
▼「嘘」(ブログの枕)
過去のブログ記事でも触れたとおり、最初に人に嘘を吐いたのはイヴに知恵の実(禁断の果実)を食べるように唆した楽園の蛇ということになりそうですが(旧約聖書創世記第3章第13節)、老子が「道徳経」第十八章で「知恵出でて大偽あり」として人が知恵を持つと純真さ(人本来の無為自然な生き方)を失い嘘を吐くようになると戒めていますので、噓吐きの始まりは最初に知恵の実を食べたイヴということになりそうです。因みに、「無為」の反対語は「人為」で「人」+「為」=「偽」(嘘)になりますが、何事につけて「人為の虚を構えずして天然の真に従わん」(福沢諭吉)と心掛ければ大過ないということかもしれません。「嘘」の語源には諸説あり、中国語の「胡説」(語義:根拠や道理も無く妄りに言うこと)と「嘘」(語義:息を吐くこと)に由来して後者の漢字に前者の語義を組み合わせたものが日本語の「嘘」になったという説が有力ですが、虚言癖がある人のことを「息を吐くように嘘を吐く」と揶揄する由縁とも言われています。そのような人の本性を日本三大悪女の1人に数えられている日野富子は「偽りの ある世ならずは ひとかたに 頼みやせまし 人の言の葉」という和歌に詠んで、人の言葉ほど頼りにならないものはないと嘆いています。この点、「指切り 拳万 嘘吐いたら針千本飲ます」という有名な童歌に歌われている「指切り」とは、大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で描かれている吉原(元吉原は明暦の大火で焼失するまでは日本橋葭原にありましたが、「葭」(葦)の響きが「悪シ」を連想させることから縁起を担いで「吉」の文字に改めたことが名前の由来とされ、蔦屋重三郎は浅草に移築された新吉原で誕生)の遊女が贔屓の客に愛の証として自分の小指の先を切り落として渡す風習に由来していると言われていますが、「遊女に真なし」と言われるとおり本物の小指を渡すことは稀で、実際には飴細工(新粉細工)で作られた偽物の小指を渡していたそうなので、義理チョコならぬ義理ゆびで疑似恋愛を洒落ていたということなのだろうと思います。蔦屋重三郎宅に居候していた十辺舎一九は「誠は嘘の皮 嘘は誠の骨 迷うも吉原 悟るも吉原」(嘘真言心之裏表:真実を覆い隠すのが嘘であり、嘘を暴くと真実がある)と書いていますが、吉原は虚実皮膜の間に灯るうたかたの夢を紡ぐ場所であり、義理ゆびと知りながら嘘に真をつないで粋に遊ぶ客の器量も試されていたと言えそうです。なお、無粋な話しで恐縮ですが、元々、この「指切り」は鎌倉時代に合戦の同士討ちや失態などを犯した武士が指切りの刑に処せられたことが始まりとされており(鎌倉幕府が編纂した歴史書「吾妻鏡」の元暦元年1184年6月17日条:「右乃手のゆびを切らせ給ふ」)、その伝統はヤクザの指詰めとして受け継がれました。因みに、ヤクザの指詰めのことを俗にエンコを詰めるとも言いますが、これは人形浄瑠璃の隠語で手を意味する猿候(エンコウ)に由来し、それくらい大切なものを差し出す趣意と思われます。それにしても嘘を吐くなという約束そのものが嘘っぽい脅迫(指切り、拳万、針千本など)に彩られており、果たして、このような数々の脅迫まで持ち出さなければ油断ならない人は、何故、嘘を吐かずにいられないのか(その裏腹として、嘘を信じ易いのか)について簡単に触れてみたいと思います。人類は、大まかに分けて、①新生代(~約300万年前:猿人の数十人の群れ)、②旧石器時代(約300万年前~約1万年前:狩猟採集を行うために原人又は旧人の100人前後の小規模な集団生活)、③新石器時代(約1万年前~:農耕牧畜を行うために現人の100人超の大規模な集団生活)と段階的に進化(環境適応に伴う変化)又は進歩(時間経過に伴う変化)してきましたが、上記②の時期に人類は狩猟採集に相応しい特性を備えた「心」を形成し、過去のブログ記事でも触れた認知革命(進化)を経て高い社会性を備えるようになったと考えられています。人類は自らの生存可能性を高めるために自ら帰属する集団の仲間と協力して狩猟採集し、それにより獲得した食料を分かち合うという生存戦略を選択しましたが、これにより仲間が言うことを直ぐに信じて一致協力した方が自ら帰属する集団の維持、発展に有利であるという肯定的な心理傾向を備えるようになった考えられています。その後、上記③の時期に氷河期の終焉に伴い狩猟採集よりも安定した農耕牧畜へ移行して100人超の大規模な集団生活を営むようになると、自ら所属する集団の仲間との個別的な協力関係に代わる方法として文字を発明し、より多くの仲間との集団的な協力関係を形成するようになりました。これに加えて、文明の発展により過酷な生存競争から解放されて淘汰圧が低下したことで遺伝的な多様性が生じたことにより、仲間が言うことに様々な「見解」が錯綜するようになると、仲間が言うことを直ぐに信じるばかりではなく、その真偽や適否を検証することが自ら所属する集団の維持、発展に有益であるという環境変化が生まれました。しかし、狩猟採集に相応しい特性を備えた「心」しか持たない人類は、未だこの環境変化に十分に適応することができずに、仲間が言うことが集団の維持、発展に有害なもの(嘘など)であっても直ぐに信じてしまうという無防備な心理傾向として顕在化しているのが現代です(映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」)。この点、「嘘」とは事実でないことを伝えることを意味しますので言葉を使う人のみに特有の行為ですが、「欺く」とは何かを隠すことなどにより仲間などの信頼を裏切ることを意味しますので人に限らず数多くの生物にも見られる行為(例えば、遺伝的な例としては捕食者を欺く擬態などがあり、また、戦略的な例としては自らの卵を仲間などの巣に産んで代わりに育てさせる托卵などがあります。)と言われています。基本的に、これらの行為は仲間などの行動を予測し、その行動を意図的に操ることで自らの生存可能性を高める利己的な行為と考えられますが、このような背信的な行為が繰り返されると仲間が言うことを直ぐに信じて一致協力することが難しくなるという不都合をきたします。古来、「嘘」は「知恵」の一態様としてポジティブに捉えられていた時代もありましたが、ギリシャ哲学(プラトン学派)や中国哲学(孔子学派)の登場によって「倫理」が重視されるようになると、「知恵」には自ら帰属する集団の維持、発展に有益な良い知恵の発現としての「叡知」と自ら帰属する集団の維持、発展に有害な悪い知恵の発現としての「狡知」(嘘などを含む)の2種類があると捉えられるようになり、自ら所属する集団の内部(仲間)に対する「狡知」は悪い知恵として戒められる一方で、自ら所属する集団の外部(敵)に対する「狡知」(主に戦争、外交、商売の分野など)は良い知恵として容認されるという二重基準が生まれました(戦争に関する有名な二重基準の例として旧約聖書申命記第20章第10節~第20節)。一般に、人は3歳頃になると簡単な嘘を吐くようになり、4~5歳頃になると「ガセ」(過失による嘘)と「デマ」(故意による嘘)の違いを認識できるようになると言われていますが、知能の高低は嘘を吐き易いか否かとは直接の関係はなく、その一方で、創造性がある人ほど嘘を吐き易い(理由付けが上手い)という研究結果がありますので、嘘(狡知)は人類の進化や進歩(叡知)の副作用と言える面があるかもしれません。「デマ」(故意による嘘)については脳科学の研究が進んでおり、嘘を吐くときには前頭前野が司っていますが、嘘を吐くことに対する倫理的な葛藤は前部帯状回、背外側前頭前野や複内側前頭前野などが司っており、虚言壁やサイコパスなどの傾向を持つ人は嘘を吐くことに対する倫理的な葛藤を司る脳機能が低下していることが分かっています。これに対して、「ガセ」(過失による嘘)については嘘を吐くという意識がないので嘘を吐くことに対する倫理的な葛藤を司る脳機能が働く機会はなく、不注意から偏見まで千差万別の態様があって複雑な要因が絡み合うものと考えられています。この点、人は物事の真偽や適否を判断するにあたり客観的な動機付け(正確な結論を得ようとする態度)と主観的な動機付け(恣意的な結論を得ようとする態度)の双方が働くと考えられていますが、客観的な動機付けよりも主観的な動機付けの方が強く働く場合には恣意的な結論を得ようとして都合の良い情報選択や情報検証が行われる傾向(認知バイアス)があるという研究結果があり、偏見などに基づく嘘(ガセ)が生まれるリスクが高まります。また、一般的には複数人で話し合うことで正確又は適切な結論が得られ易いと考える傾向がありますが、却って1つの方向性に意見が極端化する傾向(集団分極化:リスクの高い方向に極端化することをリスキー・シフト、安全な方向に極端化することをコーシャス・シフトと言います。)があるという研究結果もあり、仲間の言うことを直ぐに信じてしまうという心理傾向が認知バイアスを強化する方向に働くケースもあります(フェイクが拡散され易い要因の1つ)。この点、人は意識している自分が本当の自分であると思いがちですが、人の脳は認知機能の省力化のために意識的な情報処理と無意識的な情報処理とを組み合わせて活動し、意識的にコントロールできる心(理性)と無意識的に支配される心(本能)の2つを持ち合わせており後者も含めて自分という全人格を形成(心=意識+無意識)していますので、一層と状況は複雑であり狩猟採集に相応しい特性を備えた「心」だけでは上手く対処することは困難であると考えられます。近年、SNSなどを介してフェイクが拡散されて社会生活に混乱を招く事態が顕在化し、このような状況に対処するためにファクト・チェックが注目されるようになっている一方で、何が真実なのかを見極めることが非常に難しくなっている状況も生じています。トランプ大統領は常識の革命を標榜していますが、オルタナティブ・ファクトやポスト・トゥルースなどに象徴されるように事実や真実の相対化によって虚実の境が曖昧になっていると共に、フィルター・バブルやエコー・チェンバーなどにより認知バイアスの強化が進んで虚実の見極めも非常に困難になっています。この点、「真実」=「事実(ファクト)」+「解釈」+「感情」の各要素に分解することができますが(例えば、事実:知人に挨拶したが返事がなかった、解釈:その知人に無視された、感情:その知人は嫌な奴だ。)、このうちの「心が作っている世界」が「事実」及び「解釈」であり、「その世界に作られている心」が「感情」ということになります。哲学者のF.ニーチェは「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。」と達観していますが、俗に「常に真実は多面的である。」と言われるとおり、必ずしも、1つの事実が真実を示しているとは限らず、(思弁的実在論の議論は横に置くとしても)その解釈によって真実は変り得るものであるとも言えます。その意味では、真実は事実の解釈によって相対的に規律されるものであるとも言えますので(真実=事実+解釈)、自分が正しいと信じるものが唯一の真実であり(メタ認知の歪み)、仲間などが正しいと主張するものは認知バイアスに彩られた誤謬であるという思い込み(素朴実在論)を捨て、仲間などが正しいと主張するものを要素に分解し、どの要素がどのように食い違っているのか、その食い違いを生む背景になっている価値観(アイデンティティ)は何なのかを虚心坦懐に見極めて冷静な議論や適切な判断に結び付けることが求められる時代になっています。過去のブログ記事でも触れましたが、多様性の時代を迎えて、お互いの違いを大らかに許容することができる幅広い教養を培うことが益々重要になっています。
▼嘘のグラデーション「嘘」とは事実ではないこと(虚偽、誇張)を伝えることを意味していますが、そのうち、①それを相手が事前に了解(暗黙の了解を含む)していない虚偽(ガセ、デマ)を「フェイク」、②それを相手が事前に了解(暗黙の了解を含む)している虚偽、誇張(ホラ、モル)を「フィクション」として区別しています。なお、フェイクのうち、悪意がないものを「ガセ」、悪意があって相手に信じさせることを「デマ」(騙す)と言います。また、フィクションのうち、全く事実に基づかないものを「ホラ」、基本的な部分は事実に基づいているものを「モル」(誇張)と言います。因みに、事実ではないこと(虚偽、誇張)を伝えるのではなく、何かを隠すことなどにより相手の信頼を裏切ることを「欺く」と言います。
嘘 自分 相手 位置付け 自覚 悪意 了解 ガセ X X X フェイク 過失 虚偽 デマ 〇 〇 X 故意 ホラ 〇 X 〇 フィクション モル 〇 X 〇 誇張 ※「嘘」を意味する俗語の由来「ガセ」:人騒がせに由来「デマ」:虚偽を意味するドイツ語のデマゴギーに由来「ホラ」:見た目によりも大きな音がする法螺貝に由来※「モル」は基本的な部分は事実に基づいていますが、それを誇張して事実ではないことも織り交ぜて彩ること(「ファクション」:ファクト+フィクションを組み合わせたファッションデザイナーのダイアナ・ヴリーランドの造語)を意味します。※フィクション(虚偽)は、生物的側面と社会的側面の双方に焦点をあてた概念であり、生物的 側面として基本的に模倣が現実に転化しないもの(演技など) と社会的側面としてそのことを相手が「了解」( 暗黙の了解を含む)しているもの(遊戯性) によって成り立つと考えられています( フェイクとフィクションの分水嶺)。なお、これに対し、後述するミメーシス論(模倣)は、生物的側面のみに焦点をあてた概念であり、基本的に模倣が現 実に転化するもの(技術など)と基本的に模倣が現実に転化しないもの( 演技など)の2種類があります。

さて、上述のとおり、「嘘」は「知恵」の一態様としてポジティブに捉えられていた時代もありましたが、日本における「知恵」を表す言葉として「和魂漢才」や「和魂洋才」が有名で、「漢才」(中国)や「洋才」(西洋)が「知識」(芸術、科学、思想など)を意味するのに対し、「和魂」は「知恵」(世事や情理に通じて諸事万端を臨機応変に対応する実践的な才覚)を意味し、諸国から採り入れた先進的な知識を日本の風土で育まれた知恵を使って日本流に再解釈して活かすことが尊ばれてきました。この点、民族学者の折口信夫さんは「和魂」(大和魂の本義)について「霊魂の話」や「色好み論」などで「大和だましひとか、其外、平安朝に書かれた用語例などで見ると、此は知識でなく、力量・才能などの意味に使はれて居るので、活用する力・生きる力の意」「色好み生活の道徳は、女房の側から出来たもので、融通自在な男がよいとせられ、女も亦、男の自由な態度によく応対すべきものと考えられた。やまとだましひといふのは此事」などと論じていますが、元々は戦時中に使われていたような「忠義に厚く勇敢で潔い民族固有の精神」などの強張った意味合いはなく、「叡智」だけではなく(とりわけ戦争や男女関係などの場面における)「狡智」を含む幅広い「知恵」を意味していたと言われています。その文脈に従えば、上述の吉原も平安時代の王朝文化を基調とする「和魂」(大和魂の本義)が彩る色好み(源氏物語の世界観)を再現する場として設えるべく、遊女は古典的な教養を身に付けて平安時代の姫君に仕立てられ、客を断る自由も認められていた一方で、客は身分や職業などの現世の地位が通用しない吉原のフィクショナルな場を前提として平安時代の貴族よろしく姫君の気を惹くための男の器量(教養が深く遊びにも「通」じていて人情の機微に聡い「粋」な素養)を磨く必要があり、単なる性風俗とは次元が異なる遊女と客を物語の主人公とする劇空間のような場であったと言えるかもしれません。江戸時代には元禄バブルの隆盛に伴って質実な武家文化から風雅な町人文化(裕福な上方町人が主役)へと移行して浄瑠璃(近松門左衛門)、浮世草子(井原西鶴)や歌舞伎、茶道などが流行し、上方の遊里である島原や新町を題材とする作品が数多く生み出されましたが、元禄バブルが崩壊すると上方町人の衰退に伴って小粋な庶民文化(市井の江戸庶民が主役)へと移行して洒落本(山東京伝)、黄表紙(恋川春町)、浮世絵(葛飾北斎・歌川広重)や歌舞伎、狂歌、川柳などが流行し、吉原細見(蔦屋重三郎)などの江戸の遊里である吉原を題材する作品が数多く生み出されました。とりわけ浄瑠璃作家・近松門在衛門が残した「虚実皮膜論」(近松門左衛門の弟子であった漢学者の穂積以貫が近松門左衛門からの聞き書きとして浄瑠璃文句評注「難波みやげ」(1738年刊行)第1巻冒頭「發端」に収録)は、世阿弥の「風姿花伝」と共に日本を代表する中近世の藝術論として後世に多大な影響を与えています。近松門在衛門は虚実皮膜論において「浄るりは人形にかゝるを第一とすれば、外の草紙と違ひて、文句みな働を寛容とする活物なり」として浄瑠璃作家の立場から「読み物」としての浄瑠璃に焦点を当てることを断ったうえで、「芸というものは、実と虚との皮膜の間にあるもの也」「虚にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰が有たもの也」などと説いていますが、その概要は以下の囲み記事をご参照下さい。この中で近松門左衛門はミメーシス論(模倣)をベースにして藝術論を展開していますが、「虚」を「実」のように客の心にうつすことで客の共感を誘う重要性が説かれています。この点、「虚」と「実」の関係性に関する藝術論として、虚実皮膜論(近松門左衛門)は「実」>「虚」の追求によって客の「陶酔」を誘うことを本願としているのに対し、異化効果論(ベルトルト・ブレヒト)は「実」<「虚」の強調によって客の「覚醒」を誘うことを本願としているものであるという違いがあり、これらが目指す藝術体験は正反対のものとも言えます。因みに、人はミラーニューロン(左下前頭回と下頭頂小葉という脳の部位)の働きにより相手の言動を自分の脳内で再現し、相手の気持ちや考えを想像することで共感を生み出す仕組みになっていますが、過去のブログ記事で触れたとおり、共感には自分の立場から相手に共感するシンパシー(オン・ステージの視点:自分(達)の物語、ナラティブ)と相手の立場に立って相手に共感するエンパシー(オフ・ステージの視点:相手の物語、ストーリー)があり、前者は虚実皮膜論、後者は異化効果論につながり易い考え方ではないかと思われます。この点、1703年に近松門左衛門の人形浄瑠璃「曽根崎心中」が初演されましたが、1720年に大坂天満で紙屋の治兵衛と女郎の小春による心中事件(これを題材に近松門左衛門が人形浄瑠璃「心中天網島」を創作)などが発生し、1723年に江戸幕府は心中ブームによる厭世感から幕府批判が蔓延することなどを懸念して心中物の創作や上演を禁止するお触れを出し、これにより人形浄瑠璃「曽根崎心中」は明治時代になるまで上演が禁止されていましたが、虚実皮膜論により生み出される共感(自分の立場から相手に共感するシンパシー/オン・ステージの視点:自分(達)の物語、ナラティブ)が実際の心中事件まで誘発し、幕政を揺るがす事態に発展したという意味では虚実皮膜論の真骨頂とも言い得るエピソードですが、戯曲作家冥利に尽きるとまで言ってしまうのは些か不謹慎と言うべきでしょうか。そのうえで、現代の時代性について見てみると、20世紀のアナログ革命により複製技術が普及してオリジナル(実)とコピー(虚)の関係が崩壊し、これに伴いオリジナル(実)が持つアウラ(唯一性や一回性の意義)も消滅しましたが、21世紀のデジタル革命では「虚」と「実」の違いを無くすための技術開発が進められ、デジタル・プログラムが意義を持つようになってオリジナル(実)とコピー(虚)という考え方そのものが成り立たなくなり、これに伴いデジタル・プログラムが持つ人の能力を超える可能性に新しいアウラ(拡張性)が生まれようとしている状況があり、そのようなドラスティックな時代の変革を見据えて生き残りをかけた新しい芸術論が活発に議論されています。その一方で、現在、日本でもAIに関する規制法案の議論が開始されていますが、嘘を吐かないようにトレーニングされているはずのAIが所与の目的達成のために効果的であると判断して自律的に詐欺的なトリックを学習するようになり、故意に嘘を付くフェイクAIが生まれている現状が報告され、AIの規制強化の必要性が唱えられています。このままで行くと、近い将来、自分の意思で選択していると思っていることが実はAIによる情報操作により我々の狩猟採集に相応しい特性しか備えていない「心」を容易にハッキングされてAIの所与の目的達成のために都合が良い選択をさせられているという時代が来るかもしれません。そうなると、AIは我々の人生劇場の共同執筆者になって我々の人生劇場の虚実皮膜の間まで支配し、一体、自分は実なのか虚なのか正体が定かではない人生を生かされるということにもなり兼ねませんが、そのような人生劇場にも「慰」は生れるものなのか色々な懸念を孕んでいるようにも思われます。
▼近松門在衛門の「虚実皮膜論」浄瑠璃文句評註 難波みやげ 發端より 第一条:詞章(情)浄瑠璃は歌舞伎のように生身の役者の藝に頼ることができないので、「正根なき木偶にさまざまの情をもたせて見物の感をとらんとする事」が重要であり、人形に情を込めて客の共感を喚起するようにしなければならないと説いています。この点、「詩人の興象といえるも同事にて、たとへば松島宮島の絶景を詩に賦しても、打詠て賞するの情をもたずしては、いたづらに書ける美女を見る如くならん。この故に、文句は情をもとゝすと心得べし。」と例を挙げて、その風景に深い感興を覚えることなく詩を詠んでも客の共感を得ることは難しいのと同様に、浄瑠璃の詞章にも情を込めることが重要であると論じています。確かに、曽根崎心中の道行の詞章「あだしが原の道の霜 一足づゝに消えて行く」「雲心なき水の音」などを読むにつけて、目に見える風景に滲み出る心象風景(情)に若い男女の悲恋の儚さが映って「見物の感」が極まります。第二条:詞章(節)「大やうは文句の長短を揃て書くべき事なれども、浄るりはもと音曲なれば、語る処の長短は節にあり。然るを作者より字くばりをきつしりと詰過れば、かへつて口にかゝらぬ事有物也。」と説いて、浄瑠璃の詞章は伝統的な定型詩(五七調)に従って詞章の長短を揃えるべきだが、それにより義太夫節を語り難くなるようでは本末転倒なので、あまり伝統的な定型詩(五七調)に拘って詞章の長短を揃えようとするのは感心しないことであると説いています。過去のブログ記事でも触れたとおり、人は視覚情報:55%、聴覚情報:38%、言語情報:7%の割合で認知を形成すると言われていますが(メラビアンの法則)、オペラなどを鑑賞していても書き言葉としての語義(言語情報)よりも話し言葉としての語感(聴覚情報)から受ける印象の方が強いと感じることが多いので、作曲家が作曲にあたり想定していた響きを再現する原語上演以外の舞台は鑑賞しないことにしています。この点、世阿弥や近松門在衛門の詞章を読んで心を打たれるのは、心象風景を映す言葉の語義が喚起する想像力(言語情報を視覚情報などに変換する力)だけではなく(上記①)、心の琴線と共鳴し合う言葉の語感が持つ美質(聴覚情報)にも秘密があるような気がしています。第三条:うつり(実)「よむ人のそれぞれの情によくうつらん事を肝要とする故也。」と説いて、写実的な模倣や再現(実)を尽くし、それられしく客の心にうつることが重要であると論じています(ミメーシス論)。第四条:うつり(虚)「浄るりの文句みな実事を有のまゝにうつす内に、又藝になりて実事になき事あり。」と説いて、写実的な模倣や再現(実)を尽くすことが重要ではあるが、藝が洗練されてくると写実的な模倣や再現を超える表現(虚)が生み出されるようになると論じています。第五条:作劇法「この故に、あはれをあはれ也といふ時は、含蓄の意なふしてけつく其情うすし。あはれ也といはずして、ひとりあはれなるゝが肝要也。」と説いて、あはれな様子を「あはれ也」と詞章にしてしても却って客の共感は薄くなってしまう。「あはれ」という言葉を使わずに、その筋立てなどから自ずと「あはれ」が客の心にうつるような作劇法が重要であると論じています。第六条:虚実皮膜論「今時の人はよくよく理詰の実らしき事にあらざれば合点せぬ世の中、むかし語りにある事に、當世請とらぬ事多し。さればこそ歌舞伎の役者なども兎角その所作が実事に似るを上手とす。(中略)この論尤のようなれども、藝という物の眞実のいきかたをしらぬ説也。藝といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也。」と説いて、本物によく似ていること(実)のみを重視する風潮に異議を申し立てています。この点、「家老は眞の家老の身ぶり口上をうつすとはいへども、さればとて眞の大名の家老などが立役のごとく顔に紅脂白粉をぬる事ありや。又眞の家老は顔をかざらぬとて、立役がむしゃむしゃと髭を生なり、あたまは剥なりに舞臺へ出て藝をせば、慰になるべきや。皮膜の間といふが此也。虚にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間の慰が有たるもの也。」と例を挙げて、本物に似せる(実)だけでは客の共感を得ることは難しく、客の共感を得られ易くするように多少の脚色(虚)で彩りを添えなが虚実の境目に成立する舞台を志向しなければならないと論じています。実にあって虚の広がりを遊び、虚にあって実の深みを探ることで、客の心に実の真がよりよく映り、客の共感を生み易いということなのかもしれません。この点、ファクト(実)だけでは世の中が痩せたものになってしまいますので、適度のフィクション(虚)を織り交ぜながら(「モル」)、人生に彩りを添えて行く工夫が重要であるという人生訓にも通じるものがあるようにも感じられます。
▼歌舞伎「陰陽師」(大百足退治、鉄輪)
【演目】歌舞伎「陰陽師」
<原作>夢枕莫
<脚本(大百足退治)>今井豊茂
<脚本(鉄輪)>戸部和久
<美術>前田剛
<照明>千原悦子
<作調>田中傳左衛門
<附師(大百足退治)>杵屋巳太郎
<振付(鉄輪)>尾上菊之丞
<作曲(鉄輪)>今藤長龍郎
<作曲(鉄輪)>長須与佳
<音響(鉄輪)>田中剛二
①大百足退治(一幕)
<藤原秀郷>尾上松緑
<大蜈蚣の魂魄>坂東亀蔵
<永薙姫>中村魁春
<大薩摩>杵屋巳津二朗
<三味線>柏要二郎 ほか
② 鉄輪(一幕)
<安倍晴明>松本幸四郎
<源博雅>中村勘九郎
<徳子姫>中村壱太郎
<呑天>大谷廣太郎
<蜜夜>市川笑也
<蜜魚>澤村宗之助
<海老>澤村精四郎
<青牙>市川青虎
<暗妃>市川笑三郎
<赤鬼>市川猿弥
<藤原兼家>市川門之助
<蜜虫>市川高麗蔵
<蘆屋道満>松本白鸚
<浄瑠璃>竹本蔵太夫、竹本司太夫、竹本華太夫
<三味線>鶴澤公彦、豊澤岬輔、豊澤一二三
<長唄>杵屋勝四郎、松本忠次郎、杵屋正一郎、杵屋正則
杵屋和五郎、今藤政貴、杵屋巳之助、今藤龍之右
杵屋勝四助
<三味線>今藤長龍郎、今藤政十郎、今永忠三郎、杵屋勝国悠
杵屋勝司郎、杵屋三禄、今藤龍十郎、柏要吉
杵屋巳市郎
<琵琶、尺八>長須与佳
<浄瑠璃>竹本蔵太夫、竹本華太夫
<三味線>鶴澤岬輔、鶴澤一二三
<笛>田中傳三郎 ほか
【会場】歌舞伎座
【一言感想】

昼の部の演目では「寿曽我対面」「陰陽師 大百足退治/鉄輪」「恋飛脚大和往来 封印切 新町井筒屋の場」、夜の部の演目では「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」「二人椀久」「大富豪同心 影武者 八巻卯之吉篇」が上演されましたが、都合により夢枕獏さんの小説「陰陽師」を原作とする歌舞伎「陰陽師 大百足退治/鉄輪」のみを鑑賞しましたので、その感想を簡単に残しておきたいと思います。丁度、夢枕獏さんの小説「陰陽師」を原作とするオペラ「陰陽師」が公演される予定ですが、東西を代表する総合舞台芸術が同じ素材を使ってどのような舞台を展開するのか興味深いものがあります。なお、今年で松竹は創業百三十周年を迎えますが、昼の部では新作歌舞伎「陰陽師 滝夜叉姫」(2013年9月1日に歌舞伎座新開場柿葺落公演の1つとして初演、2023年に再演)から三上山大百足退治の場を一幕物に再構成した見取狂言として歌舞伎「陰陽師 大百足退治」と、新作日本舞踊「陰陽師~鉄輪恋鬼孔雀舞~」(2005年に初演)を歌舞伎に翻案した新作歌舞伎「陰陽師 鉄輪」が上演され、また、夜の部では新作歌舞伎「大富豪同心 影武者 八巻卯之吉篇」が上演されましたが、歌舞伎の伝統的な魅力を活かしながら新しい時代の感性に訴える現代の歌舞伎に脱皮するための革新的な取組み(映画、動画配信、VR、メタバースや初音ミクなどのメディアミックスを含む)が精力的に進められています。因みに、今春、新作歌舞伎「陰陽師 滝夜叉姫」も手掛けられた今井豊茂さんの脚本、市川団十郎さんの主演で新作舞台「SEIMEI」が公演される予定です。
①新作歌舞伎「陰陽師 大百足退治」
新作歌舞伎「陰陽師 滝夜叉姫」の三上山大百足退治の場は、俵藤太秀郷(日本三大怨霊の一人と言われる平将門を討伐した藤原秀郷)の武勇伝を綴った御伽草子「俵藤太物語」から百足退治伝説(琵琶湖の湖底にある龍宮の姫から三上山に棲みついている大百足に苦しめられているので退治して欲しいと懇願された俵藤太が呪いをかけた矢で大百足の眉間を射抜いて退治し、その褒美として米が尽きることがない俵や宝物を贈られたという伝説)を題材にしています。「大蜈蚣の魂魄」は朝廷にまつろわぬ者(異形、悪党、蝦夷など)を、また、「龍宮」は朝廷を体現する宮廷を、それぞれ象徴するものと捉えることができるかもしれません。この作品は非常にエンターテイメント性が高い妖怪退治の物語(英雄譚、妖怪譚)でしたが、この作品の題材になっている原作は平安時代の知性である陰陽五行説(藤原秀郷は霊的な力を備えた陰陽師的な存在)を思想的なバックボーンとして朝廷の治世が揺るぎないことを世にアピールするためのプロパガンダ的な性格を持っていたのではないかと思われます。さて、冒頭、4人の侍は三上山に出没する大百足退治の勅命が下った藤原秀郷の配下として三上山へ向かうところであると場面設定を語り、浅葱幕前で幕外大薩摩が演奏されました。精妙な節回しを駆使した勇壮な唄と豪快な撥裁きによる三味線が大百足退治のために三上山へ向かう一行の様子を迫真の演奏で聴かせてくれましたが、とりわけ三味線の技巧的でリズミカルな演奏はエレキギターを彷彿とさせるグルーブ感があるもので出色でした。浅葱幕が振り下ろされ、三上山に棲み付く禍々しい出で立ちの大蜈蚣の魂魄及び手下の百足達と藤原秀郷配下の侍達との大立回りが賑々しく繰り広げられましたが、やがて藤原秀郷配下の侍達は大蜈蚣の魂魄及び手下の百足達に退けられてしまいました。そこへ大薙刀を構えた尾上松緑さんが扮する藤原秀郷が花道から颯爽と登場し、その品格溢れる凛々しい姿と坂東亀蔵さんが扮する大蜈蚣の魂魄の力強い芸風から生み出される荒々しさの対照が舞台に緊迫感を生んでいました。藤原秀衡と大蜈蚣の魂魄及び手下の百足達の大立回りのシーン(群舞)はオペラやバレエよろしく上階から見下ろした方が迫力が感じられたのではないかと思います。大蜈蚣の魂魄と手下の百足達(9人)が連なり大百足に変身して舞台を練り歩きながら藤原秀郷を取り巻きますが、藤原秀郷はこれに怯むことなく死闘を繰り広げて大蜈蚣の魂魄から龍宮の宝刀を奪い返し、大蜈蚣の魂魄及び手下の百足達を退治するダイナミックな舞台が見所になっていました。この場面で添えられていた下座音楽のミニマル音楽風のリズムが舞台に小気味よいテンポを与え、やがて舞台が佳境に入るとアッチェレランドしながら緊迫感を増して行く迫力の音楽演出になっていました。大蜈蚣の魂魄によって祠に閉じ込められていた中村魁春さんが扮する龍宮の永薙姫が解き放たれましたが、龍宮の姫君らしい峯麗しい気品に満ちた姿が舞台に華を添えていました。藤原秀郷は龍宮の宝刀を永薙姫に返納すると、永薙姫から褒美として米が尽きることがない俵や龍王秘蔵の大弓を与えられ、米俵を朝廷に献上して民への施しにしたいと礼を述べると、永薙姫からその篤志を讃えて「俵藤太」という名前を与えて大団円となりました。現在、令和の米不足が社会問題になっていますが、投機目的の業者や米生産者の高齢化・後継者不足などが原因と考えられており、次世代のために「米が尽きることがない俵」をどのように育んで行くのかというタイムリーな問題を現代人に突き付けているようでもあります。
②新作歌舞伎「陰陽師 鉄輪」
能「鉄輪」は橋姫伝説(古今和歌集、源氏物語、今昔物語集、平家物語「剣巻」など)を題材にしていますが、橋姫伝説に登場する呪詛の儀式が「丑の刻参り」の原型になり、それが江戸時代に広まったと言われています。過去のブログ記事で触れたとおり、「嫉妬」(キリスト教の7つの大罪)は「思慕」と「憤怒」という相反する感情が入り乱れた状態であり、これらの感情が繰り返し生起するうちに「怨恨」(「憤怒」が「思慕」を凌駕する状態)へと発達しますが、能では男に裏切られた女の嫉妬を表現する面として「本成」(真蛇面など):能「道成寺」などで使用され、その激しい「怨恨」(「憤怒」>>>「思慕」)から人に戻れなくなったもの(真蛇面には人の耳がない:心を完全に塞いでいる)、「中成」(般若面):能「葵上」などで使用され、その「嫉妬」(「憤怒」>>「思慕」)から鬼になっていますが、僅かに人間性も残しており人に戻る可能性があるもの(般若面には人の耳がある:心を完全には塞いでいない)、「生成」(生成面):能「鉄輪」などで使用され、その「嫉妬」(「憤怒」>「思慕」)から鬼になりかけていますが人に戻る可能性があるもの(生成面は角が半分しか生えていない)という違いがあり、新作歌舞伎「陰陽師 鉄輪」も角が半分しか生えていない「生成」の芝居になります。因みに、文金高島田(髪を高く結って「モル」ことを文金風や島田髷と言いますが、それを覆う被り物のこと)を俗に「角隠し」というのは長い結婚生活で「生成」することなく夫婦円満を願ったものと言われています。さて、第一場(貴船の杜の場)では照明が真っ暗に落され、新作歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」の名演奏でも話題になった琵琶奏者の長須与佳さんによる琵琶の伴奏に乗せて能「鉄輪」の詞章「日も数添いて恋衣 日も数添いて恋衣・・・」が唄われ、中村壱太郎さんが扮する徳子姫が何かに誘われるように夜の闇に包まれる貴船の杜に姿を現しました。この場面における琵琶の演奏は繊細で情緒的な演奏と琵琶の撥を激しく打ち付ける荒ぶる演奏を交互に織り込みながら「憤怒」(狂気)と「思慕」(正気)の間を激しく揺れ動き、やがて嫉妬に駆られて情念の焔に身を焦がす徳子姫の乱心を活写するもので生成の面白さを堪能できる出色の演奏でした。琵琶の魅力の1つは「間」(空)で聴かせるところ(即ち、客のイマジネーションを喚起させる脳の機能であるシミュラクラ現象や代理検出装置の覚醒)にありますが、その深い余韻が空即是色を体現するように「間」に「魔」が立ち込めて異界が顕在するような感覚を誘います。そこへ貴船の杜の闇から「その焔を消すこともできる。その代わりに身は滅びて鬼となるがよいか。」と蘆屋道満の声が聴こえてくると、この苦しみから逃れたい一心の徳子姫は藁にも縋る思いで承諾し、琵琶と陰囃子が激しい音楽を奏でて「憤怒」(狂気)に身を委ねる徳子姫の乱心をドラマチックに表現していました。そこへ中村勘九郎さんが扮する源博雅の吹く龍笛の音が聴こえると、徳子姫は正気を取り戻して恥じらいながら貴船の杜を走り去りました。徳子姫の狂気を体現する激しい琵琶の音(陰)と闇夜を明るく照らす月明りのように徳子姫を正気へ誘う清澄な龍笛の音(陽)の対比がその狭間を彷徨う徳子姫の乱心と重なり印象深いシーンになっていました(「秘義にいはく、そもそも、一切は、陰陽の和する所の境を成就するとは知るべし。」(世阿弥))。因みに、貴船神社は和泉式部伝説(恋多き和泉式部の何人目の男なのか記憶は定かでありませんが、新作歌舞伎「朧の森に棲む鬼」の題材にも使われていた酒呑童子説話に登場した夫の藤原保昌の心変りを憂いて、和泉式部が貴船神社に参詣したところ夫の藤原保昌との寄りが戻ったことが後拾遺和歌集の「ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる」という和歌に詠まれており、昔から貴船神社は女の情念に宿る陰(丑の刻参り)と陽(縁結び)の両極を引き受けてきた特別な場所と言えます。第二場(安倍晴明館の場)では桜が咲く春の朧夜に源博雅の龍笛の音を肴に安倍晴明と酒を酌み交わす場面ですが、第一場の女の情念の焔とは紅一点、箏による幻想的な調べが雅びやかな風情を舞台に添えるなか、松本幸四郎さんが扮する安倍晴明と中村勘九郎さんが扮する源博雅という歌舞伎界の貴公子が放つマイナスイオンの爽風が客席の空気を和ませる美しい舞台になっていました。ここからは科白劇を中心にして物語が展開されましたので、プロットを簡単に浚っておきます。市川門之助さんが扮する藤原兼家が困り果てた様子で安倍晴明宅を訪れ、1年前に3年ほど通った徳子姫を捨て彩子姫を娶ったが、その頃から夜な夜な頭痛に襲われるようになり、遂に貴船の杜で五寸釘が刺さっている藤原兼家の名前が書かれた木人形を発見した。きっと徳子姫の呪いなので、この呪いを解いて欲しいと頼みます。安倍晴明は徳子姫が生きながら鬼になり、その思いを遂げられなないときは死んで怨霊になるつもりだと語り、徳子姫の心に鬼が棲んでいる限り、これを食い止めるためには徳子姫を殺すしか方法がないと思案します。源博雅は、貴船の杜で見かけた女性が徳子姫であると直感し、徳子姫を救って欲しいと安倍晴明に頼みます。安倍晴明は、源博雅の真心があれば徳子姫の心に棲む鬼を消すことができるかもしれないと考え、源博雅を連れ立って藤原兼家の屋敷へ向かいました。人の世の闇を知り尽し清濁を合わせ呑む器量を兼ね備えた安倍晴明(清濁)に対し、強い正義感と純真な真心を持つ源博雅(清)、異端者として世を呪い邪悪に身を染める蘆屋道満(濁)というキャラクターが効果的に対比されていました。第三場(藤原兼家屋敷呪法合戦の場)では彩子姫が頭痛に苦しむ藤原兼家を看病していると、その彩子姫に徳子姫の生霊が憑依して藤原兼家に襲い掛り、藤原兼家は彩子姫を徳子姫と取り違えて斬り殺してしまいます(後妻打ち)。琵琶と尺八が激しい伴奏を奏でながら能「鉄輪」の詞章「恨めしや」を唄いましたが、エフェクターを使ってエルドリッチ感を演出する音響効果が奏功して恐ろしい舞台になっていました。そこへ鉄輪を被った徳子姫が現れて能「鉄輪」の詞章「沈みしは水の 青き鬼 我は貴船の川瀬の蛍火 頭に戴く鉄輪の足の 炎の赤き 鬼となつて・・」と哀感に満ち満ちた恨み節を唄い、藤原兼家に一緒に地獄へ堕ちようと誘いますが(「人を呪わば穴二つ」)、源博雅が龍笛の音を奏でると徳子姫は正気に戻って恥ずかしさから鉄輪を投げ捨てますが、頭には短い角が生えており人の心を残しながら鬼に成り切れない生成になっていました。徳子姫の狂気と正気が鬩ぎ合う乱心を調子外れの琵琶が精妙に表現する面白い演奏が聴けました。今度は蘆屋道満が徳子姫に憑依して源博雅の龍笛を奪わせますが、その龍笛を安倍晴明の式神と蘆屋道満の式神が奪い合い、終には安倍晴明が龍笛を奪い返しました。この乱闘の場面は音楽とダンスで表現されましたが、ラップ調の長唄三味線、タップダンス風の日本舞踊を織り交ぜてウェストサイドストリーを彷彿とさせるイーストサイドストーリーと言った風情の華やかな舞台に仕立てられており出色でした。そこへ松本白鸚さんが扮する蘆屋道満が顕在して徳子姫に呪術をかけて源博雅を襲わせました。この場面は笙と義太夫節のアンサンブルが奏でられましたが、一般に笙は直線的な広がり、義太夫節は曲線的な抑揚を特徴としていますので、あまり相性が良くないイメージを持っていましたが、(どなたが作曲したものか分かりませんが)それぞれの特徴を活かしながらも違和感ないアンサンブルが展開されており目鱗でした。源博雅は徳子姫の深い悲しみを知り徳子姫と一緒に死ぬ覚悟を決めますが、この場面では厳かなコーラス風の長唄が聴き所になっており、是非、演奏会でも採り上げて貰いたい完成度の高さが感じられました。この点、新作歌舞伎では斬新な音楽が付されることが多いですが、それらの斬新さが無理なく伝統とも調和している印象のものが多いので十分に楽しめます。源博雅が龍笛の音を奏でると、徳子姫は蘆屋道満の呪いから解き放たれ、義太夫、三味線及び鼓が激しく囃すなか赤い着物(憤怒のメタファー)からピンクの着物(思慕のメタファー)へと早変わりして消え失せました。源博雅の龍笛の音に敗れた蘆屋道満は「人ある限り、鬼は滅びぬ」と捨て科白を吐き、安倍晴明は「鬼ある限り、我もまた滅びませぬ」と応えると蘆屋道満も消え失せました。松本白鸚さんにと独特な剛毅朴訥とした芸風と松本幸四郎さんに独特な幽艶清雅とした芸風の対比が映える舞台になっていました。最後は、大きな満月に照らされた桜の大木の下で徳子姫の修羅が晴れたことを喜ぶ源博雅を見ながら、安倍晴明の口癖である「本当にいい漢だ」と呟いて大団円になりました。「人為の虚に構えずして天然の真に従わん」を地で行くような源博雅の愚直な生き様に人の世の闇を知り尽す安倍晴明も救われる心地がしているのかもしれません。
▼オペラ「陰陽師」
【演題】オペラ「陰陽師」(全二幕/世界初演)
【原作】夢枕莫
【台本・作曲】木下牧子
【演目】オペラ「陰陽師」
第1幕「蟇」
第1場 晴明の屋敷
「月夜に」
<源博雅>又吉秀樹(Bar)
第2場 薫の誕生
「誕生のヴォカリーズ」
<式神 薫>別府美沙子(Sop)
<合唱>
第3場 牛車の内
「応天門に妖が出た」
<安倍晴明>布施雅也(Ten)
第4場 百鬼夜行
「百鬼夜行と晴明の呪」
<安倍晴明>布施雅也(Ten)
<合唱>
第5場 首なし夫婦
「くやしや」多聞の父母のデュエット
<首無し夫婦・妻>三橋千鶴(Mez)
<首無し夫婦・夫>清水健太郎(Bar)
第6場 夜の応天門
第2幕「鉄輪」
第1場 丑の刻参り
「日も数添いて恋心」
<徳子>鈴木麻由子(Sop)
<合唱>
第2場 晴明の屋敷 再び
第3場 藤原為良
第4場 生成り
「沈みしは水の青き鬼」
<徳子>鈴木麻由子(Sop)
<合唱>
第5場 荒屋敷にて
【出演】<安倍晴明>布施雅也(Ten)
<源博雅>又吉秀樹(Bar)
<式神 薫>別府美沙子(Sop)
<首無し夫婦・妻>三橋千鶴(Mez)
<首無し夫婦・夫>清水健太郎(Bar)
<徳子>鈴木麻由子(Sop)
<貴船神社の宮司>中川郁太郎(Bar)
<藤原為良>中村祐哉(Ten)
<合唱>加藤千春、並木円、松原奈美、三戸はるな(Sop)
加藤麻子、下倉結衣、森山 綾子、梁取里(Mez)
鈴木雅人、鷹野景輔、友清大樹、 野村拓海(Ten)
岩美陽大、草刈伸明、田中潤、塙翔平(Bar)
【演奏】<Cond>鈴木恵里奈
<Orch>アンサンブル・ノマド
<Vn>野口千代光
<Va>甲斐史子
<Vc>松本卓以
<Fl>木ノ脇道元
<Cl>菊地秀夫
<Hr>萩原顕彰
<Perc>宮本典子
<Pf>中川賢一
【演出】久恒秀典、大森孝子(助手)、小野寺彩音(助手)
【所作・振付】立花寶山
【演技】月影日糸見
【日本語歌唱指導】松井康司
【プロジェクションマッピング】荒井雄貴
【副指揮】小林滉三
【照明】山本創太
【衣装】飯塚直子
【舞台監】杉野正隆、伊藤潤(補佐)
【コレペティトール】木下沙織、前田美恵子、松本康子、山崎明子
【制作総括補】上田千尋
【主催】東京室内歌劇場
【会場】調布市文化会館たづくり くすのきホール
【一言感想】

新作歌舞伎「陰陽師 鉄輪」と同じ夢枕獏さんの小説を原作とする新作オペラ「陰陽師」が公演されるというので鑑賞することにしました。新作歌舞伎「陰陽師 鉄輪」の感想で橋姫伝説について簡単に触れましたので、こちらでは陰陽師が活躍した時代背景について少し触れておきたいと思います。橋姫伝説が広まった平安時代は怨霊信仰(仏教の輪廻転生の考え方に対し、古神道や陰陽道では霊魂不滅という考え方があり、怨霊も不滅と考えられていましたので怨霊を祭り上げて善神に転化する必要があるという信仰)が盛んで、歌舞音曲、絵巻物及び歌集や物語(言霊の力)などの芸術表現を通して現世に怨みを抱く怨霊を鎮魂(仏教における供養に相当)することが熱心に行われていました。例えば、平安時代に創作された源氏物語は藤原氏との政権争いに敗れた源氏(実)の怨霊を鎮魂することを目的に作成され、物語(虚)のうえでは藤原氏ではなく源氏に華を持たせることで源氏の無念を晴らしていると言われています。また、鎌倉時代に創作された平家物語は源氏との政権争いに敗れた平家(実)の怨霊を鎮魂することを目的に作成され、物語(虚)のうえで平家の無念を語り聴かせること(言霊の力)で平家の無念を慰撫していると言われています。未だ鎌倉時代には真名(漢字)が中心であり仮名(ひらがな)は普及しておらず識字率が相当に低くかったことから(人口の5%程度)、文字を読めない人でも理解できるように「聴く」ための物語として琵琶法師が語り易いように作られていますが、室町時代に完成された能は「聴く」だけではなく「観る」ための劇として作られているという特徴的な違い(歌舞から劇へ)がありますが、現世に怨みを抱く怨霊を舞台に顕在させて、それを鎮魂して送り返すという複式夢幻能(顕幽一如の世界観)も怨霊信仰の影響を受けています。また、室町時代に創作された太平記は北朝勢力との政権争いに敗れた南朝勢力(実)の怨霊を鎮魂することを目的に作成され、軍記物語(虚)として南朝勢力の無念を語り聴かせること(言霊の力)で南朝勢力の無念を慰撫する「太平記読み」が誕生し、それが江戸時代に講談へと発展しました。このように虚実を巧みに使い分ける方法(顕幽分離)により怨霊鎮魂が行われ、社会不安を和らげてきた歴史があります。そのような時代背景のなかで陰陽師が果たした役割りですが、飛鳥時代(律令国家)に設置された陰陽寮(役所)が奈良時代に再整備され、下級貴族の中から卜占や呪術(但し、医術のみ)を担当する陰陽師、暦作成を担当する暦博士、気象観測を担当する天文博士、水時計の計測を担当する漏剋博士が選任され、その後、平安時代に長岡京から平安京へ遷都する原因になった藤原種継暗殺事件(映画「陰陽師Ⅱ」の題材になった早良親王の怨霊)に対応するために陰陽師が担当する呪術が医術のみから祈雨、防災、地鎮及び浄化などの多方面に拡張されました。このような状況を受けて陰陽寮に所属する官人陰陽師(公認)のほかにも陰陽寮に所属していない法師陰陽師(未公認)が都に跋扈したと言われており、藤原道長の娘・中宮彰子に対する呪詛事件の嫌疑をかけられた法師陰陽師の道満が安倍晴明のライバル・蘆屋道満のモデルと言われています。これまでに陰陽師を題材とする作品は数多く生み出され、能「鉄輪」を筆頭にして、浄瑠璃「蘆屋道満大内鑑」(竹田出雲)、仮名草紙「安倍晴明物語」(浅井了意)、講談「安倍晴明」(三代目旭堂小南陵)、小説「花山院」(三島由紀夫)、小説「陰陽師」(夢枕獏)、小説「百鬼夜行」(京極夏彦)、漫画「陰陽師」(岡野玲子)などが愛好されており、今回、これに新作歌舞伎「陰陽師」、新作オペラ「陰陽師」や新作舞台「SEIMEI」が追加されることになります。
第1幕「蟇」
作家・夢枕獏さんの小説を原作としていますが、866年に勃発した応天門の変をベースにしながら、伴大納言絵巻、今昔物語集や宇治拾遺物語などのエピソードをアレンジして創作されたものと思われます。平安時代の怨霊信仰を背景として、藤原氏との権力争いに敗れ滅亡した名族・伴氏(大伴氏)の怨霊を蟇の祟りで子供を亡くした夫婦の怨霊に書き換えて安倍晴明が鎮魂するというプロットになっており、これを作曲家・木下牧子さんがオペラ用に翻案したものが台本として使用されていました。第1場「安倍晴明の屋敷」では、源博雅が月夜に龍笛を吹きながら心を寄せる姫君のことを想い出していましたが、やがて木犀の香りに誘われて安倍晴明の屋敷に着くと安倍晴明と酒を酌み交わしながら花鳥風月を愛でる風流なシーンになりました。源博雅に扮する又吉秀樹さんのハイ・バリトンによる歌唱は源博雅の純粋さ(バスのように陰影がない)や愚直さ(テノールのように気取らない)をバランス良く表現するものに感じられました。木犀の香りを運ぶ微風をイメージさせるピアノの分散和音が奏でられるなか、さながらフルートが龍笛の旋律、弦が笙のハーモニーを連想させる雅楽風のアンサンブルが演奏されて王朝文化の雅びが薫る印象的な場面になっていました。龍笛は「空」にあって「天」(笙)と「地」(篳篥)の間を飛翔する龍の鳴き声を表していることから命名されたそうですが、その清澄で力強い音は怨霊の穢れを浄化する力を備えたもののように感じられます。第2場「薫の誕生」では、舞台のバックスクリーンに木犀の映像が大きく映し出され、安倍晴明の呪術をイメージさせる弦のグリサンドが奏でられるなか、安倍晴明が木犀の花びらを式神(薫)に変身させて、薫の晩酌で源博雅と酒を酌み交わしました。ソプラノの別府美沙子さんが扮する式神・薫の透明感のあるシルキーボイスによるコロラトゥーラとそれを美しく彩る揺蕩うような合唱(スキャット)が歌われ、風に舞う木犀の花びらを表現するような優美な舞が彩る幻想的なシーンが展開され、オペラ「ランメールモールのルチア」の狂乱の場よろしくオペラ「陰陽師 蟇」の幻想の場と言いたくなる、このオペラの最大の見所の1つになっていたように思います。第3場「牛車の内」では、安倍晴明が源博雅を連れ立って夜毎に応天門に出没する妖(あやかし)を調べに向かいますが、音楽を装飾音的に使いながら詠唱を主体にした科白劇が展開され、薫が赤い傘を広げて歌い舞いながら彩りを添えていたのが印象的でした。第4場「百鬼夜行」では、安倍晴明が百鬼夜行から身を守るために呪術により結界を張りましたが、舞台のバックスクリーンには蟇の目のアップ(因みに、蟇は土の精と言われていますが、地下は冥界へと続く死者の世界とも言われており、古来、蟇は怨霊を媒介し易い生き物と考えられてきました。)、舞台の天井には客席を覆うように髑髏の映像が映し出され、さながら妖気をイメージさせる紫や緑の閃光が走るなか、オーケストラの激しいリズムや金管の咆哮など緊迫感のある音楽が添えられ、テノールの布施雅也さんが扮する安倍晴明と合唱の起伏に満ちたドラマチックな歌が展開される迫力の舞台になっていました。鉦の音と共にチェロが薫のライト・モチーフを奏で出すと、安倍晴明の呪力が場を支配し瘴気が晴れて平静が戻りました。第5場「首なし夫婦」では、安倍晴明が呪術を使って首なし夫婦の怨霊から100年前に子供が殺生した蟇の祟りで、その子供が亡くなり、また、この夫婦も応天門放火の嫌疑がかけられて斬首されたことを聞き出し、そのために怨霊になったことが分かりました。メゾ・ソプラノの三橋千鶴さんとバリトンの清水健太郎さんが扮する首なし夫婦の二重唱は、現世に激しい怨みを残す者が放つ妖気のようなものが醸し出されるような好演で、ハンガーのようなもので衣装の襟首を持ち上げて首が落ちたように見せる演出が会場の笑いを誘っていました。邪気の中にも滑稽さのようなものが漂うキャラクター設定は、怨霊に身をやつした深い悲哀や無念(生善の残照)を感じさせるもので、単なる怪談とは異なり怨霊に対する共感(エンパシー)を誘う多面的な描き方がされていたように思います。首なし夫婦は安倍晴明と源博雅に襲い掛り、これを薫が身代りになって食い止めますが、その様子が能舞を連想させる薫と合唱の舞いによって表現される美しい舞台になっていました。第6場「夜の応天門」では、安倍晴明と源博雅が応天門の下を掘り返すと首なし夫婦によって荼毘に付された子供と蟇の骨が見つかり、源博雅の龍笛の音と共に首なし夫婦の怨霊が鎮魂されて幕引きになりました。なお、過去のブログ記事で触れたとおり、古事記「天の岩戸」で天鈿女命(天宇受売命)と神々が歌舞音曲で天照大神を慰めたという神話が伝わっていますが、そこから発展した神楽や雅楽などの歌舞音曲には「鎮魂」や「反閇」(悪霊祓い)という宗教的な意義も受け継がれており、管絃(雅楽)の名手である源博雅が奏でる龍笛の音はこれらの呪力的なものを帯びていると考えられていました(cf.今昔物語集第24巻第24話)。
第2幕「鉄輪」
作家・夢枕獏さんの小説を原作としていますが、新作歌舞伎「陰陽師 鉄輪」と同じ原作を素材にしています。第1場「丑の刻参り」では、徳子は「思慕」(正気)と「憤怒」(狂気)の間を揺れ動きながら、徐々に「憤怒」が支配して生成しますが、その落差が大きいほど人の情念が生む闇の深さが際立って面白味が増すように思います。ソプラノの鈴木麻由子さんが扮する徳子が能「鉄輪」の詞章「日も数添いて恋心」と儚げに歌い出しましたが(それにしても世阿弥の詞章は詩情を湛えた日本語の香気のようなものが感じられて実に美しい!)、さながら生気が感じられないピアノの無機質なリズムと狂気に支配されたようなパーカッションの激しいリズムが交錯するなか、合唱が徐々に狂気の色を増して行き、徳子が「くやしや」「うらめしや」と恨み節を歌いながら「憤怒」を象徴する赤い照明に照らされて生成し、人形を五寸釘を打ち付ける場面は迫真の舞台になっていました。徳子が徐々に生成していく乱心を繊細かつ劇的に表現する没入感のある鈴木さんの歌唱が見事でした。さながら能舞のように生成した徳子は狂い舞いながら激しく足拍子を踏みますが、源博雅が奏でる龍笛の音で我に帰り、生成した姿を見られた恥ずかしさから逃げ去ります。未だ人の心を持ち恥じらいを感じるその落差に人の業の深さが表れる面白い舞台に感じられました。第2場「晴明の屋敷 再び」では、源博雅が親しくしている藤原為良が男女関係の縺れから助けを求めてやってきますが、音楽を装飾音的に使いながら詠唱を主体にした科白劇が展開されました。第3場「藤原為良」では、藤原為良のメランコリックな心情を湛えたクラリネットが秀逸でしたが、安倍晴明は、今夜、生成した徳子がやってくるはずなので藤原為良の身代わりの藁人形を仕込み、藤原為良は別室で呪文を唱えなごら祟りをかわすことを思案しました。第4場「生成り」では、青い照明のなかを哀しみを湛えた徳子が登場して藁人形を藤原為良と思い込んで寄りを戻したいと思慕を募らせますが(和泉式部伝説)、藁人形から一向に返事がないので「せつなや」「くるしや」と苦悩し始め、やがて「うらめしや」と憤怒に心を支配されると、赤い照明に切り替わって生成の本性が剥き出しになり、オーケストラによる激しい打撃音と共に藁人形を打ち据えました。徳子と合唱が情念の焔に身を焦がしながら怨みを晴らすと激しく歌いますが、やがて徳子は藁人形が藤原為良の身代わりであることに気付くと、本物の藤原為良へと襲いかかります。そこへ源博雅が登場して藤原為良を庇うと、徳子は源博雅に生成の姿を見られたことを恥じらい、鉄輪を脱ぎ捨て走り去ります。ソプラノの鈴木麻由子さんが歌だけではなく迫真の演技で魅せ、赤い照明やダンスなどを効果的に使ったドラマチックな舞台を楽しめました。第5場「荒屋敷にて」では、安倍晴明と源博雅が徳子の後を追い、源博雅は徳子の思いを遂げてやれなかったことを後悔して詫びますが、その真心と龍笛の音に徳子は生成から人の姿に戻り、その魂を救って終幕となりました。徳子に扮するソプラノの歌唱力と演技力が鍵になるオペラに感じられますが、本日は鈴木さんの好演がこのオペラの魅力を引き出す舞台になっていたと思います。
▼めいぼくげんじ物語「夢浮橋」
【演題】めいぼくげんじ物語「夢浮橋」(世界初演)
【演目】①講演「知っておきたい!「源氏物語」と「宇治十帖」」
<講師>洛を旅するらくたび代表 若村亮
②めいぼくげんじ物語「夢浮橋」(世界初演)
【構成・演出】尾上菊之丞、尾上菊透(振付助手)、日置浩輔(演出助手)
【脚本】戸部和久
【音楽監督】中井智弥
【出演】<大君/浮舟>北翔海莉
<薫大将>中村莟玉
<匂宮>和田琢磨
<中君/光源氏>天華えま
<小君>羽鳥以知子
<間狂言>藤間京之助、藤蔭慧、中村梅寿、高橋諒
<喜撰法師>尾上菊之丞
【演奏】<二十五絃筝>中井智弥
<琵琶・尺八>長須与佳
<大鼓>吉井盛悟
【美術】松野潤
【照明】品治尚貴
【音響】川内佑輔
【レーザー】吉田哲己
【映像】浦島啓
【装束・衣装】落里美
【床山】大澤
【舞台監督】川上大二郎
【歌唱指導】日高悠里 ほか
【会場】東京国際フォーラム
【一言感想】

2017年から東京国際フォーラムが「伝統と革新」をコンセプトとする企画公演「J-CULTURE FEST」を開催していますが、2024年に公演された源氏物語(第5帖「若紫」や第21帖「少女」などを題材にして光源氏と紫の上の関係)を題材とする詩楽劇「『沙羅の光』~源氏物語より~」に続いて、今年は源氏物語(宇治十帖などを題材にして薫君及び匂宮と姫君達の関係)を題材にした詩楽劇「めいぼくげんじ物語 夢浮橋」が公演されるというので鑑賞することにしました。源氏物語は平安時代のジェンダーバイアスを背景にして「男の出世は女次第、女の幸せは男次第」というシンデレラ・コンプレックスに彩られた時代感覚を前提にしていますが、その一方で、花鳥風月を愛でる風流心を持ち和歌、物語や書画などを嗜む豊かな感性や教養を備えた豊潤な文化が華開いた時代でもあり、その後、文化の主役が王朝(~平安時代)→武家(鎌倉時代~)→上方町人(元禄バブルの勃興)→江戸庶民(元禄バブルの崩壊~)と移ろうなかでも、常に王朝文化の雅び(宮び)は日本人の憧憬の対象であり続け、上述のとおり江戸時代には王朝文化の雅びをうつすテーマパークとしての吉原が文化の一大発信基地になりました。現代は機能性や効率性(実)ばかりが持て囃されるストイックな時代ですが、文化的限界点が意識されるようになるなか、遊戯性や感受性(虚)が尊ばれた王朝文化の美意識に触れることで現代という時代性に欠けているオルタナティブな価値観を見詰め直してみたいと思っています。なお、会場には平安公家の正装である十二単と束帯が飾られていましたが(最後の写真を参照)、過去のブログ記事でも触れたとおり、「色を混ぜる」(人工的)のではなく「色を重ねる」(自然的)を基調とする十二単の「襲の式目」にも表れている、季節感を取り合わせて時に適った趣味の良さを表現する美意識が王朝文化の雅びの重要な要素になっています。
①講演「知っておきたい!『源氏物語』と『宇治十帖』」
本公演の開演前にらくたび代表・若村亮さんによる「知っておきたい!『源氏物語』と『宇治十帖』」と題する講演が開催されましたので、その概要を簡単にまとめておきたいと思います。冒頭、紫式部の略歴が紹介されました。藤原氏は中臣鎌足が大化の改新の功績などにより天智天皇から藤原姓を賜ったことにより発祥し、藤原不比等の子らが藤原四家(南家、北家、式家、京家)に分かれて、そのうち藤原房前が藤原北家を興しましたが、その嫡流の子孫に藤原道長、その傍流の子孫に紫式部が誕生していますので、両者は縁戚関係にあります。因みに、新作歌舞伎「陰陽師 大百足退治」に登場する藤原秀郷も藤原北家の傍流の子孫で、藤原道長や紫式部よりも100年以上前に活躍した人物になります。紫式部は、父・藤原為時が漢籍に秀でた才人であったことから幼少の頃から漢籍に親しみ、父から「お前が男なら」と惜しまれるほどの才能を有していたそうです。999年に縁戚の藤原宣孝と結婚しますが、1001年に夫が他界すると、その寂しさを紛らわせるために源氏物語を書き始めたと言われており、1006年から一条天皇の中宮彰子(藤原道長の娘)に出仕しました。因みに、上述のとおり中宮彰子に対する呪詛事件で嫌疑をかけられた法師陰陽師・道満が蘆屋道満のモデルになったと言われています。現在、源氏物語の原本や平安時代に作られた源氏物語の写本などは残されておらず、現状、鎌倉時代に作られた藤原定家の青表紙本や河内学派の河内本が最も古い写本と言われています。なお、京都の堀川通に紫式部と小野篁の墓が並んで安置されていますが、紫式部が嘘の物語で人の心を惑わせた業で地獄に堕ちそうになっていたところを閻魔大王の裁判補佐をしていた(という噂がある)小野篁が救うために紫式部の墓の隣に小野篁の墓が安置されたという伝説が残されているそうで、これは「モル」というより「ホラ」の類だと思います。因みに、「御堂関白記」などの記述から藤原道長の死因は糖尿病であったと推測され(当時の酒は高糖質)、日本糖尿病学会では藤原道長を「わが国の歴史上、最古の糖尿病患者」と認定すると共に、1994年に日本で国際糖尿病会議が開催された際に発行された記念切手にはインスリンの結晶と共に藤原道長の肖像画が印刷されているそうです。藤原道長は娘・彰子が一条天皇の皇后に決定する「立后の儀」の宴席で「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という有名な和歌を詠んでいますが、その祝いの盃が望月を欠けさせる原因になったのかと思うと、自戒の念を込めて慎み深く生きることの大切さを痛感させられる貴重な講演になりました。なお、本公演の鑑賞のガイドとして源氏物語の宇治十帖の粗筋が紹介されましたが、宇治神社の祭神である菟道稚郎子(宇治神社は応神天皇の離宮があった場所で、菟道稚郎子は応神天皇の皇子)が八宮(光源氏の弟)のモデルと言われ、また、宇治の恵心院を再興した恵心僧都源信が横川の僧都のモデル(本公演では六歌仙の一人で宇治の喜撰山に隠棲した歌人・喜撰法師)と言われています。また、宇治には能「鉄輪」の題材になった橋姫伝説に所縁の宇治橋や橋姫を祀る橋姫神社(源氏物語第54帖「橋姫」の巻名は薫君が大君を橋姫に重ねて詠んだ和歌「橋姫の 心を汲みて 高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる」に由来)、さらに、匂宮と浮舟が情熱的な夜を過ごした宇治川対岸の小屋のモデルと言われている藤原道長の別荘「宇治殿」(その後、藤原道長の子・頼道が極楽浄土の世界観を体現する寺院に改め、浄土思想に由来する「平等院」と名付けられました。)などがあり、さながら宇治は源氏物語の劇空間になっていて興味が尽きません。
②めいぼくげんじ物語「夢浮橋」(世界初演)
会場には仄かに薫香が漂っていましたが、ホスピタリティのための空薫(?)でしょうか。源氏物語には第45~54帖「宇治十帖」以外にも第32帖「梅枝」や第37帖「鈴虫」など薫香の話が数多く登場し、また、本日の公演の演題にある「めいぼく」(名木)も最良質の沈香(主に伽羅)を意味しており、薫香で鑑賞する源氏物語という趣向の演出が面白かったです。ストイックな現代では薫香がスメハラとして社会問題になり無臭や無香料が持て囃される時代ですが、自分らしさを演出する「自分の香り」といえるようなものを見つけてみたいと遊び心を発揮することはリスクを伴う味気ない時代になっています。故・瀬戸内寂聴さんが宇治十帖は紫式部が出家した後に書かれたものではないかと推測されていますが、第41帖までの王朝文化の雅びやかな風情や色好みの世界とは趣きが異なり、宇治十帖では人生の無常を達観したようなものも感じられます。
〇宇治十帖の相関図▼登場人物🚹薫君:光源氏の子。実は柏木(頭中将の息子)と女三宮(光源氏の妻)の密通で生まれた不義の子。🚹匂宮:光源氏の孫。今上帝と明石の中宮(光源氏の娘)の間に生まれた孫🚺大君:八宮(光源氏の弟)の長女(母:北の方)🚺中君:八宮(光源氏の弟)の次女(母:北の方)🚺浮舟:八宮(光源氏の弟)の三女(母:中将君)▼相関関係①薫君-(片想)→大君②匂宮←(結婚)→中君③薫君-(片想)→中君④薫君←(両想)→浮舟(心)⑤匂宮←(両想)→浮舟(体)🚹薫君:①愛しの大君が早逝→③匂宮の妻・中君に恋心→④浮舟と交際🚹匂宮:②愛しの中君と結婚→⑤薫君と交際中の浮舟と情事🚺浮舟:④⑤三角関係を後悔して自殺未遂、出家
先ず、序曲として、生演奏と録音を組み合わせて二十五絃筝(本日の公演では異なる調子に調律された二面の二十五絃筝が使用されていた模様)が色彩豊かな分散和音、尺八と横笛が流麗な旋律を奏で、王朝文化の雅びやかな世界観へと誘われました。その後、パーカッションが加わってリズミカルな音楽が奏でられるなか、宝塚歌劇団出身の北翔海莉さんが扮する大君及び天華えまさんが扮する中君と歌舞伎役者の中村莟玉さんが扮する薫君が登場して優美な舞いが披露される華やかな舞台になりました。伝統邦楽の音楽語法を活かしながらもその枠に囚われることなく、多様なジャンルの音楽を違和感なく融合した「今様」の音楽を堪能でき、音楽的なイメージが明瞭に伝わってくる「音を見る、香を聞く」という印象の舞台になっていたと思います。その後、尾上菊之丞さんが扮する貴撰法師が登場し、二十五絃筝と尺八による風流な音楽が奏でられるなか、日本語の香気が感じられる詩情溢れる詞章が謡われましたが、この場面だけでも独立した作品にもなりそうな完成度の高さに魅了されました。近松門左衛門が「文句にてには多ければ、何となく賤しきもの也。(中略)字わりにかゝはるよりおこりて自然と詞づらいやしく聞ゆ。」と説いて「て・に・お・は」(助詞)が多い詞章は日本語の香気が失われると論じていますが、「て・に・お・は」(助詞)は主体と客体の境(二元論的世界観)を明確にして日本語を機能的にしてしまい、語感が引き締まらずに説明口調の野暮ったさが感じられる憾みがあります。この点、「詩楽劇」は、能楽やミュージカルのように演技、音楽及び舞踊が融合された総合芸術ですが、表現様式だけではなく現代人にも分かり易い現代語を基調としながらも日本語の香気が感じられる詩情溢れる詞章(和歌を含む)がふんだんに採り入れられている点が大きな魅力の1つになっていると感じます。やがて会場には空薫(?)が香り立ち(客席の場所により香りが届くタイミングが異なると思いますが、おそらく薫君の香り)、薫君が謡い舞いながら宇治の山里に到着すると、父・光源氏のような色の道ではなく叔父・八宮のような仏の道を志したいと生き様を語りました。喜撰法師はその名前が物語っているかのように前場とは様子が一変し、二十五絃筝、尺八、和太鼓が軽妙な調子で賑々しい音楽を奏でるなか、破壊坊主よろしく色の道の素晴らしさを薫君に説いて歌い舞い、ユーモラスなダンスで若い客層を飽きさせない演出上の工夫が見られました。宇治の山里(宇治川の東岸)に隠棲する大君と中君が箏を演奏していますが、二十五絃筝の色彩豊かな調べが姫君達の峰麗しい風姿を、また、琵琶の深い余韻や横笛の清澄さが山里の閑寂とした風趣を体現するような叙情的な音楽が奏でられました。サウンドスケープとして秋の虫の音が流れるなか、仏の道を志す薫君がその生き様に共感する八宮の留守に訪ねて来て、その娘達の大君と中君に出会いますが、大君、中君及び薫君が仄かにときめく気持ちを三重唱で熱唱しました。場面は都に移り、再び、会場には空薫(?)が香り立ち(おそらく匂宮の香り)、二十五絃筝がミニマルミュージック風の音型を繰り返すなか、尺八が洗練された旋律、シンバルがジャズテイストのスリリングなリズムで匂宮のキャラクターを体現するような音楽が奏でられ、ミュージカル俳優の和田琢磨さんが扮する匂宮が登場して華麗に歌い舞いました。その後、二十五絃筝がメランコリックな調べを奏でるなか、薫君は自らの出生に対する漠然とした不安を抱きながら穏やかな仏の道(光源氏の陰の側面)を生きたいと、また、匂宮は薫君に対するコンプレックスを抱きながら華やかな色の道(光源氏の陽の側面)を生きたいと、お互いの生き様の違いを詩情溢れる詞章で歌い語り、匂宮が中君に詠んだ恋の和歌「山桜 匂ふあたりに 尋ねきて おなじかざしを 折りてけるかな」(個人的な印象では情緒的な性格を感じさせる和歌)と薫君が大君に詠んだ恋の和歌「雪深き 山のかけはし 君ならで またふみかよふ 跡を見ぬかな」(個人的な印象では思索的な性格を感じさせる和歌)が詠まれました。二十五絃筝、尺八、太鼓が雅楽風の音楽を奏でるなか、匂宮は舞い比べで勝ったら宇治の山里へ案内するように薫君と約束を交わしました。ここでブレイクセッション風に大きなスクリーンが降ろされ、平安公家の正装の色目、模様や装飾など王朝文化の美意識と共にその社会的な意義が簡単に解説されました。その後、場面は宇治に移り、二十五絃筝が幅広い音域を使った色彩豊かなアルペジオを奏でるなか、大君は言い寄る薫君に対して中君の幸せだけを祈っており、中君には色の道に生きる匂宮ではなく仏の道に生きる薫君が似つかわしいと薫君の思いを袖にします。その頃、中君のもとには匂宮から恋文が届けられていましたが、大君と中君はお互いの幸せを願っていると姉妹愛を歌い舞いました。二十五絃筝と尺八による情熱的な伴奏が奏でられるなか、大君と薫君が紫の枠の照明、中君と匂宮が青の枠の照明で仕切られ、それぞれの恋模様を歌い舞いましたが、やがてそれらの照明が交錯しながら四角関係に発展し、さながら少女マンガを見ているような幻想的な舞台を楽しめました。横笛が叙情的な旋律を奏でるなか、再び、大君は薫君から思いを打ち明けられますが、その心は揺るぎません。ここで日本舞踊家の藤間京之助さん、藤蔭慧さん、中村梅寿さん、高橋諒さんが扮する4人の女房による間狂言が挟まれ、恋バナで会場の笑いをとっていました。そこへ匂宮と喜撰法師も加わり、さらに、一人二役を務める天華まえさんが扮する光源氏も登場して、再び、ブレイクセッション風に大きなスクリーンが降ろされ、光源氏の雲隠れまでの源氏物語の粗筋と登場人物の相関関係をミュージカル風の歌と舞踊でユーモラスに俯瞰し、若い客層を飽きさせない演出上の工夫に事欠くことはありませんでした。その後、喜選法師の語りで大君がナレ死すると、一気に第51帖「浮舟」まで話しが飛ぶ大胆な舞台展開になっていました。薫君が琵琶、長須与佳さんが尺八で寂寥感のある音楽を奏でながら、薫君が大君の死を嘆き悲しむ様子が表現されていました。その後、薫君は大君の腹違いの妹・浮舟に対面して大君が生き返ったようだと喜び、大君の人形(身代り)ではなく一人の女性として浮舟を誠実に愛したいと歌います。一転して、二十五絃筝と尺八が激しい伴奏を奏でるなか、薫君は浮舟が匂宮に寝取られてしまったことを嘆き悲しむという急展開になり、この辺の些か強引な舞台展開は歌舞伎やオペラなどでもお馴染みのものと言えますが、浮舟が匂宮に惹かれていく女心を肌理細やかに描いても面白い舞台になったのではないかとも思います。透過スクリーンの彼岸(宇治川の西岸)で睦み会う匂宮と浮舟、透過スクリーンの此岸(宇治川の東岸)で一人嘆く薫君による三重唱と舞いで三角関係の恋模様が美しく描かれていました。浮舟がピンクの照明(色狂い)に照らされるなか匂宮に女としての喜び(体の関係)を感じ、薫君に女としての安らぎ(心の関係)を覚えながら恋の板挟みになって翻弄される様子が歌舞で表現され、やがて二十五絃筝、尺八と太鼓がメランコリックな伴奏を奏でるなか、浮舟がブルーの照明(メランコリー)に照らされて薫君に対する不義を後悔し、恋の板挟みに苦しみながら宇治川に身を投げる決意を歌いましたが、青いレーザー光線による流水紋様で宇治川の流れを表現していたのが美しかったです。そこへ日本舞踊家の羽鳥以知子さんが扮する小君(浮舟の妹)が登場し、浮舟を慰撫して舞台はエンディングとなりましたが、浮舟が出家するシーンは描かれていませんでした。最後は虹色のレーザー光線が舞台を照して、二十五絃筝、尺八、太鼓が癒し(許し)の音楽を奏でるなか、出演者全員が舞台に登場して「夢の浮橋」(著作権がありますので歌詞は未掲載)を歌って終幕になりました。今回の舞台では描かれていませんでしたが、宇治十帖では薫君が匂宮との関係を知りながら浮舟に気持ちを寄せる手紙を送ったところ、浮舟はこれを拒んで仏の道に入るところで源氏物語が終わります。このように源氏物語には明確な終止感がなく、この先の展開を読者の想像に委ねるような終り方をしていることから、紫式部は源氏物語の結末で何を描こうとしたのかについて色々と議論されています。源氏物語は第1帖「桐壺」から第41帖「幻」までの前半部分では都を舞台にした光源氏の色好みを基調とする栄華と苦悩を中心に王朝文化の「雅び」が描かれていますが、第45帖「橋姫」から第54帖「夢浮橋」までの後半部分では宇治の山里に舞台を移して薫君、匂宮と三人の姫君の恋愛と悲劇を中心に王朝文化の雅びとは異なる仏教的な「無常」が描かれています。この点、紫式部は、源氏物語の前半部分でも「宿世」という言葉を使って男に翻弄される女の運命を描き、鎌倉時代(公家から武家へ政権移行)に普及する「無常」の考え方を先取りしていますが、これが後半部分になると主要なテーマとして扱われています。上述のとおり薫君は光源氏の陰の側面を受け継いで仏の道(心)に生き、匂宮は光源氏の陽の側面を受け継いで色の道(体)に生きる対照的な性格ですが、浮舟は薫君(宇治川の東岸)と匂宮(宇治川の西岸)の間に漂う舟(又は浮橋)のような幽けき存在であり、そのどちらとも決め兼ねて宇治川に身を投じるという決意をすること(女の自我の発現)により、自らの宿世(女の幸せは男次第)を断ち切って、仏の道に心の拠り所を求める生き方(女の幸せも自分次第)という終わり方になっていますので、晩年の紫式部が人生の「無常」を達観して「雅び」ではなく「無常」に人生の本質を見い出したのではないかと感じられます。なお、上述のとおり最後に出演者全員が登場して「夢の浮橋」(著作権がありますので歌詞は未掲載)が歌われましたが、夢の浮橋とは虹の橋のように光(愛)を得て美しく空(命、人生)を彩るものですが、それは儚く消えてしまう夢のようなものでもあるという無常を歌った曲のように感じられました。果たして、紫式部が源氏物語の最後に綴った浮橋のような儚い物語にどのような夢を繋いで彩るのか、それぞれの読者が自らのナラティブにその続きを描き出す生きた物語なのかもしれません。因みに、平安時代の薫香は「練香」や「匂袋」が主流で、未だ香木を燻らす「聞香」は生れておらず、源氏香などの組香は室町時代以降に生まれたと言われています。なお、もともと「薫」という漢字は「香」(か)+「居」(おり)が語源で煙が漂う「嗅覚」的な語感があったのに対し、「匂」という漢字は「丹」(に)+「秀(穂)」(ほひ)が語源で色彩が映える「視覚」的な語感があったという違いがありましたが、その後、源氏物語が書かれた時代になると「薫」と「匂」が混同して使用されるようになったと言われていますので、中世の日本人よりも古代の日本人の方が繊細な感受性を持っていたということなのかもしれません。
| 平安公家の正装 | ||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| ①十二単と束帯:十二単(女房装束)は平安時代の女性公家の正装で、日常、主人は袿や細長などの肌着で過ごしたのに対し、主人に仕えた女房は十二単でした。束帯(位袍)は平安時代の男性公家の正装で、位で袍の色が定められていました。 | ②十二単:十二単は袴、単、五衣、打衣、表着、唐衣、裳から構成されています。過去のブログ記事で触れたとおり襲の色目という時節に合った色合いの装いが流行しました。写真は蕾から花が咲くまでの季節の移ろいを色で表現したものです。 | ③十二単の装身具:女性の檜扇は顔を隠すために男性のものと比べるとかなり大きなものになっており、その表面には極彩色の美しい絵などが描かれました。また、女性の髪結のために使われた髪上具をはじめとして色々な装身具がありました。 | ④束帯:束帯は冠、袍、半臂、下襲、衵、単、表袴、大口、石帯、細太刀、帖紙、笏、襪、靴から構成されています。奈良時代に制定された朝服(日本の官人が朝廷に出仕するときに着用した衣服)で、宮中に参内するときに着用されました。 | ⑤束帯の装身具:男性の檜扇は女性のものと比べると小さいものになっています。笏は威厳を示すためのもので、笏の裏側に笏紙(カンニングペーパー)を貼ったそうです。鞾(靴)は武官が着用し、足の甲の部分にクッションが挟まれます。 |
▼現代音楽レーベル「KAIROS」から4人目の日本人現代作曲家の作品がリリース世界トップレベルの現代作曲家の作品を中心にリリースして数々の国際賞を受賞するなど現代音楽の分野で高い評価を受けているオーストリア(ウィーン)の現代音楽レーベル「KARIOS」から日本人現代作曲家でフランスを拠点に活動されている馬場法子さんのアルバム「Bonbori」(2025年1月発売)がリリースされています。これまで日本人現代作曲家では、世界的に評価が高い細川俊夫さん、藤倉大さん、桑原ゆうさんに次いで4人目の快挙となります。能声楽家・青木涼子さんとのコラボレーションで、能楽師と2人の音楽家のための「共命之鳥」(2012年@東京)、「Nopera AOI葵」(2016年@パリ)及び謡と弦楽四重奏のための「ハゴロモ・スイート」(2017年@横浜)などを世界初演され、また、来る2025年2月27日~3月1日にローザンヌ高等音楽院で「Nopera AOI葵」が再演される予定があるなど、世界的に活躍されています。▼ミロ弦楽四重奏団のアルバム「HOME」2010年に第一生命ホールで初めて生演奏を聴いてからフィーチャーしているミロ弦楽四重奏団がリリースしているアルバム「HOME」が第67回グラミー賞最優秀室内楽/小編成アンサンブル演奏部門にノミネートされました。このアルバムに収録されているアメリカ人現代作曲家のケビン・プッツさん(2012年にオペラ「きよしこの夜」でピューリッツァー賞及び2023年に協奏曲「コンタクト」でグラミー賞を受賞、2022年にオペラ「めぐりあう時間たち」がメトロポリタン歌劇場で世界初演)の弦楽四重奏曲「HOME」から「Dangerously fast」をお楽しみ下さい。なお、このアルバムにはアメリカ人現代作曲家のジョージ・ウォーカーさんやキャロライン・ショウさんなどの錚々たる方々の作品も収録されていますが、おそらく次世代に受け継がれて行くことになるのだろう作品群だと思います。これらの楽曲を日本の演奏会でも採り上げて欲しいと熱望しています。






