大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用、拡散などは固くお断りします。※※

JOLT Showcase Yokohama 2023<STOP WAR IN UKRAINE>

【注】今回は番外編として「ブログの枕」と「シリーズ現代を聴く」はお休み。
▼JOLT Showcase Yokohama 2023
【演目】①Augented Hyenas
     <サウンドアート・アンサンブル>ノイズ・スカベンジャーズ
    ②The Mother in The Silver Mouth
     <能声楽家>青木涼子
    ③Disruptive Critters
     <パフォーマー>ジョナサン・ダックワース
                  (ロイヤルメルボルン工科大学准教授)
     <パフォーマー>ジェイムズ・ハリック(作曲家)
    ④Strange James
     <エレキギター、歌>ジェイムズ・ハリック(作曲家)
     <ライブ・ペインター>中山晃子       
    ⑤Hagoromo
     <能声楽家>青木涼子
     <サウンドアート・アンサンブル>アンプリファイド・エレファンツ
    ⑥Paracollider
     <映像作家>牧野貴
     <サウンドアーティスト>キャル・ライアル
【技術】ジョナサン・ダックワース(ロイヤルメルボルン工科大学准教授)
    望月茂徳(立命館大学映像学部准教授)
    ロス・エルドリッジ
【場所】BankART Station ギャラリー
【日時】2023年9月24日(日)15:00~
【一言感想】
オーストラリア人作曲家のジェームズ・ハリックさんが監督を務めるオーストラリアに拠点を置く前衛アート集団「JOLT Arts」が能声楽家・青木涼子さんやライブペインター・中山晃子さんらと共に最先端のオーディオ・ビジュアル&インタラクティブ・パフォーマンスの作品及びアーティストを紹介する「 JOLT Showcase Yokohama 2023 」を日本で開催するというので横浜まで視聴に行きました。これだけ充実した内容の公演なのに無料とは驚きましたが、アートとテクノロジーを融合したボーダーレス(音楽とアート、古典と前衛、西洋と東洋、デジタルとアナログなど)なオルタナティブ・アートに触れることができて興奮を禁じ得ません。ヴラヴィー!!なお、2023年9月28日(木)19時~、「JOLT KYOTO 2023」が京都のアートスペース「UrBANGUILD」で開催されますので、ハイブリッドな脳をお持ちの方やハイブリッドな脳にアップグレードしたい方などには特にオススメしておきます。また、2023年11月30日(木)19時~、「能声楽家・青木涼子コンサートシリーズ「現代音楽X能」第10回記念公演」が開催されますので、こちらも聴き逃せません。
 
①Augented Hyenas
ノイズ・スカベンジャーズは、社会から疎外された若者を対象としたサウンド・アート(ルイジ・ルッソロの騒音芸術を嚆矢として視覚ではなく聴覚に訴求するアート表現を基調とし、従来の作曲、演奏や聴取という音楽の基本的な構成要素から逸脱し、音素材から構成された音自体を体感するインスタレーション、パフォーマンスやメディアアートなどのアート作品<具体例>)のワークショップ・プログラムとして誕生したそうですが、このバンド名であるスカベンジャーとはハイエナなどの腐肉食動物を意味し、また、この曲のタイトルはAR技術の頭文字であるAugmented Reality(拡張現実)と掛詞になっており(?)「拡張されたハイエナ」という意味に直訳できますので、現代社会の腐肉とも言えるノイズを捕食するテクノロジーと融合したハイブリッドなハイエナを連想させる挑発的なネーミングに感じられます。ご存命ならば故・坂本龍一さんも興味を示されたのではないかと推測しますが、2022年に作曲家のジェームス・ハリックさんらが「ウェアラブル・インタラクティブ・シンセサイザー」という新しい楽器を開発し、この曲が創作されています。エレキギター、ドラム及びシンセサイザーから構成されるロックバンドですが、この新しい楽器をメンバーの手首や指に装着し、その動きに連動して電子音が鳴る仕組みになっており、ロックともジャズとも現代音楽(エレクトロニクス)とも異なって、これまでに聴いたことがないパフォーマンスが織り成す異次元の音響空間が面白く感じられ、新しいアート体験に興奮を禁じ得ませんでした。この新しい楽器をワイヤレスに改良し、ダンサーの身体に装着しても面白いかもしれません。
 
②The Mother in The Silver Mouth
青木涼子さんは能の謡と現代音楽を融合した「能声楽」という新しいアート表現を生み出し、作曲家・細川俊夫さんをはじめとして世界中の作曲家と親交を結びながら世界的に活躍しています。能楽界は男性社会(過去のブログ記事でも触れたとおりクラシック音楽界も男性社会でしたが、K.サーリアホさんやO.ノイヴィルトさんらの活躍で状況が改善してきています。)であり、現在でも「女流能」という差別的な表現が存在するようにジェンダー・ギャップが根強く残されています。この点、歴史を紐解くと新しいものは時代の逆境を契機として生まれることが多いですが、作曲家のJ.ケージ及び美術家のM.デュシャンが志向した「能オペラ」を嚆矢とし、上述のような時代の逆境が青木さんをして新しいアート表現を生み出す原動力になったのかもしれません。以前、月刊誌レコード芸術で現代音楽の音盤評を担当していた長木さんが「単に新しい能を作るというようなせせこましいスケールに捕われるのではなく、能や謡の発想から発していることは間違いないものの、何かもっと別の、声と楽器、声と息のパフォーマンスへと翔んでしまっており、それが非常にエキサイティング」(レコード芸術2014年7月号準特選)と書かれていましたが、非常に重要なことを指摘されていると思います。単に大衆迎合的なコンテンツを伝統芸能の鋳型に嵌め込む改良ではなく、伝統芸能のエッセンスは活かしながらも伝統の殻を破って新しいアート表現を志向する革新に挑戦する若手の活躍に期待し、応援していきたいと思っています。さて、能の謡は声帯が閉じた状態(地声)で発声されることから低く籠ったような声(非整数次倍音=自然音)が出ますが、西洋の声楽は声帯が開いた状態(裏声)で発声されることから高く抜けるような声(整数次倍音=人工音)が出るという特徴的な違いがあると言われています。この曲は、J.ハリックさんが能の謡(歌+台詞)と現代音楽(エレクトロニクス)のために作曲した作品で、英語の詞章であったことから日本語と英語の音節構造の違いが影響しているのかもしれませんが、能の謡の魅力と西洋の声楽の魅力がミクスチャーしたようなジャンルレスな曲調(謡)が新鮮に感じられ、能の謡に特徴的な声帯の使い方が西洋の声楽にはない豊かな表現世界の広がりを生んでいたように思います。能声楽という新しいアート表現の未知数の可能性を感じさせる面白い作品でした。
 
③Disruptive Critters
この曲ではJ.ダックワースさんが開発した自律型AIコンピュータ「オーディオ・ビジュアル・インターフェース」(AVI)という新しい楽器が使われました。元々は外傷性脳損傷者のリハビリテーションのためにスクリーンに触れると様々な音が出るデバイスとして開発されたそうですが、それを楽器に改良したものだそうです。この曲のタイトルは「破壊的な生き物」という意味に直訳できますが、AVIのスクリーンに表示されている様々な幾何学的な記号にはそれぞれ異なった音(文脈を持たない人声)が割り当てられ、パフォーマーがスクリーンに表示されている記号に触れると、その幾何学的な記号が画面上を生き物のように自律的に動き回りながら音を発し、その記号を指で動かしたり大きさを変えたりして音を変化させることで即興演奏します。今日はAVIのスクリーンがバックスクリーンに拡大投影されましたが、この幾何学的な記号が自律的に動き回りながら様々な形に変化し、さながら動く抽象絵画を見ているような面白さがありましたが、文脈を持たない人声が発せられることで、その幾何学的な記号の動きや変形に文脈が生まれ、人間社会の縮図をイメージさせる効果も感じられ、デジタル・ディスラプション(新しいデジタル・テクノロジーにより新しい商品・サービスが生まれ、既存の商品・サービスの市場が破壊される現象)の世界観をコミカルに表現する面白さが感じられました。最近、人類の文化的な進歩は限界に達しているのではないかという論説を拝見することがありますが、アートとテクノロジーの融合によってアート表現の可能性は異次元の地平へと広がりを見せており、年甲斐もなくまだまだ世の中は面白いと実感できる新しいアート体験に興奮を禁じ得ませんでした。
 
④Strange James
この曲のタイトルは「奇妙なジェイムズ」という意味に直訳できますが、奇妙なジェイムズの深層心理を覗き見るシュールな世界観が表現されています。J.ハリックさんが顔に黒いアイマスクをペインティングして登場し、エレキギターを弾きながら上ずった裏声で心の叫びにも似た奇妙なジェイムズの深層心理を熱唱し、その音楽にインスパイアされるように美術家・中山晃子さんがアライブ・ペインティング(様々な素材を反応させて絵を描くライブ・パフォーマンス)で奇妙なジェイムズの深層心理を吐露する音楽を絵(色彩、形象など)で表現しましたが、さながら動くシュールレアリスム絵画やアクション・ペインティングを見ているような面白さがありました。そう言えば、昔、ブラームスの交響曲を聴くと寡男の万年床を連想させるディープな世界観に心を捉えられていた時期がありましたが、複雑でストレスフルな現代の世相を反映してか奇妙なジェイムズの心の闇に蠢く混沌とした割り切れないものが心を強く捉え、それが共感と慰めを生んでいるように感じられました。
 
⑤Hagoromo
能では能舞台という装置を使って此岸と彼岸を接続するハイブリッド空間を演出しますが、今日は、ボリュメトリック・キャプチャ技術(現実空間を3次元のデジタルデータとして取り込み、それを仮想空間に忠実に再現する技術)を使って(能「二人静」を彷彿とさせますが)地上界の天女(リアルな青木さん)と天上界の天女(バーチャルな青木さん)が共演するハイブリッドな舞台を楽しむことができました。能では能舞台という装置と共に能面がこの世のもの(前場)とこの世ならざるもの(後場)を見物の心に映し出すメディアとして機能しますが、ボリュメトリック・キャプチャ技術は能面に代わる次世代のメディアとして機能しているように感じられ、ハイグレードなハイブリッド空間を演出してアート表現の可能性を飛躍的に拡張させるものとして注目されます。この作品は、能「羽衣」を素材とし、能囃子に代わってサウンド・アート・アンサンブル「アンプリファイド・エレファント」がオーディオ・ビジュアル・インターフェース、シンセサイザー、エレクトロニクス及びエレキギターを使って音響空間を設えるものでしたが、もともと能は前衛的な性格を持つ表現なので現代音楽との親和性が高く、非整数次倍音を豊富に含む謡はノイズを含むエレクトロニクスとの相性も良いもので違和感なく楽しむことができました。能「羽衣」では、天女の舞(天女の羽衣を彩るのは自然の美しい景観)で自然の美しさを讃えて天上界へ帰りますが、近時、オーストラリアにおける森林火災やコアラの絶滅危機(レトロウィルスの蔓延)など世界中が自然環境破壊に起因すると思われる未曽有の惨禍に直面するなか、この作品には人間中心主義から自然尊重主義への回帰(自然との対称性の回復)を訴える現代的なメッセージが込められていて胸を打つものがありました。なお、ボリュメトリック・キャプチャ技術は進歩途上の技術ですが、リアルな人間の動きにバーチャルな映像の動きをリアルタイムで同期させる技術の改良、開発が待たれます。
 
⑥Paracollider
この作品のタイトルは「異常」(para)と「粒子」(collider)から作られた造語ではないかと思われますが、おそらく「水」や「泡」をモチーフにしたオーディオ・ビジュアル作品ではないかと思われます。水流や気泡の抽象的なイメージがオーディオ&ビジュアルで表現され、密度、速度、色彩、音色などを多層的に変化させて触感や質感のあるオーディオ&ビジュアルに包まれながら感情が揺さぶられ、様々なイメージを想起させる圧倒的なアート体験が新鮮に感じられました。直接、脳に働き掛けるオーディオ&ビジュアル作品という印象ですが、非常にインパクトの強い作品なので光感受性発作などを心配される方は無理して視聴せずに自覚症状が出る前に瞑目するなど適切な対応を心掛けることが必要かもしれません。ウーファーの空気振動によって心臓のあたりにビートを感じる音響演出(?)がありましたが、これによって血液や生命を強く連想し、水が生命の源であることを再認識させられる貴重なアート体験(エコロジー体験)となりました。日頃、あまり使っていない脳領域を刺激されることで、新しい視野や世界観が拓かれて行くようでした。古き良きものの価値を否定するつもりはありませんが、そこに留まり続けることは世の中を狭くし、世の中をつまらなくするだけかもしれません。
 
▼変貌する新高島
10年前の新高島には劇団四季のキャッツシアターしかない更地でしたが、日産本社の進出を皮切りに、この変革の時代を勝ち抜いてきた革新的な企業が挙って新高島に進出し、横浜市と協力して次の時代を見据えたイノベーションのためのエコシステムやエコトーンの基地となり得るような再開発に着手し、文字とおり「みなとみらい」という地名を体現するような街造りが進められています。東京よりアタラシイかも🤩
みなとみらい地区 新高島界隈(神奈川県横浜市西区みなとみらい5-1
BankART Station:横浜市が「創造都市構想」の一環として新高島駅構内に設けているパブリック・アートのためのオルタナティブ・スペースです。みなとみらい地区にはハイブリッドな脳にアップグレードするための仕掛けが数多く存在します。 BankART Station:Hagoromoではボリュメトリックキャプチャ技術が使用されていますが、新高島界隈には本格的なキャプチャスタジオ「白河清澄BASE」を持つソニーがソニーシティみなとみらいを設けて、エコトーンを仕掛けています。 山葉オルガン:山葉楽器製作所が1890年内国勧業博覧会で入賞したオルガンです。来春、ヤマハ(株)はみなとみらい地区再開発の一環として新高島にプランドショップを開設して文化の面からエコシステムの拠点化を目指す構想を掲げています。 横浜アンパンマンこどもミュージアム:新高島界隈と言えば横浜アンパンマこどもミュージアムが有名ですが、この界隈でも一段と熱気が溢れているパワースポットです。ちびっ子たちの脳内ドーパミンの分泌を促すにはもってこいだと思います。