ぶらあび

伝統に根差しながらも時代を『革新』する新しい芸術作品と、これを創作又は実演する芸術家をジャンルレス・ボーダレスにキャッチアップする契機とするために書き散らかしています。

国際平和デーに考えるイカの哲学(平和論)とタコの哲学(音楽論)<STOP WAR IN UKRAINE>

国際平和デー(ブログの枕①)
今日、9月21日はロシアがウクライナに侵攻を開始してから初めての「国際平和デー」です。ニューヨークの国連本部の前に「国連平和の鐘」という日本の梵鐘が設置されていますが、国際平和デーには国連の事務総長、幹部、各国代表や著名人などが出席して平和を祈念した鐘撞式が行われ、世界中の停戦と非暴力の日として全ての人々に敵対行為を停止するように働きかけています。前回のブログ記事で触れましたが、日本の梵鐘の音が正しく国際平和を象徴するサウンドロゴになっています。なお、国連平和の鐘は、未だ日本が国連への加盟を認められていなかった1954年に第二次世界大戦ビルマ戦線に従軍した経験から平和運動に身を捧げた日本国連協会評議員・中川千代治が「平和への願いを込めて、世界の人々のコインで平和の鐘を造りたい」と世界に訴え、その訴えに賛同したローマ法王、世界60か国以上の国々や子供達などから寄せられたコインを使って鋳造し、「世界絶対平和萬歳」と鋳込んだ日本の梵鐘を国連本部に寄贈したものです。人類の歴史は戦争の歴史と言い替えることも可能ですが、第二次世界大戦後の人類の最も偉大な発明は「平和」だとも言われています。しかし、現実には、第二次世界大戦後の半世紀の間で150以上もの地域紛争が勃発しており、第三次世界大戦を誘発し兼ねないウクライナ侵攻も深刻化しています。第二次世界大戦後の地域紛争は、多少の時代の先後関係はありますが、大まかなトレンドとして分類すれば、冷戦(1945~1989年)として、①第二次世界大戦の戦争国による資本主義(西側陣営)と社会主義(東側陣営)の対立による代理戦争(朝鮮戦争ベトナム戦争、アフガン戦争等)、ポスト冷戦(1990年~)として、②社会主義(東側陣営)の敗北及び崩壊により生じた内戦による地域紛争(ユーゴスラビア紛争、ソマリア紛争、東ティモール紛争等)、そして、③イスラム原理主義(第三極)のアメリカニズムへの反発による地域紛争等(湾岸戦争、9.11同時多発テロ等)、④共産主義及び権威主義(東側陣営)のアメリカ二ズムへの反発による地域紛争(ウクライナ紛争、台湾問題?)等が勃発していますが、上記③及び④の動きと併せて共産主義及び権威主義(東側陣営)並びにイスラム原理主義(第三極)は多極的な世界秩序(ポスト・アメリカニズム)を掲げているのに対し、アメリカは自由主義及び民主主義(西側陣営)の価値観を守るために西側陣営の結束を呼び掛けています。このような第二次世界大戦後の各地域紛争は、対人地雷や生物化学兵器の使用、ジェノサイド及び民間人への攻撃などの戦争犯罪国際軍事裁判所憲章第6条で定める侵略戦争、戦争法規違反、非人道的行為など)や大量の難民・避難民の発生等の人道問題を惹起していると共に、グローバリズムを背景として発展途上国の食料不足、エネルギー価格の高騰、サプライチェーンの機能不全、環境破壊等の国際問題も惹起しており、国際秩序(平和)の回復や維持の模索が続けられています。昔、文化人類学者・中沢新一が波多野一郎著「イカの哲学」を題材として平和論を論じた同名の書籍を読んだのを思い出しましたので、その要旨を簡単にご紹介しておきたいと思います。
 
 
イカの哲学(平和論)(ブログの枕②)
上述の書籍「イカの哲学」では、人間の生命原理によって戦争が生み出されることが哲学的に考察されています。即ち、その生命原理とは、人間が個体としてのアイデンティティを意識するために周囲の環境から分離した個体であろうとする本能(平常態)が働いている一方で、生殖や狩猟に象徴されるように平常態を離れて周囲の環境と連結し、それを個体に採り込もうとする本能(エロティシズム態)も働いており、それが周囲の環境と結合する目的に応じて宗教、芸術や戦争等を生み出すと共に、戦争の場面では敵の中に自分と同じ人間としての「実在」を発見して平和を回復、維持しようとする一見矛盾した本能も同時に働いていると帰結しています。しかし、近現代の戦争(戦車による機械戦及び核兵器、生物科学兵器、高性能爆撃機、中長距離ミサイルやドローン等の新兵器の開発など)では、敵の中に自分と同じ人間としての「実在」を発見する契機(エロティシズム態)が失われ、大量破壊兵器の使用やジェノサイドなど「戦争」の限界を超えた「超戦争」が行われるようになったという問題意識を示しています。これは海洋を回遊するイカの群れに漁網を投じて一網打尽にする機械化された近代漁法も同様であり、魚を1つの生物の「実存」として捉えるのではなく資本主義経済と結び付いた海洋資源(収穫量)として捉えて乱獲するなど「狩猟」の限界を超えた「超狩猟」が行われるようになった結果、海洋資源枯渇の問題を惹起していると警鐘を鳴らしています。上述のとおり近現代の戦争では敵の中に自分と同じ人間としての「実在」を発見するエロティシズム態によって超戦争を食い止めることを期待するのは難しいので、人間が自らのコミュニティーの利益のみを優先するヒューマニズム(人間中心主義)の視点(ego-self)を超越し、エコロジー(自然尊重主義)の視点(eco-self)から全ての生物を含む自然の「実存」を発見するという自然への共感力を取り戻すことにより現代人のエロティシズム態の感度を上げて「超戦争」を抑止する「超平和」を生み出す取組みが必要ではないかと提唱しています。非常に哲学的な考察ですが、実際にはこれを理解し又は実戦できる賢い人間は少ないと思いますので、人間の本性を踏まえた科学的かつ実践的な平和学の研究が待たれます。
 
中沢新一の「イカの哲学」(ヒューマニズムからエコロジーへ)
原理 平常態(連続性) エロティシズム態(非連続性)
近代 平和 平和 戦争
現代 超平和 超戦争
 
現在、戦争やそれ以外の暴力を根絶して長期的な平和を確立するための方法を科学的に研究する平和学という学問分野が注目を集めています。平和学は、冷戦後の1950年代から本格的に研究されるようになり、1968年に開催された第2回国際平和研究学会(1989年にユネスコ国際平和教育賞を受賞)でインド人の平和学者であるスガタ・ダスグプタが「南の世界は戦争がないからと言って決して平和とは言えない。戦争がなくても大量の死者が出ている。」と問題提起すると共に、平和の反対概念は戦争ではなく戦争を含む非平和(ピースレスネス)であると提唱し、戦争以外の原因で死者を出さないようにするための研究も平和学の課題であるとして平和の概念の拡張を試みています。これに影響を受けたノルウェー人の平和学者であるヨハン・ガルトゥングは、論文「暴力、平和、平和研究」(1969年)及び論文「文化的暴力」(1990年)で「2つの平和」とこれらを乱す「3つの暴力」という概念を提唱して、現在の平和学の基礎を築きました。即ち、2つの平和として、直接的暴力がない状態としての「消極的平和」と構造的暴力がない状態としての「積極的平和」を定義し、これらを乱す3つの暴力として、紛争、虐殺、家庭内暴力等の直接的な暴力としての「直接的暴力」、差別、疎外、経済搾取、飢餓、貧困、環境問題等の社会構造に組み込まれている暴力としての「構造的暴力」、他者への不寛容、偏見、憎悪、無関心等により構造的暴力を正当化し、これを助長する暴力としての「文化的暴力」に分類したうえで、2つの平和の実現を阻害する3つの暴力を生み出す要因を科学的に分析し、これらの要因を取り除き又はそれらの要因を生み出さないための平和学の実践が活発になっています。この点、現在、新型コロナウィルス・ワクチンやその治療薬の南北格差が国際問題になっており、WHO及び日本を含む西側諸国がワクチン格差の解消に向けた取組みを行って2022年9月末日までに各発展途上国の全人口の約70%(集団免疫を獲得する目安)までワクチン接種を完了する計画になっていますが、実際にはその半分も進捗していない厳しい状況です。また、先日、発展途上国の一部が新型コロナワクチンの治療薬に関する知的財産の自由な使用を先進国に要望していましたが、大手製薬メーカーを抱えるヨーロッパ諸国の反対で見送られることになり、世界各国の利害や思惑などを背景として3つの暴力を生み出す要因を排除するための現実的な解決策を見い出すことは決して容易ではないことが窺がえます。このような現代的な諸問題に対して現代人の関心を向けるために芸術家に期待されている社会的な役割は大きいと感じますが、そこで求められている芸術的な表現は、例えば、ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調「合唱付き」のようなヒューマニズム市民社会の理想)を高らかに謳い上げる近代以前(第一次世界大戦まで)の芸術遺産ではなく、現代に生きる芸術家が創作する現代の時代性を表現するための芸術作品であると感じます。上述の書籍「イカの哲学」にも述べられているとおり、超平和の実現はヒューマニズム(人間中心主義)のような脆弱な思想では解決できない難問であり、最新の科学的な知見を踏まえた大きな視点(イカの哲学の視点)で時代を捉え直し、平和学の研究とその成果に基づく重層な国際的取組みが必要ではないかと思います。
 
三枝成彰のピアノ協奏曲「イカの哲学」(2008年)
 
▼タコの哲学(音楽論)
①音楽とは?
あまり気乗りしませんが、書籍「演奏家が語る音楽の哲学」を読んでみましたので、ごく簡単に雑感を残しておきたいと思います。なお、この書名にある「音楽」について『筆者は「それが一聴して音楽と認識できないものを音楽とは認めない」という立場である。』と書かれていますが、現在、「音楽」の不変項と呼べるようなものは解明されていませんので、この筆者の認知能力(人間の認知の基本的な仕組みは前回のブログ記事を参照)の範囲で「音楽」と認知できるものを示しているとしか言いようがありません。よって、この書籍が何を対象にして書かれているものなのかこの筆者にしか明確なことは分かりませんが、この書籍の文脈から「推測」できる範囲(即ち、主にクラシック音楽の一部をイメージしていると推測されますのでその仮定)で雑感を残したいと思います。なお、『ノイズミュージックや音響派、偶然性の音楽というジャンルがあることは否定はしない。でも、わざわざ言葉でそう宣言しなければ音楽とは認識されない音響を「音楽」と呼んでよいのかどうか、ははなはだ疑問ではある。「解説や注釈、説明なしにそれが音楽と感じられるもの・・・」それだけを音楽とよびならわしたい、というのが筆者の立場だ。』と書かれていますが、人間は新しい知覚(体験)や新しい記憶(学習)によってしか認知(世界)を広げることはできず、歴史的にも、聴衆が認知能力を向上する過程で徐々に受容されるようになったクラシック音楽は少なくありません。この点、聴衆がこれまでに体験や学習をしたことがない全く新しいものを認知できるようになるためには「解説や注釈、説明」は極めて有効な手段であり、(あくまでも個人の嗜好の問題であるとしても)これに耳を貸すことなく、この著者の認知能力の及ばないものは「音楽」とは認めないという態度は些か狭量であるという印象を否めず、また、音楽教育に携わる方として些か配慮にも欠けるのではないかと残念に感じます。
 
②本質的な問題とは?
先ず、プロローグとして、『近ごろの音楽界に感動が足りないのは、真の芸術たり得る新たな響きが生み出されていないからなのか。そんなことはない。話は逆だ。「それについて知っている」という消費者としての立ち位置が、わたしたち自身の耳を曇らせているからだ。「私は私が欲しているか、自分のことを知っている」という己に対する傲慢が自身の感覚を鈍らせている。つまり自らニーズを生み出すことによって、かえってわたしたちは未知なる世界への扉を閉ざしている、とはいえまいか。』と書かれていますが、クラシック音楽界が抱えている問題の本質はもっと別のところにあるのではないかと思います。改めて詳しくは書きませんが、過去のブログ記事でも触れたとおり、「それについて知っている」か否かという点が問題の本質なのではなく、現代は、クラシック音楽が表現し又はその表現の前提としてきた価値観、自然観及び世界観等に対する各分野からの異議申立が行われ、それらの価値観、自然観及び世界観等に対する修正が求められている時代であり、現代人の知性を前提とすると、クラシック音楽が現代人の教養(学問、知識、経験や芸術受容等を通して養われる心の豊かさ)を育むことは難しくなっているという点にあるのではないかと思います。また、『「知っている」という思い上がりに、芸術が感動の扉を開くことなどあろうはずがない。どうやら不足しているのは、音楽に対してへりくだる柔らかなこころらしい。』と書かれていますが、前回のブログ記事でも触れたとおり、昨年逝去されたサウンドスケープの提唱者・M.シェーファーは歴史上の作曲家の前にひれ伏すような音楽教育では駄目だという考え方をお持ちだったようであり、正しく慧眼だと思います。この変革の時代にあって既成の概念や価値観等を盲目的に受け入れるのではなく既成の概念や価値観等に懐疑的な眼差しを向けて「音楽」とは何なのかを根源的に問い直す「柔らかなこころ」が必要なのではないかと思います。この点、現代の演奏家に最も期待したいことは、未だ評価が定まっていない現代に生きる作曲家が創作した音楽(クラシック音楽の伝統的なアプローチが通用しない新しい音楽を含む)の中から新しい価値を見い出し、その魅力を聴衆に伝えることだと考えています。近年、ヒラリー・ハーンやギンドン・クレーメルなど当代一流の演奏家達は現代に生きる作曲家が創作した音楽の中から新しい価値を見い出した作品を実演又は録音で積極的に採り上げて、その魅力を聴衆に伝えることに成功している点で大きな功績を挙げている偉大な芸術家であると思いますが(新しいものを受容するに足りる教養力を備えた認知能力の高い聴衆が少ないことは自省するとしても、その一方で、これらの実演又は録音に対する聴衆の関心や評判が決して低くないことも事実だと思います。)、現状、このような活動に取り組める真の実力を備えた演奏家の数は非常に少ない印象を否めず(今後もシリーズ「現代を聴く」等で、可能な限り、現代に生きる作曲家と共に、そのような活動を行っている演奏家を紹介して行きたいと考えています。)、そのような実力を備えた演奏家の増加とその活躍に期待したいと思います。タコは海底の岩場等に住拠を定めて身を隠して生活し、イカは住拠を定めずに群れを作って広い海原を回遊しながら生活していますが、狭い「クラシック音楽」という伝統の壺に閉じ籠っているばかりではなく、その伝統の殻を破って(型無しではなく型破り)、未来に開かれた広い世界を回遊しながら「音楽」を捉え直してみることが必要な時代ではないかと感じています。
 
③タコからイカへの解凍?
次に、第3章において、『クラシック音楽において、個性の主張や、己が感情の発露などという低次元の表現は何の意味もなさない。その意味がどのように演奏されたがっているのか、楽譜に記された音符から読み解くことだけが奏者に課された責務である。』と書かれていますが、このような楽譜至上主義がクラシック音楽の限界を画してしまっているように感じます。過去の偉大な作曲家が残した楽譜を神聖視し、作曲家の意図を汲み取ってそれを忠実に再現するという1つの演奏習慣を前提にする考え方だと思いますが、上述のとおりクラシック音楽が表現し又はその表現の前提としてきた価値観、自然観及び世界観等の劣化、乖離、矛盾や破綻が認識される時代になっているなか、音楽や演奏の捉え方が些か狭過ぎる印象を否めません。さながら冷凍食品を巧みに解凍することが演奏家の使命であり、その解凍名人を決めるのがコンクールであると言われてしまっているようで、僅かな解凍の妙味(解釈の違い)を競うことでしか独自性を発揮する余地がない鮮度の低い食品という印象しか受けません。しかし、知る限り、バッハ、モーツァルトショパンパガニーニ、リストなど過去の偉大な芸術家の自筆譜や評伝等を見ると、その演奏又はその時代の演奏習慣は楽譜に雁字搦めに縛られたものではなく、時々の感興に乗じた血の通ったものであったことが窺い知れ、仮に彼らが現代に生きていれば果たして現存する楽譜とおりの演奏を行うのであろうかという疑問も生じてきます。この点、現代作曲家は、近代以降に確立した作曲家と演奏家の分離を前提とした演奏習慣( ≠ 伝統)から音楽を解放して音楽の表現可能性を模索すべく図形楽譜や偶然性の音楽などを考案し、音楽へ瑞々しい生命力を吹き込もうと試みています。過去のブログ記事でも紹介したとおり、書籍「音大崩壊」では若い世代(だけではないと思いますが)のクラシック音楽離れが加速し、ジャズ、ロック、ポップス、ミュージカルやダンスミュージック等へと関心が移り変わっている実態が紹介されていますが、この背景には演奏家が持つ能力や意欲等を顧みることなく冷凍食品の解凍作業へと矮小化してしまった現代のクラシック音楽の在り方にも原因があるのではないかと感じています。後述する副作用の洗礼を受けていない昔の演奏家による演奏は瞑目して聴いていると、その音色や語り口など誰の演奏かはっきりと認識できる個性的な魅力に溢れるものですが、現代の演奏家による多くの演奏は瞑目して聴いていると誰の演奏か分からない没個性的なものが目立つ印象を否めません。この背景には近代合理主義の申し子と言えるシステム化された音楽教育(大学教育の弊害)や毎年同じような審査員が顔を並べてコンクール弾きと揶揄される均質化・標準化された演奏を生み出し易いコンクール(コンクールの弊害)の副作用があるのではないかと感じています。さながらどこの地方都市へ行っても見慣れたフランチャイズ店で埋め尽くされ、そこに些細な違いしか見い出せない地域性が希薄で味気ない街並みを見ているような印象とでも言えましょうか。上記の書籍「音大崩壊」で権威主義的なクラシック信仰が音大崩壊の原因の1つになっている問題について触れられていますが、あたかもクラシック音楽は時代を超越する普遍性を備えた特別な音楽であって、それは現実社会(流行や常識を含む)とは隔絶された絶対的な価値観と呼ぶべきようなものを表現する揺るぎないものであるかのようなセンティメンタリズムに彩られた根拠薄弱な発言を耳にすることがあります。しかし、上述のとおり、ヨーロッパ社会で長らく普遍的な真理(美意識等を含む)として信奉されてきたキリスト教的な価値観やヒューマニズム(人間中心主義)などがその根底から揺らいでいる時代にあって、それらの価値観を表現し又はその表現の前提としてきたクラシック音楽も例外とは言えず、権威主義的なクラシック信仰という伝統の呪縛(上述の演奏習慣を含む)に囚われて音楽又は音大の可能性を過去に封印して劣化させてしまうのは本当に勿体ないことだと感じます。最後に、『鍛錬された技術のうえに成り立つ作品あるいはパフォーマンスと、発想や考え方に重点をおく作品(もしくはパフォーマンス)の差なのだろう。前者が芸術と呼ばれ、後者がアートと称されている。』と書かれていますが、僕の理解では、既成概念に収まるものを「芸術」と言い、既成概念に収まらないものを「アート」と言って区別していると捉える方が適当ではないかと考えており、それが「芸術」に比べて「アート」の方が注目されている所以ではないかと考えます。「芸術」も「アート」も鍛錬された技能は同じように必要(=必要条件)であり、鍛錬された技能だけが求められている訳ではない点( ≠ 十分条件)でも同じだと思いますので、この観点での区別はあまり有効ではないと思います。
 
E.サティーの「スポーツと気晴らし」より第11曲「タコ」(1914年)
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.7
シリーズ「現代を聴く」では、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼フランシスコ・コルのハープシコード協奏曲(2016年)
スペイン人の現代作曲家のフランシスコ・コル(1985年~)は、トーマス・アデスの一番弟子ですが、国際クラシック音楽賞(ICMA)の作曲賞(2019年)及びオーケストラ賞(2022年)を受賞している期待の俊英です。非常に独創的でありながら構成力のある魅力溢れる曲が多く、現在、ヨーロッパで最も注目されている若手の現代作曲家の1人です。
 
▼ガブリエラ・スミスの弦楽四重奏曲「キャロット・レボリューション」(2015年)
アメリカ人の現代作曲家のガルリエラ・スミス(1991年~)は、BMI学生作曲家賞(2018年)ASCAPレオ・カプラン賞(2014年)やその他数々の作曲賞を受賞するなど将来を嘱望される若手の現代作曲家です。この弦楽四重奏曲は、芸術の鑑賞等を促進する取組みを行っているバーンズ財団の委嘱によってアイズリ・カルテットのために書かれた曲です。
 
▼桑原ゆうの弦楽四重奏のための「逢魔が時の暗まぎれ」(2014年)
日本人の現代作曲家の桑原ゆう(1984年)は、第31回芥川也寸志サントリー作曲賞(2021年)や数々の国際コンクールでの受賞歴等があり、拙ブログで紹介するまでもなく既に知名度が高く各方面で活躍している現代作曲家です。逢魔が時は夜の帳が下りて魔物と出逢う時刻と言われていましたが、その精神世界をイメージ豊かに表現している面白い作品です。

【追悼講演】サウンドスケープの過去と未来:R.M.シェーファーが残したもの<STOP WAR IN UKRAINE>

▼CMソングの日(ブログの枕)
今日は「CMソングの日」ですが、1951年9月7日に民間ラジオ放送局で日本初のCMソングを使ったラジオCMが放送されました。1951年9月1日に中部日本放送局が日本初の民間ラジオ放送を開始しますが、その放送枠を小西六写真工業株式会社(現、コニカミノルタ株式会社)が買い取って、その番組制作を作詞家・作曲家の三木鶏郎(通称、トリロー)に依頼します。三木鶏郎は、NHKには真似できないものを放送したいと意気込み、小西六写真工業株式会社の商品「さくらフィルム」のCMソング「ボクはアマチュアカメラマン」(企業名や商品名がないイメージソング)を放送し、CMソングという新しいジャンルを誕生させます。三木鶏郎の門下には、作曲家・いずみたく桜井順、作詞家・伊藤アキラ、作家・永六輔野坂昭如五木寛之等の錚々たる著名人が名を連ねますが、その後、三木鶏郎とその門弟達は日本のポップカルチャーを牽引する立役者となり、日本人の頭を支配することになる数々の有名なCMソング等を生み出すことになりました。但し、最近では、インタネットの普及に伴ってマスメディアを使ったCMソング等を使った聴覚に訴えるCMだけではなく、バナー広告など視覚に訴えるCMも台頭しています。
 
▼今でも日本人の頭を支配する有名なCMソング等
ハトヤホテル」(CM:作詞・野坂昭如
明治チョコレート」(CM:作詞・いずみたく
いい湯だな」(歌謡曲:作詞・永六輔
ゲゲゲの鬼太郎」(アニメ:作詞・水木しげる) など
日立の樹」(CM:作曲・小林亜星
かっぱえびせん」(CM:作曲・筒井広志)
青雲のうた」(CM:作曲・森田公一) など
作曲・桜井順
お正月を写そう」(CM:作詞・桜井順
石丸電気」(CM:作詞・桜井順伊藤アキラ
とんでったバナナ」(歌謡曲:作詞・片岡輝) など
 
なお、2021年5月15日、作詞家・伊藤アキラが逝去し、これを追うように2021年5月30日、作曲家・小林亜星も逝去しています。更に、2021年9月25日、作曲家・桜井順が逝去しており、日本のCMソングの一時代を築いた巨匠達が相次いで他界しています。また、後述しますが、CMソングを含む音環境等を研究対象とするサウンドスケープの提唱者でカナダ人作曲家・M.シェーファーも2021年8月14日に逝去していますので、2021年は音楽界にとって時代の転換点とも言える年だったと言えるかもしれません。因みに、1769年、平賀源内が「漱石膏」(歯磨き粉)の宣伝音楽を作詞、作曲したと言われており、日本で最初に本格的に音楽を宣伝に利用した事例と言われていますが(但し、大河ドラマ真田丸」で瓜売りの歌が再現されていましたので、昔から物売りが売り口上に節やリズムを付けて売り歩くという例はあったものと思われます。)、残念ながら、その楽譜等は現存していません。その意味で、日本のCMソングやコピーライター(「本日土用丑の日」というキャッチコピー鰻屋の店頭に張り出すようにアドバイスしたところ大繁盛し、土用の丑の日に鰻を食べる習慣が誕生と言われています。)の元祖は平賀源内と言えます。最近では、CMの訴求効果としてCMソングや信号音、標章音等の重要性が増しており、例えば、医薬品のCMでは「使用上の注意」を表示する際に「ピンポン」という信号音(鐘の音)を併用しているのもその一例です。これは日本OTC医薬品協会等が公表しているOTC医薬品等適正広告ガイドライン(「一般用検査薬広告の自主申し合わせについて」(平成29 年7 月14 日)の第4項の(3)の2)/同書P104)において、広告における「使用上の注意」の表示方法として「視聴者の注意を喚起するような音声等も併用する」と規定し、それを踏まえて「ピンポン」という信号音(鐘の音)が業界標準として利用されています。また、CMソングではありませんが、学校の始業や終業を合図する「キンコンカンコン」というチャイム(ウェストミンスターの鐘の音)なども馴染み深い音ですし、車が道路上を制限速度内で走行すると音楽が鳴るようにすることで安全運転を促すメロディーロード全国地図)も注目されている試みです。最近のCMソングでは、企業イメージや商品イメージと強く結び付いた音楽や標章音等がブランドシンボルとして重視されるようになり、例えば、ファミリーマート松屋任天堂ゲーム(マリオのコイン効果音)など、サウンドロゴとして商標登録される事例も増えています。さらに、太田胃散のCMで病弱であったショパン前奏曲第7番イ長調が使用されるなど、著作権の保護期間が終了しているクラシック音楽がCMやBGM等に利用される例も顕著となっています。CMソング隆盛の背景には、クラシック音楽のように物語性のある音楽からミニマル・ミュージックやポスト・クラシカル等に象徴されるようにイメージや雰囲気を想起させる音楽が好まれる現代の嗜好性(文脈ではなく感覚を伝えるためのミニマル・コミュニケーションとしての打ち言葉なども同様)もあるのではないかと考えられます。その意味では、拙ブログのように句読点を多用し、ダラダラと長い文脈が続く垢抜けない文章は、現代の若者からは到底受け入れ難いものということになるのかもしれません。
 
 
【演題】サウンドスケープの過去と未来:R.M.シェーファーが残したもの
【演目】第1部:<出会い>
    ・イントロダクション:シェーファーのバイオグラフィの基本を紹介
    ・キーノート・ダイアローグ:Hildegard Westerkamp
    ・1970-80年代に果たした役割
                 (WSPの活動を含むSFUの状況等)
      <対談者>今田匡彦(弘前大学教育学部教授(音楽教育学))
           鳥越けい子(青山学院大学総合文化政策学部教授)
    第2部:<インパクト>
    ・シェーファーサウンドスケープ論の導入前後の日本の状況を聞く
      <発言者>岩宮眞一郎(音響学、芸術工学
           小川博司社会学、日常生活と音楽研究会)
           小原良夫(日本BGM協会理事、各種サイン音設計)
           小西潤子(民族音楽学
           曽和治好(ランドスケープ、 造園・景観建築デザイン)
           平松幸三(音響学、衛生工学、土木学会関西支部
           横内陽子(ラジオ、放送メディア)
      <司会者>大門信也(関西大学社会学部准教授)
           髙橋憲人(弘前大学人文社会科学部研究機関研究員)
    第3部:<未来へ>
    ・シェーファーサウンドスケープ論の本質とは何か?を語る
    ・リトルサウンドエデュケーション:
                  子どもたちが創生する未来のオンガク
    ・「世界の調律」に読み取る新たなメッセージ
      <座談会>今田匡彦、鳥越けい子、髙橋憲人、大門信也
【主催】一般社団法人 日本サウンドスケープ協会(理事長:土田義)
【会場】オンライン
【会費】無料
【感想】
▼追悼講演の概要と感想
先日、(社)日本サウンドスケープ協会の主催で、2021年8月14日に逝去したサウンドスケープの提唱者でカナダ人作曲家のM.シェーファーを追悼するために、M.シェファーの功績とサウンドスケープの過去と未来を考える講演会が開催されたので(オンライン視聴)、その概要及び感想を簡単に残しておきたいと思います。冒頭、M.シェファーのBIOが簡単に紹介された後、M.シェファーと親交があったドイツ人作曲家のH.ヴェスターカンプによるM.シェーファーを偲ぶ回想が紹介され、M.シェファーに薫陶を受けた研究者とサウンドスケープに関係する各方面の専門家等によるパネルディスカッションが行われました。当初、M.シェファーは、J・ケージの実験音楽やランド・アート(ミステリーサークルなど自然の素材を活かして砂漠や平原等に作品を造る美術)などの影響から音環境そのものを音楽作品として捉えて研究対象としていましたが、フィールドワークを重ねるうちに、個人や社会によって全く異なる音環境の認知が行われていることに気付き、サウンドスケープは音環境に広がる音そのものを研究対象とする音響学に近い性格のものから、個人や社会が音環境をどのように認知しているのかを研究対象とする音響生態学に近い性格のものへと進化して行きました。M.シェファーは、欧米の音環境が産業革命を契機としてハイファイ(1つ1つの音がクリアに聴き取れる状態)からローファイ(1つ1つの音が他の音によって掻き消されて聴き取れない状態)が支配的となった状況を踏まえて、その音環境の再構成を行うサウンドスケープ・デザイン」(単なる騒音対策ではなくサウンドスケープを人工的に作り出すこと)の必要性を認識するようになりました。なお、パネルディスカッションが行われる予定になっていましたが、短い時間のなかで、各方面の専門家等がそれぞれの立場から一言づつ発言して時間切れとなりましたので、以下では発言者毎にその発言要旨を簡単にご紹介します(発言順/敬称略)。但し、以下では各発言者の発言内容のごく一部の概要しか記載しておらず、また、その発言趣旨を正確に理解できていない可能もありますので、各発言者の真意に沿わない誤解が含まれている可能性があることをご承知置き下さい。各発言者の正確な考え方をお知りになりたい方は、直接、各発言者の著書や講演会等をご参照下さい。
 
小川博司:M.シェーファーの古典的名著「調律の世界」の翻訳を担当した方です。1983年頃はラジカセやウォークマン等が本格的に普及して日常生活に音楽が急速に浸透した時代であり、音楽が何らかのムードを創るものとして持て囃されていましたが、そのような時代背景のなか、上記「調律の世界」は音楽の在り方を考えるうえで非常に重要な視点を与えるものとして注目されたという趣旨の発言がありました。確かにクラヲタの僕は当時のお小遣いだけではコンサート通いができないので必死にラジカセ(FMfanエアチェック)に噛り付いていたことを思い出します。
小原良夫サウンドスケープ・デザインに携わられている方で、最近では、京都駅~関西国際空港駅を結ぶJR東海の列車発車や列車接近のサイン音、大阪花博(国際花と緑の博覧会)の音の演出などを手掛けられています。BGMは、意識しない音、意識されてはいけない音楽として音を風景のように捉えることが必要であり、できるだけ音をビジュアル化するという視点で取り組んでいるという趣旨の発言がありました。最近、ネット社会を背景として「つながらない権利」が注目されていますが、多様化の時代に他人から何かを押し付けられないということが重要になっています。
岩宮真一郎:M.シェーファーは、当時、音響学が見過ごしてきたコンテクスト(音環境と社会や文化等との関係)を重視していた点で先進的な考え方を持ち、音環境をオーケストラに見立て人間はそれぞれの音環境の中で指揮者、演奏者、聴衆の役割を担っているという視点から参加型のサウンドスケープ・デザインを指向していたそうですが、その流れから最近では教育現場等において音に対する意識を育むためのサウンド・エデュケーションという取組が活発になっているという趣旨の発言がありました。パソコンの普及による視覚社会への偏重傾向に対する警鐘とも言えそうです。
曽和治好ランドスケープサウンドスケープの語源)に携わられている方で、当初、ランドスケープは機能面・視覚面を中心に考えられていましたが、サウンドスケープが登場して空間が持つ音環境の重要性が認識されるようになり、その考え方を採り入れて視覚以外の感覚を働かせて感じる自然美を重視するようになったという趣旨の発言が行われました。過去のブログ記事で触れましたが、漫画「ミュジコフィリア」では池泉廻遊式庭園「無鄰菴」が表現する音の世界(コスモロジー)を紹介しています。
平松幸三:音響学に携わられている方で、騒音が聴力や生態等に与える影響について研究されているそうです。サウンドスケープが登場すると、騒音行政の分野で歓迎をもって受け入れられ、騒音対策の延長としてのサウンドスケープに取り組まれてきたという趣旨の発言が行われました。
横内陽子:1990年代にセント・ギガという有料の衛星ラジオにおいて、地球を俯瞰的に眺める視点から「Sound Effect」(特定の音だけを再現する効果音)ではなく「Sound of Earth」(その場で聴こえる全ての音から構成)を放送していたという趣旨の発言が行われました。
小西潤子民族音楽学や生態音楽学に携わられている方で、人間のための音楽から環境(他の生物)のための音楽を研究するEco-musicologyに取り組まれているという趣旨の発言がありました。過去のブログ記事で触れましたが、植物も聴覚等を備え、一定の知性を持っていることが分かっています。
 
▼人間の知性と音(楽音及び非楽音を含む)を聴くということ
人間は、「知覚」(現在の情報)+「記憶」(過去の情報)=「認知」(未来又は未知の予測)を行い、その認知の結果から「感情」が生まれますが、基本的に、その結果が人間の生存可能性を高める方向であれば喜・楽などのポジティブな感情が生まれ、また、その結果が人間の生存可能性を低める方向であれば怒・哀などのネガティブな感情が生まれて、それらの感情に応じた身体反応を起こすことで環境を変化させて生存可能性を高めていると考えられます。また、人間は、新しい知覚(体験)や新しい記憶(学習)を繰り返すことで新しい認知を得ますが、その知覚と記憶の組合せが平凡(これまでにあったような組合せ:ニューロン可塑性が非活発)であれば「想像力」となり、その知覚と記憶の組合せが非凡(これまでにないような組合せ:ニューロン可塑性が活発)であれば「創造力」となります。更に、その知覚と記憶の組合せが非凡なもののうち、その組合せに何らかの関係性や法則性等を見い出すことができれば「創造的」となり、その組合せに何らかの関係性や法則性等を見い出すことができなければ「狂気的」となります。この点、従前の知覚や従前の記憶(日常)ばかりを繰り返していると人間は「飽きる」という状態に陥って、新しい認知(非日常)を求めて新しい知覚(体験)や新しい記憶(学習)を模索するようになり、例えば、新しい習い事を始める、新しい音楽を聴く、旅行に出掛けるなどの身体反応を起こすようになります。これが人間の知性を育んでいる基本的な仕組みと考えられます。この点、下図は、サウンドスケープ・デザインに関する書籍「人と空間が生きる音デザイン」(小松正史著)に収録されている概念図ですが、基本的には、上記と同じ趣旨のことが図説されています。
 
鳥越けい子:M.シェーファーの古典的名著「調律の世界」の翻訳を担当された方です。それまで音響学、音響真理学、耳科学、国際的な騒音寄生の実施とその手続き、通信の録音の技術(電気音響学、電子音楽)、聴覚のパターン認識、言語や音楽の構造分析などサウンドスケープに係る学問分野は細分化していましたが、M.シェーファーサウンドスケープを提唱して「ワールド・サウンドスケープ・プロジェクト(WSP)」を創立し、それらの細分化していた学問領域を統合して、その研究領域をテキストとして音楽(図)からコンテクストとしてのサウンドスケープ(地)へと拡大します。1980年に生物学者のE.ストーマーが人類が地球と大気に与えた影響の大きさに着目して提唱し、その後、2000年に大気学者のP.クルッツェンの発案によって世界的に注目されることになった「人新世」の考え方はサウンドスケープにも大きな影響を与えており、サウンドスケープを人類が生き延びるための創造行為として捉え直し、これまでの既成概念を覆して世界をデザインし直す(即ち、文化的制度に由来する境界及び知覚の被膜の存在を認識して、それらを超える及び剥がす)ためのサウンドスケープ・デザインが求められているという趣旨の発言がありました。日本のサウンドスケープの第一人者である方の発言は重く響きますが、前回のブログ記事でも触れたとおり、現代は時代の価値観、自然観や世界観等が大きく更新され、「昨日までの世界」に閉じ籠っていられない不可逆な時代を生きており、過去の人間中心主義の時代の芸術表現では現代人の教養を育むことが難しくなってきていると思いますので、そのことを踏まえて現代の時代性を表現し又はそれを前提とした新しい芸術表現が求められているのではないかと感じます。
武満徹によるM.シェーファー評(1980年)
彼は単なる万能選手ではない。彼の実践が私たちを打つのは、全てのものに向けられているその詩的な眼差しによってである。分離され密閉された分野の狭い通路を、再び「世界」に向けて開こうとする彼の根源的(ラディカル)な意思が私たちを打つのだ。
今田匡彦:M.シェーファーから薫陶を受けた方で、サウンドスケープ・エデュケーションを研究されています。人類が言葉を発明して言葉による意味付けが行われるようになる前から音楽は存在し、その後に言葉を発明して言葉によって理論化したものが現在の「音楽」と言われているものです。現在、音楽の不変項と言えるようなものは見つけられておらず、宇宙にまで広げて音楽を捉えると音楽とは何なのか増々分からなくなります。シャーマニズムでは音を魔術的なものとして捉えていた一方で、西洋の「音楽」ではそれを長さ、高さ、強さなどで分析することによって音楽の近代化が図られましたが、1960年代にM.シェーファーは「音楽」を狭路へ押し込める言葉によるヘゲモニーを打破しなければならないという問題意識を持ち、歴史上の作曲家の前にひれ伏すような音楽教育では駄目だという考え方を持っていたという趣旨の発言が行われました。過去のブログ記事でも縷々触れてきましたが、正しく現代のクラシック音楽界が陥っている袋小路を言い当てた発言ではないかと思われます。喩えれば、現在の「音楽」と言われているものは、スーパーに並べられている食べ易く加工された魚の切り身のことを「魚」と呼んでいるのに等しく、これまで切り捨てられていた部位を見直してきちんと魚を再認識することから始めなければ人類が魚とは何なのかをより良く理解し、言葉のヘゲモニーを打破することは難しいかもしれません。
 
M.シェーファーの古典的名著「世界の調律」では、西洋音楽が音楽を「楽音」の狭路へ押し込み、そこから「非楽音」を排除してきたことに触れている点が非常に興味深いです。過去のブログ記事で触れましたが、20世紀に入ると、音楽を「楽音」の狭路から解放するための様々な試みが行われ、例えば、A.シェーンベルクは、調性の呪縛から音楽を解放するために「十二音技法」を考案し、また、L.ルッソロは、ノイズに美的な価値を見い出して「騒音の音楽」を考案して、音楽に「非楽音」を採り込みます。また、E.サティーは、家具のように日常生活に溶け込んで意識されることがない音楽として「家具の音楽」を発表し、その後のB.イーノの「アンビエント・ミュージック」の先駆となります。さらに、P.シェフェールは、環境音等の「非楽音」をテープに録音して音楽に採り込む「ミュージック・コンクレート」を考案し、また、J.ケージは、沈黙等の「非楽音」を音楽に採り入れると共に、作曲家が緻密に設計するという西洋音楽の伝統から音楽を解放するために「偶然性の音楽」を考案します。やがてコンピューターの発明によって電子音楽が採り入れられるなど、音楽の概念が大きく拡張されて来ました。過去のブログ記事でも触れましたが、このような音楽の概念の拡張は、宗教音楽(宗教の教義を伝えるための音楽)ではなくオペラ(人間の感情を表現するための音楽)が誕生し、人間の感情を豊かに表現するためのドラマティックな表現手法を求めて不協和音の解放(不協和の予備の解放)に踏み出したモンテヴェルディーにまで遡ると言えるかもしれませんが、シェーンベルク(不協和の解決の解放)が登場するまでは西洋音楽の伝統の枠内に留まる試みなので、20世紀以降に本格化する音楽を「楽音」の狭路から解放するための試みは一線を画しているものと思われます。なお、古代には視覚よりも聴覚が重要なものとして位置付けられ、神の言葉、部族の歴史やその他の重要な情報等は口承により伝承されていましたが、日本では、中国から漢字が伝来するまでは口承文化(聴覚文化)を基調とし、神を経典(文字)ではなく音(神の訪れ➟神の音連れ)によって感じるなど、昔から日本人は知覚としての音に留まらず、認知としての音として、その音(非楽音を含む)に何かを聴き取る感性やイマジネーション力が発達しており伝統的にサウンドスケープと親和的な文化を育んできたものと考えられます。この点、過去のブログ記事でも触れましたが、例えば、平安京は四神相応の考え方に基づいて都市設計が行われ(平安京の守護神として、陰陽五行説で幻の獣神とされている玄武、青龍、朱雀、白虎、麒麟平安京の中央と四辺に配置)、そこにサウンドスケープのような概念を採り入れて、平安京の西方に神護寺の平調、北方に醍醐寺の盤渉調、東方に高台寺及び清光寺の上無調並びに知恩院の下無調べ、南方に西本願寺の壱越調甲を配置し、陰陽五行説の思想を体現するように五種類の梵鐘の響きが平安京を包み込むようになっています。このように日本人が伝統的に育んできた(そして日本の義務教育の西洋音楽偏重主義によって損なわれた)音(非楽音を含む)に何かを聴き取る感性やイマジネーション力というものが日本の豊かな文化(例えば、和歌は、目で読むものではなく声に出して詠むものなど)を育んできた伝統に思いを馳せると共に、その豊かな文化を取り戻すために昔の日本人が持っていた音(非楽音を含む)に何かを聴い取る感性やイマジネーション力を育む意味でもサウンドスケープ・エデュケーションの重要性は増しているのではないかと感じられます。最後に、このブログ記事で触れさせて頂いたM.シェーファー伊藤アキラ小林亜星桜井順、後述の森英恵過去のブログ記事で触れさせて頂いた三宅一生、各氏の功績を讃えると共に、そのご冥福を衷心よりお祈りします。
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.6
シリーズ「現代を聴く」では、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
アンドレア・タッローディ「ピアノと弦楽のための空の歌」(2017年)
スウェーデン人の現代作曲家のアンドレア・タッローディ(1981年~)は、2018年に「弦楽四重奏曲」でスウェーデングラミー賞を受賞するなどスウェーデンで最も注目されている俊英です。この動画は、ウクライナ人ピアニストのナタリア・パシチニクの委嘱によって、ウクライナ民謡「青と灰色の翼を持つ鳩」とスウェーデンの民謡「輝く星」をモチーフにして作曲された音楽です。
 
ヨハネス・フィッシャー「カノンとスズメ」(2018年)
ドイツ人の現代作曲家のヨハネス・フィッシャー(1981年~)は、2003年にゲンダ・ギュンター・ビアラス賞(作曲賞)を受賞、2007年に第56回ミュンヘン国際音楽コンクール(打楽器部門)で優勝するなど作曲家だけではなく打楽器奏者としても著名です。この動画は、フィッシャーが2012年に第61回ミュンヘン国際音楽コンクール(弦楽四重奏部門)で優勝したアルミーダ弦楽四重奏団に献呈した音楽です。
 
▼佐原詩音「コナコナ蝶々」(2022年)
日本人の現代作曲家の佐原詩音(1981年~)は、第30回TIAA全日本作曲家コンクールで審査員賞を受賞するなど最も注目されている若手の俊英で、かなり精力的に活動されています。この動画は、コンサートプラン・クセジュで発表された新曲が演奏された模様ですが、佐原さんが自らキュレーターとなって動画の概要欄に作品解説を掲載していますので鑑賞のガイドになると思います。先日、他界された森英恵さんは蝶をモチーフとしたデザインで世界へと羽ばたきましたが、森さんを偲ぶ意味も込めてこの曲をご紹介します。

伝統のアップデート(川柳の日と上田朝子リュート・テオルボレクチャー&コンサート~新しい現代作品の為の)<STOP WAR IN UKRAINE>

▼川柳の日(ブログの枕)
1757年8月25日(新暦9月20日)は、前句付けの点者・柄井川柳が最初の万句合を興行した日であり、その推定地に川柳発祥の地碑が設置されています。「連歌」や「俳諧連歌」は、上の句(五・七・五)のお題に対し(過去のブログ記事で触れましたが、このお題が「宿題」の語源)、参加者が下の句(七・七)を続けて、その優劣を競う集団文藝ですが、これとは逆に、「前句付け」は、下の句(七・七)のお題に対し、参加者が気の利いた上の句(五・七・五)を自由に考えて、その優劣を競う遊戯的な集団文藝です。この上の句の優劣を判定する者を点者と言い、当時、最も人気があった点者が柄井川柳です。後に、前句付けの下の句(前句)から上の句(付句)が独立して鑑賞されるようになり「川柳(古川柳)」が誕生しました。「連歌」や「俳諧連歌」ではお題となる上の句(発句)に季語や切字等を使用しなければならないという約束事がありますが、「前句付け」では下の句(前句)がお題となることから上の句(付句)には季語や切字等を使用しなければならないという約束事はなく、「川柳」はその性格を受け継いで季語や切字等を使用しなければならないという約束事はありません。この点、「連歌」や「俳諧連歌」の上の句(発句)が独立した「俳句」は、表現形式(五・七・五)は「川柳」と同じですが、「川柳」と異なっている点は上の句(発句)の性格を受け継いで季語や切れ字等を使用しなければならないという約束事があることです。日本では、飛鳥時代から奈良時代にかけて遣隋使や遣唐使によって唐歌(漢詩)等が伝来しますが、平安時代になり唐が衰退して遣唐使が廃止されると、日本独自の仮名文字(過去のブログ記事で触れましたが、真名文字:漢字に対し、漢字を崩した仮名文字:片仮名、平仮名)が発明され、その仮名文字を使った「和歌」(五・七・五・七・七)が誕生します。鎌倉時代になると、「和歌」を上の句(五・七・五)と下の句(七・七)に分けて、ある人が詠んだ上の句(五・七・五)に対して、別の人が下の句(七・七)を付け、さらに別の人が上の句(五・七・五)を付けることを繰り返しながら100句になるまで和歌を詠み合せる「連歌」が誕生します。複数人で和歌を詠み合せる連歌のスタイルが誕生したのは、王朝文化から武家文化へ移行するなかで、他家や家臣との結び付きを強めるためのコミュニケーションの方法として和歌(武ではなく文)が政治利用されるようになり、複数人で和歌を詠み合せることで連帯(一味同心)を保とうとしたことがその背景にあるのではないかと思われます。江戸時代になると、庶民の識字率の向上に伴って徐々に庶民が文化の担い手となり、連歌に滑稽な言葉を盛り込んだ「俳諧連歌」(俳諧=こっけい、おかしみ)が流行します。やがて江戸時代中期になると、上述のとおり「俳諧連歌」から「川柳」が誕生しますが、柄井川柳の死後は社会風刺や滑稽味を増した通俗的な題材を詠った「狂句」(五・七・五)や「狂歌」(五・七・五・七・七)へと堕落して行きます。
 
▼江戸の風を感じさせる狂歌を1
わが禁酒 破れ衣と なりにけり 
        さしてもらおう ついでもらいおう」(四方赤良
※「四方赤良」(しものあから)とは、あから顔に因んだ柳号か?
 
1903年、俳句革新運動を推進していた正岡子規(毎月開催される俳諧や俳句の会を「月並みの会」と言いいましたが、正岡子規俳諧の一本調子を「月並」と酷評したのが平凡を意味する月並みの語源)の影響から、江戸時代に低俗野卑な性格を強めて行った「狂句」を改めて「川柳」の復古を唱える川柳革新運動が推進され、阪井久良岐は叙情を詠う詩的な川柳を目指し、また、井上剣花坊は時事やユーモアを詠う古川柳への原点回帰を目指して近代的な川柳が確立します。この運動によって革新された「新川柳」や「新俳句」は大衆定型詩として現代人にも愛され、「サラリーマン川柳」や「お~いお茶新俳句」等として社会的に注目されると共に(現在、アパホテル宿泊券等があたる「アパ川柳2023」を公募中なので貴兄姉の詩心を試してみませんか?)、最近では川柳の形式に乗せて韻を踏む「ラップ川柳」等も登場し、様々に姿を変えながら世代を越えて日本の詩の文化の伝統がアップデートされています。「俳句」は季語を使うことから人間と自然の関係性のなかで風景や事物を詠むものであるのに対し、「川柳」は季語を使わないことから人間と人間の関係性のなかで人間や社会を詠むものであるという基本的な性格の違いがあるのではないかと思います。サラリーマン川柳を読んでいると、世相を映す日頃の憂さを川柳に詠んで晴らし、腹に溜めない日本人の知恵のようなものも感じられます。
 
①誹風柳多留発祥の地碑(東京都台東区上野公園1
②川柳発祥の地碑(東京都台東区蔵前4丁目37−8
③初代柄井川柳墓(龍宝寺)(東京都台東区蔵前4丁目36−7
柄井川柳碑(菊屋橋公園)(東京都台東区元浅草3丁目20
誹風柳多留発祥の地碑/1765年、柄井川柳の選句集「誹風柳多留」が人気を博し、その版元「星運堂」があった場所。婚礼の酒樽を柳樽と言うのは柳の木が柔らかく酒樽の材料に好まれたことが由来で、柳樽を文字り「家内喜多留」(やなぎだる→かないきたる)と語呂を合わせ、「一升(一生)入り」「半升(繁盛)入り」と縁起を担ぎました。ここから「柳多留」(うまいものが詰まっているもの)と文字り「柳に風」を掛けて「排風柳多留」と命名 川柳発祥の地碑/1757年、柄井川柳が最初の万句合を興行した場所の推定跡地で、ここが川柳発祥の地と言われています。この裏手に柄井川柳菩提寺である龍宝寺があります。 初代柄井川柳墓(龍宝寺)/別称、川柳寺。東都浅草絵図を見ると、町の中央に新堀が東西に流れ、その両岸が新堀端と呼ばれていました。東都浅草絵図の中央にある小さい方の龍宝寺が柄井川柳菩提寺で、ここに柄井川柳の墓が安置されています。現在は、龍宝寺の門前は川柳横丁と言われています。 柄井川柳碑(菊屋橋公園)柄井川柳の偉業を顕彰するために、平成元年に菊屋橋公演に柳が植樹され、柳が成長したところで平成4年に柄井川柳碑が建立されたそうです。
 
【演題】現代音楽家のためのリュート/テオルポ奏法ワークショップ第1回
    レクチャー&コンサート
【内容】レクチャー
     ・楽器の歴史
     ・レパートリー
     ・ソロとアンサンブルの奏法
     ・楽譜、記譜法
     ・現代音楽での特殊奏法の可能性
     ・参加者との意見交換
       <講師>リュート奏者 上田朝子
    ミニコンサート
     ・G.G.カプスペルガー:トッカータ アルペッジャータ
     ・B.カスタルディ:我流のアルペッジャータ
     ・R.D.ヴィゼー:プレリュードイ短調
     ・C.モンテヴェルディアリアンナの嘆き(Sax-Teo編曲版)
     ・K.シュトックハウゼンアクエリアス(Sax-Teo編曲版)
       <演奏>サックス(Sax):坂口大介
           テオルボ(Teo):上田朝子
【会場】門天ホール(アーカイブ配信)
【料金】1500円
【感想】
▼レクチャー&コンサート
伝統のアップデートに挑戦しているリュート奏者の第一人者である上田朝子さんの現代作曲家に向けたレクチャー&コンサートが8月23日に開催され、そのアーカイブ配信が開始されましたので、著作権に抵触しないであろうと思われる範囲内で簡単に内容の紹介と感想を書き残しておきたいと思います。今回、上田さんがこの演奏会を企画した趣旨は、テオルボという魅力的な古楽器が存在するのに、現状、テオルボのために書かれた現代音楽(特にソロ曲)が殆どなく、そのためにテオルボ奏者が現代音楽を演奏できるようにならないという負のサイクルから抜け出せず、そこから抜け出すためには演奏者から現代作曲家へアプローチする必要があるのではないかと感じ、テオルボという楽器が持つ表現可能性について現代作曲家と一緒に考える機会を設けて新しい創作の契機にできればという想いが発端だったそうです。そこで、第1回(8月23日)では上田さんから現代作曲家に対するレクチャー&ミニコンサートを実施し、第2回(10月16日)では現代作曲家から公募された作品を上田さんが演奏するコンサート&シンポジウムという2本建てになっている非常にユニークかつ有意義なレクチャー&コンサートです。....というこで、このレクチャー&コンサートは現代作曲家に向けられた内容になっており、僕のような一般聴衆が参加して良いものなのか分かりませんが、クラシック音楽界にとって時代の転換点となり得るような貴重な機会に立ち会って記録を書き残しておくべしと思い立ち、一般聴衆であることを秘してアーカイブ配信に参加させて頂くことにしました。かなり以前から、クラオタの間ではいつまでもクラシック音楽第一次世界大戦前までの音楽)ばかりでは「飽きた」という言葉が聞かれるようになり、社会が大きく革新しているなかでクラシック音楽界だけが「昨日までの世界」ばかりに閉じ籠っている状況を心から残念に感じている人が少なくないように感じていましたので、上田さんのように未来に向けて伝統をアップデートしようと取り組んでいる演奏者の存在(以下のシリーズ「現代を聴く」でも若干の演奏者(団体)を紹介)を知ったことは、一般聴衆にとっても発奮されるものがあり、今後も大きな期待を込めて応援して行きたいと思っています。過去のブログ記事でも触れましたが、iPhoneの意匠やユニクロのデザインに象徴されるように無駄なものを省いたシンプルな美しさが好まれ、ストイック(ミニマル)が持て囃される時代にあって、あまり厚化粧な音楽や演奏は好まれなくなっていると思いますので、新しいジャンルとして古楽器を使用した現代音楽の潜在ニーズは高いのではないかと注目しており、前回のブログ記事でも1曲紹介しましたが、最後に、何曲か古楽器を使用した現代音楽をご紹介してみたいと思います。
 
 
さて、テオルボは、ルネサンス末期に開発されたリュート属の撥弦楽器(日本の琵琶もテオルボと同祖同根のリュート属)で通奏低音楽器及びソロ楽器として使用されていますが、拡張バス弦を持ち(リュートはバス弦がない)、テオルボ調弦(リエントラント調弦)を使用することが特徴で、1面でポリフォニー音楽を演奏できることからピアノが登場するまでは作曲家に重用されていたそうです。テオルボは、日本の伝統邦楽器と同様に様々なことが規格化、標準化されておらず、その大きさ、形状、構造、音色、演奏やその他の特徴等には個体差や個人差があり、そのために現代のテオルボ奏者の間でもテオルボの扱い方等には差異があるそうなので、そこがテオルボを扱う難しさであると共にテオルボの大きな魅力となっています。そう言えば、過去のブログ記事でも触れましたが、現代音楽を扱った漫画「ミュジコフィリア」第1巻の表紙に描かれている楽器は14コース(弦)のリュートであり、何か示唆的なものを感じさせます。リュートという楽器名は、木を意味するアラビア語のアル・ウード(ルウード→リュート)が語源ですが、ペルシャ楽器の表面は動物の皮が使われているのに対し、リュートやテオルボの表面は薄い木板(1.5mm、ヴァイオリンは2.5mm)が使われており、また、ガット弦に加えてコース(弦)の数も多く、さらに、フレッドも動き易いことなどから非常に音程が不安定な楽器で、リュート奏者は人生の1/3を調弦に費やしていると揶揄されるほど頻繁に調弦が必要になるそうです。そのために、リュート奏者が頻繁な調弦によって聴衆を飽きさせない工夫として楽想をつけた調弦が行われるようになり、それがプレリュード(前奏曲)の起源だそうです。なお、慎ましやかで繊細な詩情を讃えたリュートという楽器が、歴史上、どのようなイメージ(メタファー)で捉えられてきたのかをバロック絵画等を使用しながら解説しており非常に興味深かったのですが、今後、テオルドという楽器が持つ表現可能性とそれを踏まえた現代音楽の創作又は受容にあたって、そのイメージ(メタファー)が何らかのインスピレーションを与え得る一方で、何らかのバイアスとしても働き得る点を踏まえて、敢えて、ここでは触れないでおこうと思います。また、テオルドの記譜法や特殊奏法等の解説も行われましたが、テオルド奏者(プロ)は日本全国で10名程度しかいないとのことなので、かなり希少性のあるノウハウやその他の情報等が含まれている可能性がありますので、敢えて、ここでは触れることを控えて、このレクチャー&コンサートに参加していた現代作曲家との意見交換の一部(但し、具体的なアイディアを除く)をご紹介しておきたいと思います。テオルボは音が小さく音域が狭いというビハインドがありますが、テオルボの音をアンプリファイアした場合の効果や影響について議論が行われました。また、バロック音楽の修辞法を離れ、不確定性を採り入れた修辞表現の可能性や修辞表現の記譜法又はその他のアプローチ法等についても議論も行われました。さらに、テオルボを使った微分音の演奏可能性、トレモロその他の特殊奏法の演奏可能性、ギターとテオルボの違いなど、テオルボの演奏技法や楽器特性等に関する広範多岐な議論が展開されました。前回のブログ記事ではAIによるデジタルアートの領域でプチ・シンギュラリティのような状況が生まれていることをご紹介しましたが、テオルボの演奏をAIに学習させて自動作曲させる試みも有効ではないかと思います。最後に、一般聴衆の淡い期待として、「革新とは、単なる方法ではなく、新しい世界観を意味する」(P.ドラッカー)という名言がありますが、最近のブログ記事でも縷々触れてきたとおり、現代は時代の価値観、自然観や世界観等が大きく更新され、「昨日までの世界」に閉じ籠っていられない不可逆な時代を生きていますので、そのことを踏まえて現代の時代性を表現し又はそれを前提とした新しい芸術表現が求められているのではないかと感じます。過去の芸術がそうであったように、どのような世界観を表現するのかという視点が最も重要であり、そのために相応しい表現方法としてどのようなもの(既成楽器の改良や新しい表現手段の開発等を含む)があるのかを模索することが求められているのではないかと思います。その意味で、テオルボという楽器をバロック時代の世界観(古楽としての史的考証を含む)の延長線上で捉えて現代音楽の表現方法だけを採り入れる(皮相上滑り)のではなく、テオルボという楽器を現代の世界観で捉え直し、その新しい世界観を表現するための楽器としての表現可能性が模索され、新しい芸術体験を齎してくれることを期待したいです。
 
古楽器を使用した現代音楽
M.アタックの序曲(H.パーセルの歌劇「ディドとエネアス」)
 ※テオルボ(上田さんが出演)
B.アタヒルの全曲(R.カーベルの歌劇「パストラール」)
 ※テオルボ、ほか多数
 ※コルネット、オルガン
                           ほか多数
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.5
シリーズ「現代を聴く」では、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代音楽家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介していますが、今回は現代音楽を積極的に演奏、紹介している演奏家(団体)をご紹介します。
 
▼ アンサンブルニュークラシカ
アンサンブルニュークラシカは、現代作曲家、古楽器奏者及び現代楽器奏者から構成され、ルネサンス音楽から現代音楽までの幅広いジャンルの音楽をレパートリーとして音楽表現の可能性を探求している団体です。この動画は東京都がアーティスト支援事業として実施していた「アートにエールを!」の公募作品で、星谷丈生の「Pattern, Frame, Anti-Synchronization」(03:41~12:01)はパターン、フレーム、非同期をテーマにし、古楽器も使用されています。
 
▼ アンサンブル室町
アンサンブル室町は、ヨーロッパの古楽器(上述の上田朝子さんも参加)及び日本の邦楽器による世界初のアンサンブルで、様々な作曲家、ダンサー、舞踊家、俳優、声楽家などとのコラボレーションを通して新しい芸術表現の創造を目指して活動している団体です。この動画は、伝統音楽と現代音楽(委嘱作品・世界初演)で構成された公演の模様を収録したもので、伝統のアップデートを試み、新しい世界観を提示することに成功している興味深い作品だと思います。
 
▼ アンサンブルフリーJAPAN
アンサンブルフリーJAPANは、若手の現代作曲家、若手のプロ奏者や音大生等から構成され、日本の優れた現代音楽を高い演奏技術で世界に発信し、未来に残していくという目的で活動しており、日本現代作曲家ライブラリーに登録されている現代作曲家の作品を積極的に紹介し、現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している団体です。この動画はそのなかの1つで、逢坂裕ピアノ三重奏曲「乙女と一角獣」(委嘱作品/世界初演)(06:10~08:38)です。

書籍「音大崩壊」と両国アートフェスティバル2022<STOP WAR IN UKRAINE>

▼廃れゆくもの(邯鄲の枕)
近所の書店で単行本「音大崩壊~音楽教育を救うたった2つのアプローチ~」(著者:名古屋芸術大学教授・大内孝夫、出版:ヤマハミュージックメディア)を見掛けて購入したので、ブログの枕として、そのドク書感想文を簡単に残しておきたいと思います。この本は、音大の「経営」という視点から書かれたもので、「芸術家を育む場」としての音大という視点は希薄に感じられましたが、第1章に記載されている内容が大変に興味深かったので拙ブログでも採り上げてみることにしました。なお、この本の詳細な内容は書店で購入し又は図書館で借りるなどしてお読み下さい。さて、2021年度から上野学園が学生募集を停止しましたが、この本によれば、コロナ禍の影響ばかりとは言えない音大が抱える深刻な問題が背景にあるようです。文部科学省の調査によれば、音楽関係の学生数は2000年度の約23,000人から2020年度の約16,000人へと減少しており(男子学生は約500人増加、女子学生は約7500人減少)、2020年度の音大の入学者数で見ると、上野学園:約50%、平成音大:約51%、東邦音大:約59%、エリザベート音大:約73%、武蔵野音大:約83%、国立音大:約83%と軒並み定員割れを起こしています。この本によれば、この20年間で女子学生の大学進学率が約32%から約58%に増加している状況を踏まえると、コロナ禍の影響というよりも女子学生の音大離れが加速しており、その結果として音大で定員割れを起こしている実態が浮彫りになっているようです。この背景には、女性の就労環境の改善や職業選択の多様化などの事情があるようですが、早くから20世紀以降に誕生したコンテンポラリー音楽系(ジャズ、ロック、ポップス、ミュージカル、ダンス等)の専攻を設けている音大は学生募集に成功している点を踏まえると、どうやら若い世代が伝統的なクラシック音楽系(クラシック、オペラ、バレエ等)の専攻を選ばなくなってきていることが真因と考えられます。この本では音大の経営危機という視点から問題提起されていますが、個人的にはもう少し事態は深刻ではないかと捉えており、この現象はクラシック音楽業界や伝統芸能の存在意義そのものが揺らいでいることの1つの現れではないかと危惧を覚えています。この本では、一部の音大の内情として「クラシックは素晴らしい、クラシックこそ真の音楽だ、との根拠のないクラシック信仰を持つ音大教職員が多くいることです。そういう勢力が強い音大ほど改革に不熱心で、世の中の変化を感じようとはしません。」という音大の体質が紹介されていますが、(この内容をどこまで額面通りに受け取って良いのか分かりませんが)仮にこのような時代を錯誤した権威主義的な体質が残されているとすれば、そこに大きな問題の根があるように感じられます。過去のブログ記事で何度か触れましたが、ロマン派以前のクラシック音楽が過去の偉大な芸術遺産であるとしても、(単に聴き飽きたということだけに留まらず)現代の知性を前提とする限り、そこで表現されている又はその表現の前提になっている自然観、世界観や価値観の劣化、乖離、矛盾や破綻が明確に認識されるようになり、かつてのように現代人の教養(学問、知識、経験や芸術受容等を通して養われる心の豊かさ)を育むことが難しくなってきている状況が生まれているのではないかと感じています。約10年前に当時の大阪市長であった橋本徹氏が伝統的な芸術文化に対する助成金カットを発表して物議を巻き起こしましたが、その後の約10年間を振り返ってクラシック音楽業界や伝統芸能の分野を(個別的な例外はあるとしても)全体として見れば未だ革新的な取組みが希薄であるという印象を否めず、残念ながら橋本氏による有意義な問題提起が十分に活かされて来なかった実態があるのではないかと感じています。過去のブログ記事でも触れましたが、映画「犬王」では犬王や世阿弥などの生き様を通して「伝統」とは保存すべきもの(現状の維持➟助成金は死に金)ではなく常に革新すべきもの(将来への投資➟助成金は生き金)であることが描かれており、歴史上の数多くの「伝統」がそうであったように、(芸術文化に限らず、あらゆる人間の営みに共通して)自ら革新できなくなった「伝統」は承継する価値を失って廃れゆく運命にあり、それが時代の新陳代謝なのだろうと思います。僕が好きな言葉に「変わらないために、変わり続ける」というものがありますが、これは芸術文化を含むあらゆる人間の営みに通用する道理であり、「変わり続けなければ、いずれ変わり果てる」というのが歴史の真実なのだろうと思います。この本には、音大の「経営」という視点から音大を再生するための諸施策が提案されていますが、もう1つ「芸術家を育む場」としての音大という視点を踏まえれば、「クラシック信仰」という呪縛から音大を解放し、過去の偉大な芸術家がそうであったように、懐古趣味ばかりに閉じ籠るのではなく、現代の時代性を表現し、時代を更新する新しい芸術表現ができる革新的なマインド及びリベラルアーツを含む裾野の広い素養や能力等を備え、聴衆の世界観を広げてくれるような芸術体験を提供できる芸術家を育むことができなければ、どのような施策を講じても、いずれ音大は時代から見捨てられてしまうのではないかと感じています。よって、これからの音大には、末期がん患者へモルヒネを投与するような現状維持のための治療ではなく、必要に応じて病巣を切除し新しく健康的な細胞を育みながら社会復帰を目指すための治療として大胆な改革を期待したいです。なお、ギドン・クレーメルヒラリー・ハーン等は現代に生きて活躍している現代音楽家の作品を演奏会やレコーディング等で積極的に採り上げ、その魅力を伝えることで現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している偉大な演奏家ですが、今後、このような演奏家が増えてくれることを心から願いたいです。その意味では、過去のブログ記事でも触れましたが、日本音楽コンクールが作曲部門本選会を譜面審査にしたことは失当な判断であり、このコンクールの存在意義そのものも揺らいでいるのだろうと思います。このことは最近の日本音楽コンクールの課題曲を見ても感じられることですが、これからの時代は過去の音楽を巧みに演奏する能力よりも、現代の音楽を豊かに表現できる能力が求められ、評価されることになるのだろうと感じています。
 
 
▼生れいづるもの(現代の時代性を表現する新しい芸術)
いま芸術好きの諸兄姉を唸らせるゲキアツなスポットとなっている門天ホールで、今年も多方面からの注目を集めている両国アートフェスティバルが開催され、(リモートワークのため、都心まで出て行くのは面倒なので)オンラインで視聴することにしました。今回の両国アートフェスティバルでは芸術監督の宮木朝子氏がオンライン視聴による豊かな芸術体験を可能にするためのバーチャル技術の活用等を試みていますが、今後、政府が推進しているデジタル田園都市国家構想が進展するにつれて、アフターコロナ後もオンライン視聴による豊かな芸術体験のニーズは増えてくるものと思われ、今後、門天ホールのような革新的な考え方を持ったホールが先陣を切って、リアルな空間とバーチャルな空間を同時に演出するハイブリッドなホール運営のあり方が活発に模索されて行くことが期待されます。なお、今回は、殆どの演目が初演(初視聴)であり、また、演目数が多く内容も濃いものばかりなので、いくつかの演目をピックアップして一言づつ簡単な演目紹介と感想を残しておきたいと思います。
 
◆第7回両国アートフェスティバル2022~仮想郷土-Echolalia, Topophilia-
 
▼2022年8月10日 18時30分~
【演題】プログラムA:オーディオ・ビジュアル・コンサート「Yadori_avatar
【演目】⓪Tonality generated by 60(2021公募入選)
      <作曲>Yi SEUNGGYU(イ・スンギュ)
    ①Yadori_Scape_Notation
      -game 映像と楽器奏者のための(2022委嘱)
      <Sax>大石将紀
      <映像>小阪淳
      <作曲 ・ エレクトロニクス>宮木朝子
    ②Hidden Garden
      -VR映像とヴァーチャル・サラウンドver.(2022改訂)
      <映像>馬場ふさこ
      <音楽>宮木朝子
    Opera acousma 見ることなしに聴くオペラ III
      - Morphoria(2022委嘱)
      <作曲 ・ エレクトロニクス>宮木朝子
      <installation>千田泰広
    ④Echolalia
      - for solo violin, electronics and video(2018)
      <Vn>林原澄音
      <作曲・エレクトロニクス>宮木朝子
      <映像>小阪淳
      <メタルヴァイオリン制作>ニコラス ・ ハーバート
    ⑤Time Crystals(2021招待作品・改訂)
      <作曲・映像>石井紘美
    ⑥The Unknown Planet(2021招待作品・改訂)
      <作曲・映像>ヴィルフリート ・ イェンチ
【会場】オンライン視聴
【料金】1500円
【感想】※紙片の都合上、任意の4演目のみをピックアップ
⓪Tonality generated by 60
8月10日及び8月12日の2日間の公演の開場時間から開演時間までの間に流されていた「Tonality generated by 60」は電子音楽家のYi SEUNGGYU(イ・スンギュ)による公募入選作品です。曲名からも分かるとおり、バーチャルなMIDIピアノを使ってアルゴリズムによりノートナンバー60(C4)から提示される12の調とそれにより生じる7のモードの重なり合いが織り成すアンビエントサウンド(聴くという行為を強制しない音楽)で、ピアノという楽器の特性を活かした空間的な拡がりとその重層的な響きが作り出す音響空間を楽しむことができます。
 
①Yadori_Scape_Notation
VRのゲームエンジンを使って制作された門天ホールのヴァーチャル空間に抽象的なオブジェが出現する映像が投影され、この映像にインスパイアされたサックス奏者が自由に演奏するフルクサスです(偶然性の音楽、不確定性の音楽、即興演奏、フルクサスの違いは過去のブログ記事を参照)。通常、演奏者は楽譜に記されている音符や記号等から作曲家のイメージを読み取って演奏しますが、これとは逆に、この作品では音符や記号等が記載されていない映像を楽譜として作曲家のイメージのみが伝える(映像楽譜)という、これまでとは異なる楽譜のあり方(コンセプト)が提案されています。映像と音楽により自在に変化するヴァーチャル空間は、視覚、聴覚、体性感覚の不確定な感覚とそれによって生じる倒錯した心理状態を生起し、まるで相対性理論の時空の歪みを体感しているような新しい芸術体験をもたらしてくれます。
 
③Hidden Garden
元々はサラウンド映像及びサラウンド音楽から構成されるイマーシブコンテンツで、2019年2月に国際科学映像祭ショートフィルム部門最優秀賞などを受賞していますが、その作品を今回の公演用にVR映像とバーチャルサラウンドに再構成して上演されました。この作品は万華鏡や曼荼羅をモチーフとしながら(古い記憶)、最新の宇宙科学、生命科学、植物学及び動物学等を踏まえてマクロコスモス(宇宙)とミクロコスモス(自然)が連環する世界を対置させた仮想の庭(新しい知覚)を散策することを通して、新しい世界観や自然観を体感すること(新しい認知)を意識した作品になっていると思われます。
 
⑥Time Crystals
Visual Musicとは映像と音楽の間に主従関係がありませんが、劇伴音楽とは映像が主、音楽が従という主従関係がありますので、この両者は性格が異なります。この作品はVisual Musicに位置付けられ、過去に録音した人の声や過去の作品に使用したサヌカイトの音(ミュージックコンクレート)及び過去の作品に使用した映像(シークエンス)等の過去の記憶の断片(時の結晶)が繰り返し現れ、それらが多層な空間や重層な時間の中で変化して行く様子を描いた作品です。第一次世界大戦までのクラシック音楽は人間の感情(I only try to express the soul and the heart of man. ~F. Chopin)という人間の表層を表現するものに過ぎませんでしたが、最新の脳科学等を踏まえると、この作品は人間の意識(感情を含む)を形成する要素の1つである人間の記憶が様々に蘇り、様々に変容するという人間の深層を表現することで、現代の人間観を前提とする人間存在の本質を問い掛けてくる芸術表現と思われます。
 
▼2022年8月12日 18時30分~
【演題】プログラムB:コンサート「Imaginary Piano-Scape」
【演目】⓪Tonality generated by 60(2021公募入選)
      <作曲> イ・スンギ
    ①Sinking Whales for piano and live electronics(2022委嘱)
      <ピアノ・エレクトロニクス>顧昊倫
    ②Where is Topophilia(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>チェ・ウジョン
    ③ピアノの庭遊び
      -エレクトロニクスとピアノのための(2022委嘱)
      <ピアノ・エレクトロニクス>鈴木悦久
    ④resuscitación(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>山口聖斗
    ⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」(2022委嘱)
    (原曲:J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲 第 1 巻 24 番ロ短調よりプレリュードとフーガ)
    (原曲:J.S.Bach ロ短調ミサ曲冒頭)
      <AI>大谷紀子
      <作曲>宮木朝子
      <ピアノ・エレクトロニクス>宮木朝子
      <画像>小阪淳
    ⑥from an ordinary tone(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>織田理史
    ⑦反抗(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>キム・スア
    ⑧ピアニストと仮想ピアノのためのフードチェイン
      -去りゆく時を重ねて(2021委嘱)
      <ピアノ>小坂紘未
      <エレクトロニクス>水野みか子
    ⑨We Fight(2018招待作品・改訂)
      <作曲・映像>フランソワ・ドナト
【会場】オンライン視聴
【料金】1500円
【感想】※紙片の都合上、任意の3演目のみをピックアップ
①Sinking Whales for piano and live electronics
Sinking Whales(下沈の鯨)とは、太陽が刻む時間感覚が及ばない深海を漂う鯨のイメージですが、そのイメージからインスパイアされた心象風景(想像から生まれるバーチャルな世界)を音楽音響空間として表現することで、音楽音響を時間感覚から解放して「無進行感」という新しい芸術体験を試みる興味深い作品です。人間は約7万年前の認知革命(脳の突然変異)によって想像力を手に入れ、そこから生じる好奇心から大移動を開始しますが、それに伴って得られる豊富な知覚(現在の情報)や記憶(過去の情報)が組み合わされて未来や未知のものを想像するための豊かな想像力が育まれ、やがてそれが創造力へと発展して芸術が誕生します。人間の想像か創造を経て芸術へと至る過程を体感できる面白い作品と思われます。
 
⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air
AI研究の第一人者・大谷紀子氏の監修で、AI と人間の共同制作による作品が上演されました。バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第24番及びロ短調ミサ曲の一部分をAIに学習させてAIが自動作曲した部分と人間が編曲した部分をマルチチャンネル空間で対峙又は並列させながら、最後にこれらが重なり合って歪な受難曲を奏でるという構成です。この作品は、現代を構成する多相な世界観(AIと人間、神と科学、絶対と相対、具象と抽象など)を体現しており、それらが時に対立し、時に協働しながら1つの音響空間(世界)を形作っていることを感じさせてくれるもので非常に興味深かったです。また、この作品はAIが作画した油絵調及びデッサン調のデジタルアートが出色で、印象派絵画、抽象絵画キュビスム等の手法を融合したような独特の作風が現代の多相な世界観に対するイメージを広げており、AIとデジタルアートの表現可能性を再認識させられる秀作でした。
 
⑨We Fight
コンピューター音楽の分野で世界をリードしてきたフランス国立視聴覚研究所の音楽研究グループ(GRM)のメンバーとして活躍し、その作品が日本でも度々紹介されているフランソワ・ドナト氏の招待作品ですが、今回、ドナト氏が自らキュレーターとして作品解説を行って頂いたことで、この難解な作品を理解するための大きな示唆を与えられる機会に恵まれました。過去のブログ記事でも触れましたが、この作品は、アメリカニズムに象徴されるネオリベラリズムグローバリズムとそれを背景として台頭したポスト工業化社会を牽引するデジタル覇者(アメリカはデジタル覇者としての中国の台頭を警戒)により形作られる新しい秩序と、これらに抵抗するポピュリズムネオリベラリズムグローバリズムにより社会から切り捨てられた製造業等に従事する中間層)を対置させて弁証法的に表現したものです。前者の音素材はデジタル符号を分離した複合的な声の合成音、後者の音素材はフランス思想家ジャン・ボードリヤールの著作「なぜ、すべてがすでに消滅しなかったのか」(2007)から借用したテキストの抜粋朗読やネオリベラリズムに抗議するデモの音を使って、それぞれを交替(テーゼ、アンチテーゼ)させながら有機的に結合(ジンテーゼ)する構成を採っており、素材と構成の双方から現代社会の分断や抵抗を表現しています。第一次世界大戦までのクラシック音楽が表現してきたセンティメンタリズムだけでは捉え切れない正しく現代の時代性を表現する現代音楽と言え、現代人の教養を育む非常に聴き応えのある作品です。
 
▼2022年8月19日 18時30分~
【演題】基調講演+シンポジウム
    「リアルとヴァーチャルの往来 - ゲームと芸術表現について」
【演目】①聴覚メディア経験におけるバーチュアルなものとアクチュアルなもの
      <基調講演>福田貴成(聴覚文化論)
    デジタルゲームにおける音楽・音響の諸相
      ~新しい聴体験メディアとしてのゲームの可能性」
      <基調講演>山上揚平(音楽学・ゲームオーディオ研究)
    ③“今”に宿るアバター
      ~図形楽譜の拡張としての偶発的仮想造形(2022委嘱)
      <映像>小阪淳(映像)
    ④シンポジウム「リアルとヴァーチャルの往来」
      <パネラー>大谷紀子、福田貴成、山上揚平、宮木朝子、小阪淳
【会場】オンライン視聴
【料金】無料
【感想】※紙片の都合上、後半の2演目のみをピックアップ
当日は、前半でシステム障害によりオンライン配信が中断し、後半を視聴できないというトラブルが発生しましたが、後日、後半を含めてアーカイブ配信されましたので、後半の2演目について簡単に感想を残しておきたいと思います。このトラブルはデジタルツインの脆弱性の問題を考えさせるものであり、その意味では有意義なアクシデントだったと言えるかもしれません。
 
③“今”に宿るアバター
④シンポジウム「リアルとヴァーチャルの往来」
プログラムAの①Yadori_Scape_Notationで使用されている映像(映像楽譜)及びプログラムBの⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」で使用されている画像等について、それらの製作者である小坂さんが自らキュレーターとなって作品の解説を行われました。先ず、前者で使用されている映像楽譜(バーチャルな三次元楽譜)という新しいメディアは図形楽譜(リアルな二次元楽譜)から着想を得て考案されたそうですが、楽譜の機能を「音を出す命令」を記したものから「音を出す動機」を記したものと捉え直して、音楽の再現性ではなく音楽の即興性を採り入れた映像楽譜によるフルクサスとして作曲(映像制作)したものだそうです。この点、音(聴覚)ではなく映像(視覚)に依拠して作曲(映像制作)を行うという意味で作曲の概念を拡張しながら、映像楽譜を使うことにより近代のクラシック音楽の特徴(限界)であった作曲と演奏を分離した表現行為に対して作曲家と演奏家で作曲を分担するという新しい関係性を構築している面白い作品と思われます。次に、プログラムBの⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」で制作した画像は「Gans」(画像制作等ができる教師なし学習AI)が制作したデジタルアートだそうですが、現在では、この他にも「Midjourney」(画像例①画像例②画像例③画像例④)、「Dream by Wombo」、「DALL・E2」や「Stable diffusion」等の画像制作等ができるAIが存在し、この数年間で格段の進化を遂げてプチ・シンギュラリティとも言うべき状況が生まれているそうです。小坂さんは、必ずしも創作に「人間性」は必要なくAIの進化に伴って「創造」という特別視されてきた領域は崩壊し(AI革命)、それによって「創造」は「人間にしかできない事」という呪縛から解放されると指摘したうえで、心を持たなくても何らかの条件が揃えば「創発」は生まれると看破されていましたが、正しく慧眼です。過去のブログ記事でも触れましたが、人間は「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)を照合しながら「認知」(未来や未知の想像)を行う動物で、その「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)の組合せ(ニューロン可塑性)が飛躍的であるほど(但し、そこに何らかの関係性や法則性等を見い出せるのか否かによって天才と狂気が分かれる)、その「認知」は独創的な(又は狂気的な)ものということになります。人間は「知覚」や「記憶」に依拠せずに「認知」することはできず、現代人の知性をもってしても「無」から「有」を創造することはできませんので、人間が「創造」と言っているもの(有形・無形を問わず)は消費、加工や模倣等の領域を出るものではないと思います。AIは人間には真似できない圧倒的な量及び質の「知覚」と「記憶」の組合せを繰り返すこと(ディープラーニング)によって、人知の及ばない独創性を切り開くものとして期待されます。この点、少し前までは中世ヨーロッパのように人間中心主義的な発想から「創造」は人間のみが行い得るものとしてAIをネガティブに捉える非科学的で感傷的な意見を目にすることもありましたが、AIと人間がゼロサムの関係ではなくお互いを補完し合うものとしてポジティブに捉えている小坂さんの考え方に共感を覚えました。過去のブログ記事でも触れましたが、これからの時代に求められている芸術は、神の栄光や人間の心を伝えることに留まらず、現代人の知性等を前提とする多様な世界観を表現するものとして、その意義や性格等は大幅に拡張されていると感じますが、芸術に限らず、ビジネスやその他の分野等でも、過去の常識に囚われて狭い世界ばかりに閉じ籠っていていると、いずれ時代から見捨てられてしまうのだろうと思います。小坂さんは、クリエイターなのでアカデミックな話はできないと謙遜されていましたが、非常に示唆に富む内容の基調講演であり良い刺激を受けました。その後に続いて開催されたシンポジウムでは、宮木さんがプログラムBの⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」でリアルなピアノという楽器の調律の限界等からリアルなピアノの使用を断念したという裏話が紹介され、非常に興味深かったです。現代の時代性を表現し、時代を更新する新しい芸術表現を行うための楽器としてリアルなピアノという楽器が持つ能力(12平均律や88鍵盤音階等)では自ずと限界がありますが、歴史上、楽器の改良によって音楽表現の可能性を拡げてきたように、リアルなピアノという楽器が持つ能力の限界を前提とした音楽表現で妥協するのではなく、現代の時代性を表現し、時代を更新する新しい芸術表現を行うために相応しい楽器又はその他の手段を開発し、採用する時代になってきていると感じます。
 
Midjourney(AI)が制作した画像例①
https://pbs.twimg.com/media/FZesGboaMAAiu59.jpg
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.4
1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代音楽家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
ニコレット・ブジンスカ「Scintillation(閃光)」(2013年)
ポーランド人の現代音楽家ニコレット・ブジンスカ(1989年~)は、第31回ポーランド芸術オリンピック音楽部門の第1位(2007年)、ヒラリー・ハーン・アンコール・コンテストの優秀賞(2012年)を受賞するなど数々の国際コンクールで入賞し、演劇、映画、コンテンポラリーダンスなど幅広い分野で活躍しています。とりわけ、ヒラリー・ハーンから高く評価され、度々、その曲が紹介されています。
 
▼ベンジャミン・アタヒルピアノ三重奏曲Asfar」(2016年)
フランス人の現代音楽家のベンジャミン・アタヒル(1989年~)は、フランスで最も権威がある音楽賞「Les Victoires de la Musique Classique」(フランスのグラミー賞)にノミネートされるなど最も注目されている若手の現代音楽家です。最古のフランス語オペラ「パストラール」(1659年、ロバート・カンベール作曲)は台本のみが残され楽譜は失われていますが、アタヒル古楽器を使用した現代音楽のオペラとして復活上演し注目を集めました。
 
▼芳賀傑「ピアノのためのプレスト」(2013年)
日本人の現代音楽家の芳賀傑(1989年~)は、第6回クー・ド・ヴァン国際交響吹奏楽作曲コンクールの第1位(2018年)、OFSI国際吹奏楽作曲コンクールの第1位(2022年)を受賞するなど数々の国際コンクールで入賞しており、吹奏楽の分野で精力的に活躍しています。なお、この曲は、2013年PTNAピアノコンペティション新曲課題曲賞(特級)を受賞したもので、数少ないピアノ曲になります。

映画「Helene」(邦題:魂のまなざし)<STOP WAR IN UKRAINE>

井上陽水「少年時代」(ブログの枕)
最近、気が滅入るようなニュースが多いなかで、ちびっ子達の夏休みが始まって街中に笑顔や歓声が溢れるようになり、世の中が華やいで見えるようになりました。無垢なちびっ子の姿には万人の心を救う仏が宿っているようです。さて、日本では明治時代まで夏休みという概念は存在せず、1881年(明治14年)に初めて導入されましたが、その理由はよく言わる(江戸時代以前からあった)暑さや農繁期のためではなく、1872年(明治5年)に欧米から近代的な学校制度を採り入れた際に日本へ指導に来た外国人教師から欧米と同様に夏休みを要求されたことが始まりと言われています。この点、欧米で夏休みが導入された経緯は、学年の変わり目である9月に入る前に1年間の学習を終えた節目として休暇を設けたことが始まりと言われていますが(欧米の夏休みは約3ケ月という長期間であるにも拘らず、1年間の学習を終えた節目なので宿題はなく、ちびっ子達はサマーキャンプ等に通って過ごします。)、日本は学年の変わり目である4月に入って直ぐの3ケ月後に夏休みが始まることから、学習が中途半端となり定着しないのではないかという懸念が生まれ、大正時代から「宿題」を出すようになったと言われています。この点、明治時代には、江戸時代の寺子屋で使われていた和紙と筆に代わり石盤石筆が使われていたことから「宿題」を出すことが難しかったようですが、大正時代になるとノートと鉛筆が普及したことから「宿題」を出すようになったと言われています。因みに、「宿題」という言葉は、江戸時代の武士&文人大田南畝過去のブログ記事でも、江戸時代の「壱人両名」という仕組みをご紹介しましたが、この人物も複数の顔(名前)を持ち、勘定所勤務という武士の顔を持つ傍らで、文人としての顔も持ち高い名声を得ていた人物であり、江戸時代のメタバースとも言える様々な分人ネットワークが機能して多層な社会を形成していました。この点、映画「HOKUSAI」でも読本作者・柳亭種彦こと旗本・高屋彦四郎の生き様が描かれており興味深いです。)が手紙の中で「御詩会いかが。宿題御定め候はば・・」(1801年)という和製漢語として使ったものが最初と言われており、詩会の開催にあたって事前に課される「お題」のことを「宿題」と言っていました。過去のブログ記事でも触れましたが、OECD又はEUの加盟国の中で日本のちびっ子達のウェルビーイング指数が下から2番目になった理由は、夏休みが少ないうえに宿題を課されることからサマーキャンプのような学校以外のコミュニティーへ参加する機会(即ち、自己実現を図る機会)が制限されてしまうことが原因の1つであると言えるかもしれません。因みに、日本のちびっ子達が「宿題」を課される原因の1つとなった鉛筆は、1564年にイギリスで黒くなめらかな線が途切れずに描ける黒鉛が発見され、それを木に挟んで使用したことが始まりと言われています。その後、1760年にドイツのカスパー・ファーバーが黒鉛の粉を硫黄で固めて芯を作り、ニギリ易くカジリ易い六角形の鉛筆を発案します(現代鉛筆の父)。その後、1795年にフランスのニコラス・ジャックコンテが硫黄の代わりに粘土を黒鉛に混ぜて、これを焼き固めて強度を持たせる方法を考案しますが、これにより粘土の混合比率を調整することで芯の堅さを変えることが可能になりました。例えば、鉛筆の先端に刻印されている「H」はHARD(堅い)、「B」はBLACK(黒い)を意味し、「H」に付記される数字が高いほど堅い芯で細く薄い線、「B」に付記される数字が高いほど柔らかい芯で太く濃い線という書き味を表しています。僕が子供の頃は「H」の特徴と「B」の特徴をバランスよく調和した「HB」(中庸な芯の堅さ)の鉛筆が圧倒的な支持を得ていましたが、最近では「HB」の鉛筆が占める割合は約50%から約20%へと減る一方、「2B」の鉛筆が占める割合は約20%から約40%へと増加しており、タブレットやパソコン等を使い慣れている現代のちびっ子達の筆圧が低下しているためではないかと言われています。さて、「宿題」の由来はさて置くとして、何故、人間が勉強するのかと言えば、前回のブログ記事でも触れましたが、人間は自らの生存可能性を高めるために「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)を照合して「認知」(未来の予測)し、行動する能力が発達している生き物ですが、新しい知覚(体験)や新しい記憶(学習)を蓄積することで、より良く未来を予測するための新しい認知を得やすくなり、それによって人類は知恵や創造力を発揮して自らの生存可能性を高めることができると考えられています。そのため、人間の脳は新しい知覚を育む体験、新しい記憶を育む学習、また、それらによって得られる新しい認知(視野の広がり)やそれに伴って発揮される知恵や創造力(ヒラメキ)などに快感を覚えるように作られています。この変革の時代にあって、ちびっ子達が何を体験し、何を学習するのかということは非常に重要な課題であり、ノートや鉛筆だけを使っていた時代とタブレットやパソコンも使うようになった時代とで同じことを体験し、同じことを学習していて良いはずはありません。そこで、このひと夏の貴重な体験や学習につながり得るものとして、最先端テクノロジーを使ったメディア・アート作品を紹介するICC(インターコミュニケーションセンター)や体験型アート・ミュージアムとして話題のteamLab☆ART AQUARUIM等をお勧めしておきます(その一部がオンライン展示されています。)。家でドリルを解いていてもニューロン可塑性が活発化することはあまり期待できませんので、外に出て面白い(ニューロン可塑性の活発化が促されている状態)と思える体験や学習を心掛けることをお勧めしたいです。ちびっ子達が勉強をつまらないと感じるのは、基礎学力を養うためであるとしても、その勉強がどのように新しい認知へと結び付き得るのか分からないものが多過ぎるためではないかと思われますが(均質化・形骸化した義務教育の弊害)、大人になるとどのように新しい認知へと結び付き得るのか考えながら学習を広げられるので非常に勉強が楽しく感じるようになります。
 
▼世界の社会人の休日(主要地域10ケ国の土日を除く祝祭日数及び有給休暇日数の比較)
下表を見ると、アジアでは祝祭日数が多く有給休暇日数が少ない傾向があるのに対し、ヨーロッパでは有給休暇日数が多く祝祭日数が少ない傾向があることが分かります。アジア人はアニバーサリーとして短期休暇を頻繁に取得する傾向がある(よって、有給休暇の取得率も低い)のに対し、ヨーロッパ人はバケーションとして長期休暇を纏めて取得する傾向がある(よって、有給休暇の取得率は高い)ことから、このような違いになって現れているようです。この背景には、アジア人に多い農耕民族は農作業の合間に頻繁に短い休息を取る行動パターン(少しづつ農作業を進めるので仕事をダラダラと処理し、労働生産性は低い傾向)が文化として根付いているのに対し、ヨーロッパ人に多い狩猟民族は獲物を捕るまで猛烈に動き回りその後は次の狩りまで長い休息を取る行動パターン(一気に獲物を仕留めるので仕事をテキパキと処理し、労働生産性は高い傾向)が文化として根付いていることに由来していると言われています。よって、日本人はリフレッシュ休暇のような長期休暇は持て余してしまうことが多く、アニバーサリー休暇や週休三日制のような短期休暇を頻繁に取得できる制度を好むという調査結果も出ています。
※祝祭日の日数はJETROのWebページ有給休暇日数は各国の労働法制を参照
※有給休暇の取得率はエクスペディアの国際比較調査等を参照
 
▼世界の働き方改革(主要地域の比較)
上述のとおりヨーロッパ人はバケーションとして長期休暇を纏めて取得する傾向があることからワーケーション(Workcation=Work+Vacation:テレワーク等を活用してリゾート地などで余暇を楽しみながら仕事を行うこと)も普及していますが、アジア人はアニバーサリーとして短期休暇を頻繁に取得する傾向があることから、あまりワーケーションは普及していないようです。しかし、上述のとおり新しい知覚(体験)は人間の創造力を発揮し易くする効用があることが指摘されており、今後、日本でもワーケーションが積極的に採り入れられることになるのではないかと考えられています。
 
【題名】映画「Helene」(邦題:魂のまなざし)
【監督】アンティ・J・ヨキネン
【原作】ラーケル・リエフ
【脚本】アンティ・J・ヨキネン、マルコ・レイノ
【撮影】ラウノ・ロンカイネン
【美術】ヤークップ・ルーメ
【衣装】ユージェン・タムベリ
【音楽】キルカ・サイニョ
【出演】<ヘレン・シャルフベック>クラウラ・ビルン
    <エイナル・ロイター>ヨハンネス・ホロパイネン
    <ヘレナ・ヴェスターマルク>クリスタ・コソネン
    <ヨースタ・ステンマン>ヤルコ・ラハティ 等
【感想】ネタバレ注意!
今日は、フィンランドを代表する画家ヘレン・シャルフベックの後半生を描いた伝記映画「Helene」(邦題:魂のまなざし)を観に行くことにしました。この映画は、絵画好きにとっては観応えのある内容で、是非、映画館の大スクリーンでご覧頂ければと思いますので、ネタバレしない範囲で簡単に感想を残しておきたいと思います。ヘレンは、トーマス・エジソンが生まれた15年後の1862年に誕生し、トーマス・エジソンが死んだ15年後の1946年に他界しており、19世紀(近代)から20世紀(現代)への時代の転換期に活躍したモダニズムの画家です。この時代は蓄音機や白熱電球等と共にカメラが発明され(この映画ではヘレンが蓄音機でレコードを聴くシーンや親友エイナルの婚約者の写真を見せられるシーンなどが描かれています。)、これに伴って西洋絵画はその存在意義を問い直されるようになり写実主義(客観的な世界観を描く絵画)から印象派表現主義、抽象主義(主観的な世界観を描く絵画)へと変革して行きます。この映画では、白熱電球が普及する以前に自然光やローソク光に照らされる世界が画家の目にどのように映り、それをどのように捉えていたのかを視覚的に体感できるシーンが随所に散りばめられており、窓から屋内に差し込む青い光、赤い光、明るい光、淡い光、時間と共に移ろう光などが画家の豊かな色彩感覚を育んでいたことがよく分かりますし、チューブ絵具の誕生によって屋内から屋外で絵画を描くようになりどのように印象派絵画が生まれたのか示唆に富むシーンなどもあり、映像による絵画的な表現としても楽しむことができます。フィンランドは14世紀から18世紀までノルウェイに支配され、その後、19世紀からはロシアに支配されましたが、ロシアが日露戦争に敗れて弱体化したことで1918年にロシアからの独立を果たします。このような歴史的な背景から、第二次世界大戦ではソビエトの侵攻を恐れてナチス・ドイツと共同戦線を張り国際的な非難を浴びますが(映画「ウィンター・ウォー/厳寒の攻防」)、今年再び、ロシアの脅威から国土を防衛するためにNATOへ加盟申請しています。この映画では、ヘレンが生きていた時代のフィンランドの社会には根強い男尊女卑の考え方(男性による女性蔑視だけではなく、ヘレンの実母を含む女性による女性蔑視を含む。)が残されていた様子が描かれていますが、それでもフィンランドで女性参政権が認められたのは欧米諸国の中で最も早い1906年で(しかもフィンランドは女性の被選挙権を認めた世界初の国)、これに遅れてイギリス(1918年)、ドイツ(1919年)、アメリカ(1920年)、フランス(1944年)、日本(1946年)等でも認められます(映画「未来を花束にして」)。これはフィンランドが長らく他国の支配を受けてきたことから、参政権の保障がジェンダー・ギャップ(性差別)の問題ではなくエスニシティ(民族差別)の問題として捉えられていた点や1800年中頃からフィンランドで「社会的母性」という考え方(家庭における母の役割の重要性を認識すると共に、その役割を社会的及び国家的な規模で見直す考え方)が広まっていた点などがあると考えられます。このような社会背景もあってか、ヘレンは、生涯で約80点の自画像に加えて、家庭や社会で重要な役割を担う女性を絵画のモチーフとして積極的に描いており、しかも、写実主義のように人間の表面に現れる美しさだけではなく、人間的な強さ、脆さや醜さなど人間の内面に隠されているものを描くようになり、それまでの調和のとれた理想的な美を表現する絵画から、それでは描き切れない被写体の真実に迫るために絵のリズムの乱れや衝動の発露などが感じられる独創的な絵画表現を模索し、新しい時代に相応しい美の再定義を試みています。ところで、今年5月、フィンランドNATOへの加盟申請を正式表明するタイミングでサンナ・マリン首相(就任当時は34歳の若い女性首相の誕生として世界で注目されました)が来日して話題になりましたが、フィンランドでは国会議員のうち、女性が占める割合は約47%、また、40歳以下の若年層が占める割合は約36%にのぼる世界有数の先進国家であり(これに対し、日本では国会議員のうち、女性が占める割合は約9.9%、また、40歳以下の国会議員が占める割合は約12.7%)、このような不遇な歴史を経験してきたことが、却って、女性の社会参画を促進し、新陳代謝が活発な懐の広い社会、国家を育んだと言えるかもしれません。このように女性の社会参画が進んでいるフィンランドでも、上述のとおり1910年代から1960年代までの間は不穏な国際情勢の影響を受けてナショナリズム等が台頭し、専業主婦になる女性が増えるなどフェミニズムの「沈黙期」と言われています。よって、未だこの時代は芸術家として活躍する女性は珍しい存在でしたが、ヘレンは幼少期に事故で左足が不自由になり学校へ通うことができなかったことが契機となって早くから絵画の才能を見い出され、11歳でフィンランド芸術協会の美術学校へ入学し、その後、18歳で政府から奨学金を得てフランスの美術学校へ留学して写実主義の絵画レオン・ボナに師事しています。また、ヘレンは、ヨーロッパ滞在中にマネ、セザンヌ、ホイッスラー等の影響を受けて徐々にその才能を開花させ、1889年、パリ万国博覧会に出品した絵画「快復期」で銅賞を受賞しています。その後、フィンランドに戻ってヘルシンキの美術学校で教鞭を執りましたが、病気療養のために田舎町へ引っ越して実母の面倒を見ながら創作活動に専念するなかで、エル・グレコの絵画ファッションの潮流(この映画ではファッション雑誌を見ながら服を作るシーンとして登場)等の影響を受けながら独自のスタイルを確立して行きます。この映画では、親友エイナルの肖像画船乗り」を描くシーンが印象的に描かれていますが、ヘレンが絵筆をとる親友エイナルと肌を重ねるシーンは、さながら同時代の画家グスタフ・クリムトの「接吻」を彷彿とさせるような官能的・退廃的なムードが漂っており、世紀末思想に彩られた時代の空気を伝えています。ヘレンの晩年の作品は、被写体の細部に拘るのではなく被写体の内面を捉えてそれを僅かな輪郭線で描き出すミニマルな表現が特徴的で、それによって写真や写実主義では表現できない人間存在の本質を浮かび上がらせるような圧倒的な表現力、説得力を生み出しており、視覚的に捉える写実絵画の見事さとは異なる、画家や被写体の心象風景を覗き見ているような抽象絵画の深遠な世界観が魅力です。近年、日本でもヘレンの展覧会が開催されるようになり、非常に注目を集めているなかで映画公開となったことは嬉しい限りです。当世流の陳腐なヒューマンドラマに流されるのではなく、作家や作品と真摯に向き合いながらその魅力を掘り下げてくれるような誠実な映画作りに好感を覚えますし、今後も、このような映画に巡り合えることを心から願っています。
 
安房神社千葉県館山市大神宮589
菱川師宣記念館(千葉県安房郡鋸南町吉浜516
岡倉天心邸(五浦海岸)(茨城県北茨城市大津町727−2
④鹿野山九十九谷(千葉県君津市鹿野山118
安房神社安房神社には天岩戸隠れの際に八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)を作ったとされる美術の神様櫛明玉命クシアカルタマノミコト)が祀られており、美大の合格祈願やアーティスト、美容関係者等から篤い信仰を受けています。日本には芸能の神様を祀る神社は多いのですが、美術の神様を祀る神社は非常に少なく関東では安房神社(千葉)と比々多神社(神奈川)の2社があるのみです。また、千葉には日本で唯一の料理の神様を祀る高家神社があり、全国から料理関係者が参詣しています。 菱川師宣記念館/近世日本美術に欠くことができない中核を担い、庶民文化として発展した浮世絵の祖・菱川師宣は千葉県の出身で、その生誕地には菱川師宣記念館があります。もう1つ近世日本美術に欠くことができない中核を担い、武家文化として発展した狩野派の祖・狩野正信も千葉県の出身で、その生誕地に狩野正信生誕地碑があります。千葉県は海に囲まれた半島で風光明媚な景色が多いことから数多くの文化人を輩出していますが、現代でも千葉県を創作の拠点とするアーティストが多いことは頷けます。 岡倉天心邸(五浦海岸)フェノロサ狩野芳崖らと共に日本画の復興を目指した岡倉天心は新しい日本画の可能性を模索するために茨城県北茨城市日本芸術院を設立して下山観山、横山大観、菱田春水、木村武山らと共に朦朧体という新しい日本画の技法を生み出し、日本近代美術の父と言われています(過去のブログ記事)。なお、岡倉天心が思索を巡らすために茶室を兼ねて建てた六角堂(観瀾亭)東日本大震災の大津波で消失していますが、復興支援プロジェクトの一貫として再建されています。 鹿野山九十九谷/鹿野山九十九谷は画家・東山魁夷出世作残照」のモチーフとなった場所として知られ、日出又は日没の時間帯にはまるで水墨画のような美しい雲海が見られるスポットとしても人気があります。東山魁夷は、その半生を千葉県市川市で暮らし、その住居跡近くには東山魁夷記念館が建てられています。なお、東山魁夷の代表作「」のモチーフとなった種差海岸(青森県八戸市)も風光明媚なスポットとして知られ、これらの美しい景観が東山ブルーと言われる色彩を生み出しています。
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.3
1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代音楽家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼ ミハル・マレク「Deus caritas est(神は愛なり)」(2017年)
ポーランドで注目されている現代音楽家ミハル・マレク(1995年~)は、ヴィトルト・ルトスワフスキ国際作曲コンクールの第1位(2013年)やムジカ・サクラ・ノヴァ国際作曲コンクールの第1位(2019年)など数々の国際作曲コンクールで優勝又は入賞している若手の俊英です。聖書や文学等に題材を求めた声楽曲等で高い評価を得ており、近年ではポーラインドで最も権威があるフレデリック賞(ポーランドグラミー賞)の現代音楽部門でノミネートされるなど注目を集めています。
 
▼ ニコ・マーリー「Throughline(スルーライン)」(2021年)
世界で活躍している現代音楽家&ピアニストのニコ・マーリー(1981年~)は、映画「太陽の子」サウンドトラックを担当するなど既に日本では著名な現代音楽家です。この曲は、2020年にエサ=ペッカ・サロネン音楽監督に就任したサンフランシスコ交響楽団とニコ・マーリーがオーケストラの新しい方向性を示すデジタルコンサートの一環として作曲及び録音し、ストリーミング配信したものですが、2022年の第64回グラミー賞で最優秀オーケストラパフォーマンス賞にノミネートされています。
 
佐藤賢太郎「前へ(Forward)」(2015年)
日本で活躍している現代音楽家佐藤賢太郎(1981年~)は、アメリカの大学で音楽を専行し、ハリウッドで映画、テレビやゲーム等の音楽を作曲、編曲等を行っていた経験から帰国後はゲームソフト「ファイナルファンタジー零式」のコーラス曲「我ら来たれり」で編曲を担当するなど合唱曲には定評があります。この曲は、東日本大震災等の被災者にエールを送るためにカワイ出版社(全音楽譜出版社)が2011年から実施している「『歌おうNIPPON』プロジェクト」に提供されたものです。

時代をデザインするファッションとその時代を表現する音楽<STOP WAR IN UKRAINE>

▼カオスとコスモスの狭間で生まれる美(ブログの枕前半)
7月を意味する英語「July」(ジュライ)は、古代ローマの英雄的な将軍「ユリウス・カエサル」(英語名:ジュリアス・シーザー)の誕生日が7月であることから「lulius」(ユリウス)に因んで命名されたと言われています。ユリウスは、古代エジプトの女王・クレオパトラの愛人だったと言われていますが、パスカルが著書「パンセ」で「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史も変わっていたであろう」と評するほどの絶世の美女であったというのが定説で、楊貴妃及びヘレネ―(日本では小野小町)と並ぶ世界三大美人に挙げられています。しかし、古代エジプトの建物は日照や砂埃を避けるために窓が小さく造られており屋内は薄暗く顔の造形がはっきり見えなかったと言われていますので、薄暗がりでも目立つ化粧や美声、教養で男性を虜にしていたという説もあります。クレオパトラの化粧法は、マラカイト(孔雀石)ラピスラズリ(青金石)などの宝石を砕いた粉を目の周りに塗布するもので、魔除けや目の感染症の予防の意味もあったそうですが、薄暗がりでも目が大きく見えて自分の美しさを際立たせるものとして世界で最初にアイラインやアイシャドウを利用したのがクレオパトラと言えるかもしれません。その意味では「クレオパトラの化粧がもう少し下手だったら、世界の歴史も変わっていたであろう」というのが実際だったかもしれません。現代でも、歌手や俳優が遠くからでも目、鼻や口など顔の造形がはっきりと見えるように行う舞台化粧は同じような機能を果たしています。しかし、キリスト教が国教化された中世ローマでは、化粧することは「七つの大罪」のうち「傲慢」にあたると考えられ、一時、化粧は行われなくなりました。この点、コロナ禍に伴うマスク着用で日本人の化粧の頻度が40%以上も減少したそうですが、化粧を身嗜みと考える現代的な価値観に照らせば、化粧をしないことは「七つの大罪」のうち「怠惰」にあたると言えるかもしれません。なお、「cosmetic」(コスメティック、省略してコスメ:化粧品)という言葉は、元々は「kosmos」(コスモス:宇宙が生まれた後の調和された秩序ある状態)を語源とし、「chaos」(カオス:宇宙が生まれる前の混沌として乱れた状態)を「kosmos」に戻すものという語感が含まれています。その意味で「to apply cosmetics」(化粧する)という表現は、年齢と共に「chaos」になって行く容姿を化粧を施して何とか「kosmos」に戻そうとする試みをイメージさせるものであり、その化粧のノリに歳月と共に移ろう「chaos」と「kosmos」の鬩ぎ合いの様子が現れる小宇宙と言って良いかもしれません。個人的な理解では、本当の「美しさ」(kosmos)とは、単に容姿に優れ、化粧が巧みであるという表面的な美しさだけを言うのではなく、その人の生き様が仕草、表情や心根等になって現れる美しさ(調和のとれた生き方)のことを言い、ワックスで装った表面の光沢ではなく軽石で磨き上げた内面から滲み出てくる艶のようなもの(老木の花、枯淡の美)ではないかと考えます。故・黒沢明監督の遺稿を元にした映画「雨あがる」(第56回ヴェネチア国際映画祭緑の獅子賞を受賞)に「真実な人々」という台詞が出てきますが、本当に美しい人々を見分けられる心の審美眼のようなものを備えた人間になるべく心掛けていますが、人生は侭なりません。
 
ヘンデル作曲のオペラ「ジュリオ・チェーザレ(英語名:ジュリアス・シーザ)」(1724年)
1711年、オペラ「リナルド」で華々しくロンドン・デビューを果たしたヘンデル(英語名:ハンデル)は、ロンドンでオペラ作曲家として活動しますが、1724年にドイツからイギリスへ帰化し、この年にオペラ「ジュリオ・チェーザレ(英語名:ジュリアス・シーザー)」を初演します。2020年4月に新国立劇場で上演される予定であったオペラ「ジュリオ・チェーザレ(英語名:ジュリアス・シーザー)」はコロナ禍の影響で上演延期されていましたが、満を持して2022年10月に上演することが決定されています。
 
▼隠すと彩るの狭間で生まれる美(ブログの枕後半)
日本の化粧は、宗教儀式や戦闘等において顔や身体に施した装飾が起源と言われており、日本最古の物語である竹取物語(五.火鼠の皮衣)に「化粧」(けさう)という言葉が登場することから平安時代には身嗜みとしての化粧も行われていたと考えられます。化粧の「化」(かする)は「イ」(人の形)+「ヒ」(人の形を反転させたもの)から「別のものになる」という語義を持ち、例えば、「花」(草が別のものになる)、「靴」(革が別のものになる)、「訛」(言が別のものになる)等の言葉としても使われています。また、化粧の「粧」(よそおう)は「米」(白粉)+「庄」(神の依代となる柱)から「無垢を装って神を迎え入れる」という語義を持ち、神や敵を誑かすというニュアンスが含まれています。当初、身嗜みとしての化粧は女性のみが行っていましたが、平安時代末期になると虫歯で歯が黒かった後鳥羽上皇に配慮した公家(男性)が女性を真似てお歯黒をつけるようになり、やがて昇殿(上皇天皇への拝謁)を許される五位以上の官位の者のみがお歯黒をつけることを許され、昇殿を許されない六位以下の官位の者はお歯黒をつけることを許されずに「白歯者」と呼ばれて身分の低い者と見做されるようになりました。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公・北条義時の三男・北条重時が遺した「北条重時家訓」に化粧(けはふ)という言葉が登場しますが、人前に出るときは化粧をして身嗜みに気を配らなければ人から侮られるという教訓を伝えており、公家(男性)と同様に武家(男性)も化粧する習慣があったことが窺がえます。この点、前回のブログ記事で触れましたが、平安時代から鎌倉時代室町時代は王朝文化から武家文化へ移行する時代の過渡期にあたりますが、武家も王朝文化を採り入れてお歯黒をつけるようになり、とりわけ戦場に屍を晒すことになっても身分の低い者と侮られたくないという武家の意地から身嗜みに気を配りお歯黒をつけて出陣したと言われています。さらに、映画「関ケ原」でも描かれていますが、武家の子女は敵の首級を洗い、お歯黒をつけて首化粧を施すなど首実検で敵将らしく立派に見えるように整えたと言われており、現代でも「首を洗って待っていろ」と啖呵を切ったり、また、ご遺体に死化粧を施すのは、その名残りと言われています。因みに、過去のブログ記事でも触れましたが、日本のお歯黒と同様に、16~18世紀頃のヨーロッパの王侯貴族や裕福層の間ではペスト菌を媒介するノミやシラミの予防のために短髪にしてカツラをかぶる習慣が生まれ、その後、梅毒に罹患すると発症する円形脱毛症を隠すためにカツラが流行します。また、天然痘の傷跡等を隠すためのツケボクロをつける習慣や白髪隠しのために頭髪やカツラに小麦粉や米粉を混ぜ合わせた白い髪粉を降り掛ける習慣等も流行し、やがてこれらが上流階級であることを示すステータスシンボルと見做されるようになりますが、化粧には「隠す」(自己隠蔽)と「彩る」(自己解放)という一見矛盾する2つの要請を同時に叶える魔力のようなものがあると言えそうです。因みに、ヨーロッパの社交界で女性が着飾るイブニングドレス(バックレスドレス)の背中が大きく開いている理由は、梅毒に罹患すると発症するバラ疹がないことを示すために始まったと言われており、「隠す」(自己隠避)という実用的な機能と共に「彩る」(自己解放)という創造的な機能を持っている化粧やファッションは自己実現を図るための重要な自己表現の1つであると言えます。この点、コスメ業界と並んで、現代を表現し、未来を創造するアパレル業界で活躍するデザイナーには、その思想や生き様等を含めて共感、刺激される人が多く存在していますので、この機会にファッションがどのように時代をデザイン(革新)してきたのか、また、その時代を音楽がどのように表現してきたのかを簡単に触れてみたいと思います。なお、現在も営業を継続している化粧品メーカーのうち、ヨーロッパでは、1221年にサンタ・マリア・ノヴェッラ(伊)、1709年にファリナハウス(独)、1790年にディー・アール・ハリス(英)、1798年にゲラン(仏)が創業し、その後、1910年にシャネル(仏)や1946年にディオール(仏)などが創業していますが、これらの化粧品メーカーが提供する化粧品は非常に長い歴史の中で人々を魅了し続け、人々から愛され続けています。また、日本では、1615年に創業した柳屋本店が最古ですが、その後、1790年に伊勢半、1872年に資生堂が創業しており、ヨーロッパの化粧品メーカーと比べても遜色のない歴史と伝統を誇っています。この点、コロナ禍前までは上述のとおり長い歴史と伝統を誇り品質に優れた日本の化粧品が中国人観光客のお土産として持て囃されていましたが(日本人は月平均5000円前後を化粧品に費やしているそうですが、中国人は美容に関心が高く月平均1万5000円前後を化粧品に費やしていると言われています。)、最近では価格に優れた韓国の化粧品に人気を奪われており、コロナ禍や円安を契機として化粧品だけではなく各分野で日本経済のプレゼンス低下が懸念され始めています。
 
①女化稲荷神社(茨城県龍ケ崎市馴馬町5387
牛久大仏茨城県牛久市久野町2083
③蚕影山神社(蠶影神社)(茨城県つくば市神郡1998
④富岡製紙場(群馬県富岡市富岡1-1
化粧坂切通し(神奈川県鎌倉市扇ガ谷4-14-7
女化稲荷神社女化神社には男に助命された狐が美しい女に化けて妻になり3人の子供を設けますが(お稲荷さんの3匹の子狐)、やがて正体を知られて姿を消したという狐の恩返し伝説があり、奥の院は狐が姿を隠した場所と伝わっています。美しい女に化けたという伝承から江戸の芸者衆が参詣し、化粧が上手くなるコスメの神様として女性の信仰を集めています。 牛久大仏/女化稲荷神社の近くには三千世界を見守る牛久大仏(地上高120m)が安置されていますが、銅像としては日本第1位及び世界第4位の大きさを誇っています。昔から人間は大きいもの、強いもの、美しいものへの変身願望がありますが、それが民間伝承、銅像、アニメーション、映画やファッションなどのメディアを使って表現されています。 蚕影山神社(蠶影神社)牛久大仏の近くにある筑波山山麓には、養蚕、製糸及び機織技術が日本に伝来した地として筑波国造が創建した蚕影山神社(蠶影神社)があり、全国の蚕影神社の総本社となっています。インドの金色姫が乗る船が常陸国豊浦へ漂着し、これらを伝承したとする伝説が残されており、ファッションの神様として信仰を集めています。 富岡製紙場/19世紀半、ヨーロッパでは養蚕の疫病が蔓延して絹産業が壊滅的な被害を受けますが、その疫病に対する耐性を持ってた日本の蚕と生糸を輸入してヨーロッパの絹産業は復活し、その後のオートクチュール文化が華開きます。この頃、1872年にフランスの技術を導入し、当時世界最大級の規模の器械製糸工場として 富岡製糸場が設立されます。 化粧坂切通大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」でも紹介されていた鎌倉七切通しの1つで、平氏の武将に死化粧して首実検した場所であることが名前の由来。後年、鎌倉幕府(執権・北条氏)を滅亡させた新田義貞化粧坂切通しから鎌倉へ攻め入ろうとしますが失敗し、引潮を利用して稲村ケ崎から迂回して鎌倉へ攻め入ったと言われるほどの要衝です。
 
▼人類の移動が生んだファッションと芸術
昔から「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、この言葉の出典(中国春秋時代思想書管子」(牧民)にある「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。」という言葉)を紐解けば、生活の三大要素「衣食住」のうち、「食」が満ちれば礼儀や節度を弁える理性が生まれ、「衣」が満ちれば栄誉(ファッションの「彩る」(自己解放)の機能)や恥辱(ファッションの「隠す」(自己隠蔽)の機能)を感じる感性に目覚めるという趣旨だと解されます。生活の三大要素に「衣」が含まれている理由は、人間の生命維持に最も重要なものが「衣」であると考えられているためです。過去のブログ記事で触れましたが、約5億年前に生細胞が植物と動物に分化する際、植物は移動せずに太陽光を利用して自らエネルギーを作り出すことを選択したのに対し、動物は移動して他の生物を捕食しエネルギーを摂取することを選択します。さらに、動物は、恒温動物と変温動物に分化しますが、恒温動物は他の生物をより多く捕食するために広い範囲を移動する必要から体温が外気温の変化に左右されず活動を継続できる生理機能を持つようになり、また、変温動物は体温が外気温の変化に左右されるために狭い範囲しか移動(例えば、ナマケモノは気温が安定する熱帯地域にしか生息できず、体温調整のために日向と日陰の僅かな範囲を移動)できない代わりに他の生物を僅かな量(例えば、ナマケモノは植物を10g/日)しか摂取しなくても生命維持できる生理機能を持つようになります。この点、人間が世界中の様々な場所で活動できるのは恒温動物であることの恩恵ですが、それに伴う外気温の急激な変化に対しては体温を一定に保つことが難しく生命維持が困難になる可能性があることから、約20万年前頃から防寒対策のための「衣」(人間の体温調整を補うための毛皮や植物など)を着用し始めたと言われています。このことから「食」(他の生物をより多く捕食すること)のための「衣」(広い範囲の移動を可能にするもの)とも言え、人間の生命維持にとって「食」と「衣」は密接不可分な関係にあると考えることができますが、それが戦闘のための防護服や宗教儀式のための化粧(ボディーペイント)の延長としての装飾服として発展します。なお、生活の三大要素の「住」も寒暖や外敵などから人間を守るという重要な役割を担っています。今年は熱中症対策として適度なエアコンの使用が奨励されていますが、エアコン(冷房)は人間の発汗作用(液体の気化により熱を吸収する性質)を応用し、液体から気体に変化し易く熱を効率的に吸収する性質を持つ冷媒ガスを使って部屋の空気から熱を急速に吸収することで冷房しますが、これも「住」が実現した発明と言えます。高齢者が熱中症を発症し易いのは若者と比べて発汗作用が衰えているためですが、その衰えをエアコンが補っており、益々「住」の重要性が増していると言えそうです。
 
オネゲル作曲の交響的断章第1番「パシフィック231」(1923年)
鉄道オタクだったオネゲル蒸気機関車を音楽的に描写したメカニカルな曲です。上述のとおり人間は他の動物を捕食するために広い範囲を移動する必要がありましたが、過去のブログ記事でも触れたとおり、約7万年前の認知革命(脳の突然変異)によって人間は想像力を手に入れ、それに伴う好奇心や気候変動、縄張争い等を契機として大移動を開始します。天気予報と同じですが、人間の脳は生存確率を高めるために「知覚」(現在の情報を収集)+「記憶」(過去の情報を記録)=認知(現在の情報と過去の情報を照合して未来を予測)しますが、移動による新しい知覚学習による新しい記憶が組み合わさると(ニューロン可塑性が活発化)、これまでにない認知が生まれ易くなり(俗に世界が広がる)、それが豊かな創造性を育むようになります。人間の脳は生存確率を高める必要性から、新しい知覚や新しい記憶が不足すると「飽きる」という状態の陥り、旅行に出たり、新曲を聴いたり、お稽古事を始めたり、新しい知覚や新しい記憶を求めるようになります。
 
▼ファッションの誕生(ルネサンス
上述のとおり中世のキリスト教社会では神が自らの姿に似せて造ったという人間の身体を化粧やファッションで着飾ること(虚飾)は傲慢の罪にあたると考えられていましたが、十字軍の遠征失敗や宗教改革によってキリスト教権威が失墜してキリスト教的な価値観から解放されると(過去のブログ記事)、人間性を再発見するルネサンスが勃興して、神(キリスト教権威)が支配する時代から人間(絶対王政)が支配する時代へと転換します。これに伴って科学が宗教の足枷から解放されてキリスト教が禁じていた解剖学が盛んになり(過去のブログ記事)、人間の身体が三次元的に把握されるようになると、人間の身体の構造や骨格の動き(人間工学)に配慮した立体的なデザインの服が作られるようになり(1951年、デザイナー・森英恵は米軍関係者の夫人が着用している服から、平面的(二次元的)にデザインされている日本の着物に対し、洋服は立体的(三次元的)にデザインされていることに気付き、その後、国際的に飛躍するキッカケとなります。)、これに伴って人間の身体に合わせて裁縫し服を作るための仕立屋が誕生し(ファッションの誕生)、やがて神ではなく自分を着飾るという感性が目覚めて、ファッションがイタリアからドイツ、イギリス、そしてフランスへと広がり、これに伴って化粧品メーカーも創業します。14~16世紀のルネサンス期は、未だ中世のキリスト教的な価値観が残り理性や協和を重んじるシンメトリーな世界観を維持していましたが、17世紀のバロック期になると時代に変化を求めるようになって感性や不協和を重んじるアシンメトリーな世界観を嗜好するようになり、他人と異なる個性的なファッション(左右が非対称となるデザインや豪華な宝飾品など)が目立つようになります。このような時代を背景として、イタリアで活躍していた作曲家・モンテベルディは、それまで音楽で重視されてきたキリスト教の教義(理性)を明確に伝えることよりも、人間の情感(感性)を豊かに表現することを重視して、当時、社会的に許容されていなかった不協和の使用に踏み切ります。また、複雑なポリフォニーキリスト教権威が体現していた中世的な世界観である三人称の「I」(私)+「You」(教会)+「He」(神))による均整のとれたルネサンス音楽教会旋法)から、人間性に富むドラマチックな表現が可能なモノフォニー(ルターの宗教改革を経て改められたバロック的な世界観である二人称の「I」(私)+「He」(神))を採用するバロック音楽(和声法)へと移行する契機となります。
 
モンテヴェルディ―作曲の「マドリガーレ集第5巻」(1605年)から第1曲「つれないアマリッリ」
14世紀から16世紀のルネサンス期は未だ中世的なキリスト教的な価値観を残してシンメトリーな美(神が体現する完全な調和)を重んじる時代でしたが、やがて科学革命の影響等から、17世紀のバロック期はアシンメトリーな美(自然が体現する多様な変化)を重んじる時代になり、中世(~13世紀)が神を発見した時代であるとすれば、14世紀~17世紀は人間を発見した時代と言えそうです。このような美のパラダイムシフトが生じる17世紀、モンテべルディはマドリガーレ集第5巻第1曲「つれないアマリッリ」の第13楽章において不協和音程である属七の和音(ドミナント・セブン)を使用し、「不協和音程の予備の法則」を破り、突然、その不協和音程を響かせて人々に動揺を与え、理性を搔き乱すという当時の禁じ手を使用することで、これまでにない情感豊かな表現を可能にしました(過去のブログ記事)。その後、20世紀、シェーンベルクが「不協和音程の解決の法則」を破って調性システムの呪縛から音楽を解放します。後述するとおりファッションの歴史も色々なものから人間を解放して自由にして来た歴史と言えます。
 
▼時代を定義するファッション(市民革命・産業革命
上述のとおりルネサンス(14~17世紀)の勃興によりヨーロッパに啓蒙思想キリスト教的な世界観に対して科学革命を背景とした合理主義的な世界観を説いてキリスト教会や絶対王政等の伝統的な権威を批判し、人間性を解放するために人間の理性により社会を革新する考え方)が広がって市民革命が勃発し、人間(絶対王政)が支配する時代から法律(プルジョアジー)が支配する時代へと転換します。これに伴って王侯貴族のもとで発展したファッションやその他の文化芸術はブルジョアへ受け継がれて大衆文化として華開くことになります。市民社会では、産業革命を背景として社会階級(ブルジョアジープロレタリアート)など色々なものがカテゴライズされるようになりますが、ジェンダーの社会的な役割についても男性は外で働く者として機能性を重視した規格化されたスーツを着用し、女性は家を守る者として装飾性を重視した変化に富む多彩なドレスを着用するという時代感覚が生まれます。丁度、この時代にピンク=女性らしい色というジェンダー意識も定着します(過去のブログ記事)。これまでのキリスト教会や絶対王政が体現する伝統的な価値観は永遠なものであり不変であるという世界観(古典主義)から、やがて市民社会が体現する革新的な価値観は常に移ろいながら変化するという世界観(ロマン主義へと移行し(18~19世紀)、時代感覚の微妙な変化を捉えて着こなしやセンスの違いにこだわる繊細な美意識に彩られたファッションが流行します。このような時代を背景として、王侯貴族が愛好したオペラ・セリアから市民が親しみ易い喜劇性のあるオペラ・ブッファやオペレッタなどが誕生し(過去のブログ記事)、また、絶対王政の社会秩序が保たれていた時代を反映するように音楽の形式が重んじられ、近親調への転調等を使った明快な和声による調和的な響きを好んだ古典派音楽から、やがて自由主義個人主義近代的な世界観である一人称の「I」(私))を尊重する市民社会が形成されて行った時代を反映して人間の感情をより豊かに表現するために音楽の形式に縛られず、巧みな作曲技法による遠隔調への転調等を使った複雑な和声による個性的な響きに彩られたロマン派音楽が好まれるようになります。
 
ベートーヴェン作曲の交響曲第3番「英雄」(1804年)から第2楽章
18世紀、ベートーヴェンフランス革命を主導したナポレオンへのオマージュとして交響曲第3番「ボナパルト」を作曲しナポレオンに献呈する予定でしたが、ナポレオンが皇帝に即位した失意から献呈を取り止めて「エロイカ」と改題したという逸話が残されています。その一方で、ナポレオンは、ナポレオン法典を制定し、法の下の平等封建制の否定)、所有権の絶対(絶対王政の基盤崩壊)や信仰の自由(宗教権威の基盤崩壊)などを規定し、その後の人の支配から法の支配への流れを作る一方で、この時代を象徴するジェンダーギャップ(男尊女卑)を規定して現代に大きな課題を残しています。なお、この曲は、当時としては曲の長さ、構成やオーケストレーションなど非常に革新的な曲と言えますが、現代に置き換えて考えると、のだめカンタービレが流行した10年前と比べても時代は大きく変化しており(まだ10年前は伝統や権威に夢を見れた時代でしたが、最近のスタートアップ企業という言葉に象徴されるように時代の価値や興味は伝統や権威を上書きし、新しく時代を塗り替えて行けるものに確実にシフトしてきており)、もはや数百年前に作曲された古典派やロマン派の音楽を有難がって聴く時代感覚にはないという印象を否めません(過去のブログ記事)。この点、年末のイヴェントを含めて、いつまでもベートーヴェン頼みでは辛いものがあります。
 
▼時代を解放するファション(帝国主義・世界大戦
上述のとおり市民革命及び産業革命(18~19世紀)を経て人間(絶対王政)が支配する時代から法律(ブルジョアジー)が支配する時代へと移行しますが、ブルジョアジープロレタリアートの社会格差が拡大し、プロレタリアートが過酷な労働条件下で搾取されるという社会の歪みが深刻化するなど自由で平等な市民社会の理想が破綻を来します。これに伴って世紀末思想に基づく退廃的・厭世的なムードが社会に広まり、これまで社会階級(ブルジョアジープロレタリアート)や性別(外で働く男性と家を守る女性)などをカテゴライズしてきた時代の価値観が揺らぎ始めます。このような時代を背景として、1858年、チャールズ・フレデリック・ワースは世界で初めて生地の選定からデザイン、仕上げまでをデザイナーが一貫して行うオートクチュール(高級仕立服)の仕組みを考案し、自らがデザインした服に自らのブランドエンブレムを縫い付けることで差別化を図るブランドビジネスを確立すると共に、自らのブランド服をモデルに着せて顧客に披露することを開始します(ファッションモデルの誕生)。これに伴ってデザイナーが上流階級の客の屋敷を訪ねて採寸を行っていたビジネススタイルを改め、上流階級の客にも自らの店舗(メゾン:オートクチュールの店、ブティック:プレタポルテ(高級既製服)及びこれとコーディネートする宝飾品等を販売する店)まで足を運ぶように求めたことにより自らのブランド価値を高めることに成功します(階級を誇示するためのファッションから個性を表現するためのファッションへ。但し、現代でもイギリスは階級意識が根強く残っています。)。また、この時期にはヨーロッパ各国で万国博覧会が開催され、その影響からヨーロッパ各国でジャポニズムが流行していますが、1893年、御木本幸吉が世界で初めて真珠の養殖に成功し、1913年、ヨーロッパやアメリカに事業展開したことにより、これまで上流階級しか身に着けることができなかった真珠(宝飾品)を中流階級も身に着けることができるようになりました(階級を誇示するための宝飾品から個性を表現するための宝飾品へ)。御木本幸吉は、エジソンから「私の研究所で作れなかったものが2つあります。その1つはダイヤモンド、もう1つは真珠です。あなたが生物学で不可能と考えられてきた真珠の養殖を発明したことは世界の脅威です。」という手紙を送られていますが、2012年、「World's Top 100 Most Valuable Luxury Brands」(世界ラグジュアリー協会)に日本から唯一「MIKIMOTO」が選ばれており、ファッション(宝飾品)を通してヨーロッパの社会に多大な影響を与えてきたことが窺えます。さらに、ジャポニズムの流行を受けてコミック・オペラ「ミカド」やオペラ「蝶々夫人」などが上演され、マダム貞奴(川上貞奴)が着ていた着物が異国情緒を湛える魅力的なファッションとして注目されました。ポール・ポワレは、日本の武士の妻が着用していた小袖から、女性はコルセットを使わなくても美しく装うことができることを発見し、1906年、コルセットを使わない部屋着「キモノドレス」、1909年、コルセットを使わない外出着「キモノコート」を発表して、かつてキリスト教が女性の胸の谷間を悪魔の隠れ家と呼び、女性の胸の膨らみをハシタナイと考えていたことにより開発されたコルセットから女性を解放します(過去のブログ記事)。しかし、ポワレは女性の上半身は自由にしましたが、その一方で「ホブルスカート」を考案して女性の下半身を拘束します。その後、各国が大量生産する商品の消費市場とそれを支えるための生産資源を確保するために植民地政策(帝国主義)を拡大したことで各国の利害が衝突して二度の世界大戦が勃発します。この世界大戦によって過去の社会秩序(キリスト教権威や絶対王政等の封建体制や、ブルジョアジーや男尊女卑等の格差社会を含む。)が崩壊すると共に、男性の労働力が不足したことにより女性の社会進出が進みます。1913年、ガブリエル・ココ・シャネルはブティックを開店して、コルセットを使わず、かつ、ホブルスカートのように女性の下半身も拘束しないスカートを販売して女性の上半身だけではなく女性の下半身も解放します。また、1916年、当時はチープな素材と考えられていたジャージーやトリコットの生地をハイファッションに使用して階級を誇示するためのファッションから機能性とファッション性を両立するファッションへ革新し、カジュアル・シックな服装やスポーティーな服装が女性の標準的なファッションとして確立します。さらに、1919年、それまで香水は単一の香料を使った型に嵌った香り(家を守る女性像のメタファー)でしたが、自由な精神を持つ女性の心に訴えかける型に嵌らない複雑で優雅な香りがする革新的な香水「Chanel   N°5」を販売し、女性から圧倒的な支持を受けています。また、1920年、フェイクパール(天然真珠や養殖真珠とは異なり、プラスティックなどを使って作られたイミテーションの真珠)などを使ったコスチュームジュエリー(偽物)とファインジュエリー(本物)を組み合せた新しい宝飾品を販売してフェイクパール・ネックレスが流行し、本物志向の上流階級の価値観(階級を誇示するためのファッション)を時代遅れなものとして葬り去ります。さらに、活動的な女性に相応しいファッションとして両手を自由に使えるようにするために、ショルダーチェーンを付けた女性用のハンドバックを開発するなど女性の身体を解放するためにファッションを通して時代を革新しています。なお、1999年、雑誌「TIME」が公表した「Time100: The Most Important People of the Century」ではファッションデザイナーから唯一シャネルがエントリーされ、シャネルと親交があったストラヴィンスキーピカソ等の名前も挙げられています。1937年、エリザ・スキャパレリは、香水「ショッキング」ショッキングピンクという新色を使用しますが、それまで女性らしい色(ジェンダーバイアス)として定着していたパステルピンクとは異なり、自己主張の強い華やかなショッキングピンクは女性のイメージを革新するものとして衝撃を与えました。なお、その香水瓶は女優のメイ・ウェストのボディーラインを象ったトルソー型をしていますが、後年、マドンナのコスチューム・デザインを手掛けたジャン=ポール・ゴルチエはスキャパレリへのマージュとしてその香水瓶を使用しています。また、サルバトール・ダリやジャン・コクトー等との協働によりシュールレアリズムや前衛芸術等のアートな要素をファッションに採り込んだ斬新で個性的なデザインの服を発表して話題となります。さらに、当時は工業品と認識されていたファスナーをファッションに採り入れた斬新なアイディアなどで時代の寵児となります。シャネルが女性の身体を解放したのに対し、エリザ・スキャパレリは女性の感性を解放します。1947年、クリスチャン・ディオールは、細く絞ったウェストとゆったりしたフレアスカートを特徴とする8の字型のフェミニンなライン(ニューライン)を発表してエレガントなファッション(女性の身体を解放するために切り捨てられたものを見直す試み)という新しい流行を作り、約半年毎に新しいラインのファッションを発表することでパリのモードサイクルを確立しパリのオートクチュール界の頂点に君臨します。因みに、1959年、美智子上皇后がご成婚時に着用したローブ・デコルテディオールのデザインです。このような時代を背景として、これまでの主音(ブルジョアジー、男性、宗主国のメタファー)とこれによって規律される属音(プロレタリアート、女性、従属国のメタファー)から構成される調性音楽が行き詰まりを見せるようになり、この行き詰まりを打開するために主音からの解放を目指してリスト、ワーグナードビュッシー等が新しい世界観を表現するための新しい音楽を模索するようになります(過去のブログ記事)。やがてアルノルト・シェーンベルクが主音を設けずに1オクターブの中に含まれる12の音を1回づつ均等に使った音列(セリー)を組み合わせて作曲する十二音技法(無調音楽)を発明して調性システム(音楽のコルセット)から音楽を解放します。また、イーゴリ・ストラヴィンスキーは、シャネルと深い関係にあり多大な影響を与えますが(映画「シャネル&ストラヴィンスキー」)、民族音楽の本能的・野性的なリズム(バーバリズム)を作曲に採り入れて、これまで理性を重視して本能的な興奮を惹起するリズムの使用を避けてきたキリスト教的な価値観(音楽のホブルスカート)から音楽を解放します。さらに、ルイージルッソロは、これまで理性によってコントロールできない響き(周期的な振動ではなく非周期的な振動からなる響き)の使用を避けてきたキリスト教的な価値観を見直して、機械文明や戦争等が発するノイズ(音楽のショッキングピンク)を音楽の素材として採り入れて人々の感性を解放します。なお、1950年代になると、ヤニス・クセナキス等は、十二音技法が複雑化して演奏や鑑賞が困難になっている状況を踏まえて、12音の全部が使用されていなくても一度使用した音譜を反復して使用することや音列に調性感を持ち込むことなど十二音技法を緩和して自由に作曲できるポスト・セリエリズム(音楽のエレガンス)への移行を図り、これに伴って無調音楽と調性音楽がボーダレスになり、ゲームソフト、アニメや映画等の商業音楽に幅広く現代音楽が使用されるようになります。
 
シェーンベルク作曲のピアノ組曲(1921年)
シェーンベルクは、リスト、ワーグナードビュッシー等が新しい世界観を表現するための新しい音楽を模索した流れを汲んで試行錯誤を重ねますが、やがて「相互の関係のみに依存する十二の音による作曲法」として十二音技法を完成します。この十二音技法を使って最初に書かれた曲が「ピアノ組曲」(Op.25)になりますが、この曲はバロック舞曲の形式(方法)を借りながら12音技法を使って作曲することでバロック音楽とは全く異なる20世紀の時代性(世界観)を表現する音楽を作ることに成功しています。この曲は100年前の音楽であり、また、十二音技法は映画音楽、ゲーム音楽やポップス音楽等に採り入れられてきたことなどにより既に現代人の耳には斬新な響きには聞こえなくなっていますが、調性システムから音楽を解放して音楽の可能性を広げた功績は非常に大きいと思われます。20世紀がクラシック音楽不毛の時代と言われる状況になってしまった原因は、新しいものを受容できる教養力に恵まれなかった聴衆の質(僕を含む)と、その聴衆の質を高めて来れなかったクラシック音楽界の保守的な体質にあるのではないかという歴史認識が芽生えつつあります。
 
上述のとおり世界大戦は過去の社会秩序を崩壊し、女性の社会進出の足掛りとなりますが、世界大戦によって世界経済及び世界秩序の中心がイギリス(ヨーロッパ)からアメリカへ移行すると、アメリカのフォードシステムに象徴される大量生産・大量消費型の経済モデルが世界中に広がり、これを支える社会インフラと共にマス・メディアが発達して、1人1人の市民(個性)に着目するのではなく市民を没個性的な大衆(マス)として捉える大衆社会が到来します。とりわけ、アメリカはイギリス(ヨーロッパ)のように王侯貴族が存在せず階級社会ではないことから本格的な大衆社会が発展しますが、(産業革命による労働力不足を解消するためにアフリカ大陸で奴隷売買が行われた歴史的な経緯を経て、奴隷解放運動及び南北戦争等による奴隷解放後も)レイシズムという社会の歪みが生じます。その後、社会経済が高度に構造化すると、都市には無機質に反復する機械音や電子音が溢れ、ルーティンな日常が続いて人々は文脈や背景のない人生を送るようになります。このようななか、1962年、イヴ・サン=ローランは、クリスチャン・ディオールに才能を見出されて頭角を現し、自らのブランドを立ち上げて目新しいデザインを次々と発表したことで「モードの帝王」と呼ばれます。この時代は女性が社交の場でパンツスーツを着るのはタブー視されていましたが、男性が着るタキシードを女性用に仕立てたパンツスーツを発表したことで一気に普及します。イヴは「シャネルは女性に自由を与えたが、僕は女性にパワーを与えた。」と語っていますが、ファッションで女性の社会進出を後押しします。また、イヴは有色人種の美しさを讃えて初めて有色人種のモデルを起用し、男女平等だけではなく多文化主義も後押ししています。イヴの名言の1つに「ファッションは廃れても、スタイルは廃れない。」という言葉がありますが、最先端の流行がモードであり、それが社会に広く受け入れられてファッションとなり、やがてファッションが生き方として定着してスタイルになるということであり、ファッションは単に時代を解放するだけではなく社会を革新して時代を更新する力があることを示した偉大なデザイナーと言えます。1958年、マリー・クヮントは、ストリートファッションからヒントを得てミニスカートを販売して大流行し、また、ウォータープルーフ(涙でも落ちない防水仕様)のマスカラを開発したことで女性の感情を解放します。また、1963年、ヴィダル・サスーンは、ミニスカートとの相性がよくセットが不要なボブカットを開発し、女性が気軽に外泊できるようになったことで女性の性を解放します。これらによって女性の意識や活動は変革され、また、上流階級から発信されるファッションではなくストリートから発信されるファッションという革新的な社会現象を巻き起こします。なお、1967年10月18日、ミニスカートのファッションアイコンとしてモデルのツイッギー・ローソンが来日したことから、以後、日本では10月18日はミニスカートの日とされています。さらに、1975年、ヴィヴィアン・ウェストウッドは、パンク・ロックバンド「セックス・ピストルズ」(自らのブティック店「SEX」の従業員や常連客からなるバンド)をプロデュースし、挑発的・攻撃的なパンクスタイルを流行させて「パンクの女王」と呼ばれるようになります(映画「ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス」)。1980年代前後からデザイナーは服よりも時代が求める人間像(コンセプト)をデザインする傾向を強めています。1975年、ジョルジオ・アルマーニは、男性用スーツを従来の堅い生地ではなく柔らかい生地で作ってセクシーに見えるように改良することで男性に遊びや艶のある人生(コンセプト)を提案し、また、女性用スーツを従来のワンピーススタイルだけではなく上質な生地で作る高級テイラーメイドスタイルのものを追加することで女性に高い社会的なステースで活躍する人生(コンセプト)を提案します。さらに、1987年、ジル・サンダーは、人生の虚飾を排して本質を浮き彫りにするファッションというコンセプトを掲げ、装飾の少ないシンプルなデザインでありながら素材や裁縫のクオリティと機能性を両立した服を作って「ミニマリストの女王」と呼ばれ、一時期、「UNIQLO」の商品等も手掛けていました。現代のように「夢」を持たなくなった時代に、文脈や背景を持たない人間が人生で大切なものを見極めて「楽しむ」という肩肘張らないライフスタイルを送るうえで求められるファッションと言えるかもしれません。21世紀になると、インターネットやSNSなどのナノメディアが普及し、市民を没個性的な大衆(マス)として捉える大衆社会ではなく、1人1人の市民の個性に着目してその多様性(ダイバシティー)を尊重する市民社会へと成熟して行きます。このような時代の潮流を先取りするかのように、1980年、カルバン・クラインは、ブルックシールズをモデルに起用して宣伝したデザイナーズ・ジーンズが流行して、ユニセックスなファッションを先取りしてジェンダーを解放します。また、ジャン=ポール・ゴルチェは、1980年代にメンズコレクションで「男性にはスカートをはく自由がある」と公言して男性のスカートファッションを提案して、ファッションモデルに老人、肥満、タトゥー、ピアスなど個性的な人間を揃えるなど多様な人間像を先取りしてマイノリティーを解放します(来年、ゴルチェの半生を描いたミュージカル「ファッション・フリーク・ショー」が公演予定)。やがてファッション業界では複数のブランドを束ねるコングロマリットが台頭し、ファストファッションという商品サイクルが短いジャンルが登場します。ファッション業界に限りませんが、世界中の都市はコングロマリットフランチャイズで埋め尽くされ、その結果、世界中の都市はその特色を失ってどこでも同じように見える都市が出現します。この背景には、情報化社会の進展によって価値観が多様化し、時代を仕掛けるビジネスではなく、時代を捉えるビジネスへと変容してきていることが挙げられるのではないかと思います。ファッションブランド「ZARA」を率いるアマンシオ・オルテガは、カリスマデザイナーを立てずに程よく流行を採り入れた手頃な価格帯の服を店頭に並べて、売れない服は直ぐに店頭から引き揚げるなど客の反応をいち早くフィードバックする「ファストファッション」で世界のファッション市場を席捲していますが、最近は地球環境破壊の温床として槍玉にあげられるなどその勢いに陰りが見え始めています。また、ラグジュアリーブランド「ケリング」を率いるフランソワ=アンリ・ピノは、ミレニアルズ世代の若い客は伝統や職人技術といった重みよりも感情に訴える創造的な表現を求めていると考えて、仮に一部の顧客を失っても本物の創造性を発揮する「クリエイティブ・リスク」をテイクする戦略に切り替えています。さらに、2015年、ケリングの傘下にあるファッションブランド「GUCCI」を率いるアレッサンドロ・ミケーレは、ファッションは生きづらい世界を少しでも生きやすくするためのアイディアであるとして、ジェンダー・フルイディティ(ジェンダー流動性のコンセプトを掲げ、ジェンダーの境界線を感じさせないファッションを発表して注目を集めており、ファッションによってジャンダーを解放しています。なお、日本は1872年に服制改革により洋装が採り入れられ、和装と融合しながら日本独自の服飾文化を形成します。1965年、森英恵モデルの森泉は孫)は、蝶をモチーフにしたエレガントなドレスでニューヨーク・コレクションに参加して「マダム・バタフライ」の異名で話題になり、1977年、パリのオートクチュール組合からアジア人として初めて会員に認められています。また、1973年、三宅一生は、服の原点である一枚の布で身体を包むというコンセプトのもと、西洋や東洋に捕らわれない世界服のデザインでパリ・コレックションに参加し、フランスの芸術文化勲章最高位コマンド―ル等を受賞しています。故スティーブ・ジョブズは、iPhoneの意匠に通じるシンプルなデザインが持つ機能美に魅せられていましたが、三宅一生の黒いセーターを愛して彼のトレードマークとしていたことは有名です。さらに、舘鼻則孝は、花魁が履いていた高下駄に着想を得て踵のないヒールレスシューズを考案し、2010年からレディー・ガガの専属シューメーカーとなりました。このような時代を背景として、1960年代になると大衆社会を反映するように、ヘンリー・カウエルが考案したトーンクラスター(十二音技法のように1つ1つの音の音程関係を重視するのではなく、1つの音塊サウンド・マス)として捉えて、ある2つの音の間を響きで埋め尽くす密集音群による音楽)やジェルジ・リゲティが考案したミクロポリフォニー(細かく分割された楽器パートが各々異なった動き(分業)を行いながら、それらが1つのまとまった雰囲気(社会、集団)を織り成す音楽)など新しい作曲技法が注目を集めました。また、アメリカでは、歴史的に王侯貴族が存在しなかったこと(大衆文化)や、大航海時代及び植民地政策(帝国主義)によってもたらされた異文化接触の増加とこれを背景とするレイシズムという社会の歪みを生んだこと(黒人文化)などを契機として多様な文化芸術が育まれ、様々なポピュラー音楽(ミュージカル、ジャズ音楽、ロック音楽、ラップ音楽等)が発展します(過去のブログ記事)。さらに、様々なイノベーションを背景として、ミュージックコンクレート(既存の音の発生原因や意味等を省みず物語性や目的性を持たない響きのみを重視し、最初に出てくる既存の音を主題として様々なリズムで展開する音楽)、電子音楽(ロック、ポップス、ゲームや映画等の商業音楽に幅広く採り入れられ、大衆消費社会を背景として騒音問題に配慮して消音機能を備えた電子楽器として一般人にも普及)、スペクトル音楽(レコード芸術が普及したことにより音楽の受容シーンが多様化し、五線譜上の音程で表すことが困難な多様な微分(半音以下の音)等の周波数を解析して音程に置き換える音楽:ジャン=ポール・ゴルチェの考え方と親和性)、コンセプチャリズム(音楽を社会との関係性の中で捉え直そうという試み)など多様な音楽表現が生まれると共に、サウンドデザイン(騒音対策として日常の音をコーディネートする音楽)、サウンドマップ(バリアフリーとして視覚障害者のための音楽:アレッサンドロ・ミケーレの考え方と親和性)、サウンドスケープ(防犯等を企図して音をアレンジするなどユニバーサルデザインを行う音楽:三宅一生の考え方と親和性)やウェルビーングミュージック(ウェルビーイングにアプローチする音楽:アレッサンドロ・ミケーレの考え方と親和性)など多様な音楽受容も生まれます(過去のブログ記事)。また、社会経済の構造化に伴って日常がルーチン化するようになった1960年代には、ラ・モンテ・ヤングらが最小単位のモチーフ(日常、機械音)を反復するミニマルミュージックを考案して注目を集め、また、社会経済が成熟して誰でも豊かさを享受できるようになった1970年代には、ブライアン・イーノらが日常に音楽が溢れるようになったことを踏まえて「聴く」という行為を強要しないアソビエント(環境音楽)を考案して注目を集めます。2006年、マックス・リヒターは、ポスト・ロックミニマル・ミュージックやアソビエントの影響等を受けて、クラシックのアコースティックな音楽とエレクトロニカ電子音楽)の手法を融合したポスト・クラシカルを考案し、映像との親和性が高いビジュアルな音楽はヒーリング音楽や映画音楽のような聴き易さも手伝って幅広い聴衆から支持されています。このようにポスト・クラシカルは様々なジャンルを採り入れたブリコラージュ的な性格を持つダイバシティな音楽とも言えそうです。このように見てくると、宗教権威に抗ったモンテヴェルディ絶対王政に抗ったベートーヴェン、中近世的な価値観に抗ったシェーンベルクと、本来、クラシック音楽はファッションと同様に時代に挑戦し、時代を更新してきた革新的な芸術のはずですが(クラシック音楽の前衛性)、第一次世界大戦終結後の1918年から第二次世界大戦終結後の1949年までの間にクラシック音楽の演奏会で採り上げられる存命中の音楽家の曲が占める割合は77%から18%まで激減し、現在では存命中の音楽家の曲が全く採り上げられない演奏会も珍しくなく、数百年前の音楽ばかりが演奏されているという異常な状況に陥っています(クラシック音楽の時代劇化)。また、クラシック音楽の演奏会場に目を向ければ、未だに演奏家社交界ドレスコードであるフォーマルウェア又はこれに準ずる衣裳を着用している姿が一般的ですが、ビジネス界では世界的にビジネスカジュアルや私服が当たり前になっている時代にあって、果たしてフォーマルウェア又はこれに準じる衣裳を着用しなければ失礼なのか?そのような大袈裟な衣装を着用しなければ受容できない音楽なのか?という違和感を覚えます。既にオペラでは現代的な演出が主流になってきている状況を踏まえると、そろそろ器楽や声楽の舞台もチョンマゲ鬘」のような浮世離れした衣装から解放されても良いのではないかと感じます。今後も「時代劇ばかりのクラシック音楽」というマーケットが成立し得るのか個人的には疑問に思いますが(以下のシリーズ「現代を聴く」を始めた動機)、少なくとも過去に支持されてきた「水戸黄門の印籠」のような定番にカタルシスを感じる時代ではなくなってきているように感じます。なお、残念ながら僕は聴きに行くことができませんが、今年も7月15、16日に「ボンクリ・フェス2022」が開催されますので、是非、お運び下さい。
 
革新とは、単なる方法ではなく、新しい世界観を意味する」(ピーター・ドラッカー
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.2
1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代音楽家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼ 林佳瑩「弦楽四重奏曲」(2015年)
林佳瑩(1990年~)は、これまで数々の国際的な作曲賞を受賞しており、この曲でピエロ・ファルッリ国際作曲コンクール(2015年)を優勝しているなど世界的に高い評価を受けている期待の俊英です。2018年にはロイヤル・フィルハーモニック協会から「音楽芸術における最高水準の才能とその卓越性」を認められて作曲大賞を受賞しています。因みに、ベートーヴェン交響曲第9番「合唱」は、1817年にロイヤル・フィルハーモニック協会の委嘱により作曲されています。
 
▼ ミーシャ・ムローヴァアバド「CircleSong」(2015年)
ミーシャ・ムローヴァアバド(1990年~)は、その名前からも分かるとおり、ヴァイオリニストのヴィクトリア・ムローヴァと指揮者のクラウディオ・アバドの間に生まれ、現代音楽家&ジャズ・ベーシストとしてロンドンを中心に活動するサラブレッドです。この曲はアルバム「New Ansonia」に収録され、クラシック、ジャズやポップスなど幅広いジャンルをフィールドとする豊かな才能を感じさせます。昨年、アルバム「Dream Circle」をリリースするなど精力的に活動しています。
 
▼ テッド・ハーン「Entr’ acte」(2019年)
テッド・ハーン(1982年~)は、2013年にバロック舞曲の形式を借りて斬新なボーカル効果を採り入れたアカペラ作品「8声のためのパルティータ」でピュリッツァー音楽賞を最年少受賞して注目されます。この曲は2020年に第62回グラミ賞(最優秀室内音楽/小編成パフォーマンス部門)を受賞したアルバム「Orange」に収録されていますが、再び、2022年に「Narrow Sea」で第64回グラミー賞(最優秀コンテンポラリー・クラシック・コンポジション部門)を受賞し、現在、最も注目されている現代音楽家です。

映画「犬王」~観阿弥+犬王(道阿弥)=世阿弥が創始した中世のメタバース・ミュージカル「能楽」~<STOP WAR IN UKRAINE>

▼「和える」文化(ブログのまくら)
千葉県の小麦畑(冬小麦)が6月の収穫期を迎えて色付いています。2021年に「食料危機対策グローバルネットワーク」(GNAFC)が公表した「食料危機に関するグローバルレポート」によれば、食料危機を招いている3大原因として①武力紛争、②経済危機(パンデミックの影響を含む)及び③気候変動が挙げられますが、現在、ロシアによるウクライナ侵攻や異常気象(インドの熱波を含む)による食料危機(とりわけ小麦の供給不足)の深刻化が懸念されています。この点、2019年に「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が公表した特別報告書「気候変動と土地」によれば、将来、地球の平均気温が2℃上昇すれば食料生産に重大な影響を及ぼし(例えば、穀倉地帯の砂漠化、永久凍土の融解(海面上昇に加えて、永久凍土に閉じ込められている温室効果ガスや未知のウィルスの放出等)、植物及び微生物の生態系の破壊など)、深刻な食料危機を招く危険性を警告しています。前回のブログ記事でも触れましたが、パンダと同様に牛の胃腸には牛が消化できない植物(食物繊維)を分解して栄養素を作り出す微生物が共生していますが、この微生物の種類によって牛のメタンガス排出量を大幅に抑制することが分かっており、この技術を利用して牛のメタンガス排出量を2030年までに25%削減、2050年までに80%削減する研究が進んでいます。因みに、日本は、世界第1位の農産物の純輸入国(=輸入量―輸出量)ですが、そのうち小麦はアメリカ、カナダ及びオーストラリアから輸入していますので、今回のウクライナ侵攻や異常気象(インドの熱波を含む)の影響は少ないと考えられます。しかし、アメリカの穀物生産量は向こう60年間で80%減少するという試算もあることなどから、現在、日本の食料自給率を2025年までにカロリーベースで39%→45%、生産額ベースで65%→73%に高める取組みが行われています。今回、ウクライナ侵攻に伴うロシアへの経済制裁を契機として脱炭素化に向けた取組みに拍車が掛り、食料需給の安定化に向けた取組みも加速度的に進むことが期待されます。なお、小麦と言えば、パン、麺類(十割蕎麦を除く)、餃子、カレーや菓子類など現代の国民食に欠くことができない食材になっています。小麦は紀元前8千年頃から西アジアで栽培が開始された人類最古の農作物で、日本書記によれば、シルクロードを経由して弥生時代に中国から日本へ伝来しますが、湿気が多い日本では乾燥を好む小麦の栽培に不向きなため、僅かにそうめん(奈良時代遣唐使により大和へ伝来)、うどん(806年に空海により唐から故郷の讃岐へ伝来)、カステラ(1571年頃にポルトガル宣教師によりスペイン・カスティーリャ王国のパンとして長崎へ伝来し、1681年に能楽の翁面を店印とする「松翁軒」によって普及)や二八そば(元禄時代に高級食品であった十割そば=生そば(但し、現代では生そば=添加物不使用  ≠  十割そばと意味が変わっています。)に小麦粉を混ぜて庶民食として普及)等の食材として利用されてきました。その他、餃子及びラーメンは水戸藩に招かれた明の儒学者朱舜水により水戸へ伝来し、徳川光圀が日本人で初めて餃子(1689年)及びラーメン(1697年)を食べたと言われており、徳川光圀が食べたラーメンを再現した「水戸藩ラーメン」が話題になっています。また、カレーライスは1868年にカレーライス発祥地であるイギリスからカレー粉が横浜へ伝来して、1905年に「ハチ食品」が国産初のカレー粉を販売して普及します。さらに、パン(ポルトガル語 「pão」)は、1543年にポルトガル宣教師により鉄砲と共に日本へ伝来しますが(1582年に織田信長が日本人で初めて舞踊付きの西洋音楽を視聴)、江戸幕府鎖国政策でパン作りは禁止され、第二次世界大戦後のアメリ占領政策により学校給食にアメリカの輸入小麦を使ったコッペパンが採用されたことで本格的にパン食が普及します。なお、木村屋空海により唐から伝来した小倉あん東洋文化)とパン(西洋文化)を和えてあんパンを開発し、現在では外国人観光客にも人気になっています。このように、東洋文化西洋文化の特徴や利点を活かして採り入れることで小麦を食材とする食品が日本食に浸透して行きましたが、その結果、小麦の栽培に不向きな風土の日本の食料自給率を下げる原因にもなっています。因みに、ポルトガル宣教師によりパン、カステラ、鉄砲やキリスト教等と共にかるた(ポルトガル語「Ccarta」)が伝来し、やがて百人一首(競技かるた)が誕生します。その後、江戸幕府は、かるたが賭博目的で使用されるようになったことから「かるた賭博禁止令」を発布しますが、一見して賭博目的と分かり難くするために絵柄を変えた花札(賭博かるた)へと変化し、江戸庶民が花札の賭博場に入る合図として「鼻をこする」(鼻=花札)という隠喩表現まで生れました。この点、ゲーム会社の任天堂花札の製造及び販売から始まった会社ですが、任天堂花札の箱に描かれている天狗はこの合図が由来になっています。鎌倉時代藤原定家が1歌人1首を選集した秀歌撰「小倉百人一首」には平安時代醍醐天皇の命により選集された日本最初の勅撰和歌集古今和歌集」から最も多くの和歌が選ばれており、小倉百人一首平安時代の王朝文化の美意識を受け継ぎながら鎌倉時代から室町時代にかけて新しい美意識の武家文化を華開かせるための橋渡し的な役割を担っています。その後、かるたが小倉百人一首と結び付いて歌人の絵姿を描いた絵かるたへ発展したことから、やがて和歌だけではなく歌人も注目されるようになり、歌人が物語の主役(例えば、紫式部古今和歌集に和歌が選ばれている在原行平から源氏物語第十二帖「須磨」を着想など)や能楽の主役(例えば、世阿弥小倉百人一首に和歌が選ばれている在原行平から能「松風」を着想など)として採り上げられるなど、かるた(西洋文化)と小倉百人一首東洋文化)を和えたことが物語や能楽を創作するにあたっての豊かな着想へとつながって行きます。
 
比叡山京都府京都市左京区修学院牛ケ額
日吉大社滋賀県大津市坂本5-1-1
③蝉丸神社(滋賀県大津市大谷町23-11
観世流発祥の碑(奈良県磯城郡川西町結崎1890−2
⑤影向の松(春日大社)(奈良県奈良市登大路町
比叡山比叡山八瀬口方面から京、坂本口方面から近江を一望する要衝に位置していますが、近江猿楽は坂本口方面にある日吉大社を中心に活動しました。近江猿楽を率いる犬王(道阿弥)は室町幕府第3代将軍・足利義満の寵愛が篤く、1408年に北朝後小松天皇金閣寺行幸した際の天覧能をつとめていますが、その死後、近江猿楽は衰退しています。 日吉大社/近江猿楽を率いていた日吉座(比叡座)・犬王(道阿弥)は幽玄の趣がある情緒的で洗練された天女舞を得意とし、大和猿楽を率いる観阿弥及び世阿弥と人気を二分していました。世阿弥は「申楽談義」で犬王(道阿弥)を観阿弥に劣らない名人上手と高く評価しており、その歌舞幽玄な天女舞から学び、自らの芸風にも採り入れたと言われています。 蝉丸神社日吉大社の近くに、琵琶法師・蝉丸が庵を結び小倉百人一首に選ばれた和歌を詠んだ逢坂関がありますが、その場所に平家物語を語る盲僧琵琶の職祖とされる蝉丸を祀った蝉丸神社が建立されています。世阿弥が蝉丸を扱った能「蝉丸」を作っています。史実なのか不明ですが、映画「犬王」では犬王と蝉丸の親交が描かれており、非常に興味深いです。 観世流結城座)発祥の碑/大和四座は、奈良県奈良市(興福寺)金春流(円満井座)発祥の碑奈良県桜井市宝生流(外山座)発祥の碑奈良県生駒(龍田神社)金剛流(板戸座)発祥の碑があります。さらに、京都府京田辺市観世座の碑京都府京田辺市(月読神社)宝生座の碑京都府京田辺市(酬恩庵一休寺)薪能金春の碑があります。 影向の松(春日大社/「影向」とは、神仏が仮の姿をとって現れることを意味していますが、能舞台の鏡板に描かれている松は、春日大社の参道脇に立つ老松で、現在は枯死し、後継樹が植えられています。なお、外国人観光客にも人気の奈良公園の鹿は心得があり、カメラを向けていると勝手にフレームインしてくれますが、餌やりは禁止なので要注意です。
⑥新熊野神社京都府京都市東山区今熊野椥ノ森町42
観阿弥創座の地(三重県名張市上小波田181
観阿弥供養塔(奈良県大和郡山市城内町2−255
⑨観世井(観世稲荷)(京都府京都市上京区観世町135−1
⑩能「楠露」(桜井駅跡)(大阪府三島郡島本町桜井1-3
熊野神社/1374年、新熊野神社観世清次(後の観阿弥)が率いる猿楽結崎座が猿楽の能を奉納しましたが、これを観覧していた室町幕府第3代将軍・足利義光は、当時12歳の藤若丸(後の世阿弥)に魅了されたので同朋衆に加えることにし、阿弥号を与えて観阿弥及び世阿弥を名乗らせます。 観阿弥創座の地観阿弥は、1333年に楠木正成の妹と伊賀国阿蘇田を支配した服部元就の間に生まれ、妻の出身地である伊賀国小波田で創座したと言われています。なお、楠木正成は身体機能に優れた芸能集団(忍者を含む)を抱えて興業という名目で全国各地へ派遣して諜報活動を行わせていました。 観阿弥供養塔大和郡山城内に観阿弥の供養塔、大徳寺真珠庵に観阿弥及び世阿弥の墓(非公開)安置されています。なお、観阿弥の出身地である三重県名張市近畿鉄道名張駅及び名張市役所)には観阿弥像が建立され、また、三重県伊賀市には世阿弥の母像楠木正成の妹)が建立されています。 観世井(観世稲荷社)観阿弥世阿弥室町幕府第三代将軍足利義満から拝領された屋敷跡には井戸(観世井)が残っていますが、この井戸に龍が降りて出来た水の波紋から観世水紋定紋にしたという逸話が残され(実際は楠木氏の菊水紋の替紋か?)、観世水を象った京銘菓「観世井」が有名です。 能「楠露」(桜井駅跡)観阿弥及び世阿弥北朝足利将軍家に配慮して南朝に関する能を一曲も作りませんでしたが、江戸時代になると南朝を扱った太平記物と呼ばれる歌舞伎作品が人気を博します。なお、明治期に作られた楠木正成を扱った能「楠露」は人気が高く上演される機会も多い作品です。
 
【題名】映画「犬王」
【監督】湯浅政明
【原作】古川日出男
【脚本】野木亜紀子
【作画】松本大洋(原案)、伊東伸高(設計)、亀田祥倫、中野悟史、
    山代風我、榎本柊斗、前場健次、松竹徳幸、向田隆、福島敦子
    名倉靖博、針金屋英郎、増田敏彦、伊東伸高(以上、監督)
【撮影】関谷能弘(監督)、廣瀬清志(編集)
【美術】中村豪希(監督)、中村豪希(色彩)
【音響】木村絵理子(監督)、中野勝博(効果)
【音楽】大友良英(作曲)、今泉武(録音)
【監修】佐多芳彦(歴史)、宮本圭造能楽)、
    亀井広忠能楽実演)、後藤幸浩(琵琶)
【制作】サイエンスSARU
【出演】<犬王>アヴちゃん
    <友魚>森山未來
    <足利義満柄本佑
    <犬王の父>津田健次郎
    <友魚の父>松重豊
    <その他>片山九郎右衛門、谷本健吾、坂口貴信、川口晃平、
         石田剛太、中川晴樹、本多力、酒井善史、土佐和成 等
【感想】ネタバレ注意!
▼映画「犬王」の感想と観阿弥・犬王・世阿弥の芸
最近の芸術関係の映画(とりわけ邦画)は、ヒューマンドラマに重きを置いたものが多く、大人の視聴に耐え得る観応えのあるものが少なくなってきている状況は非常に残念ですが(その逆にマンガは骨太のテーマを採り上げるものが増えて歓迎ですが)、久しぶりに観応えのあるテーマを扱った映画「犬王」が封切られたので観に行くことにしました。現代的な感性を持つ若者に「幽玄な舞」と言ってもピンと来ないと思いますが、猿楽の能や平家琵琶の魅力をロック、ヒップホップ、野外フェスやプロジェクションマッピング等の現代的な演出に置き換えて現代人にも直感的に理解できるような斬新な描き方をしているので、現代的な感性を持つ若者にもお勧めできる映画です。以下で簡単に触れますが、世阿弥は時代の感性に敏感で常に流行を採り入れながら工夫を重ねることに熱心でしたが、もし現代に世阿弥が生きていれば、伝統的な精神を守りながらも、これらの要素を巧みに採り入れて能を革新し続けていたに違いありません。いつまでも豆腐は四角いものという固定観念に縛られて伝統を虚しくしてしまうのは詰まりません。この映画では、何故、このような斬新な描き方をしているのか、現代的な感性を持つ若者にも能の魅力が「伝わる」( ≠「伝える」 )ように工夫していると共に、様々な問題提起も含んでいるように感じられます。
 
" "Tradition" is very often an excuse word for people who don't want to change. " --- Red Barber
 
観阿弥、犬王(道阿弥)、世阿弥が生きた時代
先ず、映画「犬王」を観るにあたってその時代背景を簡単にお浚いしておくのが有効です。観阿弥、犬王(道阿弥)、世阿弥が生きた室町時代南北朝の動乱を含む)は日本の変革期にあたります。現在、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が放送されていますが、平安時代までは天皇が土地の支配権(主権)を有していましたが(因みに、人類の戦争は土地の奪い合いの歴史ですが、その後、国際秩序が整備されて土地の奪い合いから金銭の奪い合い(貿易戦争)へと姿を変えます。しかし、これに出遅れたロシアはウクライナ侵攻で土地の奪い合いを再開して時代のリセットを試みようとしています。)、1185年に源頼朝武家)は武力を背景にして後白河法皇から土地の支配権(主権)のうち土地の分配権(政権)を奪い取ります(文治の勅許)。やがて朝廷は鎌倉幕府武家)から土地の分配権(政権)を奪い返そうと企て承久の乱後鳥羽上皇)及び元弘の乱後醍醐天皇)を起し、1333年に後醍醐天皇鎌倉幕府を滅亡させて土地の分配権(政権)を奪い返すことに成功しますが、この年に観阿弥が誕生し、その後(生年不詳)に犬王が誕生します。しかし、1336年に足利尊氏武家)が後醍醐天皇に謀反を起こして光明天皇を擁立し、土地の支配権(主権)を譲位によらず武力によって光明天皇へ移行したうえで、1338年に足利尊氏武家)が土地の分配権(政権)を手中にします(室町幕府の成立)。これにより土地の支配権(主権)を巡って後醍醐天皇(奈良の南朝)と足利尊氏が擁立する光明天皇(京の北朝)に分かれて対立し(一天両帝)、1392年に室町幕府第3代将軍・足利義満の治世に南北朝合一を果たすまで南北朝の動乱が続きますが、この動乱の最中の1363年に世阿弥が誕生します。このように観阿弥、犬王(道阿弥)、世阿弥が生きた時代は、朝廷から武家へ土地の分配権(政権)が移行する時代の過渡期にあたり、平安時代の王朝文化を受け継ぎながら鎌倉時代から室町時代へと武家文化が華開いて行った時代になります。なお、観阿弥(服部三郎清次)は、後醍醐天皇(奈良の南朝)に従った楠木正成の妹と伊賀国阿蘇田の服部元就(同地を支配した伊賀忍者の棟梁・服部半蔵の先祖で、伊賀忍者南北朝の動乱南朝皇統奉公衆「八咫烏」として南朝に従います。)との間に生まれて(「始観世丸三郎、実父伊賀国浅宇田領主上嶋慶信入道景守次男治郎左衞門元成、三男、杉内生、長谷猿樂法師預人、後市太夫家光養子也、法名観阿弥、母河内国玉櫛庄 母 楠入道正遠女」(観世福田系図))、その後、妻の出身地である伊賀小波田で創座しますが(観阿弥こと服部三郎清次の幼名は観世丸ですが、これは長谷寺の観世音菩薩を信仰していたことに由来しています。)、楠木氏は能楽師大道芸人等の芸能集団(忍者を含む身体機能に優れた者等)を抱えて、その芸能集団を興行という名目で全国各地へ派遣して諜報活動を行わせていたと言われています。そのため、観阿弥は父母の家系を足利義満に秘密にしていた(「観阿弥文中甲寅歳京起、父母家筋秘鹿苑殿前能座立也」(観世福田系図))と言われています。因みに、1432年(永享4年)、世阿弥の嫡男・観世(十郎)元雅は巡業先の伊勢国安濃津南朝に従う北畠氏の支配地)で、斯波兵衛三郎(北朝に従う斯波氏)に殺害される事件が発生していますが、これは観世(十郎)元雅が南朝との関係が深かったためではないかと考えられており、世阿弥が晩年に佐渡へ配流された直接の理由は、世阿弥の甥・音阿弥を贔屓にしていた足利義教との不仲ではなく(1441年、足利義教は音阿弥の舞台を観覧中に家臣・赤松満祐に殺害され、これにより室町幕府は弱体化して戦国時代へ移行)、この事件の連帯責任を取らされたためではないかと言われています。
 
 
②王朝文化から武家文化(中世)への移行
古事記によれば、歌舞の始祖神は天岩戸伝説に登場する「天宇受賣命」(アメノウズメノミコト)とされていますが、皇祖神「天照大神」(アマテラスオオミカミ)のために披露した裸踊りが神楽舞の原型と言われ、宮中祭祀で舞を披露する芸能一族「猿女君」(サルメノキミ)の祖神とされています。このように芸能は神を讃えて慰めるために社寺の主催で実施する「神事」(宗教)として発展しますが、平安時代になると芸人は朝廷や社寺から独立して神ではなく見物(客)のために歌舞を披露して見物料を徴収し生計を建てる「興行」(芸能)が盛んになり(宗教と芸能の分離)、大陸文化の影響を受けながら多様化して行きます。日本には6世紀に仏教が伝来する前から怨霊信仰がありましたが(例えば、4世紀に大和朝廷が出雲を滅ぼした後に、出雲大社を創建して出雲の大国主オオクニヌシ)を祭神として祀ることでその怨霊を鎮魂するなど)、やがて朝廷から武家へ政権が移行すると、それまでの朝廷や公家を対象とした旧弊の仏教から武家や庶民を対象とした新興の仏教が起こって社会へ幅広く浸透し、これに伴って怨霊信仰も「鎮魂」(祭神)から「供養」(成仏)へと形を変えて行きます。このような社会状況のなか、源平合戦で滅亡した平氏一門の怨霊を鎮魂、供養するために平家物語が作られますが、王朝文化(朝廷や公家の文化)を背景として源氏物語のような文字を読む物語ではなく、武家文化(武家や庶民の文化)を背景として琵琶法師の語りを聞く物語として社会に幅広く受容されます。これは、当時、口に出す言葉には物事を成就させる霊力が宿っておりそれにより平氏一門の怨霊を鎮魂、供養するという言霊信仰があった点や平仮名が発明されたばかりで未だ庶民の識字率が低かった点などがあったと考えられますが、宗教だけではなく和歌(文学)、平曲(音楽)や能楽(演劇)など芸能(芸術)も怨霊の鎮魂、供養のための社会的な機能を担うようになります。
 
日本は音の文化(表音文字と詩歌、詩劇)
※日本は弥生時代まで無文字文化(口承文化)でしたが、古墳時代に仏教典と共に漢字が伝来します。それまでは文字ではなく音によってコミュニケーションしていた日本人にとって漢字を覚えることは難しかったので、片仮名(例えば、「阿」→「ア」、「伊」→「イ」、「宇」→「ウ」など漢字の片側だけを書くことから片仮名)を発明し、仏教典の漢字を正確に発音するために片仮名と音とを結びつけて漢字の発音(振り仮名、現代の発音記号)を片仮名で仏教典に書き加えるようになります。また、それまで音によってコミュニケーションしていた言葉を文字として表記するために漢字の発音を借用する万葉仮名(当て字)を発明し、その後、漢字を書くのが難しかったので漢字の草書体を崩した平仮名(例えば、「安」→「あ」、「以」→「い」、「宇」→「う」など漢字を平易に書くことから平仮名)を発明したことで文字が浸透し、日本独特の和歌や物語などの文化(目で読むための表意文字の文化ではなく、声(音、言霊、神の音連れ)に出して詠む又は語るための表音文字の文化)が誕生します。当世流のキラキラネーム(意味ではなく音感で命名)は万葉仮名(当て字)にルーツを求めることができますし、ローマ字は片仮名、絵文字は平仮名にルーツを求めることができそうです。
 
③犬王(道阿弥)が世阿弥に与えた影響
鎌倉幕府滅亡の原因の1つは執権・北条高時の田楽狂いにあったと言われていますが、鎌倉時代末期には田楽が猿楽を凌ぐ人気を得ていたと考えられています。この点、世阿弥能楽論「世子六十以降申楽談儀」(次男・観世元能筆談)には「一忠(田楽)・清次<法名観阿>・犬王<法名道阿>・亀阿、これ、当道の先祖といふべし。かの一忠を、観阿は、「わが風体の師なり」と申されけるなり。道阿、また一忠が弟子なり。」と記しており、本座田楽の一忠は大和猿楽の観阿弥や近江猿楽の犬王(道阿弥)等に多大な影響を与えていたことが窺がえます。さらに、世阿弥の能論書「五音」には「白髭の曲舞を、亡父申楽に舞ひ出だしたりしより、当道の音曲ともなれり。(中略)乙鶴、この流を亡父は習道ありしなり。」と記しており、観阿弥は女曲舞師・乙鶴から曲舞を学び、曲舞の拍子の面白さを謡に採り入れて節回し(メロディー)で聞かせる謡から拍子(リズム)に乗せた謡へと独自の改良を加え、猿楽の能を更に人気のある芸能へと発展させています。前掲の申楽談儀には「観阿、今熊野の能の時、申楽といふことをば、将軍家<鹿苑院>、御覧じはじめらるるなり。世子、十二の年なり。」と記しており、1374年に観世清次観阿弥)及び藤若丸(12歳の世阿弥)が大和猿楽結城座を率いて参加した新熊野神社勧進興行を観覧していた室町幕府第3代将軍・足利義満が2人を同朋衆(阿弥号)に加えて庇護し、猿楽の能が田楽の能を上回る人気を得ます。その後、1384年5月4日、観阿弥駿河守護職・今川氏の氏神である静岡浅間神社へ猿楽の能を奉納しますが、同5月19日に52歳の生涯を閉じます。この点、前掲の申楽談儀には「犬王は、毎月十九日、観阿の日、出世の恩なりとて、僧を二人供養じけるなり。」と記しており、また、「道阿の道は、鹿苑院の道義の道を下さる。」(道義は足利義満法名)と記していることなどから、近江猿楽の犬王(道阿弥)は大和猿楽の観阿弥の推薦によって室町幕府第3代将軍・足利義満の庇護を受けるようになり、その出世の機会を与えてくれた観阿弥に感謝していたことが窺がえます。近江猿楽(江州)と大和猿楽(和州)の芸風について、最初の世阿弥能楽論「風姿花伝」第五奥義伝には「およそこの道、和州、江州において風体変はれり。江州には、幽玄の堺をとり立てて、物真似を次にして、かかりを本とす、和州には、まづ物真似をとり立てて、物数を尽くして、しかも幽玄の風体ならんとなり。」と記しており、近江猿楽が物真似の面白さよりも歌舞幽玄の美しさを重視していたのに対し、大和猿楽は歌舞幽玄の美しさよりも物真似の面白さを重視していた点に特徴があると述べています。その後、室町幕府第3代将軍・足利義光は朝廷や公家に武家文化の価値を認めさせるために物真似の面白さを特徴とする大和猿楽の世阿弥よりも朝廷や公家の嗜好にも適った歌舞幽玄の美しさを湛えた近江猿楽の犬王(道阿弥)を重用するようになりますが、晩年の世阿弥能楽論「花鏡」には「幽玄の風体の事。諸道・諸事において、幽玄なるをもて上果とせり。ことさら当芸において、幽玄の風体、第一とせり。」と記しており、さらに、世阿弥の能論書「却来花」(七十以後口伝)には「天女の舞、舞の本曲なるべし。これを当道に移して舞うこと、専らなり。近江の犬王、得手にてありしなり。さるほどに、天女の舞は、近江申楽が本なりと申す輩あり。(略)天女の舞の秘曲を、犬王、分明に相伝したりとは聞こえず。(略)およそ、天女の舞の故実、人形の絵図に顕はしたり。よくよく習見あるべきなり。」と記していることなどから、世阿弥は犬王(道阿弥)の影響を色濃く受けて、歌舞幽玄の美しさを大和猿楽に採り入れて物真似重視の能から歌舞重視の能へと芸風を改めます。この点、犬王(道阿弥)の芸について、前掲の申楽談儀には「犬王は上三花にて、つひに中上にだに落ちず。中・下を知らざりし者なり。音曲は中上ばかりか。」「いづれもきたなき音曲なれども、かかり面白くあれば、道誉も、日本一と褒められしなり。道阿謡とつけしものなり。」と記しており、歌舞幽玄の美しさ(上三花)を追及することに腐心して物真似の面白さなど大衆性(中・下)を顧みい芸風でしたが、犬王(道阿弥)の謡は訛りが多く音曲の祖と言われる新座田楽の亀阿弥のような美しさはありませんでしたが、どことなく情趣があって面白く評判は頗る良かったことが窺がえます。犬王(道阿弥)は、1408年に室町幕府第3代将軍・足利義満後小松天皇を招いて北山邸(金額寺)で開催した天覧能に近江猿楽日吉座の棟梁として出演して華々しい舞台を飾ったものの、犬王(道阿弥)の死後、その芸を承継できる後継者に恵まれずに近江猿楽は衰退しますが、犬王(道阿弥)の歌舞幽玄の美しい芸風は世阿弥へと受け継がれ、世阿弥能楽の芸術性を高めて行くうえで大きな役割を果たしたと考えられます。世阿弥は「伊勢物語」「源氏物語」「平家物語」等の物語に歌舞幽玄の美しい芸に相応しい題材を求め、和歌や古文の修辞を巧みに利用した芸術性の高い歌舞劇として複式夢幻能を大成します。
 
観阿弥、犬王(音阿弥)及び世阿弥の芸
観阿弥は一忠から田楽、乙鶴から曲舞を採り入れ、さらに、世阿弥は犬王(道阿弥)から歌舞幽玄な美しさを採り入れながら、劇的な物語性を追加して複式夢幻能を大成します。
※犬王(道阿弥)は一忠の弟子であったことから田楽の能の影響を受けていると考えられます。
※味噌田楽(豆腐やこんにゃくに味噌を乗せて串刺して焼いた料理)は田楽舞いの高足に似ていることから命名されたと言われています。
 
④映画「犬王」の感想
この映画は、犬王の半生を平家物語の外巻「犬王の巻」として描くという体裁をとり、平氏一門の怨霊によって異形の身体となった能楽師・犬王(道阿弥)と三種の神器天叢雲剣の霊力によって盲目となった琵琶法師・友魚(友有)がコラボレーションして伝統を革新するパフォーマンスで京の民衆を熱狂させるという内容になっていますが、史実に沿った描き方ではなく、上述のとおり現代的に翻案した斬新な描き方をした戯曲です。近江猿楽の犬王(道阿弥)は日吉大社へ参勤していましたが、その近隣に琵琶法師・蝉丸が庵を構えていた逢坂の関(蝉丸神社)があり、そこから琵琶法師・友魚(友有)とのコラボレーションという着想が生まれたのかもしれません。世阿弥が大成した複式夢幻能は能舞台という装置を使って場所を移動せず時空(次元)を超える表現を可能にするものであり、その意味ではメタバース空間をアナログで実現している画期的な舞台とも言えますが、この映画でも現代の京の街と室町時代の京の街をオーバーラップさせており、この映画自体が能舞台の仕掛けを意識した描き方をしています。また、能は1人の役者が歌唱、舞踊及び演劇の全てを担当するミュージカルと言えますが、能は仏教思想(山川草木悉皆成仏)の影響を受けていることから、神や人間を主役とする物語だけではなく自然(植物や動物)を主役とする物語も扱い、前回のブログ記事で触れたとおり現代の知性(科学的な知見)を前提とする自然観、世界観に十分に適う舞台になっているという意味で、古今東西に比類ない舞台芸術と言って差し支えないのではないかと個人的には考えています。この点、人間国宝の故・宝生閑さんが某講演会で能を理解するうえで一番重要なことは能に関する知識ではなく「花鳥風月を愛でる心」であると仰られていたことが大変に感銘深く心に残っています。更に、能は、歴史上の有名人だけではなく市井の無名人も主役として扱い、また、勝者だけではなく敗者も主役になっている点に大きな特徴がありますが、この映画には源平合戦で無念の死を遂げた沢山の平氏一門の怨霊(無名の敗者)が登場し、平氏一門の怨霊によって異形の身体となった犬王(道阿弥)が社会的な差別に屈することなく、そのハンディーをアドヴァンテージに変えて社会的に活躍しながら(能楽師は河原者として社会的な差別を受けていましたが、やがて将軍庇護の芸能集団として社会的な地位を確立して行く過程を、現代的なダイバシティーの問題に置き換えて表現されています。)、その怨霊の無念を晴らして成仏させる度に同形の身体を獲得して行くというストーリー展開になっており、中世の怨霊信仰を前提として、能が平氏一門の怨霊を鎮魂、供養するための社会的な機能を担っていたことがファンタジックに描かれています。能楽師・犬王(道阿弥)と琵琶法師・友魚(友有)は伝統を革新するパフォーマンスを求めて様々な工夫を凝らした斬新な舞台を催しますが、(ネタバレしないように詳しくは書きませんが)上述のとおり猿楽の能や平家琵琶の魅力をロック、ヒップホップ、野外フェスやプロジェクションマッピング等の現代的な演出に置き換えて現代人にも直感的に理解できるような斬新な描き方をしており、1408年に室町幕府第3代将軍・足利義満後小松天皇を招いて北山邸(金額寺)で開催した天覧能の場面で、犬王(道阿弥)が披露する「天女の舞」をバレエ、コンテンポラリーダンスや器械体操等の要素を採り入れた舞として描いています。アニメ映画だけではなく、ミュージカル舞台(実演)を見てみたくなるような面白い演出です。当時、延年の風流という舞台では2階建ての舞台装置や山車のような可動式の舞台装置が使われていたそうなので(後にこれらは歌舞伎の舞台へと採り入れられます。)、この映画で描かれているような大掛りな舞台装置は珍しくなかったものと思われます。また、室町時代に四条河原で行われた田楽興行に大勢の観客が詰め掛けて桟橋が崩れ落ち多数の死傷者が出たという記録が残されていますので、この映画に描かれているように室町時代の庶民はこのような舞台に熱狂していたことが窺がえます。1371年、盲目芸人の組織である当道座の明石覚一検校(足利尊氏の従弟という説もあります。)は琵琶法師が語る平家物語(平曲)の正本をまとめて、その死後に、室町幕府第3代将軍・足利義満へ献上していますが、この正本に従いたくない琵琶法師・友魚(友有)は当道座を追放され、また、犬王(道阿弥)は大和猿楽に従うことを命じられますが(但し、実際には上述のとおり室町幕府第3代将軍・足利義満世阿弥よりも犬王(道阿弥)を重用しています。)、為政者による芸術の政治利用と表現意欲に忠実でありたい芸術家の葛藤という現代にも通じる問題に触れられています。なお、この映画では描かれていませんが、マンガ「昏い月」(天人羽衣)では近江猿楽の犬王(道阿弥)と近江守護職佐々木道誉婆沙羅大名という異名を持っていますが、南北朝時代には社会秩序を否定して派手な振る舞いや粋で華麗な服装を好む「ばさら」(婆娑羅)と呼ばれる美意識が生まれ、これが戦国時代に入って「かぶき」(傾奇、歌舞伎)へと変化します。)の関係が描かれています。世阿弥は、当時最高の文化人であった二条良基から古典や和歌等の英才教育を受けますが、これと同様に犬王も当時一流の文化人であった近江守護職佐々木道誉から英才教育を受けていたという内容になっており非常に興味深いです。これは史実に基づいたものか否かは分かりませんが、近江守護職佐々木道誉は近江猿楽を庇護して犬王を高く評価していたことは事実であり、何らかの影響を受けていたものと思われます。王朝文化から武家文化へと移行する時代の変革期に観阿弥、犬王(道阿弥)及び世阿弥という才能が現れて猿楽、田楽、曲舞、延年、和歌や物語など時代の流行を和えながら様々な工夫や改良を加えて新しい時代の価値感を体現する斬新な舞台芸術を大成しています。5月に開催された2022年ダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)では「History at a Turning Point」がテーマに掲げられ、過去のブログ記事で触れたブロックチェーンNFT(非代替性トークン)の技術を活用することで2028年までに約95兆円の市場規模に成長すると言われているメタバースの健全な発展に向けた環境整備等を行う官民連携の国際的な枠組みを立ち上げたことを発表しました。正しく現代はイノベーションに伴う時代の変革期にあたり、この時代に相応しい芸術表現が求められていますが、能楽に限らず各分野において令和の世阿弥の登場が待ち望まれます。" Without tradition, art is a flock of sheep without a shepherd. Without innovation, it is a corpse. " --- Winston  Churchill
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.1
果たして令和の世阿弥の登場なるか、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代音楽家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼室元拓人「ケベス-火群の環」(2021年)
去る2022年5月29日に発表された武満徹作曲賞第1位を受賞した室元拓人(1997年~)の「ケベス-火群の環」をお聴き下さい。室元拓人は日本の習俗や異形神をテーマに作曲しているそうですが、大分県国東市国見町櫛来の岩倉八幡社(櫛来社)で行われている火祭り「ケベス祭」を題材とした曲ではないかと思われます。地元には火鍛冶の神・宇佐八幡が近くの海岸に現れたという伝承などがあるそうですが、未だケベスの正体は分かっていません。残念ながら、ケベス祭を拝見したことはありませんが、ビジュアルな響きを持つ音楽なので、遥か古代の精神世界に思いを馳せながら聞いてみるのも面白いかもしれません。
 
▼小瀬村晶「vi (almost equal to) ix」(2022年)
作曲家&ピアニストの小瀬村晶(1985年~)が5月27日にリリースした配信EP「Pause (almost equal to) Play」から「vi (almost equal to) ix」をお聴き下さい。小瀬村晶はポストクラシカル、エレクトロニカアンビエントやポップスなど幅広いジャンルをカバーし、著名な映画、ドラマ、ゲーム、CM作品の音楽等を担当している国際的な評価が高い現代音楽家です。無限旋律のように果てしなく続くような文脈のない音楽が特徴的で、心地のよい音場で包み込む主張のない音楽(構造的聴取を求めるのではなく感性的聴取を許容する音楽)は人生に文脈や背景を持たなくなった現代人の嗜好に適うものなのだろうと思います。
 
ステファニー・アン・ボイド「Lilac」(2018)
現在、アメリカで最も注目されている現代作曲家の1人、ステファニー・アン・ボイド(1990年~)がライラックの花を題材にして作曲した前奏曲「Lilac」(from Flower Catalogue)をお聴き下さい。前回のブログ記事西洋音楽キリスト教の影響から植物を題材にした曲が非常に少ないと書きましたが、現代音楽家についてはキリスト教的な世界観に縛られず自然を題材にした作曲活動を行っている方も多くいます。Flower Catalogueは12人の女性ピアニストが選んだ好きな花を題材にして作曲された前奏曲集で、ピアニストのジェニー・リンが選んだライラックの花を題材にして作曲された前奏曲です。

生態学と音楽(植物の音楽✕微生物の音楽✕人間の音楽...)<STOP WAR IN UKRAINE>

▼竹の子と人の子(ブログのまくら)
花の季節に誘われて古今和歌集を詠んでいたら、次の和歌に込められている古人の親心が現代と重なってしみじみと心に響いてきました。
 
今更に なに生ひ出づらん 竹の子の 憂き節繁き 世とは知らずや」(古今和歌集凡河内躬恒
 
「憂き節」とは「浮き世」と「竹の節」が掛けられて「憂き目=辛いこと」を意味し、また、「繁き」は「繁茂=ばかり」を意味していることから「今更どうして生まれ出てきたのだろう。未だ節のない筍(子供)が竹(大人)へと成長するにつれて節を重ねて行くように辛いことばかりが続く世の中とは知らずに。」という親心を詠んだ和歌と思われます。そう言えば、先日、ユニセフOECD又はEUに加盟する国々の子供たちの精神的幸福度、身体的健康及び学力・社会適応能力等に関するコロナ禍前の状態を調査した結果について、Innocenti Report Card16 “Worlds of Influence; Understanding What Shapes Child Well-being in Rich Countries”(イノチェンティ レポートカード16「子どもたちに影響する世界、先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か」)を公表しましたが、日本の子供たちは「身体的健康」が38ケ国中1位であるのに対して「精神的幸福度」が38ケ国中37位という極端な結果が示され、日本の子供たちが心の病を抱え易い状態にあることが明らかになっています。このような状況のなか、来年度から「こどもが自立した個人としてひとしく健やかに成長することのできる社会の実現」を目的として「こども家庭庁」が創設されることになりましたが、筍(子供)が竹(大人)へと成長して行く過程で「憂き節」に潰されてしまう社会や家庭等に潜む要因を可能な限り取り除いてスクスクと成長できる環境を整えて行くこと(ウェルビーイング)が社会的課題になっています。ところで、5月の「旬」と言えば、「筍」(炊き込みご飯!)、「アスパラ」(天ぷら!)や「初鰹」(タタキ!)などが挙げられますが、「旬」(さかりもの)は1年で最も美味しく食べられる時期に沢山収穫される値段が安く栄養価の高い食材のことを言い、「旬」の食材を採り合わせた料理のことを「であいもの」(例えば、この時期の旬の食材である筍とわかめで作る若竹煮など)と言って好まれています。さらに、「初物」(はしりもの)は1年の最初に収穫された未だ希少で値段が高い食材のことを言い、昔から大変に縁起の良いものとして好まれていますが、江戸時代には初鰹は下級武士の年収に相当する高値が付けられたそうで嫁を質に入れてでも食べてみたいと言われた幻の高級食材だったようです。因みに、「旬」とは竹が1つの節を作る期間を意味し、「筍」が約10日間毎に1つの節を作って「竹」へと成長して行くことから「旬」の上に「竹」冠を付けたものが「筍」という漢字になったと言われています。この点、暦月は10日間毎に「上旬」「中旬」「下旬」という3つの節目に区切られますが、「筍」は約1ケ月間で3つの節を作りながら全ての皮が剥け落ちて「竹」へと成長します。これと同様に、人間の子供も「幼年」(~幼稚園)、「少年」(小学校~中学校)、「青年」(高校~大学)と人生の3つの節目を経て大人へと成長して行きますが、この季節は我が子の成長を意識する時期とも言えそうです。
 
①郷土料理たけのこ(千葉県夷隅郡大多喜町黒原181-2
②狩野元信生誕地の碑(千葉県いすみ市大野937−1
サイゼリア発祥の地(千葉県市川市八幡2-6-5
④白みりん発祥の地(千葉県流山市流山1-261
郷土料理たけのこ/千葉県大多喜町全国有数の筍の名産地ですが、全国でも珍しい筍料理の専門店があり、先日、ダウンタウン「ガキの使いやあらへんで」(2022年4月3日放送)でも採り上げられていました。筍づくしの「たけのこ御膳」が人気メニューです。 狩野元信生誕地の碑/郷土料理たけのこの近隣に狩野派始祖・狩野正信の生誕地があります。日本の植物学は遣唐使によって中国から伝来した本草学に始りますが、江戸時代に入ると本草学が盛んになり、本草学者は狩野派の技法を学んで植物の写生画を描くようになります。 サイゼリア発祥の地/千葉県は農業産出額で全国4位の日本の食糧庫ですが、新鮮な野菜に拘りを持ち、自社の農場まである人気のサイゼリアは1973年に千葉県市川市(JR本八幡駅前)に1号店を出店し(現在は閉店)、その後、全国にチェーン展開されています。 白みりん発祥の地/戦国時代には赤みりん(≒ 赤みその特徴)が誕生し、1814年に千葉県流山市で白みりん(≒ 白みその特徴)が誕生します。千葉県野田市のキッコウマン醤油と共に千葉県流山市万上みりんが庶民に普及し、日本料理に欠かせない調味料になりました。
 
▼七夕の節句と宇宙の音楽
和歌山県アドベンチャーワールド中国以外の国では世界最多の17頭のパンダの繁殖に成功していますが、パンダは植物(食物繊維)を消化・吸収することが苦手な動物なので1日に約20kgの「竹」(筍の皮が落ちるもの)や「笹」(筍の皮が落ちずに茎を包むもの)を摂取する必要があると言われており、パンダと同様に植物(食物繊維)を消化・吸収することが苦手な人間も1日に350gの野菜摂取が推奨(厚生労働省告示第四百三十号:国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針の別表5)されています。この点、昔から「竹」「笹」は天に向かって真っ直ぐに伸び、また、風になびく独特の葉の音に神の気配を感じることから神が憑依する「依代」と考えられ、正月に歳神様が憑依するための門松には「竹」(三本の竹に松を束ねたもの)が使用されています。また、能舞台では神の依代として舞台正面の鏡板に「影向の松」が描かれ、また、舞台側面の脇鏡板には「若竹」が描かれています。更に、能楽では、神の依代である御幣に代わる小道具として「笹」が使用されることが多く、「竹」「笹」は伝統的に縁起物として重用されています。このため、毎年7月7日(七夕の節句)には願い事などを書いた短冊を神の依代である「竹」「笹」に吊るす風習が生まれています。因みに、清少納言枕草紙で「星は、すばる。彦星。夕づつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」と書いていますが、七夕の「彦星」(アルタイル)を挙げながら、「織姫星」(ベガ)を挙げていないところに才女・清少納言の知性とユーモアが隠されているように思われます。「すばる」(昴)はプレアデス星団のことでギリシャ神話のプレアデス7人姉妹(プレアデス神話)から命名されていますが、これと同様に日本でも「すばる」(須婆留)は女神(天須婆留女命御魂)と考えらえています。その後に続く「彦星」(牽牛=男)、「夕づつ」(金星=宵の明星)、「よばひ星」(流星=婚ひ、夜這い)は、男が半宵に別の女(織姫星(ベガ)ではなく昴(プレアデス))のもとへ忍んでやってくる様子を連想させるもので、後(尾)を引かない方が良いという意味深長な教訓まで付け加えられており、不倫が文化であった時代に清少納言が宇宙を眺めながら星空に男女の情事を重ね合わせて楽しんでいたことが窺われます。源氏物語が「あはれ」(しみじみ)の文学と言われている一方で、枕草紙は「をかし」(おもしろみ)の文学と言われている由縁です。
 
【宇宙が奏でる「宇宙の音楽」】
前回のブログ記事で「宇宙の音楽」に触れましたが、NASAが惑星や衛星が発する電磁波等を採集し、それを人間の可聴音域に変換した「宇宙の音楽」を公開しています。ホルストの「惑星」は人類が星座に物語を夢見ていた時代のおセンチな音楽ですが、プレアデス7人娘や彦星、織姫が聞いているであろう「宇宙の音楽」や「量子の音楽」は人間が操ることができるシンプルな音楽とは異なる深淵で精妙な響きに彩られており、人知が及ばない世界の存在を教えてくれています。因みに、クセナスキの「プレアデス」(1979年)武満徹の「オリオンとプレアデス」(1984年)など現代音楽家がプレアデス(昴)を題材にした音楽を作曲していますが、NASAが採集した「宇宙の音楽」に近い世界観を表現し得ており、これからの人類に必要とされる音楽なのだろうと感じます。
 
▼生態系ピラミッド(宗教)と植物の知性(科学)
「竹」が彩る夏の風物詩と言えば、七夕以外にも竹格子を使った朝顔団扇虫カゴ蕎麦スダレなどが挙げられます。このうち「朝顔」は遣唐使により薬用(朝顔の種に含まれているファルビチンという化学物質には下剤の効能があり、現代でも漢方薬の材料になっています)として中国から日本へ伝来します。この点、植物は、微生物から光合成に必要な窒素の供給を受けるために微生物の栄養素となる植物ホルモンを生成する一方で、病原菌から身を守るための抗菌物質や動物による摂食から身を守るための有毒物質を生成していますが、この植物の有毒物質が薬の開発の出発点となり、人類は薬の成分の90%以上を植物に頼ってきました。過去のブログ記事で触れましたが、芸能は神との交信を試みるシャーマニズムから発展し、「聖」と「俗」の境界を超える社会的な機能を担ってきましたが、「俗」の境界を越えて「聖」へと至るために脳の興奮や幻覚を覚醒する有毒物質を持った植物(ベラドンナ、ベニテングダケ、ペヨーテ・サボテンなど)が利用されていました。因みに、魔女が箒に跨って空を飛んでいる姿は、箒の柄にベラドンナの成分を塗布し、(20世紀に入るまで女性はパンツを着用する習慣がありませんでしたので)それが性器の粘膜から吸収されて脳の興奮や幻覚を覚醒し、浮揚感を覚えたことが始まりと言われています。なお、植物の有毒物質は薬としても活かされるようになって、例えば、「コカ・コーラ」はアメリカの薬剤師が麻酔薬のルーツとなったコカの葉とコーラの実を原料にして疲れをとるための薬として作った飲料水です。現在のコカ・コーラの成分や製法は全く異なりますが、南米では疲労感や空腹感を緩和してダイエット効果を持つコカ茶が愛飲されています(但し、日本ではコカ茶の輸入、所持、使用や販売は規制されていますので要注意)。(閑話休題)やがて「朝顔」は薬用だけではなく観賞用としても人気となり、源氏物語第四十九帖「宿木」の第二章第六段において、薫が朝露が落ちないように手折った朝顔を扇に乗せて中の君へ差し入れ、中の君が朝露が消える前に儚く枯れて行く朝顔の花に無常を感じて「消えぬ間に 枯れぬる花の 儚さに 遅るる露は なほぞ優れる」と和歌を詠んでいますが、平安時代には朝顔が観賞用として愛でられていたことが窺えます。因みに、源氏物語に登場する「夕顔」は夕方から翌朝まで咲くウリ科の花で、ヒルガオ科の花である朝から昼まで咲く朝顔、朝から夕方まで咲く昼顔、夕方から翌朝まで咲く夜顔とは別種になります。この点、人間は、進化の過程で外部環境の変化によらず生体を一定の状態に保つため、25時間の周期でホルモン分泌や睡眠等の生理現象を起こす「体内時計」が備わっていると言われていますが、地球の自転の周期(24時間)との間に1時間の時差があることから、人間は毎日その1時間の遅れを取り戻すために生理活動を活発化し、それが刺激になって脳が発達したと言われています。これに対し、朝顔は24時間の周期の「体内時計」があって夜間の長さに応じて花を咲かせる時間(日没から9~10時間後)を調整していますが(植物には動物とは異なる方法で外部の情報を知覚する感覚がある)、脳や神経を持たない朝顔がどのように時間を計っているのかについては分かっていません。朝顔は昼間に光合成によりエネルギーを作り出し、夜間に花の芽に必要なフロリゲンという化学物質を生成しますが、暑さや乾燥によって花びらから水分を奪われないようにするために開花後約2時間でエチレンという化学物質を発生させて花を萎ませることが分かっています。このエチレンという化学物質は植物が他の組織又は他の植物等に危険を伝えるために発生するもの(植物には動物とは異なる方法でコミュニケーションを取る能力がある)と言われており、例えば、人間が毎日のように稲の苗に触れていると苗から発生するエチレンによって苗の成育が遅れることが分かっていますが、苗は人間に触られることに恐怖を感じると考えられています(植物には人間とは異なる方法で外部の情報から予測し、選択し、学習し、記憶する知性がある)。千葉県は関東一の早場米の産地ですが、5月上旬に田植えが終わってから8月中旬に収穫が始まるまでの間は農家の方が田に入っている姿を滅多に見掛けないのは、そのためなのかもしれません。このように現代では植物が動物と同様に「感覚」や「知性」を備える生物であることが分かっていますが(2008年、スイス連邦政府機関「ヒト以外の種の遺伝子工学に関する連邦倫理委員会」は「植物界における生の尊厳」という報告書を発表し、人類の生存や鑑賞の目的を超えた植物の採取は生命倫理上の問題を生じ得るという見解を示して様々な物議を醸しています。)、20世紀後半になるまで動かない植物は進化の過程を誤った結果として「感覚」や「知性」を備えない動物よりも劣る生物であるという非科学的な先入観(生物学における天動説)が信奉されてきました。この背景には、キリスト教的な自然観(例えば、旧約聖書創世記第6章の19から21及び創世記第7章の2から3など)が色濃く影を落としていると言われています。即ち、神は、大洪水から生物を保護するために「動物」(「すべての生き物」→「すなわち」→「鳥・・・獣・・・、また地のすべての這うもの」「すべての清い獣」「清くない獣」「空の鳥」)の番いをノアの箱舟に乗せるように命じますが、地球上の生物の80%以上を占める「植物」については何も触れておらず、僅かに動物のための食物としてノアの箱舟に乗せることが許されているに過ぎません。これは旧約聖書が執筆された時代の知識レベルを前提として動く物のみが生物である又は動く生物が優れているという根拠のない単純な発想から生まれた考え方であり、動物、植物及び微生物が相互に必要不可欠な依存関係を築いて調和している生態系について思慮が及ばない貧弱な自然観と言えそうです。この人間中心主義的な考え方を拠り所として非科学的な生態系ピラミッドなるもの(下図参照)が考案され、植物学の研究は大幅に遅れることになりました。現在、人類は地球上の全ての植物種の僅か5~10%しか把握していないと言われており、上述のとおりその僅かな植物種から薬の成分の90%以上が抽出されています。
 
▼ボヴェル「知恵の書」(1509年)から「生態系ピラミッド」
※Est(物):鉱物
※Est+Vivit(生物):植物
※Est+Vivit+Sentit(生物、感覚):動物
※Est+Vivit+Sentit+Inteligit(生物、感覚、知性):人間
▼現代科学を前提とした生態系を支えるプレーヤーたち
※生態系を支えるプレーヤーのうち、地球上の生物の80%以上を占める動かない植物及び人間の体の90%以上を覆う目に見えない微生物・ウィルスは研究の対象とされてきませんでしたが、漸く、これらの研究が進んで色々なことが解明されつつあります(表中の赤字の部分)。
※ウィルスは細胞がなく自己複製できないことから非生物とされていますが、生物の細胞に侵入して自らの遺伝子情報に書き換え、その遺伝子情報を書き換えられた細胞が生物の中で複製されることでウィルスが複製されるという方法で増殖します。その意味で、ウィルスは細菌のように生物の体の中で寄生するというよりも、生物の体を乗っ取るというイメージに近いかもしれません。まるでエイリアン映画のようです。
 
▼プラントバイオロジーと植物の音楽
約30億年前に地球上に誕生した生細胞は約5億年前に植物と動物に分化し、植物は生存に必要な栄養を太陽から摂取することにして自ら移動しないことを選択し、動物は生存に必要な栄養を他の生物から摂取することにして他の生物を見つけるために自ら移動することを選択しますが、ぞれぞれの選択に適した異なる生存戦略を執るようになります。例えば、外敵からの防御方法として、動物は自ら移動して「逃亡」するという方法を執りましたが、植物は自ら移動して逃亡することができないので、外敵に摂取されることを前提として、動物のような効率性を重視した機能集約型の組織構造(即ち、脳、心臓や内臓等の組織の中心となる器官を持ち、いずれかの組織が損傷すれば存続が困難となる代替不可能な構造)ではなく耐久性を重視した機能分散型の組織構造(即ち、それぞれの細胞が生存に必要な機能を分散し、組織の中心となる器官を持たず、いずれかの組織が損傷しても存続が可能となる代替可能な構造)とすることで「再生」するという方法を執りました。インターネットやNFTは、植物のような機能分散型の組織構造からヒントを得てネットワークの信頼性や安定性等を獲得しています。また、種の繁殖方法として、動物は自ら移動して「生殖」するという方法を執りましたが、植物は自ら移動して「生殖」することができないので、自ら発する化学物質等を使って動物を操ることで「交配」するという方法を執りました。このため、植物は、人間のように共通の言語を持つ者同士だけではなく、自ら発する化学物質等を使って動物や微生物ともコミュニケーションをとることができる優れた能力を備えています。さらに、植物には、動物が備えている5種類の感覚(例えば、根の視覚、トマトの嗅覚、ハエトリグサの嗅覚、オジギソウの触覚、ブドウの聴覚など)に加えて、重力、磁場、湿度の計測や化学物質の土壌含有率の分析など様々な環境変数を知覚するための15種類の感覚を備え、また、他の植物が発する化学物質等から外部環境の情報を収集し、それらを記憶して自らの生存に必要な解決策を導き出し、その判断結果を電気信号、水分や化学物質等を使って他の組織に伝達する群知性も備えており、優れた感覚及び知性を備えることで自ら移動できないハンディーを克服し、自らの生存確率を高めていると考えられています。植物の優れた感覚や知性について詳しく触れる紙片はありませんが、地球上の生物の80%が植物で占められていることを考えると、植物が地球上で最も優れた生存戦略を持つ生物と言えるかもしれません。なお、上述のとおりブドウには聴覚がありますが、人間のように空気を伝わる振動を耳で知覚するのではなく、土を伝わる振動を根で知覚することが分かっています。ブドウの樹に音楽を聞かせると味、色やポリフェノールの含有量の優れたブドウが実るという実験結果がありますが、音楽を構成する低周波(100~500へルツ)がブドウの樹の生育に良い影響を与えていること(逆に、高周波はブドウの樹の生育を抑える効果があること)が分かっています(音響農学)。また、植物は微弱な弾性波(生体電位)を発していることが分かっていますが、その弾性波(生体電位)を使って他の植物とコミュニケーションをとっている可能性が指摘されており、この仕組みを利用して人間と植物との間でコミュニケーションをとる技術の開発が注目されています。
 
【植物が奏でる「植物の音楽」】
植物の葉の表面に電極を取り付けて植物の弾性波(生体電位)の波形を読み取り電子音に変換することで、植物が奏でる音楽「PlantWave」を聴く技術が注目されています。上述のとおり植物には「感覚」や「知性」があり、光、風や人間等に反応して弾性波(生体電位)のピッチやリズムが変化することが分かっています。この技術を使えば、まるでペットと触れ合うように植物と触れ合うことも可能となり、音楽は人類だけではなく全ての生物に共通の言語となり得るかもしれません。因みに、過去のブログ記事でも触れましたが、能楽は仏教の影響を受けて植物の精霊を題材した曲目が多くありますが、西洋音楽では上述のとおりキリスト教の影響から植物を題材にした曲は非常に少ない印象を否めません。この点、武満徹の「樹の曲」(1961年)藤枝守の「植物文様」(2008年~)など日本の現代音楽家がボタニカルな音楽を作曲しており、音楽表現の可能性を拡げるものとして注目されます。
 
▼マイクロバイオームと微生物の音楽
17世紀に光学顕微鏡の発明により微生物が発見され、20世紀に電子顕微鏡及びゲノム解析の発明によりナノレベルの微生物及びウィルスの観察が可能になりましたが、動物や植物の表面や内部には大量の微生物が共生し、動物や植物の生存に必要不可欠な働きを担っていることが分かってきています。この点、人体には約37兆個の細胞がありますが、人体の表面や内部にはその10倍近い数の微生物が共生し、また、人間の遺伝子の1/3以上が微生物等から受け継がれたものであることを踏まえると、人体は人間と微生物が共生する自然環境の一部と捉えるのが適当であり、人間中心主義的な自然観や生命観の見直しが迫られています。この点、人間の免疫機能の80%は腸(とりわけ大腸)に関係していると言われていますが、もともと土壌に生息していた微生物が食物と共に腸内へ運ばれたものが腸内微生物の起源と考えられ、腸内微生物は人間が自ら消化・吸収できない栄養素を餌として、その過程で腸内微生物が生成するビタミンやアミノ酸等を人間が吸収するという相互依存関係が成立しています。また、腸内微生物は外部から侵入した悪性微生物を駆除するなど人間が健康を保つうえで非常に重要な役割を担っていることが分かっています。しかし、人間が抗生物質、人工添加物、化学肥料や農薬等を摂取することで病原菌を死滅させるだけに留まらず腸内微生物の生態系も破壊していることが分かっており、それによって人間の免疫機能に狂いが生じ、癌、糖尿病、肥満、うつ病パーキンソン病等の現代病が増加する一因になっているという研究結果があります。現代の環境問題は、人体の外部の自然環境の破壊のみならず、これと繋がっている人体の内部の自然環境の破壊という深刻な問題も惹起しています。日本人は海産物を多く摂取する食文化であることから多糖類を分解する酵素を生成する海洋性微生物の遺伝子を保有し(この遺伝子を保有している人の割合は日本人が90%以上であるのに対し、欧米人は僅か3%程度)、これによって日本人はBMIを低く抑えて長寿になる傾向があることが分かっており、日本人の新型コロナウィルスの感染者数や死亡者数が欧米人よりも低く抑えられている理由の1つではないかとも考えられています。最近の研究では微生物も知性を持ち、様々な種から構成される多様なコミュニティーバイオフィルム)を形成して植物と同様に化学物質等を使って同種間だけではなく異種間でも高度なコミュニケーションをとっていることが分かっており、人間と微生物との間のコミュニケーションの可能性が研究されています。このような状況のなか、2015年、世界5大医学雑誌の1つである「ランセット」が最新の科学的な知見を踏まえて「プラネタリー・ヘルス」という考え方(人間の健康を地球全体の健康という文脈から捉え直す取組み)を提唱し、国際会議「ワールド・ヘルス・サミット」でも採り上げられてこの考え方の優位性が確認されると共にその取組みが本格化しており、これまでの人間中心主義的な考え方に対する反省とその大幅な修正が求められています。この点、ショパンが「Bach is an astronomer, discovering the most marvelous stars. Beethoven challenges the universe. I only try to express the soul and the heart of man.」という言葉を残していますが、この言葉を意訳すれば、バッハは神の真理、ベートーベンは人間の理性、ショパンは人間の本能を表現する音楽家という趣旨と解され、それぞれの時代に最も大切と考えられてきた価値観が音楽で表現されてきました。しかし、上述のとおり現代は各分野からそれらの価値観に対する異議申立が行われ、それらの価値観に対する修正が求められている時代と言え、神や人間を表現するだけでは足りない複雑多様な世界になっています。ロマン派以前の音楽が過去の偉大な芸術遺産であるとしても、人類の普遍的な真理や価値を体現しているという感傷的な説明では埋め切れない胡散臭さのようなもの(そこで表現されている又はその表現の前提になっている自然観、世界観や価値観の劣化、乖離、矛盾や破綻など)を露呈しているように感じられ、現代の知性を前提とすると、かつてのように現代人の教養(学問、知識、経験や芸術受容等を通して養われる心の豊かさ)を育むことが難しくなってきているという印象を否めません。ロマン派以前の音楽が作られた時代から時代は大きく更新されており、過去の偉大な芸術遺産がそうであったように、時代の写し鏡である芸術表現も大きく変わることが求められており、そのような新しい芸術表現を受容できる聴衆の教養力も試されているように感じます。
 
【微生物が奏でる「微生物の音楽」】
微生物を培養しているシャーレに電極を取り付けて微生物が発する生体電位を読み取り電子音に変換することで、微生物が奏でる音楽を聴く技術が注目されています。微生物が奏でる音楽は「ノンヒューマン・リズム」と呼ばれる奇妙なさえずりのような音声パターンが特徴的で、様々な刺激を与えると生体電位が変化することから(例えば、光を当てると生体電位が弱まってリズムが遅くなる、熱を加えると生体電位が強まってリズムが早くなるなど)、様々な微生物に様々な刺激を与えた「微生物の音楽」が公開されています。また、日本人で初めてアルス・エレクトロニカ賞グランプリを受賞して話題になったやくしまるえつこの「わたしは人類」(2016年)や現在最も注目されている日本人の現代音楽家藤倉大の「GloriousClouds」(2017年)など日本の音楽家も微生物を題材にした音楽を作曲しています。
 
ウェルビーイングと人間の音楽
上述のとおり抗生物質(微生物が他の微生物の増殖を抑制するために合成している化学物質)の大量投与による微生物の生態系の破壊が現代病の一因になっていると考えられていますが、人体の内部で共生している微生物にとって抗生物質の大量投与は宛ら無差別大量破壊兵器化学兵器)であり、それが人間の免疫機能を狂わせて健康を害するという皮肉な結果を招いています。この点、「病気を観る西洋医学」(検査に基づいて西洋薬(人工的に化学合成した新薬)や手術等により病巣を局所的に取り除く直接的な治療を特徴として臨床医学に強み)に対して「病人を観る東洋医学」(経験に基づいて漢方薬(自然界の有効成分を配合した生薬)や鍼灸等により身体のバランスを整えて免疫力を高めることによって身体状態を全体的に改善し、病状を緩和する間接的な治療を特徴として予防医学に強み)が見直され、人体の内部で共生する微生物の生態系を破壊しない治療方法として、自然を支配(破壊)する西洋医学的な発想だけではなく、自然と調和(共生)する東洋医学的な発想が積極的に採り入れられるようになっています。このような東洋医学的な発想(ホリスティック)は、最近注目されている音楽療法の世界にも息衝いています。古くから音楽療法は心身の調和が乱れた状態から心身の調和が取れた状態へ戻すために利用されてきており、例えば、18世紀前半にバッハが不眠症に悩むカイザーリンク伯爵の依頼でお抱え音楽家・ゴルトベルクに弾かせるための曲として「ゴルトベルク変奏曲」を作曲した逸話(バッハ小伝)は有名です。また、20世紀前半に医師のイサ・マウド・イルセンは、重い不眠症患者のために『適量のシューベルト「アヴェ・マリア」』を処方した記録が残されており、患者の音楽的嗜好に合わせて民族音楽や器楽曲等も処方していたようです。現在、不眠症は、睡眠薬、環境改善、リラクゼーション及び呼吸法等の治療法がありますが、とりわけ呼吸法は「息を吸う」(緊張)と「息を吐く」(弛緩)によって生理的作用を切り替える働きがあり、覚醒から睡眠へと生理的作用が切り替わるタイミングで呼吸数が減少すると言われていますので、音楽療法により呼吸のリズムを整えることで睡眠を誘う効果があると言われています。また、速いテンポの音楽は交感神経系(昼の神経)を刺激して顆粒球が活発化し、遅いテンポの音楽は副交感神経(夜の神経)を刺激してリンパ球が活発化するなど免疫機能やホルモン分泌にも大きく影響していると言われています。この点、音楽家の脳年齢とそれ以外の人の脳年齢を比べると音楽家の脳年齢が平均して約4歳ほど若いという研究結果がありますが、音楽療法は人間の生理的作用や心理的作用に働き掛けて心身の状態を改善する効果があると考えられています。具体的な病例と科学的に検証された音楽療法の効果について詳しく触れる紙片はありませんが、音楽療法は心身医療、緩和医療、ホルモン正常化、脳神経障害のリハビリ等の幅広い病例に一定の効果があることが分かっており、病気を根治させる医学的な治療とは異なりますが、患者の心身をネガティブな状態からポジティブな状態に改善して医学的な治療を手助けする副次的な効果が期待されています。ところで、プログの冒頭でユニセフが子供たちの幸福度(ウェルビーイング)を調査したところ日本は38ケ国中37位だったことを紹介しましたが、2021年のダボス会議世界経済フォーラム年次総会)でシュワブ会長が「人々の幸福を中心とした経済」について講演し、単に持続可能な社会を目指すだけではなく、ウェルビーイングに配慮した社会の再構築の必要性に触れて話題になりました。欧州では「Wellbeing Economy Goverments」のパートナーシップへ参加する国が増えており、ウェルビーイングに対する世界的な関心の高まりの現れと言えます。この点、OECDが定める「より良い生活指数」という指標に基づく調査(2021年)では、日本は総合ランキングで40ケ国中25位のウェルビーイング後進国であるという結果が示されています。これを踏まえて、2021年に日本政府は「成長戦略実行計画」でウェルビーイングを実現できる社会の実現を掲げ、巷では「ウェルビー女子」という造語まで生まれ、先進的な企業では働き方改革と共にウェルビービングへの取組みが強化されています。日本がウェルビーイング後進国とされる理由について様々な分析がありますが、将来に不安を抱えていること(不安遺伝子(SS型)の占める割合が日本人は約68%に対して米国人は約19%、楽観遺伝子(LL型)の占める割合が日本人は約2%に対して米国人は約32%という調査結果があり、もともと日本人は不安症の傾向が強いことが原因の1つ)、ワークライフバランスが十分でないことや職場や学校以外のコミュニティーを持っていないことなどが挙げられています。昔の日本社会は、「」という複数のコミュニティーが存在し、「」という本名以外の名前(別の顔)を持ってハイブリットな分人ネットワーク(壱人両名)を許容する懐の広い柔軟な社会で、厳しい身分制社会に拘らず、現代より自己実現を図る機会に恵まれていたのではないかと思われますが、コロナ禍を契機としてサラリーマンの副業やライフスタイルに合わせた多様な働き方が浸透したことはウェルビーイングに配慮した社会の再構築にあたって有用ではないかと思います。ウェルビーイングは健康、幸福及び福祉から構成され、そのうちどのような状態が幸福であるのかの基準は時代、民族、文化や個人の資質等によっても異なり得るものなので、それを無視して1つの客観的な指標だけで単純に比較することに余り意味はないと思われますが、ウェルビーイングに配慮した社会の再構築を目指すにあたってウェルビーイングを高めるための環境整備に向けた取組みは有効ではないかと思います。最近、その環境整備の一環として、音楽からウェルビーイングにアプローチする「ウェルビーング・ミュージック」というジャンルが注目されていますが、過去のブログ記事でも触れた「ポスト・クラシカル」の潮流とも相通じるものが感じられ、現代の自然観、生命観や価値観等を踏まえて音楽の在り方も大きく変わろうとしているように感じます。
 
【人間の神経細胞が奏でる「人間の音楽」】
シャーレで人間の皮膚細胞を培養して神経細胞ニューラルネットワーク)へと成長させ、そこに電極を取り付けてニューロンが発する生体電位を記録すると共に、人間が作った音楽を電子信号に変換してニューロンへ刺激を送り、ニューロンが電子楽器を制御して応答する仕組みを利用して即興演奏することが可能になっており、この技術を脳卒中患者の脳神経の回復やパーキンソン病患者の神経変性疾患の治療等へ応用することが期待されています。また、アルヴィン・ルシェ「独創者のための音楽」(1965年)や「HUMAN GENOME MUSIC PROJECT」(2012年~)など脳波やヒトゲノム配列の人間の生体情報を使って音楽を奏でるバイオ・ミュージック(実験音楽)が注目を集めています。
 
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世界平和を心から願って、ウクライナ侵攻の犠牲者への鎮魂歌とウクライナ人への人道支援命のビザ)のための音楽をアップしておきます。なお、日本国内に在住するアンナ・リトヴィノワさん(東京音大卒)が勇気を出して反戦を訴えるデモを行っています。この運動に共感される方のご支援をお願い致します。
 
アルヴァ・ペルト(1935年~)の宗教合唱曲「主よ、平和を与えたまえ」をお聴き下さい。エストニア人作曲家・ペルトは日本でも人気が高い現代音楽家で2014年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しています。人類が無差別大量破壊兵器化学兵器核兵器など)の使用という現実的な脅威に晒されて圧倒的な無力感、絶望感や敗北感の前に神に祈るしか術がない時代に、平和への切実な希求を込めた迫真の音楽が心に響きます。
 
ルフレート・シュニトケ(~1998年)のオラトリオ「長崎」をお聴き下さい。ロシア人作曲家・シュニトケが原爆根絶の願いを込めて作曲した多様式主義の音楽で、1959年にショスタコーヴィチの推薦でロシア初演されています。日本初演は2009年になってからのことで、(自戒の念を込めて)20世紀がクラシック音楽不毛の時代と言われる原因は作品ではなく聴衆の質(新しいものを受容できる教養力)の問題であることを分からせてくれる作品の1つです。
 
ルフレート・シュニトケ(~1998年)の宗教合唱曲「レクイエム」をお聴き下さい。ロシアに対する経済制裁ウクライナ侵攻の資金源を断って平和を早期に実現するためであってロシアを破滅させるためではありません。ロシアのウクライナ侵攻は強く非難するべき絶対に許されない行為ですが、その一方で、ロシア音楽の排除を含めてロシアとのコミュニケーションを閉ざそうとする態度もお互いの憎悪を増すだけで平和の実現を遠ざけてしまう愚かしい行為です。
 
ハーバート・ハウエルズ(~1983年)の宗教合唱曲「レクイエム」をお聴き下さい。イギリス人作曲家・ハウエルズは旋法性の高い作風を得意とし、宗教合唱曲を中心として作品を残しています。イギリスはピューリタン革命により人々を堕落させるという理由で音楽等が制約されていたことからクラシック音楽の作曲家が生まれ難く、クラシック音楽不毛の地と言われてきましたが、近年、その汚名を返上する傑作が数多く生まれています。
 
ハビエル・パニアグア(1946年~)の「Music for Ukraine」をお聴き下さい。メキシコ人作曲家・パニアグアは、作曲家ハビエル・パニアグアは、ウクライナの子供たちを支援するための人道支援としてストリーミング音楽「Music for Ukraine」の使用料を寄付する取組みを行っています。現在、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)等の国際機関でもウクライナへの人道支援命のビザ)を受け付けています。