帳に真っ赤にライトアップされた鼓門が浮かんで昼間と全く異なる姿を見せています。 石川県立音楽堂ロビー:誰の演奏なのか分かりませんが、音楽堂のロビーを立ち見客が埋め尽くす盛況振りです。 ANAクラウンプラザホテル金沢:誰の演奏なのか分かりませんが、ホテルのロビーを立ち見客が埋め尽くす盛況振り。 もてなしドーム地下広場:モニュメントを伝って水が流れ落ちていますが、これは加賀の友禅流しをイメージしたもの?
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.22-2曲目(日本人)
シリーズ「現代を聴く」では、1980年以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家又は現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している若手の演奏家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。なお、「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023」に3日間参加する予定なので、今回は1日毎に1人づつご紹介します。
 
▼ヴァイオリン奏者:篠原悠那/藤倉大の「夜明けのパッサカリア」(ヴァイオリン編曲版)(2022年)
この動画は、現代作曲家の藤倉大がソプラノのための「夜明けのパッサカリア」(2018年)をヴァイオリンために編曲したものをヴァイオリニストの篠原悠那(1993年~)が初演したときの模様を収録したものです。ヴァイオリニストの篠原悠那は、2019年に第65回ARDミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門第3位(コンクール委嘱作品最優秀解釈賞)及び2023年に第17回岩城宏之賞などを受賞しており、これからの時代に必要な現代音楽のアナリーゼやそれを実演する技量に卓越した能力を持つ注目される期待の俊英です。