大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用、拡散などは固くお断りします。※※

深見まどか・ピアノリサイタル(B→Cバッハからコンテンポラリーへ)と明暮れ小唄「北斎小唄 より道 江戸・東京 橋めぐり」と藝大プロジェクト2024第1回「西洋音楽が見た日本」と「憎」<STOP WAR IN UKRAINE>

▼「憎」(ブログの枕)
前回のブログ記事で「笑」という漢字は、冠の部分の「竹」が両手、脚の部分の「夭」が人体を表し、巫女が踊りで神を喜ばせる姿を象っており、気が緩んで心が空っぽになる状態を意味していると述べましたが、心の状態を表す漢字は他にも数多く(とりわけ忖、快、怖、悩、悔、惜など「りっしんべん」(忄)がつく漢字)、例えば、「忙」という漢字は、偏の部分の「忄」が心を表し、旁の部分の「亡」と併せて、何かに追われて心を亡くしている状態を意味しています。また、「憎」という漢字は、偏の部分の「忄」が心、旁の部分の「曽」が甑(こしき)を表していますが、曽(甑)は穀物を蒸すための器具を象っており、何かに煩わされて心が恒常的に一杯になっている状態(常に蒸気が充満して蒸されているような状態)を意味しています。現代は、価値観の多様化やSNSの普及に伴うコミュニケーション過多などを背景として、「外に紛争、内に炎上」という顕著な現象として社会に「憎」(ヘイト)が顕在化し易い時代になっていると言われていますが、何故、人間は憎むのかについて簡単に触れてみたいと思います。なお、「憎」と似た言葉に「怒」がありますが、「怒」という漢字は、冠の部分の「奴」が力を表し、脚の部分の「心」と併せて、何かに腹を立て心が一時的に一杯になっている状態を意味しています。この点、アリストテレスは著書「弁論術」において「怒」と「憎」を比較しながらそれらの違いを分析していますが、それを敷衍すると、「怒」は自分の生存可能性を低める「結果」(行為、出来事など)に対する一時的な感情の高ぶり(喧嘩、裁判など)であるのに対し、「憎」は自分の生存可能性を低める「対象」(人間、思想など)に対する恒常的な敵意の積もり(戦争、炎上、イジメなど)である点が異なっており、前者は自分の生存可能性を低める「結果」(負荷)が解消されれば癒されますが(負荷離脱)、後者は自分の生存可能性を低める「対象」(負荷)を除去しない限り癒されること(負荷離脱)はないという点に顕著な違いがあります。この点、ロシアによるウクライナ侵攻、ハマスによるイスラエル越境攻撃やイスラエルによるガザ侵攻などでは、それぞれの「憎」が民間人の犠牲を厭わない無差別的な攻撃(「対象」の除去)につながっていると言えるかもしれません。
 
▼漢字が物語る心の状態(「憎」とはどのような心の状態か?)
漢字 心の状態
あり 放下 心が空っぽ 幸福
生存可能性が
高まるっている状態
執着 心が一時的に一杯 不幸
生存可能性が
低まっている状態
心が恒常的に一杯
なし 心を亡くす
※「怒」は特定の相手(個体、何をしたか)に向けられ、その相手を変化させることに目的が向けられているのに対し、「憎」は特定の相手(個体、何をしたか)だけではなく不特定の相手(属性、何であるか)にも向けられ、その相手を破壊することに目的があるという違いがあります。
※「憎」が心に深く刻まれると「」になりますが、「忄」は心を表し、「艮」はいつまでも後に残ること(根、痕など)を表しており、心に深く刻まれた「憎」で心を囚われている状態を意味しています。
※「幸」という漢字は、「屰」(逆らう)と「夭」(死ぬ)を組み合わせて死ぬことに逆らうことを意味していますが、心に余裕がある状態は死ぬことに逆らう余裕があり「幸」に恵まれている状態にあることから「幸福」と言いますが、心に余裕がない状態は死ぬことに逆らう余裕がなく「幸」が侭ならない状態にあることから「不幸」と言います。
 
過去のブログ記事でも触れましたが、人類は約5万年頃の突然変異でミラーニューロンを獲得したことにより他人の表情や動作などを自らに置き換えて追体験やシミュレーションを行うことが可能になりましたが(認知革命)、これに伴って他人の心理、意図や文脈などを推測して「共感」する能力を発達させたことで血縁関係を越える集団を形成する社会性を備えたと考えられています。これを背景として人類はより大きな獲物を捕獲するために「集団」で狩猟するようになりましたが、一緒に狩猟を行う仲間が獲物を捕獲すること(富の獲得)により自らも食料を摂取すること(富の分配)が可能になったことで、脳が代理報酬(ドーパミンなどの分泌)を感得するように進化したことが「集団」の結束を強めたと考えられています。その後、人類は約1万年前頃の氷河期の終焉により狩猟採集よりも生活基盤が安定している農耕牧畜へ移行して定住生活を営むようになりましたが、これに伴って自らのイメージや記憶などを他人と共有する能力を発達させて高度な社会を形成するようになり、自然の模倣だけではなく人間の模倣も盛んに行われるようになったことで「学習」(「学(まな)ぶ」の語源は「真似(まね)る」、「習(なら)う」の語源は「倣(なら)う、慣(な)れる」)を通して文化が育まれ、アイデンティティを形成するようになったと考えられています。この過程で人類は大脳新皮質を進化させて知的感情(将来に対する不安や脅威など抽象的な対象に関係する感情)を臨機に生成して「集団」の最適化を図ることで自ら生存可能性をより高めるようになったと考えられています。この点、自らの生存可能性を高めるためには自らが属する「集団」(富の獲得と富の分配を効率化するためのインフラ)の持続、発展が欠かせなくなり、その脅威となるものから自らが属する「集団」を守ることが重要な使命になりましたが、他の集団との間で限られた食料やその他の資源などを奪い合う過酷な環境下においては他の集団を破壊すること(「対象」の除去)が自らが属する「集団」を守るために効果的であることから、そのような過酷な環境を生き抜くために「憎」という感情を発明したのではないかと考えられています。人間が「憎」の感情を抱くときは「対象」から人間らしいイメージを取り除くべく動物などに擬制して「共感」の働きを抑制することで「対象」への敵意や暴力を正当化し易くする心理プロセスが働いていると考えられています。この過程で人間の大脳新皮質が活発に活動し、本能的(情緒)ではなく理性的(論理)なプロセスとして「対象」の非人間化を図っていることが分かっていますので、このプロセス(認知バイアス)を止めて「対象」への攻撃を思い留まらせることは相当に困難であると言われています。ここで、人間は「集団」の内(守るべきもの)と「集団」の外(壊すべきもの)をどのように区別しているのかが問題になりますが、人間と同じく高度な社会性を有する蟻はキノコ体と呼ばれる脳(主に人間の大脳辺縁系の機能)を持ち、「集団」の内(我ら)と「集団」の外(彼ら)を「匂い」で区別していることが分かっており、自らが属する「集団」の「匂い」と異なる匂いを持つものを「集団」の外(富の獲得と富の分配を効率化するためのインフラの脅威となり得るもの)と認知して攻撃する習性(「匂い」という直感的な識別子を使いながら「集団」の同種性や同族性を重視し、それ以外の集団に対する攻撃性が高い傾向)があることから単一種や単一族による小規模な社会を形成する一方で、その種族は不変的なので「集団」の内に争いは生じ難いという特徴(日本人が蟻に例えられることが多いのは蟻と似たような特徴があるからだと思われます)を持っています。これに対し、人間は大脳皮質(脳幹、大脳辺縁系及び大脳新質の3層構造)と呼ばれる脳を持ち、「集団」の内(我ら)と「集団」の外(彼ら)を「アイデンティティ」で区別しており、自らが属する「集団」と同質の「アイデンティティ」を持つものは民族や文化などを超えて「集団」の内(富の獲得と富の分配を効率化するためのインフラを維持、発展させるもの)と認知して許容する習性(「アイデンティティ」という非直感的な識別子を使いながら「集団」の関係性を重視し、その関係性が保たれている限り許容性が高い傾向)があることから多民族や多文化による大規模な社会を形成する一方で、その関係性は可変的なので「集団」の内に争いが生じ易いという特徴を持っています。人間は「集団」を守ることで脳内の神経伝達物質であるドーパミン(快楽や意欲などを司り、脳を興奮させるホルモン)が活発に分泌されて「正義」(自らが属する「集団」を守ること)を実現しているという自己肯定感が強まると言われていますが、自らの生存可能性を高めるために自らが属している「集団」(同じアイデンティティを形成する同質的な内集団)を強く支持する一方で、他の集団(異なるアイデンティティを形成する異質的な外集団)に対して攻撃的になる習性があり「正義」の実現に脅威を及ぼす悪党としてバッシングする行動に快感や意欲などを覚え、それに同調する人々が集まってイングループ・バイアス(同質的な内集団に好意的、協力的に行動する特性)を一層と強め、この過程で他の集団から人間らしいイメージを取り除くべく動物などに擬制して他の集団に対する攻撃を正当化しながら正義感の暴走へと陥って行くと考えられています。現在、「憎」という感情を緩和又は払拭する医学的な治療法に関する研究は進んでおらず、また、上述のとおり人間は進化の過程で自らが属する「集団」を守り自らの生存可能性を高めるために「憎」という感情を発明した経緯(光と影の二面性)があることから「憎」という感情を完全に払拭することは困難であると考えられていますが、例えば、芸術体験などを通じて幅広い教養を培うことで自己理解を深めると共に「対象」に対する多面的な見方が可能になって「憎」を緩和する心理的な効果が期待できると指摘されていますので、多様性の時代を迎えて現代人の幅広い教養を培うことができる新しい芸術体験が求められています。この点、脳科学者の茂木健一郎さんは「「分かり合える」という思い込みを止めること」が重要であると仰っていますが、SNSの普及に伴うコミュニケーション過多などにより、かつては社会の潤滑油として有効に機能していた適度な誤解に隠れていた本音が容赦なく「見える化」(トリガー・イヴェント)してしまい、その状況に適切に対応することができるだけの智恵や胆力などが備わっていない人間が適度な誤解から過度な理解に陥って「憎」を逞しらしてしまう時代の副作用とも言える状況が生まれているように思われます。その意味で、コミュニケーションを重ねれば「分かり合える」というステレオタイプの短絡的な発想に飛び付くことは火に油を注ぐ結果になり兼ねず、お互いの違いを無理に無くそうと試みるのではなく、お互いの違いを大らかに許容することができる幅広い教養を培うことが益々重要になっていると思われます。なお、脳科学者の中野信子さんはイングループ・バイアスが強く働く「日本は「優秀な愚か者」の国」であると揶揄し、「集団の上位にいる人の教えや命令に忠実に従う、従順な人が重用される傾向は否めません。これは政府や企業に限らず、最高学府であるはずの大学でさえ例外ではありません。」と指摘していますが、余計なことを考えずに指示や命令などに闇雲に従う従順な人(集団のアイデンティティに馴染む同質な人)を重用し、指示や命令などに闇雲に従うのではなく思慮深く洞察力のある人(中野さん曰く、脳科学では前頭前野が発達している知能が高い人)は「使えない人、面倒くさい人」(集団のアイデンティティに馴染まない異質な人)と疎んじる傾向があることは否めず、このような風土に日本の大学が世界的なレベルに及ばず、また、この変革の時代にあって日本社会が凋落している原因の1つがある点を洞察されているのは正しく慧眼です。過去のブログ記事でも触れたとおり、多細胞生物は無性生殖による効率性を犠牲にしても有性生殖による多様性の創出を生存戦略として選択したことで高度な繁栄を実現にしましたが、このような進化のダイナミズムから学ぶべき点は多いと言えるかもしれません。
 
 
▼深見まどか・ピアノリサイタル(B→Cバッハからコンテンポラリーへ)
【演題】B→Cバッハからコンテンポラリーへ
    265深見まどか(ピアノ)
【演目】①C.ペパン ナンバー・ワン(2019)
    ②K.アカール プリペアド・ピアノのための
              「アルテファクト・エチュード第1番」から
                「鏡のヴァリアシオン」(2021)
    ③C.ドビュッシー 映像第2集
    ④J.S.バッハ トッカータホ短調BWV914
    ⑤J.S.バッハ トッカータト短調BWV915
    ⑥M.ラヴェル 水の戯れ
    ⑦P.エルサン 失楽園(2019)
    ⑧P.アタ エテュイ(2019/23)
    ⑨P.アタ エグラン・デテルヌ あるいは繁栄の大箱(世界初演)
    ⑩C.ペパン 虹色─氷(2023)
    アンコール 西村朗 星の輝
【演奏】<Pf>深見まどか
【日時】2024年10月15日(火)19:00~
【会場】東京オペラシティー リサイタルホール
【一言感想】
「自然と自由」をテーマとして、日本文化への造詣が深いフランスを代表する現代作曲家のP.エルサンさんの作品などフランス近現代音楽を採り上げる深見まどか・ピアノリサイタル(B→Cバッハからコンテンポラリーへ)を聴きに行く予定にしています。演奏会を聴いた後に時間を見付けて簡単に感想を残しておきたいと思いますが、演奏会の宣伝のために予告投稿しておきます。
 
ーーー>追記
 
ピアニストの深見まどかさん(1988年~)はコンセルバトワール(パリ国立高等音楽院)で学び、フランス近現代音楽の演奏に定評がありますが、未だ定番曲好きが多い後進国日本では滅多に聴く機会がないフランス人の若手作曲家の作品を採り上げる興味深いプログラムでしたので聴きに行くことにしました。以前にも書きましたが、これからの時代の演奏家は単に定番曲を巧みに弾き熟すだけではなく、世界中の新しい傑作を発掘してその魅力を伝えることができる芸術家としての総合的な資質が問われる(その意味ではモダニズムの産物であるコンクールに入賞することにかつての価値を見出せない時代になっている)と思いますが、クラシック音楽がそうであったように時代の風雪に耐え得る現代音楽の傑作はごく一握りであると思われ、また、一生涯に聴くことができる音楽の数量には限りがあることなどを踏まえると、演奏家の審美眼で世界中の有能な若手作曲家の傑作を選りすぐり、その魅力を観客に伝えてくれる深見さんのような存在は有難く、そのような演奏家の台頭に心から期待したいと思っています。
 
C.ペパン ナンバー・ワン(2019)
パンフレットによれば「自然を主要なインスピレーションの源とするぺパンの音楽は、同じく自然をしばしば扱うドビュッシーやラヴェルの音楽に通じる瑞々しさと、師エスケシュの音楽を思わせる推進力と生命力を持ち味」として、「「ナンバー・ワン」(2019)は、ニューヨークの港に反射する夕暮れの光をドリッピングで描いたジャクソン・ポロックの同名の絵画(1950)に想を得た作品」と解説されています。過去のブログ記事でも触れましたが、20世紀に登場した前衛音楽は人間の認知能力を超えて複雑になり過ぎた為に観客の現代音楽離れを決定的にした面があることは否めないと思われますが、C.ぺパンさんの音楽は良い意味で過去のシガラミや戦後後遺症に囚われることなく、ドビュッシーやラヴェルなどのフランス印象主義の音脈を受け継ぎながらも、それを抽象絵画(J.ポロックなど)やミニマル音楽(S.ライヒなど)などアメリカニズムを参照しつつ現代的に進化させた21世紀を体現する作風が非常に魅力的に感じられます。J.ポロックの「ナンバー・ワン」(ラベンダーミスト/1950年)は滴りや飛沫が織り成す重層的で混沌とした抽象表現で世界の実相に迫る作品だと思われますが、冒頭から奔放自在に弾き鳴らされる音楽は混沌としながら自然的に調和しているJ.ポロックの画風を音楽的に見事に活写しているように感じられ、内部奏法やペダリングを巧みに使いながら音の絵具が空間に滲んで行くドリッピングの即興性のような風合いが音楽的に表現されているように感じられました。また、フランス印象主義を思わせる眩い光沢感のある音が随所に散りばめられ、その揺らめきは水面に煌めく光の印象を表現しているようにも感じられましたが、パンフレットの解説にあるとおり、J.ポロックの即興性とT.エスケシュの大胆な筆致が重なり合い、そこにドビュッシーやラヴェルの光の印象が重層的に描き込まれているようで、非常にビジュアルで恍惚感のある美しい音楽と演奏に魅了されました。中間部ではジャズ・テイストな音楽が展開され、フランス人ピアニストのF.サイやウクライナ人ピアニストのN.カプースチンの音楽を彷彿とさせる閃きに満ちたリズミカルで精彩を放つ演奏に惹かれました。J.ポロックはジャズの愛好家としても知られ、その画風にはジャズの即興性や自由奔放な性格が影響を与えていると言われていますが、この中間部はJ.ポロックの絵画にも見られる作品全体に活力を与えるアクセントとして有効に機能しているように感じられました。そして、終曲部は神秘的な和音に包まれながら教会の鐘を連想させる硬質な響きが連打されましたが、教会の鐘はフランス人のアイデンティティを彩ってきたランドマークとも言え、J.ミレーの「晩鐘」、E.ベルリオーズの「幻想交響曲」や後掲の⑧P.アタの「エテュイ」などフランスの絵画や音楽の重要なモチーフとして「鐘」が登場する機会は多いですが、C.ぺパンがJ.ポロックの「ナンバー・ワン」に何を見て、何を聴いたのか興味が尽きません。個人的には、人間が芸術を鑑賞するのは「暇潰し」のためであると考えていますが、その意味で僕の意識をイマジネーションの世界へと誘って時間感覚を無くしてくれるような作品を愛して止まず、この曲もそのような作品の1つであると実感させられる演奏でした。
 
K.アカール プリペアド・ピアノのための「アルテファクト・エチュード第1番」から「鏡のヴァリアシオン」(2021)
パンフレットによれば「本作では接着パッド、ネジ、洗濯バサミ、割り箸が用いられます。「人工物」を意味するフランス語「アルテファクト」がタイトルに入っているのはそのためでしょう。」と解説されています。ご案内のとおり、H.カウエルが1923年にピアノ曲「エオリアン・ハープ」で内部奏法を発明して(撥弦楽器(ハープ)の代用)、それにインスピレーションを受けたJ.ケージが1940年にバレエ曲「バッカナール」でプリペアド・ピアノを発明しましたが(演奏会場が狭く打楽器アンサンブルを配置できなかったことからピアノに細工して打楽器の代用)、本日の演奏会ではプリペアド・ピアノの設えにより様々な打楽器の音に加えてエレクトロニクスのような音まで聴こえてくる面白い演奏になりました。冒頭ではプリペアドされた低音とノーマルな高音を対比することでピアノ音楽の拡張性が強調されているような効果を生み、また、ペダリングを巧みに使ってプリペイドされた音の残響を豊かに保つことでエレクトロニクスのエフェクトを彷彿とさせる音響的な拡がりを感じさせる効果が新鮮で、エレクトロニクスがアコースティックの領域を侵食するのではなく、アコースティックがエレクトロニクスの領域を侵食しているような野心的な作品に感じられました。先日、P.マヌリさんのライヴ・エレクトロニクスを使ったウェルプリペイドピアノ作品(日本初演)に接してその面白さに興奮を禁じ得ませんでしたが、この作品でもプリペイド・ピアノが現代的に進化していることが窺える大変に興味深い芸術体験になりました。琵琶(撥弦楽器)のような音、シロフォンやシンバル(打楽器)のような音などプリペアド・ピアノならではの魅力が存分に発揮された面白い演奏を聴くことができ、深見さんの冴え映えとしたピアニズムがプリペアドされた音を飲み込んで異彩を放つ絢爛たるコーダに魅せられました。
 
C.ドビュッシー 映像第2集
J.S.バッハ トッカータホ短調BWV914
J.S.バッハ トッカータト短調BWV915
M.ラヴェル 水の戯れ
前半(③、④)と後半(⑤、⑥)に分けて演奏されましたが、J.S.バッハの音楽をフランス印象主義の音楽で挟み込んでしまうB→Cシリーズならではの組合せが新鮮に感じられ、J.S.バッハの対位法による「線」の音楽に対してフランス印象主義の和声法による「面」の音楽が明瞭に対比されて面白く感じられました。あくまでも個人的なイメージであると断ったうえで、J.S.バッハの音楽には「線」を使って緻密に造形された人工美(絶対主義的な美意識)に彩られている印象がある(但し、「自然と自由」というテーマに絡めて言えば、とりわけ⑤の演奏ではバッハの音楽の特徴の1つである即興性もあった)のに対し、J.ポロック、フランス印象主義の音楽やその音脈を受け継ぐC.ぺパンさんの音楽は混沌としたものが織り成す自然美(相対主義的な美意識)に彩られている印象があり、その音楽的な性格の違いが印象的に感じられて興味深かったです。後者が体現する混沌から生じるフラクタル(自然的な調和)の世界観が現代の多様で相対的な価値観や世界観をより良く表現するものに感じられ、(J.S.バッハの音楽が人類の至宝であることは疑いの余地がないとしても)前者が体現する人工的に規律された絶対主義的な価値観や世界観(神の秩序、予定調和)は現代の多様で相対的な価値観や世界観とは些か乖離したものに感じられますが、このような対比を可能にしてしまうところにB→Cシリーズの醍醐味の1つがあると言えるかもしれません。
 
P.エルサン 失楽園(2019)
パンフレットによれば「イギリスの詩人ジョン・ミルトンの代表作である叙事詩と同名のタイトルをもつ本作は、エルサンと交流のあったフランスの作曲家で、エルサンと同じく人間の情念の表現に関心を持っていたオリヴィエ・グレフへの追悼に捧げられています。」と解説されています。冒頭はガムランのペロッグ音階を使ってノスタルジックな音楽が奏でられましたが、その後、O.グレフの弦楽四重奏曲第4番(遺作)や歌曲集「魂の歌」などを参照しながらオマージュが捧げられました。この点、O.グレフを清教徒革命で絶対王政に抵抗して自由のために戦ったJ.ミルトンに擬えて、フランスの前衛音楽の潮流に抵抗して機能和声という禁断の果実を選択したO.グレフが夭折したことによる喪失感を表現した曲のように感じられました。過去のブログ記事でも触れましたが、A.シェーンベルクは無調性の扉を開く一方で、調性を排除する闇の絶対性には陥らないバランス感覚も保っていましたが、その後、オーストリアやフランスの前衛音楽を中心として調性を排除する闇の絶対性に偏向して執拗に音楽を複雑にしたことに現代音楽(クラシック音楽)の「失われた20世紀」を生んだ原因の1つがあると言えるかもしれず、逆説的な意味で、O.グレフが生きた時代状況を「失楽園」と捉えることができると言えるかもしれません。調性や無調性(手段)に価値があるのではなく、それらを駆使してどのような世界観を表現し得るのか(目的)に価値があると思います。
 
P.アタ エテュイ(2019/23)
パンフレットによれば「2019年に発生したパリのノートルダム大聖堂の火災に衝撃を受け、(中略)現代を生きる人びとの「容器」たる遺産・自然環境の崩壊・破壊をテーマとする作品」を創作しましたが、「本日の演奏は、組曲として本来の構想を活かして再構成された改訂版の初演になります。」と解説されています。ノートルダム大聖堂の鐘のモチーフが印象的に繰り返され、その合間には破壊的、狂気的なパッセージが挿入されましたが、やがてノートルダム大聖堂の歴史を刻んできたルネサンス音楽の残照が走馬灯のように現れては消えて行く印象的な音楽が展開されました。その無常観を湛えた音楽が心に余韻深く響く含蓄のある作品でした。
 
P.アタ エグラン・デテルヌあるいは繁栄の大箱(世界初演)
パンフレットによれば「自然と文化のあいだの対立についてのひとつの考え方がある。種子が発芽するイメージを通して、成長と増殖というプロセスに則ったシステムとして植生環境を音楽的に表現することで、自然は象徴される。文化を象徴するのは、シャーマニズム的とさえいえるある種の神秘主義である。」と解説されています。一見、大人しそうに見える深見さんですが、ウッド・チャイムを掻き鳴らし、激しい足踏み、クラスター奏法や内部奏法など打楽器的な奏法を大胆に駆使したリズミカルな演奏で度肝を抜き、シャーマニックな雰囲気を湛えた野性味溢れるダイナミックな演奏が展開されて会場もヒートアップしました(赤いメッシュは、このため?)。臆面もなく自然の生命力を漲らせてしまう一皮も二皮も剥けた熱演に感服しました。これからの時代のピアニストは自分の殻を破って色々と出来なければいけません。
 
C.ペパン 虹色─氷(2023)
パンフレットによれば「タイトルは、雲がさまざまな色に染まってみえる彩雲とよばれる現象を表したもので、「氷」は雲を構成する氷の結晶に太陽の光が干渉するという、彩雲が発生する仕組みに由来します。」と解説されています。左手の彩りに右手が表情を添えながら、音色のパレットと形容したくなる色彩感豊かなグラデーションが実に鮮やかで、色や光の共感覚に訴え掛けてくる非常にビジュアルな演奏が展開されて、ピアニスティックな美観極まる演奏に魅了されました。上述のとおり、C.ぺパンさんの曲はフランス印象主義の音脈を引き継ぎながら、それを現代的に進化させたような21世紀を体現する作風が非常に魅力的に感じられます。
 
アンコール 深見さんは西村朗さんが最後に選んだB→Cシリーズの出演者だそうで、西村さんへのオマージュとして「星の鏡」が演奏されました。ペダリングのエコー効果により漆黒の宇宙空間に澄み渡る星の輝きをイメージさせる静謐な美しさを湛えた演奏を楽しめました。単なる追悼という意味合いを超えて色々な機会に西村さんの名前を耳にすることが多いですが、非常に多くの人々に慕われていた音楽家だったのだなと感慨を深くしています。
 
 
▼明暮れ小唄「北斎小唄 より道 江戸・東京 橋めぐり」
【演題】明暮れ小唄
    北斎小唄 より道 江戸・東京 橋めぐり
【演目】隅田川さんぽメドレー(編曲:明暮れ小唄)
    気にいらぬ(作詞:宮川曼魚、作曲:竹枝せん)
    柳橋から~待乳沈んで(作者不詳)
    業平(伊勢物語)(作曲:春日とよ)
    五月雨や(作曲:三代目清元斎兵衛)
    だまされて(水鶏)(作詞:岡野知十、作曲:吉田草紙庵)
    都鳥(作曲:清元菊寿太夫)
    白魚舟(作詞:磯部東籬、作曲:春日とよ年)
    夕立と田を(作者不詳)
    並木駒形(作者不詳)
    さくら雨(作者:小林栄、作曲:春日とよ稲)
    どうぞ叶えて(作者不詳)
    またの御見(作者不詳)
    川風(作者不詳)
    上手より(作詞:桜川遊孝、作曲:小唄幸兵衛)
    涼み舟(作詞:渥美清太郎、作曲:春日とよ)
    浜町河岸(作詞:西條八十、作曲:中山小十郎)
    夏の月(作詞:伊東深水・田中青慈、作曲:関口八重)
    中洲から(作詞:市川三升・伊東深水・遠藤為春、作曲:吉田草紙庵)
    佃流し(作詞:小野金次郎、作曲:山田抄太郎)
    辰巳の左褄(作詞:伊東深水、作曲:清元寿兵衛)
    辰巳やよいとこ(作詞:伊東深水、作曲:常磐津三蔵)
    向島名所(作詞:磯部東籬、作曲:杉浦翠女)
    河水(作詞:宮川曼魚、作曲:中山小十郎)
【演奏】<小唄>明暮れ小唄
        千紫巳恵佳
        小唄幸三希
    <案内>柳家緑太
    <打物>福原千鶴
        多田恵子
    <笛>福原徹秋
    <演出・脚本>大和田文雄
    <映像>渡邉肇
    <制作>明治座舞台
    <美術>小池アミイゴ
【日時】2024年10月19日(土)16:00~
【会場】YKK60ビル AZIホール
【一言感想】
小唄のユニット「明暮れ小唄」では葛飾北斎の名作と小唄の名曲で江戸情緒を味わう「北斎小唄」というシリーズ公演を興行されていますが、今回は番外編(「より道」)として葛飾北斎、歌川広重、明治の浮世絵及び古写真を採り上げながら移り変わる隅田川の橋をフォーカスした明暮れ小唄「北斎小唄 より道 江戸・東京 橋めぐり」を聴きに行く予定にしています。演奏会を聴いた後に時間を見付けて簡単に感想を残しておきたいと思いますが、演奏会の宣伝のために予告投稿しておきます。
 
ーーー>追記
 
1855年に清元お葉が開曲した小唄「散るは浮き」の人気が端唄から俗謡「江戸小唄」へと本格的に派生する契機になったと言われていますが、端唄は芝居小屋や寄席などの比較的に広い空間で演奏される機会が多かったことから大きく明瞭な音を出せるように三味線を撥で演奏すると共に平坦な節回しで延音を豊かに響かせて唄われますが、小唄は座敷などの比較的に狭い空間で演奏される機会が多かったことから繊細で表情豊かな音を出せるように三味線を爪弾きで演奏すると共に技巧的な節回しで早く小気味よいテンポで唄われるという特徴的な違いを持っています。パンフレットには小唄「河水」の歌詞「流れて続く隅田川、昔を今に映す河水」が引用され、江戸小唄は「江戸が終わろうとする頃に生まれて、明治、大正、昭和にかけてぞくぞくと名曲が作られ、人気を博しました。場所としての江戸、時としての江戸を懐かしむ音楽」であり「明治以降の人々が江戸を想うとき、おそらく江戸時代の江戸の庶民が江戸という町に対して感じていた以上に、江戸への郷愁、今は無き江戸への熱い想いを抱いていました。明治から昭和にかけての東京を想うときにも、その向うには江戸がありました。それらを私たちが追体験したいと思ったら、手始めとして小唄ほどうってつけの音楽はありません。」と趣意が述べられていますが、故・立川談志師匠がよく言われていた「江戸の風」(「柳に風」という言葉がありますが、江戸の町を象徴する隅田川の柳を伝う風は大火の原因ともなり、その大火で一夜にして無けなしの銭を含む全財産を焼失する江戸っ子の間では「宵越しの銭は持たない」という気質が生まれ、さながら風にそよぐ柳のように何事も粋に往なして乗り切ってしまう江戸庶民の生き様が彩る江戸の風情)を感じさせる公演でした。本日の演奏会場がある東京都墨田区亀沢は葛飾北斎の生誕地としても知られ(後掲の写真)、葛飾北斎の肉筆画「隅田川両岸景色図巻」には吉原へ通う柳橋から山谷堀までの隅田川の両岸の風情が描かれていますが、江戸の水運の要衝でもある隅田川を初めとして数多くの水路を擁する江戸の町は「水の都」とも称させる景勝地及び行楽地として安藤広重の浮世絵「名所江戸百景」などにも描かれており、その四季折々の風物詩が小唄にも唄われています。この点、三途の川(①善人は川に架けられた橋を渡る、②悪人は川の浅瀬を渡る、③極悪人は川の深瀬を渡る、三途がある川)に象徴されるように、古来、川は此岸(この世)と彼岸(あの世)の境目を意味し、その川に架けられた橋は此岸(この世)と彼岸(あの世)をつなぐもの(能舞台の橋掛りや神社の太鼓橋と同じ)と捉えられ、それをインスピレーションとして豊かな日本文化が育まれてきました。観世元雅作の能「隅田川」でも、隅田川の東岸(京都方面)を此岸(この世)、隅田川の西岸(蝦夷方面)を彼岸(あの世、その結界としての木母寺の梅若塚)と捉える思想的なバックボーンがあるように思われますが、その此岸(この世)と彼岸(あの世)のアワイを縫うように流れる隅田川を隠舟で通う吉原は此岸(この世)の憂さを彼岸(あの世)へと流す浮世とでも呼ぶべき場所であり、どこか背徳感が漂う風情を小粋に唄に織り込んで洒落に変え、浮名を流す遊び心に小唄の魅力の1つがあるような気がします。
 
①吾妻橋(旧、大川橋)(東京都墨田区吾妻橋
②すみだ北斎美術館(葛飾北斎生誕地)(東京都墨田区亀沢2-7-2
③中島伊勢住居跡(葛飾北斎生育地)(東京都墨田区両国3-13-9
④太鼓橋(亀戸天神社)(東京都江東区亀戸3-6-1
①吾妻橋(旧、大川橋)葛飾北斎の肉筆画「隅田川両岸景色図巻」は、吉原へ舟で通う柳橋山谷堀までの隅田川の両岸を描いたものですが、柳橋のほかにも両国橋大川橋(現、吾妻橋)が描かれ、また、現代でもランドマークになっている回向院駒形堂浅草寺木母寺(能「隅田川」の舞台)、見返り柳吉原大門などが描かれて昔風情を伝えており、巻末には落語中興の祖・烏亭焉馬の狂文が添えられています。 ②すみだ北斎美術館(葛飾北斎生誕地):葛飾北斎の生誕地(本所南割下水)にはすみだ北斎美術館が建立され、毎日、日本人だけではなく多数の訪日旅行外国人で賑わっており、西洋の芸術家にも多大な影響を与えた葛飾北斎の国際的な知名度の高さが窺われます。なお、現在、すみだ北斎美術館の常設展プラスには左述した葛飾北斎の肉筆画「隅田川両岸景色図巻」の実寸大のレプリカなどが展示されています。 中島伊勢住居跡(葛飾北斎生育地):赤穂浪士の討入りがあった吉良上野介の上屋敷跡は町人に払い下げられましたが(大石内蔵助が討入りで山鹿流陣太鼓を打ち鳴らしたと伝わる吉良家大門跡、赤穂浪士が吉良上野介の首級を洗ったと伝わる井戸)、その一角に葛飾北斎が養子に入っていた叔父・中島伊勢の住居跡があります。因みに、吉良家の家老・小林平八郎は葛飾北斎の母方の祖父又は曾祖父と言われています。 太鼓橋(亀戸天神社)太鼓橋は神域(彼岸)と俗域(此岸)の結界を意味し、本来、交わらない異質なものをつなぐ役割を担ってきました。西洋でも古代ローマ時代からアーチ橋が造られており、主に橋に掛かる荷重を分散する機能的な理由から使われてきましたが、映画「ジョーブラックをよろしく」のラストシーンでは太鼓橋と同様に此岸と彼岸をつなぐメディアとしてアーチ橋が効果的に利用されています。
 
https://www.ndl.go.jp/landmarks/details/images/d2_1307052_SIP.jpg
本日の公演は墨田川に架かる「橋」をメディアとして江戸、明治、大正、昭和の時代をつなぎ、隅田川の風情を写した浮世絵や写真などのビジュアルな素材と共に四季折々の風物詩を唄う小唄(陰囃子)や江戸庶民の人情を粋活きと甦らせる噺を織り交ぜながら時代を往還する趣向の興味深い公演でした。冒頭、隅田川に架かる橋が航空写真を使った立体地図で俯瞰され、そこから明治時代以降の写真と江戸時代以前の浮世絵で隅田川に架かる「橋」の時代の記憶を遡りながら歴史の旅(アースダイブ)へと誘われました。高橋竹山に代表される津軽三味線が津軽海峡を吹き荒ぶ地風を体現するような剛の音楽であるとすれば、三味線を爪弾きしながら江戸庶民の粋と艶を紡いで江戸の風情を表情豊かに唄う江戸小唄は柳に風を体現するような柔の音楽と形容したくなる繊細で優美な肌触り感があります。本日の公演では明暮れ小唄の阿吽の呼吸により二棹の三味線と唄が当意即妙に掛け合い、さながら風にそよぐ柳のようにしなやかに紡がれる調子の変化(コード進行のようなもの?)が独特の風情を醸し出し、まるで隅田川を舟遊びしているような情緒豊かな演奏に心地よく身を委ねる至福の時間でした。パンフレットと共に本日演奏する小唄の歌詞が配布されましたが、小唄の短い歌詞には隅田川の両岸に広がっていた昔風情を伝える情報がふんだんに盛り込まれており、その歌詞を素読しているだけでもその情景が目に浮かんでくるようでしたが(歌詞を掲載しようかとも思いましたが、昭和の曲もあり著作権が生きているかもしれませんので断念します。)、これに浮世絵や写真、ラフ・スケッチと共に小唄が唄われることで文化の基底を形作る集合的無意識に刻まれた「記憶」が鮮やかに甦ってくるような不思議な感興を覚え、興奮を禁じ得ませんでした。また、陰囃子のサウンドスケープも含蓄深い効果的な演出でして、例えば、明治の毒婦として語り継がれ、歌舞伎の演目としても知られる芸妓・花井お梅(墓:長谷寺重願寺)が両国橋の袂、浜町河岸箱屋(三味線の箱持ち)の峯吉を殺害した事件が小唄「浜町河岸」で唄われましたが、川柳に「石町は江戸を寝せたり起こしたり」と詠まれているとおり、江戸時代には浜町河岸の近くに石町時の鐘現在の東京都中央区日本橋室町四丁目)が設置され、大まかな時刻が江戸庶民に伝えられていましたが、小唄「浜町河岸」では陰囃子が四つの鐘を鳴らすことで夜更け(22時頃)であることを表現し、臨場感のあるイマジネーションを想起させていました。吉原の退けは四つの鐘(22時頃)、大退けは九つの鐘(0時頃)とされていましたので、犯行時刻には浜町河岸の人気はなかったものと想像されます。因みに、吉原では九つの鐘の時刻に四つの拍子木を打ち、客の帰り路に九つの拍子木を打って営業時間を小粋に延長していたそうですが(幕府は黙認)、川柳に「吉原は拍子木までが嘘をつき」と詠まれていますので、自粛警察が出没する現代よりも洒落が通じる世情だったのかもしれません。また、陰囃子の笛が吉原の華を伝えるもので出色であったことを特記しておきます。このように江戸小唄は非常に多くの時代の記憶が刻まれているアナログ・メディアとも言えますので、小唄を聴いてアースダイブしてみると教養(視野が広がる心の豊かさ)が培われるかもしれません。隅田川の都鳥(鴎)、夏の舟遊び、花火見物、蛍狩り、灯篭流しなどの風物詩が唄われましたが、紙片の都合から、全曲には触れられませんので、ご興味のある方は明暮れ小唄の公演にお運び下さい。オモロイです。さらに、落語家・柳家緑太さんの噺も江戸庶民の人情や暮らしぶりと共に隅田川の両岸に広がる風情を粋活きと伝える内容で、隅田川の河岸には菖蒲が群生して(堀切菖蒲園)、夏場には隅田川に涼み舟が繰り出されて人気役者が影芝居を行う御簾舟や物売りのウロウロ舟が往来する賑い振りは現代を凌ぐものであったことが窺われ、芸は売っても色は売らない辰巳芸者の心意気や柳島妙見様と中村仲蔵の出世噺(八代目柳家正蔵の落語「中村仲蔵」)、高尾の嶺に咲く花を摘み取る伊達の酔狂が生む人情噺(柳家小満んなどの落語「仙台高尾」)、戸を叩く音に似ていると評判のクイナの鳴き声を鑑賞する集りで主人の心根(音)を聞かれてしまう滑稽噺(柳家緑太さんの新作落語?)などを通じて「江戸の風」を楽しめる歴史の旅(アースダイブ)でした。自分が踏みしめている土地の歴史を探ることは自分が何者であるかを識る契機となる意味でも学び(面白味)が多く、大人だけではなく中高生などの若者などにも心からオススメしたい公演です。
 
▼いつか小唄に唄われるかもしれない新しい風物詩「終演後の撮影会」
 
▼藝大プロジェクト2024第1回「西洋音楽が見た日本」
【演題】藝大プロジェクト2024第1回「西洋音楽が見た日本」
【演目】音楽舞台劇「ティトゥス・ウコンドン、不屈のキリスト教徒」
【演奏】<作曲>ミヒャエル・ハイドン
    <台本>フローリアン・ライヒスジーゲル
    <俳優>小泉将臣(俳優座)、山森信太郎(髭亀鶴)、森永友基
        岡野一平、稲岡良純(文学座)、渡邊真砂珠(文学座)
        小口隼也、松平凌翔(俳優座)、市川フー(エンニュイ)
        笹川幹太、久保田里奈、大石麻椰、坂部星空
    <振付・ダンス>伊藤キム、金子美月(助手)
    <Orch>古楽科有志を中心としたオーケストラ
          コンサートミストレス 戸田薫
    <Chor>声楽科有志合唱
          合唱指揮 中山美紀
    <学術アドヴァイザー>西川尚生
    <美術>原田愛
        美術学部先端芸術表現科原田研究室(遅亦周、呉詩瑶)
    <構成・演出>布施砂丘彦
    <監督>浜田和孝
    <司会>朝岡聡
【日時】2024年10月20日(日)15:00~
【会場】東京藝術大学 奏楽堂
【一言感想】
M.ハイドンの音楽舞台劇「ティトゥス・ウコンドン、不屈のキリスト教徒」(1770/74)が約250年振りに復活上演されるので、藝大プロジェクト2024第1回「西洋音楽が見た日本」を聴きに行く予定にしています。題名にある「ウコンドン」とはキリシタン大名・高山右近(洗礼名:ドン・ジュスト(正義の人))をモデルにした登場人物のことで、劇中に出て来る「ショーグンサマ」は豊臣秀吉をモデルにした登場人物と言われており日本をテーマにした作品ですが、単に古典曲の復活上演という意味合いだけではなく、当時、M.ハイドンが日本をどのように捉えて描いたのか興味が尽きません。17世紀から19世紀初頭のヨーロッパではキリスト教布教を目的として日本におけるキリスト教信仰をテーマにした演劇作品が150作品以上も作られたそうで、高山右近だけではなく大友宗麟や有馬晴信をモデルとした作品なども作られたそうです。因みに、W.モーツァルトは、M.ハイドンの作品からインスピレーションを受けていたことは有名ですが(例えば、W.モーツァルトの交響曲第37番はM.ハイドンの交響曲第25番に序奏を付け加えたカバー曲であるなど)、W.モーツァルトのオラトリオ「救われたベトゥーリア」(1771)の終曲合唱はM.ハイドンの音楽舞台劇「ティトゥス・ウコンドン、不屈のキリスト教徒」(1770/74)の合唱曲「主に向かって歌え」をベースにしている可能性が高く、W.モーツアルトはこの作品を通して日本のことを知っていた可能性が指摘されていますので、その意味からも意義深い演奏会です。演奏会を聴いた後に時間を見付けて簡単に感想を残しておきたいと思いますが、演奏会の宣伝のために予告投稿しておきます。なお、キリシタン大名・高山右近はキリスト教信仰(ヨーロッパのアイデンティティ)を通じてヨーロッパ(キリスト教圏)という「集団」の内に受け入れられ、当時のヨーロッパを代表する音楽家であるM.ハイドンの音楽舞台劇で称揚されました。しかし、日本ではキリスト教信仰(ヨーロッパのアイデンティティ)は日本という「集団」の存続、発展の脅威となり得るもの(「集団」の外)と認識されて迫害の対象になり(「憎」という感情の発現と「対象」の除去)、踏み絵を踏んで「集団」の内になるか又は踏み絵を踏まずに「集団」の外として迫害の対象になるか選択を迫られましたが(映画「沈黙」ではキリシタンを「集団」の内に取り込むためにキリスト教信仰(ヨーロッパのアイデンティティ)を強制的に変更させる様子(転ぶ)を描いたもの)、高山右近はキリスト教信仰を変更することなく「集団」の外として戦うことを選択し、マニラに追放された大名です。
 
ーーー>追記
 
久しぶりに東京藝大の奏楽堂で開催される演奏会を聴きに行く機会に恵まれ、今も昔も変わらない奏楽堂に通う鼻曲りの小道の秋の風物詩である銀杏のニオイの洗礼を受けましたが、来し方行く末に思いを馳せると時代の大きな移ろいが実感されます。東京藝大では「「感動」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション」というコンセプトを掲げて時代を革新する新たな創造に果敢に挑戦し、そのための新しい施設建設も進められていますが、どの分野であれ、変わり続けなければ変わり果てるのが世の習いであり、とりわけこの変革の時代は変わり続ける覚悟と叡智が試されていると思いますので、これからの東京藝大の革新的な挑戦に期待したいと思っています。既にクラシック音楽(第一次世界大戦までの西洋音楽)は聴き飽きてしまったので、久しくクラシック音楽をメインとする演奏会から足が遠退いていましたが、上述のとおり企画力の優れた演奏会が開催されるというので珍しく聴きに行くことにしました。非常に分厚いパンフレットが配布されて詳細な解説が加えられていましたが、この企画に挑戦する関係者の熱量の高さが窺われます。M.ハイドンやW.モーツァルトが生きた18世紀のザルツブルグはカトリック大司教領として宗教教育が盛んに行われ、ザルツブルク大学やその付属中等校の学生達(アダムを唆したイブの罪深さから宗教音楽はカストラートに象徴されるように男文化だったことから全て男子生徒)がラテン語の宗教劇と幕間劇を定期的に上演していたそうですが、ラテン語の宗教劇では音楽は演奏されず(音楽は聖書の言葉を聞き取り難くするという伝統的な考え方に倣ったもの?)、主に幕間劇(バレエなど)で音楽が演奏されたという記録が残されているそうです。そのうちの1作であるM.ハイドンの音楽舞台劇「ティトゥス・ウコンドン、不屈のキリスト教徒」は1770年にラテン語で初演され、その後、1774年に庶民にも受容し易いようにドイツ語で再演されましたが、台本から確認できる限り音楽が演奏されたのは3場面(第1幕第2場で兵士達が退場する場面(楽譜紛失)、第2幕第1場でウコンドンとその家族が教会で神への賛美「主に向かって喜ばしく歌を歌え、僕たちよ!」(MH.142)を合唱する場面(楽譜現存)、第4幕第2場でショーグンサマの勘気を被ったウコンドンとその家族が信仰のために死を覚悟する賛歌「鹿が川の流れに向かって走って行くように」(MH.143)を合唱する場面(楽譜現存))のみであり、また、幕間劇は2部構成から成る音楽を伴う無言劇「捕えられ解放されたキリスト教信仰」で、前半は「キリスト教信仰に対抗しようとたくらむ魔術、地獄、怒り、死」を表現したバレエ・パントマイム、後半は「天の助力によるキリスト教信仰の勝利」を表現したバレエ・パントマイムであったことが分かるそうです。なお、無言劇の音楽はM.ハイドンの自筆譜が現存しており、前半が14曲の合奏曲、後半がシンフォニア+14曲の合奏曲で構成されているそうです。本日の公演では、宗教劇は日本語、合唱曲は原語(ドイツ語)で上演され、宗教劇の冒頭にカトリック大司教に捧げられる「献辞」に代えてM.ハイドンのオラトリオ「悔悟する罪人」(MH.147)の序曲が演奏され、また、楽譜が現存する宗教劇第1幕及び第2幕の2曲の合唱曲と幕間劇の合奏曲は原曲のまま演奏されました。さらに、楽譜が現存しない宗教劇第1幕の「フェルトムジーク」に代えてM.ハイドンが音楽舞台劇「祖国への敬虔」(MH.148)のために作曲した6曲の「フェルトムジーク」の一部を借用して上演されました。
 
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3b/Jesus_on_cross_to_step_on.jpg
踏絵(キリスト像)
 
さて、上述のとおりカトリック大司教に対する「献辞」に代えてM.ハイドンのオラトリオ「悔悟する罪人」(MH.147)の序曲が演奏されましたが、M.ハイドンは兄のJ.ハイドンやW.モーツァルトの影に隠れて歴史に埋もれている作曲家の1人なのでさすがに初聴の曲でしたが、良くも悪くも同時代の音楽的な規範を逸脱するものではなく、W.モーツァルトのオペラの序曲を想起させる快活で緊迫感が漂う曲調を小気味よい音運びによる引き締まった演奏で楽しめました。正直に告発すれば、この序曲と1曲目の合唱曲はそれなりに聴き応えを感じることができましたが、斬新な音楽表現に溢れるポップスに慣れ親しんでいる現代人の耳には、それ以外の曲はシンプル過ぎる印象を否めず、しかも繰り返しが多いので退屈に感じられてしまう憾みがあります。これに続く第一幕「ウコンドンへの恩寵」では、ショウグンサマはその弟の謀反を鎮圧したウコンドンに望みの褒美を与えると申し出ますが、ウコンドンはこの勝利は神の威光のお陰であると諭し、キリシタンの民衆の安寧を褒美として願い出ます。これに対して、ショウグンサマはそれだけは認められないと困惑し、ウコンドンも改宗しなければ庇い切れないと苦衷を吐露します。ウコンドンはショウグンサマへの忠誠を選択するか又は神への信仰を選択するかの二者択一を迫られますが、ウコンドンはショウグンサマへの忠誠は偽りのものではないとしながらも、人間を神と崇めることはできず神への信仰を捨てること(転ぶ)はできないと苦悩します。これに対し、ショウグンサマの側近達はウコンドンの態度はショウグンサマへの忠誠に背くものであり、また、日本の神仏を軽んじる態度は許されるものではないので、ショウグンサマのウコンドンに対する信頼を損なわせ(「憎」の感情の発動)、ウコンドンを排除しようと企みます(「対象」の除去)。ショウグンサマの側近達が退場する場面で音楽舞台劇「祖国への敬虔」(MH.148)よりフェルトムジークが演奏されました。この場面では、ショウグンサマとウコンドンの揺れ動く心の襞を繊細に表現する演技が素晴らしかったと思います。第二幕「ウコンドンへの陰謀」では、舞台セットの透過スクリーンに十字架と声楽有志合唱の姿が浮かび上がり、合唱「主に向かって喜ばしく歌を歌え、僕たちよ!」(MH.142/詩篇唱「トーヌス・ペレグリヌス」(第9詩篇唱定式の旋律))が歌われましたが、ウコンドンとその家族の信仰心の強さを体現する神の威光を荘厳に歌い上げる合唱は聴き応えがありました。幕間劇「バレエ曲」(MH.141)の第一部では、バレエ・パントマイムが展開され、照明の角度を効果的に使って舞台セットの透過スクリーンに映し出される「異形」のシルエットにより地獄絵図が描かれる興味深い舞台でした。なお、14曲の短い合奏曲が演奏されましたが、現代人の耳には平板な音楽に感じられてしまう憾みがあり、さながらE.サティーの「聴かれない音楽」を先取りしているような風合いがありました。第三幕「ウコンドンへの憎悪」では、ショーグンサマの側近達がウコンドンに対してショウグンサマへの忠誠を誓えば現世での成功が約束されると改宗を促し、ウコンドンは現世での成功には興味がなく神への信仰で得られる来世の約束が大切であると断りますが、この会話には見返りを求めない神の愛(アガペー)ではなく来世の約束という甘美な見返りを期待する人間の愛(フィリアなど)に支配されるウコンドン(信徒や宣教師)の等身大の姿が描かれていたのが印象的でした。仏教界はショウグンサマに対して日本の神仏を蔑ろにするウコンドンを罰するように懇願しますが、ウコンドンの忠誠を信頼するショーグンサマは躊躇います。再び、ショウグンサマの側近達はウコンドンに対して妻子が死罪になることを告げて改宗を促しますが、ウコンドンは褒美や領土をショウグンサマに返上したうえで、死をもってショウグンサマへの忠誠と神への信仰を全うしようと決意します。ここでは殉教(即ち、神の救い)に対するセンチメンタリズムに彩られていくウコンドン(信徒や宣教師)の等身大の姿が描かれていたのが印象的でした。第四幕「ウコンドンの寛大で強い心」では、合唱「鹿が川の流れに向かって走って行くように」(MH.143/詩篇唱「ドミネ・フローレ」(第6詩篇唱定式の旋律))が歌われましたが、ウコンドンとその家族が信仰を固く貫いて殉死を選び神へ祈る崇高な合唱が歌われました。幕間劇「バレエ曲」(MH.141)の第二部では、バレエ・パントマイムが展開され、照明の角度を効果的に使って舞台セットの透過スクリーンに映し出される「天使達から差し伸べられる複数の手」のシルエットにより神の救いが描かれる興味深い舞台でした。なお、シンフォニア+14曲の短い合奏曲が演奏されましたが、やはり現代人の耳には平板な音楽に感じられ、その予定調和な音楽には「差分」(脳の認知パターンに基づく予測と脳が実際に認知する結果との間の差)が感じられず、脳内の報酬系が刺激されないのでどうしても「飽きる」(退屈)という状態に陥ってしまいます。僕の周囲を見ても、ビギナー層を除いてはクラシック音楽の受容が厳しくなりつつ現状があることは否めず、だからこそ東京藝大の革新的な挑戦に期待したいと思っています。第五幕「ウコンドンの三重の勝利」では、ショウグンサマがキリシタンの味方に立つというフェイク・ニュースを信じた仏教界がショウグンサマへの謀反を企てますが、ウコンドンがその企みを未然に防ぐことでショウグンサマの信任を新たにします。ショウグンサマはウコンドンに対して神への信仰を捨てればショウグンサマの地位を譲ると申し出ますが、ウコンドンはそれを断って死を賜り家族のもとへ行きたいと懇願します。これを聞いたショウグンサマはウコンドンの神への信仰の強さに心を打たれて神への信仰を許すると共に、実際には処刑されていなかった妻子をウコンドンのもとに返して、今後もショウグンサマに次ぐ君主として仕え続けるように命じる大団円で終わるというバラ色のストーリー展開でした。当時、どのような演出が施されていたのか分かりませんが、本日の公演を鑑賞する限り、「日本」を描いた音楽舞台劇というよりも、どこの国に舞台を置き換えても成立し得るカトリック教会のドクトリンを描くことを目的とした音楽舞台劇に感じられ、その意味ではW.モーツアルトが断片的な情報から日本という国の存在を漠然と認知していた可能性はあるかもしれませんが、どこまで日本という国を理解していたのかは疑問が残ります。先日、映画「SHOGUN-将軍-」がエミー賞を受賞しましたが、漸く先入観に歪曲されたイミテーションとしての日本ではなく実像に近い日本が描かれ、それが受容される時代になったことが感慨深く思われます。最後に、カーテンコール中の音楽として、M.ハイドンのトルコ行進曲(MH.601)(布施砂丘彦編曲)とディヴェルティメントホ長調(MH.7)より第四楽章「バッロ.プレスト」(布施砂丘彦偏曲)が演奏されて終演となりました。なお、本公演では、原曲にはない打楽器を使った効果音が随所に付け加えられていたことを付記しておきます。
 
 
▼詩楽劇「めいぼくげんじ物語 夢浮橋」
2017年から東京国際フォーラムの開館20周年記念事業として「伝統と革新」をコンセプトに日本文化に親しみ、新たな価値発見の機会を提供することを目的とする企画公演「J-CULTURE FEST」がスタートしましたが、2024年1月3日~同7日には光源氏と紫の上の複雑な男女関係を描いた詩楽劇「『沙羅の光』~源氏物語より~」前回のブログ記事で触れた筝演奏者兼作曲家の中井智弥さんが楽曲提供)が開催され、これに続いて2025年2月8日~同12日には宇治十帖(「橋姫」から「夢浮橋」まで)を題材にした詩楽劇「めいぼくげんじ物語 夢浮橋」(前作に続いて中井智弥さんが楽曲提供されるので期待が膨らみます。)が開催され、「特別講座『源氏物語』を識る、聴く、詠む」と題する講演会も併催される予定になっています。紫式部が執筆した源氏物語は中世のジェンダー・バイアスを背景としてやんごとなき姫君達のシンデレラ・コンプレックスに彩られた世界観が描かれており、その限りではジェンダー・フリーを推進する現代の価値観とは大きなミスマッチがありますが、その一方で、効率や機能ばかりが重視されて日本文化を彩ってきた詩情が失われた現代にあって、花鳥風月を愛でる風流心を持ち和歌、物語や書画などを嗜む豊かな感性を湛えた中世の美意識に触れることは日本人のアイデンティティやバイタリティーを取り戻すために不可欠と思われ、個人的には、その観点から詩楽劇「めいぼくげんじ物語 夢浮橋」を楽しみたいと思っています。上述の明暮れ小唄のテーマになっている橋は人々の様々な想いをつないできましたが、水面に漂う浮橋が夢と現をつないでいるような儚い物語、ご興味のある方はいかが。