大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙ブログのリンク、引用や転載などは固くお断りいたします。※※

書籍「ダンスの時代」(若杉実著/リットーミュージック)

【題名】ダンスの時代
【著者】若杉実
【出版】リットーミュジック
【発売】2019年7月29日
【値段】1980円
【感想】
f:id:bravi:20200112104509p:plain2008年に中学校の学習指導要領が改訂され、「運動能力の強化」ではなく「仲間とのコミュニケーションの向上」を目的として、2012年からダンスが義務教育の選択科目から必修科目へと変更になり、その内容についても、①創作ダンス、②フォークダンス、③現代的なリズムのダンス(ヒップホップ、ロック等)と多様なものになっています。この学習指導要領の改訂後に中学校の教育過程を迎えた若者達は、丁度、高校を卒業して大学生又は社会人になっているのではないかと思いますが、益々、ダンス界の人材層に厚みが増し、より面白いダンスが見られることになるのではないかと期待しています。芸術(サブカルチャーを含む)の分野に限らず、あらゆる分野において、近代に確立した「ジャンル」が重要な意義を持たなくなり、色々なものの境界が曖昧になってきているのが現代の時代性ですが、現代の芸術はその時代性を映すように非常に多様で複雑なものとなり、一般の素人には手に余る難解さがあることも事実です。その水先案内の1つとして、久しぶりに面白いと思えた書籍「ダンスの時代」に関する簡単な感想を残しておきたいと思います(但し、未だ出版されたばかりなので、ネタバレしないようにあまり本の内容には触れません。)因みに、群舞(チームプレイ)は日本舞踊や能楽にも存在しますが、一般に、これらは生徒達に馴染みが薄い(即ち、先生が指導し難い)ことや、これらは「型」などの決まり事が多く生徒同士の自発的なコミュニケーションを促す(即ち、誰かに教わる(大量生産・大量消費型の人材観)のではなく自ら創り出す(変革期型の人材観)という姿勢を養う)という観点からはより自由度が高いもの(ニュースクール等)が望ましいことなどの理由から、これらは義務教育の対象に含まれなかったのではないかと推測します。
 
ダンスの時代

ダンスの時代

 
 
ダンスの起源については明確なことは分かっていませんが、最も古い記録として古代エジプトのアルタミラ壁画にベリーダンスを踊る女性が描かれており、また、古代ギリシャでは早くからダンスが教育に採り入れられていたと言われています。日本では古事記及び日本書記の岩戸隠れの伝説で女神・天鈿女命(アメノウズメ)が裸踊りをして八百万の神々を笑わせたという神話(貴志康一作曲のバレエ「天の岩戸」の舞台上演を見てみたいのですが、なかなか叶いません・・涙)が残されていますので(日本最初のダンサー、ストリッパー、宴会芸)、人類は古くから何らかの動機や衝動でダンスを踊っていたと考えられます。この点、日本では、「」のことを「神迎え」、「踊り」のことを「神(霊)送り」というそうですが、「」(能楽)は巫女(個人)が神の依代や神座の周りを回りながら徐々に神懸り(神迎え)して行く呪術的な舞(他力による旋回運動)であるのに対し、「踊り」(歌舞伎踊り)は群衆(集団)がリズミカルに飛び跳ねながら妖精(精霊)や妖怪を共同体の外へと送り出す呪術的な踊り(自力による跳躍運動)と言われており、例えば、アフリカでも神と交信して神意を伝えるために神に選ばれたメッセンジャーが行うダンス(神迎え)と、病人等の周囲をリズミカルに行進しながら悪霊を退散させるために住民が行うダンス(神送り)があるようです。よって、世界各地でダンス(舞踊)はアニミズミ信仰を背景として人ならね者との交流を試みるために肉体を使って行われてきた宗教的なパフォーマンが起源ではないかと思われます。これに対し、キリスト教では精神で肉体をコントロールすること(理性)が重んじられ、聖書に書かれた神の言葉(ロゴス、理性)が信仰の拠り所となり、人々から理性を奪うアニミズムの実践(霊媒、占い等)を固く禁じ、ダンスも神との交流を試みる宗教的なパフォーマンスではなく、人との交流を図る社交的なパフォーマンスとして位置付けられたと思われます。このような背景からキリスト教文化園におけるダンスや音楽は、肉体的な興奮を喚起し、人々を狂気(トランス)させるようなリズムの使用を避けてきた歴史的な伝統があり、ダンスも人ならぬ者の降臨を促す躍動的な跳躍運動ではなく、人との調和(ハーモナイズされた動き)をとりやすい優美な回転運動(社交ダンスなど)を中心として発展したのではないかと思われます(もしかすると各国の伝統音楽のハーモニーの有無も同じような淵源による相違かもしれません)。この相違がやがてレイシズムを背景としてダンスの多様性を育むことになりました(下表)。なお、上記の宗教的な要因に加えて民族的な要因として、農耕民族が農作業する際の動作、即ち、腰を落とし、田から足を引き抜くように膝を高く上げて歩を進め、足を摺るような足運びで回転し、鍬を鋤くように右手と右足が連動する動きなどや、狩猟民族が狩りをする際の動作、即ち、獲物を追い掛けるように軽快にステップし、高く飛び、勢い良く旋回する動きなども、それぞれのダンス(舞踊)の誕生及び発展に大きな影響を与え、それぞれの特徴的な動きとなって現れています。
 
レイシズムから生まれた多様性 
  白人文化 黒人文化
音楽 場所 教会
演奏会場
Hush Harbor
酒場
種類 讃美歌
クラシック
黒人霊歌
ジャズ
ダンス 場所 社交場
歌劇場
ストリート
ダンスホール
種類  社交ダンス
バレエ(※)
スイングダンス
※バレエは、太陽王と言われたルイ14世によって確立されますが(映画「王は踊る」)、フランス革命によって王侯貴族から大衆へと文化の主役が交代するとロマンティック・バレエとして発展し、今日のバレエの様式が確立します。その後、クラシック・バレエからドロップアウトした若者達が伝統的なものを解体してより自由で革新なダンスを求めてモダンダンスやコンテンポラリーダンス等の潮流が生まれています。なお、今回は、あまり長くならないように革新的なものだけを採り上げたいので、以下では伝統的なもの(クラシック・バレエや社交ダンス)は割愛します。
 
日本では戦国時代に中世的な社会体制の崩壊と共にその中心的な存在であった寺社勢力が衰退して寺社勢力から芸能の興行権が解放されたことで(芸能の自由化)、舞踊(ダンス)が宗教的なパフォーマンスから大衆的な娯楽へと性格を変えて活発化します。丁度、この時期に出雲大社の巫女であった阿国が上京して歌舞伎踊りを創始して大衆に熱狂的に支持され、やがて歌舞伎と日本舞踊へと発展していきます。一方、西洋ではキリスト教的な価値観を背景としてダンス(舞踊)が王侯貴族の社交(娯楽)として確立し、その後、市民革命を経て大衆へと受け継がれ、大衆の社交(娯楽)として発展します。なお、西洋では中世の大航海時代に植民地政策(その後、産業革命を経て帝国主義へ)がとられて奴隷売買が盛んに行われましたが、その後、奴隷解放運動や南北戦争等を契機として奴隷が解放されます。しかし、レイシズムによる差別から黒人が教会や社交場等へ出入りすることは許されず、教会ではなくHush Harborや酒場等でヨーロッパの音楽(讃美歌など)とアフリカの音楽(ポリリズムなど)を融合した黒人霊歌(ゴスペルなど)やジャズが誕生し、社交場や歌劇場等ではなくストリートやダンスホール等でヨーロッパのダンス(バレエなど)とアフリカのダンス(コンゴ舞踊など)を融合したスイングダンス(リンディホップ、ジャズダンス等)が誕生するなど、レイシズムという社会の歪みによって黒人に強いられた過酷な境遇(不条理)がやがて黒人の魂の叫びとなって(文化を生み出す「血みどろの母胎の生命や生殖行為」(三島由紀夫))、白人文化の影響を受けながらも白人文化とは異なる独自の黒人文化を育むことになりました。
 
【音 楽】ヨーロッパの音楽+アフリカの音楽=ジャズ
【ダンス】ヨーロッパのダンス+アフリカのダンス=スイングダンス
 
レイシズムに打ち勝つ文化の力
1920年代にジャズの伴奏に合わせて踊るスイングダンスからリンディホップ(黒人がワルツを踊ることを禁止されていたことから誕生したチャールストンダンスとそこから派生したタップダンスの融合)やジャズダンス(バレエとタップダンスの融合)が派生し、ジャズの人気と相俟って大衆を熱狂させます。やがてリンディホップやジャズダンスの人気はレイシズムに打ち勝つという社会的な機運を高め、ニューヨークのハーレムにあった巨大ダンスホールサヴォイ・ボールルーム」では人種に関係なく入場が許され、白人と黒人が一緒にダンスを踊ったと言われています。因みに、リンディホップとは、単独飛行で大西洋横断を成功したチャールズ・リンドバーグに由来していると言われており(「リンディ」はリンドバーグの愛称、「ホップ」は大西洋を飛び越える意味)、大西洋ならぬ人種の壁を乗り越えるという願いが込められているのではないかと思われます。
 
ジャズダンスの誕生に日本人の影
1920年頃にルイジ・ファチュートがバレエとタップダンスを融合したジャズダンスを確立します。ルイジ・ファチュートは交通事故で半身不随になり、そのリハビリのために伊藤道郎に師事して伊藤道郎が発案したジャズに合わせて踊るバレエ・エクササイズを学んでおり、これが基になってジャズダンスを創始したと言われていますので、伊藤道郎が発案したバレエ・エクササイズがなければジャズダンスも確立されていなかったと言えるかもしれません。伊藤道郎は元々は声楽家志望で三浦環(声楽に加えて日本舞踊を学び、その美しい所作も国際的に高い評価)と共演し、パリへ留学してドビュッシー等とも交流を持ちましたが、日本人と西洋人の声量の違いから声楽家を断念してダンス(舞踊)へ転向し、イェイツの能楽研究に参加してイェイツの代表作である戯曲「鷹の井戸」の創作に協力しています。また、伊藤道郎はホルストに依頼して作曲して貰った「日本組曲」日本民謡の旋律がモチーフとして使用されています。また、ホルストは「日本組曲」を作曲するために組曲「惑星」の創作を一時中断しています。)を使って英国でダンス公演を行うなど国際的に活躍し、日本のダンス界の草分け的な存在と言える天才ダンサーです。因みに、伊藤道郎は1964年の東京オリンピックの開会式及び閉会式の総合演出も担当しています。 
 
ダンスブームの到来
1940年代までリンディホップダンスが一世を風靡し、1950年代になるとジャズのブルースやラグタイム等(黒人音楽)とカントリー&ウェスタン(白人音楽)が融合したロックンロールが生まれ、エルヴィス・プレスリービードルズの影響等からリンディホップダンス(黒人ダンス)と社交ダンス(白人ダンス)が融合したツイストダンスが流行します。丁度、この頃にバーンスタイン作曲のブロードウェイ・ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」(1957年~)がジャズダンスを採り入れた舞台として注目を集め成功を収めています。1970年代にダンスTV番組「ソウルトレイン」(1971年~)が全米で人気を博すると、ファンク、R&B、ソウルミュージックやロックンロール等の音楽に合わせて踊るディスコ(現在のクラブの前身)が本格的に流行し、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977年)の公開によってディスコブームは過熱します。因みに、2020年12月にスピルバーグ監督による映画「ウェスト・サイド・ストーリー」のリメイク版が公開予定です。
 
ロックンロール:社会の内部(中産階層)からのドロップアウト
ヒップホップ :社会の外部(貧困階層)からのドロップイン
 
その一方で、1970年~1980年代にディスコに通うお金がない黒人はストリートに集まり(ブロックパーティー)、レコードプレーヤーを持ち込んで、そこに段ボールを敷いてダンスをしていました。DJ(レコード盤を操る人の意味)はブレイク・ビート(曲間のビート部分)でダンスが盛り上がることに気付き、ブレイク・ビートを繰り返して再生するループ、レコード盤を擦る音でビートを生むスクラッチ、リズムに合わせて韻を踏みながら歌うラップ、口や喉を使ってビートを生むヒューマンビートボックス等のヒップホップ音楽が生まれ、ブレイク・ビートに合わせて踊るブレイク・ダンスが誕生します。それまでのダンスは「立ち踊り」が主流でしたが、ブレイクダンスは「立ち踊り」(トップブロック等)だけではなくダンスの支点が下半身から遠ざかり手や体を地面につけて踊る「床踊り」(ネックムーブ等)が特徴的なダイナミックなダンスと言えます。また、体のしなやかさを保ちながら人間離れした動きをするホップダンスや体をピタッと止めて固定することでキレのある動きをするロックダンス(音楽のRockではなく、鍵のLock)等が生まれ、ストリートに集うブロックパーティーからこれまでにない革新的なダンスが誕生しています。これらの最新のダンスをマイケル・ジャクソンが採り入れて世界中に熱狂的に受け入れられ、映画「フラッシュダンス」(1983年)や映画「ブレイクダンス」(1984年)等が相次いで公開されています。
 
▼ ジャズとダンスの発展 
  ~1940年代  1950年
~1970年代
1970年
~1980年代
音楽 ジャズ ファンク
R&B
ヒップホップ
ダンス スイングダンス
リンディホップ
ジャズダンス
etc.
ディスコ
ツイスト
ゴーゴー
etc.
オールドスクール
ブレイクダンス
ホップダンス
ロックダンス
※1940年代のビバップ革命はビバップダンス(ミドルスクール)と関係してきますので下表へ。
※上表は大まかな流れを把握し易くするために作成したものである程度正確性は犠牲にしています。
  
ミドルスクール
1980年代後半~1990年代前半に「ダンスを踊るための音楽」から「音楽に合わせて踊るダンス」としてテンポの早いビートに合わせて踊るステップを中心としたダンスが生まれ、ニュージャックスウィング、ランニングマンやロジャー・ラビット等のダイナミックなステップを多用するインターナショナルスタイルダンス、スピンやジャンプ等のアクロバティックなステップを多用するビバップダンス、細かい足さばきを中心としたステップを多用するホーシングダンスなどが誕生します。
 
バップ革命を契機とする「ダンスを踊るための音楽」から「音楽に合わせて踊るダンス」への潮流
 
スウィング
白人ミュージシャンによりメロディーを中心にして装飾的に即興演奏する「分かり易いジャズ」へと変質
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【バップ革命】
この状況に不満を持った黒人ミュージシャンがジャム・セッション(その場に居合わせた即席メンバーで行う即興演奏)でテクニックの極限に挑戦し、複雑な音楽を創り出す演奏(「踊るための音楽」から「聴くための音楽」へ)
  ⇩
1940年代に黒人ミュージシャンによりメロディーではなくコード進行を中心にしてリズム、メロディーや和声を複雑に変化させながら自由に即興演奏する「分かり難いジャズ」へと変革(1990年代に複雑でテンポが早いビバップの音楽に合わせて踊るためにステップを中心としたビバップダンスが誕生。後年、聴くための音楽であるビバップの即興演奏とクラシック音楽の伝統を融合したジャズ・ピアニストのビル・エヴァンス等も登場)
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【客離れ】
ジャズの即興演奏が難解になるにつれて客に敬遠されて一時的に客離れ
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ハードバップ(モダン・ジャズ)
1950年代にアート・ブレイキーらによりコード進行を中心にして即興演奏しながら、ある程度、コード進行を犠牲にしてもメロディーに配慮した洗練された即興演奏を行う「バランスの取れたジャズ」へと揺り戻し(その後のフリー・ジャズへの流れ)
 
ビバップの揺り戻しとして登場したクールジャズと、その反動として生まれたハードバップの流れは割愛
 
ニュースクール
1990年代後半にはマスメディア等を通じて貧困階層(肉食系タイプ)だけではなく中産階層(草食系タイプ)にも広くヒップホップ文化が浸透し、ヒップホップ文化の裾野が広がります。これに伴ってオールドスクールのようにパワームーブ等の「床踊り」が中心ではダンス表現の深みに欠けると認識されるようになり、オールドスクールの基本を踏まえつつ、より自由度の高い「立ち踊り」を中心にしたヒップホップダンスが誕生します。また、ミドルスクールを融合して多種多様のステップやスピン等を織り交ぜて曲調やリズムに乗って踊るハウスダンスも誕生します。更に、ニュースクールには含まれないかもしれませんが、2000年代に入るとビヨンセ等によりジャズファンクダンスが流行し、2010年代にはLMFAO等によりEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)が流行しているようですが、もはや瑞々しいとは言えない老憊の感性ではダンスが進化して行くスピードやその多様さに付いていくのは並大抵ではありません(苦笑)。でも面白い。イノベーションによって宗教(聖)と科学(俗)が倒置され(科学によって神秘、即ち、神の秘密とされてきたものが暴かれ)、聖と俗の境が曖昧になってきた現代の世相を映してか、1992年にゴスペルとダンスを取り扱った映画「天使にラブソングを・・」等が公開されていますが、ストリートギャングから生まれたヒップホップ文化(俗)が日本の義務教育(聖)に採り入れられるなど様々な価値観が転換(バラダイムシフト)していく現代の時代性を先取りした映画とも言えます。「落語とは、人間の業の肯定である」という名言を残し、時代に先駆けて聖と俗の倒置を実践して見せてくれた故・立川談志師匠の言葉「本流から必ず亜流が出る。しかしその亜流から本流になるものも出る。それが芸術の本質だ。」は芸術だけではなく広く社会に当て嵌まると思いますが、この言葉の重みが改めて身に染みるこの頃です。また、2018年、ドラッグとEMDによってトランス状態に陥り徐々に理性が剥がれ落ち人間の本能が露わになって行くダンサー達によるトランスダンスを取り扱った問題作、映画「CLIMAX クライマックス」(R18指定)が公開され、第71回カンヌ映画祭監督週間で芸術映画賞を受賞しています。先日、日本でもクラブに通う某女優がドラッグ所持の容疑で逮捕されましたが、科学(俗)によって宗教(聖)の封印が剥がされ、理性から本能が解放され易くなった現代人の姿を赤裸々に描いた興味深い映画です。若杉実さんは著書「ダンスの時代」の中で、表現者の宿命として常に「〇〇ではない」ということに拘るのは重要なことで、例えば、「ダンスではない」ということはダンスの既成概念を壊すという意味で「これまでのダンスを超えた」ことを意味していると仰られています。我々のようなアートを受容する側の人間は、往々にしてステレオタイプ(既成概念)に陥って革新的なもの(亜流、俗)をネガティブに捉えがちですが、この変革の時代にあって、伝統的なもの(本流、聖)ばかりでなく、どのように革新的なもの(亜流、俗)に新しい価値を見出して行けるのか、正しくアートを受容する側にこそ瑞々しく柔軟な感性やジャンルレスの幅広い教養が求められているのではないかと痛感します。
 
「ダンスを芸術として承継していくことよりも、スポーツのように競技化することで進化させていくことの方が若者の目を惹きつけやすい。ゲイカルチャーを起点としたコミュニティ文化を「保存」から「発展」へと移し変えなければ頭打ちは避けられない。」(若杉実さん/著書「ダンスの時代」より抜粋)
※上記の引用文中のボールドは小職が装飾したものです。「伝統と革新」「変わらないために、変わり続ける」という言葉が使われるようになってから久しいですが、芸術文化の分野に限らず、あらゆる分野において、現代に切実に求められていることだと痛感します。過去の成功体験に味を占め、いつまも約束された成功ばかりに安住すれば、やがて時代に見捨てられる運命にあるということだと思います。
 
日本では余り話題になりませんでしたが、2016年に「クラシック」及び「ヒップホップ」の音楽とダンスの融合をテーマとした映画「ハートビート」(原題:High Strung)が公開され、出演者にキーナン・カンパ(アメリカ人初のマリインスキー・バレエ団員)、ニコラス・ガリツィン(英国新進気鋭のヴァイオリニスト)、ソノヤ・ミズノ(英国ロイヤル・バレエ学校出身、日本ではユニクロのCMで有名)、イアン・イーストウッド(ヒップホップダンサー、ASUSが日本語の禅から命名したスマホZenPhone5のCMで有名)やその他世界最高峰のダンサー62人を迎えて圧巻のダンスパフォーマンスが見物の映画で、とりわけ現代の時代性(即ち、伝統的な価値観(体制、権威、聖)と革新的な価値観(反体制、自由、俗)との相克)を映したラストのコンクールシーンでは「クラシック」及び「ヒップホップ」の音楽とダンスが見事に融合した完成度の高い舞台(革新的なもの)が披露されています。また、この映画に対する世界での反響を受けて、昨年11月に続編となる映画「High Strung Free Dance」が全米公開になっています。なお、2017年のLFJでは“踊れない音楽はない”という謳い文句で「ダンスと音楽(躍動のヨーロッパ音楽文化誌)」というテーマが採り上げられたそうですが、上述のとおりクラシック音楽キリスト教的な価値観から肉体的な興奮を喚起するリズムの使用を避けてきた歴史的な伝統があるため(ヒップホップ・ダンスは「リズム」(躍動的な跳躍運動)に比重が置かれているのに対し、クラシック・バレエは「メロディー」(優美な回転運動)に比重が置かれています)、必ずしも、クラシック音楽(但し、バーバリズムや民族舞曲を採り入れた曲を除く)はダンス向きではないと思われますが、個人的にはカプースチンなどの超絶技巧曲に振り付けをした舞台も面白いのではないかと秘かに期待しています。若杉実さんが著書「ダンスの時代」の中で「音楽とは世界共通語、ダンスはその通訳だ」と仰っているとおり、複雑で難解になる現代音楽と聴衆との間を媒介する表現手段としてダンスやメディアアート等が効果的に活用される機会が増えてきており、ダンスに期待される意義は益々多様なものになってきています。
 
 
なお、いよいよ世界的に注目されているダムタイプの本公演「ダムタイプ 新作パフォーマンス『2020』」が2020年3月28日(土)及び29日(日)に迫ってきました。それに先立ち、2020年2月16日(日)まで東京美術館で開催しているダムタイプの個展「ダムタイプ―アクション+リフレクション」が開催されていますが、この個展についてダムタイプの芸術監督である高谷史郎さんは「本展では、社会で起きていることに真摯に向き合う批評性と美学、そして新たな世代を迎えた後の活動を紹介したいと思いました。」(「美術手帖」より)とコメントされており、より鑑賞を深めて作品の本質に迫る意味でも見逃せません。
 
 
◆おまけ
2019 World Hip Hop Dance Championshipで、日本代表のKana-Boon!All Starがメガクルー部門で優勝しました!昨年、同大会の中学・高校生部門で優勝したメンバーが再結集した2度目の金星であり、日本のダンス界が世界トップレベルの水準にあることを実証した結果になっています。日本の伝統邦楽(津軽三味線や囃子等)とヒップホップダンスを融合した非常に面白い舞台になっており、その意味でも注目されます。
 
日本で代表的なダンススクール「movement dance school」のPVです。義務教育におけるダンスの必須選択化に伴ってダンススクールに通う若年層が増えているようですが、若い頃に何かを創り上げる喜び、何かを表現する喜びを知っておくことは人生の肥やしになる大変に貴重な経験であり、何かに打ち込んでいる人の姿はそれだけで美しく胸を打つものがあります。 
 
最後にブレイクダンスの至芸をどうぞ。ブレイク・ダンスとは、ブレイク・ビート(曲間のビート部分)で踊ることを意味していますが、エントリー、フットワーク、パワームーブ、フリーズの4つの要素から構成される力強いダンスです。如何に重力から身体を解き放って自由になれるのか、人類創世から続く憧憬と葛藤がこのダンスを美しく魅せるのだと思います。