大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用などは固くお断りします。※※

いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023(5月3日)とボヘミアン(ジプシーと加賀一向衆)<STOP WAR IN UKRAINE>

▼ボヘミアン(ジプシーと加賀一向衆)(ブログの枕)
GWの連休を利用して観光がてら「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023」に来ています。クラシック音楽~現代音楽、西洋音楽~民族音楽(邦楽やジャズ等を含む)、プロフェッショナル~アマチュア(若者)とクロスオーバーを意識したバランスの良い企画内容で、音楽祭ならではの多種多様な音楽を一度に聴く機会に恵まれています。しかも、新しい芸術表現の可能性を模索する未来志向の企画も用意されているなど、正しく「変革の時代」に相応しい音楽祭になっており足を運ぶことにしました。「音楽は音を楽しむと書くのだから気軽に楽しめばいい!」というレベルの薄っぺらな芸術体験ではなく、新しい世界観に触れて視野が拓かれるような芸術体験(シナプス可塑性の活発化)を通して初めて味わうことができる本当の楽しさを求めています。さて、ロシアによるウクライナ侵攻に対する抗議もあるのでしょうか、この音楽祭には「東欧に輝く音楽~プラハ・ウィーン・ブタベスト~」という副題が付されていますが(ウクライナ民謡を採り上げている演奏会もあります)、少し切り口を変えて「ボヘミアン(ジプシーと加賀一向衆)」「禅(鈴木大拙とジョン・ケージ)」「クロスオーバーする加賀文化」という「金沢」を基点としたテーマ性を持って音楽祭に参加してみたいと思います。ジプシーのように自由な生き方をする人達のことをボヘミアン(仏、ボエーム)と言いますが、15世紀頃にチェコ共和国ボヘミア地方からパリへ流浪して来た(と考えられていた)ジプシーを意味する言葉として使われ始めたもので、19世紀にフランス人作家のH.ミュルジェールが小説「ボヘミアン生活の情景」でパリへ出稼ぎに来ている自由な生き方をする若く貧しい芸術家を指す言葉として使用したことで世界中に広まり、G.プッチーニはこの小説を題材にしてオペラ「ラ・ボエーム」を作曲し、また、J.ラーソンはこのオペラを題材にしてミュージカル「レント」を作曲しました。アメリカ人作家のL.ストーバーは著書「ボヘミアン宣言」(2004年)でボヘミアンを5つのタイプ(ジプシー:移民、ヌーボー:中流層、ダンディー:上流層、ビート:芸術性、:精神性)に分類し、各々のタイプに適したライフスタイルを提案して話題になりましたが、このうちジプシーの祖先は10世紀頃にインド北西部タール砂漠へ侵攻したペルシャ王朝の奴隷になることを忌避して中近東へ流浪し、その後、音楽やダンスを興行する旅芸人等として生計を立てながら15世紀頃に東欧等へ進出して、やがて全世界へ分布して行きました(ジプシーと同じく流浪の民である東欧のユダヤ人のクレズマー音楽については別の機会に触れます)。この点、ジプシーは流浪民として迫害を受けてきた歴史があり、その呼称に差別的なニュアンスを含むことから、1971年にポリティカル・コレクトネスの観点から「ロマ」に改称されています(但し、便宜上、拙ブログではジプシーと表記します)。F.リストの著作「ハンガリーのジプシーとその音楽」(1859年)に世界初のジプシー音楽の調査結果が記録されていますが、ジプシー音楽はハンガリーの民謡、スペインのフラメンコ、トルコのベリーダンス、アメリカのジャズやパンクロックとクロスオーバーしながら多様に革新、発展してきた音楽で、1987年にフランスのバンド「ジプシー・キング」がフラメンコ、ポップスやロックなどを融合した音楽で大ヒットし(世界のルーツ・ミュージックのポップ化の潮流)、1989年のベルリンの壁崩壊(東欧の解体)及び1990年代のインターネットの普及に伴ってジプシー音楽のグローバル化が進み、現代でもジプシー・ジャズ、ジプシー・ブラス、ジプシー・パンクなどが世界で人気を博しており、日本ではジプシー・ヴァイオリン奏者・古舘由香佳子さんなどの活躍が注目されています。なお、ジプシー音楽とスウィング・ジャズを融合してジプシー・ジャズを創始した天才ギタリストのR.ジャンゴの半生を描いた映画「永遠のジャンゴ」には、R.ジャンゴが第二次世界大戦で犠牲になったジプシー達のために作曲した現代音楽「レクイエム」(未完)が登場しますが、ジプシーの豊かな音楽性を示しています。ご案内のとおりジプシー音楽を題材としたクラシック音楽の曲は多く、F.リスト「ハンガリー狂詩曲」、ブラームス「ピアノ四重奏曲第1番」、P.サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」(ツィゴイナー:ジプシーを意味するドイツ語)など枚挙に暇がなく、また、G.エネスク「ルーマニア狂詩曲第1番」、バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」、M.ラベル「ツィガーヌ」(ツィガーヌ:ジプシーを意味するフランス語)、D.ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」、今年生誕100周年を迎えたG.リゲティ「ヴァイオリン協奏曲」など20世紀以降の作品にも影響が見られます。ところで、石川県(加賀国)の歴史を紐解くと、1488年(フランス革命の300年前)から1580年の約100年間に亘って一向衆(本願寺門徒)が中心となって国人や農民が自由自治する惣国を樹立して(百姓の持ちたる国)、世界に先駆けて共和制(不完全ながら自由主義や民主主義、阿弥陀如来の前では皆同じとする平等主義)が誕生していたと言われています。徳川家の重臣であった本多正信は諸国流浪の末に加賀一向一揆に参加したと言われており、この時代にはボヘミアニズムの理想を求めて諸国から加賀国へ移住してきた人が多かったのではないかと考えられ、僕の傍系の先祖の一人も1491年に他国から加賀国金津荘(石川県かほく市)へ入り加賀一向衆に対する軍事指導を行っていたという記録が残されています。このようなボヘミアニズムを育んできた風土が伝統に根ざしながらも時代を革新する新しい芸術表現を創造するポテンシャルを持った文化的な土壌を根付かせたと言えるかもしれません。ロシアによるウクライナ侵攻を契機としてアメリカを中心した国際秩序から多極化した国際秩序へ時代が変遷しようとしているなかで、法の支配(神の支配(宗教権威)→人の支配(絶対王政)→法の支配(民主主義))に基づく自由で開かれた国際秩序(ボヘミアニズム的な価値観を含む)の重要性を考える契機になっている音楽祭とも言えます。なお、色々な催し物があり感想を書いている時間がありませんので、一部の有料公演に限って一言感想を残しておきたいと思います。
 
▼A.ラローチャ(生誕100周年)へのオマージュ
今年生誕100年を迎えたA.ラローチャへのオマージュとして、J.トゥリーナ作曲「5つのジプシー風舞曲第1集」から第5番「サンクロモンテ」をアップしておきます。スペイン音楽の魅力を世界に紹介するなど傑出した功績を遺した20世紀を代表する名ピアニストですが、その明晰なリズム感は西アジア~東欧~西欧をダイナミックにクロスオーバーするジプシー(ロマ)文化の昇華により生まれた音楽に瑞々しい生命力を吹き込んでいます。
 
▼いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023(5月3日)
▼田中祐子 名古屋音楽大学の吹奏楽団を振る
【演目】R.ガランテ レイズ・オブ・ザ・サン
    J.フチーク フローレンティナー・マーチ
    天野正道 レトロ(2023年全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅲ)
    Z.コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」
      <Con>田中祐子
      <Bra>名古屋音楽大学吹奏楽団
【場所】石川県立音楽堂 コンサートホール
【日時】5月3日 9時40分~
【料金】1500円
【一言感想】(288文字以内/演目)
音楽祭のオープニングを飾るのに相応しい華々しい演奏を楽しむことができました。指揮者の田中祐子さんは体調を崩して療養されていたそうですが、この演奏会が復帰公演になったようです。病み上がりとは思えない力強いイニシアティブで、メリハリのあるデュナーミクや緩急の効いたテンポなど、細部まで配慮の行き届いた統制感のあるアンサンブルが見事でした。演奏者の名前は分かりませんでしたが、多彩な音色で歌うソロ・フルートが出色でした。なお、石川県立音楽堂(コンサートホール)は、後部残響音が柔らかく広がり音楽の余韻を深くする魅力的なホールです。
 
▼シンフォニエッタ 村上春樹の「1Q84」にも登場!
【演目】L.ヤナーチェク  シンフォニエッタ
      <Tp>ザ・トランペットコンサート
      <Con>レオシュ・スワロフスキー
      <Orc>ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団
    Z.コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」
      <Con>レオシュ・スワロフスキー
      <Orc>ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団
【司会】加羽沢美濃
【場所】石川県立音楽堂 コンサートホール
【日時】5月3日 15時00分~
【料金】2000円
【一言感想】(288文字以内/演目)
村上春樹の小説「1Q84」でL.ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」が採り上げられて話題になりましたが、ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団(JFO)が同曲を演奏するというので聴くことにしました。JFOの演奏は初聴でしたが、オペラ指揮で定評があるL.スワロフスキーがその持ち味を発揮したドラマチックな演奏に魅了されました。とりわけ弦のトレモロの美しさには恍惚感すら覚え、ヨーロッパのオーケストラに漂う独特の香気のようなものが感じられました。13管のバンダは日本人がトラとして乗っていましたが、五音音階の処理を含めて面目躍如たる好演でした。ヴラヴォー!
 
▼田中泯 東欧音楽との出会い
【演目】B.バルトーク 無伴奏ヴァイオリンソナタより
                第1楽章「シャコンヌのテンポで」
    B.バルトーク 弦楽四重奏第6番
              <Dan>田中泯
              <Str>クァルテット・インテグラ
                   <1stVn>三澤響果
                   <2ndVn>菊野凛太朗
                   <Va>山本一輝
                   <Vc>築地杏里
【場所】石川県立音楽堂 邦楽ホール
【日時】5月3日 16時20分~
【料金】2000円
【一言感想】(288文字以内/演目)
クアルテット・インテグラは、バルトーク国際コンクールで優勝、ミュンヘン国際音楽コンクールで第2位を受賞するなど、現在注目されている弦楽四重奏団ですが、全く隙のない密度の濃い演奏(桁違いに上手い)を聴かせてくれ、この演奏に触発されるように俳優の田中眠さんが即興ダンスを披露しました。照明(影を使った演出)や舞台セット等が用意されていましたので基本的なコンセプト(アイディア)は共有されていたようですが、あの複雑な動きは準備してできるものではなく、その場のインスピレーションに突き動かされているような霊感のようなものが感じられ、自らの全てを曝け出す凄みのようなものが感じられる舞台でした。
 
▼林英哲の和太鼓 広上淳一&OEKと白熱の競演
【演目】林英哲 千の海響
      <和太鼓>地元子ども達と英哲風雲の会
    石井眞木 モノプリズム
      <和太鼓>林英哲、英哲風雲の会
      <Con>広上 淳一(指揮)
      <Orc>オーケストラ・アンサンブル金沢
           ガルガン・アンサンブル
【場所】石川県立音楽堂 コンサートホール
【日時】5月3日 20時30分~
【料金】2000円
【一言感想】(288文字以内/演目)
北陸は和太鼓が盛んで地元の小中学生10名による和太鼓演奏が披露されましたが、胃袋まで響く迫力の演奏を楽しめました。オーケストラ・アンサンブル金沢は初代音楽監督の故・岩城宏之さんの意向もあり「コンポーザー・オブ・ザ・イヤー」というプロジェクトを立ち上げ、過去、日本人の現代作曲家の作品を積極的に演奏してきました。モノプリズムは和太鼓のモノクロームとオーケストラのプリズムから出来た造語ですが、強靭でしなやかなバチ裁きによる繊細で勇壮な和太鼓の響きに、オーケストラを打楽器のように操りながらフットワーク軽く呼応して精妙で圧倒的な音響世界を構築する好演は見事でした。ヴラヴォー!
 
いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023(5月3日)
おもてなしドーム(金沢駅兼六園口):加賀の友禅流しをイメージしたものかと思っていましたが、「駅を降りた人に傘を差し出す、もてなしの心」がコンセプトだそうです。実に清々しい! もてなしドーム地下広場:3人のミューズの饗宴(<Vn>中川紗優梨、<Fl>藤井ひろみ、<Pf>山田ゆかり)の演奏は大勢の立ち見客が出るほどの混雑ぶりで大変に盛り上がっていました。 音楽堂安らぎ広場:台湾宜蘭ジュニアオーケストラの演奏は早朝の時間帯にも拘らず、沢山のちびっこ連れの家族で会場に入り切らないほどの行列ができていました。写真は会場外の覗き窓から撮影。 音楽堂前広場:ハンガリージプシーバンドの演奏はハンガリーの民族楽器であるツィンバロ厶による演奏が披露されましたが、これだけ間近でツィンバロ厶の演奏を聴くのは初めての経験でした。
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.22-1曲目(チェコ人)
シリーズ「現代を聴く」では、1980年以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家又は現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している若手の演奏家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。なお、「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2023」に3日間参加する予定なので、今回は1日毎に1人づつご紹介します。
 
▼マルティン・ブルンナーの「Behind the Clouds」(2009年)
チェコ人現代作曲家のマルティン・ブルンナー(1983年~)は、作曲家グループ「プラハ・シックス」のメンバーで、モダンジャズ、クラシックやロックを融合したジャズ及び現代音楽の作品を創作する現代作曲家であり、マーティン・ブルナー・バンドやマーティン・ブルナー・トリオ等のピアニストとしても活躍するなど、現在、チェコで最も注目されている新世代の現代作曲家兼ピアニストです。この曲は、ジャズ批評の「ジャズオーディオ・ディスク大賞」(2009年)で入賞している出世作とも呼べるアルバムで日本でも人気を得ています。
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