大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用、拡散などは固くお断りします。※※

演奏会「東京・春・音楽祭2023」とエナジー風呂と心の病<STOP WAR IN UKRAINE>

▼哀悼の意とエナジー風呂(ブログの枕の前編)
先日、坂本龍一さんが急逝されましたが、改めて、その存在感の大きさに思いを馳せています。僕は、2008年に赤坂ACTシアターで開催された坂本さんがプロデュースする公演「ロハスクラシック・コンサート2008」において、坂本さんが当時のアメリカでジャンルレス及びボーダレスにダイナミックに展開していたクロスボーダーの潮流について語られていたことに感化され、その視野を大きく拓かれたことを思い出します。過去のブログ記事でも触れたとおり、上野学園大学(音楽大学)の閉鎖クラシカジャパンの放送及び配信の終了レコード芸術の休刊などクラシック音楽業界の行き詰りが顕著になっていますが、坂本さんが精力的に取り組まれていたクロスボーダーなど新しい芸術表現の可能性を探求する試みが次世代に受け継がれ(エナジー風呂のユーモアに隠された坂本龍一さんの音(響き)と音楽とが織り成す多彩な世界観には脱帽)、より豊かな実を結ぶことに期待したいです。過去のブログ記事でも触れ、また、映画「犬王」にも描かれていますが、過去の芸術的な遺産を「伝承」(消費)するという低い志に満足するのではなく、「伝統」に根差しながらも時代を「革新」(創造)するという高い志を持ち新しい芸術表現の可能性を探求し続ける取組みこそが「伝統」に新しい命を吹き込み、これを育むことにつながると思います。その観点からも、これまでの坂本さんの偉大な功績を讃えると共に、衷心より哀悼の意を捧げたいと思います。さて、前回のブログ記事では生物の設計図「ゲノム」を記述するメディア「DNA」について簡単に触れて、有性生殖する生物(人間を含む)はDNAのコピーミスによる種の絶滅を防ぐために、それを除去する仕組みとして死のプログラムを内蔵するようになったことに言及しましたが、その一方、人間がゲノム編集する技術「クリスパー」によるDNA治療(臨床医療)やバイオハッキング(予防医療、回復医療)などでDNAのコピーミスを修復し又は回避することが可能になりつつある現状を俯瞰しました。そこで、近年、増加傾向が続く心の病の原因(DNAのコピーミスによるエナジーフローの乱れなど)について医科学的に解明されつつある現状に簡単に触れてみたいと思います。これまでは主に体の病の原因について医科学的な研究が進められてきましたが、例えば、現代病の1つである肥満症や糖尿病は寒冷期(小氷期)などに生じた進化の名残りが影響しているのではないかと言われています。この点、1895年に天文学者のA.ダグラスが年輪年代測定法を考案し、17世紀頃の約1世紀間に亘って北半球は寒冷期(小氷期)にあったことが判明しましたが、この時代に年輪幅が狭く密度の高い樹木が生育したことによりストラディバリウス等の銘器が誕生し、17~18世紀の西洋音楽の発展に大きく貢献したと言われています。その一方、この寒冷期(小氷期)等を乗り切るために生じた進化の負の側面として現代病の1つである肥満症や糖尿病を遺伝的に発症し易くなる体質に変化したのではないかと考えられています。人間の体は寒さを知覚すると手足の毛細血管を収縮して生命維持に不可欠な内臓を傷付けないようにすることが知られていますが(凍傷で手足を欠損しても内臓の温存を図る生存戦略)、血液の氷結により内臓を傷付ける虞もあることから、血液が氷結し難くするように余分な水分を対外に排出するための小便を促す生理現象が活発に働くようになったと言われており(寒いと小便に行きたくなる理由)、また、血液の氷点を下げるために血液中の糖の濃度(血糖値)を高くし易い体質になったのではないかと考えられています。このため、インスリンの分泌能力が高い欧米人は肥満症になり易い遺伝的な体質になり、インスリンの分泌能力が低い日本人は糖尿病を発症し易い遺伝的な体質になったと言われています。これに対して、心の病は久しく宗教的な理由によるものではないかと考えられてきたことなどから、その原因に関する医科学的な研究は大幅に遅れています。
 
f:id:bravi:20220304094517j:plain
ウクライナの平和を祈って(坂本龍一作曲「Piece for Illia」)
過去のブログ記事でも触れましたが、映画「陽光桜」は元教員の故・高橋正明さんが第二次世界大戦で教え子を戦地へ送り出した後悔から、当時、植物遺伝学上、人工受粉(花粉交配)は不可能と考えられていた桜の新品種登録第一号となる「陽光」を生み出すことに成功し、世界各国へ平和の花として無償で苗木を配り、ローマ法王ほか世界各国から陽光桜が花を咲かせたという感謝の手紙が届けられたという実話に基づく物語です。一日も早く、ウクライナに平和の花が咲き、平穏な暮しが戻ることを心から祈ります。自宅のパソコンからでもできること:【国連】【ユニセフ】【赤十字
平和の花「陽光桜」(花言葉:精神の美しさ)
 
▼天才を育む心の病(ブログの枕の後編)
古代ギリシャ時代は黒胆汁が心の病の原因と考えられ、中世キリスト教時代は心の病は7つの大罪のうちの怠惰の一種として「罪」と認識されていました(病気から罪へ)。ルネッサンス時代になると天文学や占星学等と結び付いて土星の影響であると考えられるようになり、やがて宗教改革期の画家のA.デューラーの銅版画「メレンコリアI」(F.ロダンの銅像「考える人」にも見られ、心の病を象徴するしぐさのモチーフ)において遠近法(透視図法)的な空間把握に近代的な「主体」の概念の萌芽が見られるようになり(遠近法は主体の視点を自覚した描画技法)、その後、神学的な影響を克服したデカルトが「自我」を発見し、心の病の原因を心身の相互作用として捉えるようになりました(罪から病気へ)。20世紀になると体液(黒胆汁)説や悪魔憑依説の非科学的な俗説は廃れ、何らかの喪失を原因として引き起こされる不安や抑鬱等を分析対象とする精神医学が確立されました(病気から治療へ)。過去のブログ記事でも脳科学的な観点から「創造」と「狂気」は紙一重であることに触れましたが、その狭間で傑出した才能を発揮した稀代の芸術家や科学者には心の病を発症していた人も多く、例えば、過去のブログ記事でも触れたA.ウォーホルは「ためこみ症」の症状があったと言われており(ゴミ屋敷の原因)、それはブリロの箱やキャンベルのスープ缶など特徴的な作風に表れています。また、P.チャイコフスキー、R.シューマンやS.ラフマニノフなどには「うつ病」の症状があったと言われており、それはどこか喪失感のようなものを漂わせる詩情豊かなメランコリーなど特徴的な曲調に表れています。さらに、J.ガーシュウィンは「ADHD(注意欠如・多動症)」の症状があったと言われており(授業に集中できない子供の原因)、それは斬新なリズムや多彩なハーモニーなど特徴的な曲調に表れています。また、C.ダーウィンは「不安症(パニック障害)」の症状があったと言われており、生涯に亘って心身の不調や発作等に悩まされましたが、「不安は、おそらく危険信号への反応として発生したものが、危険を回避するという一連の反応傾向を形成するに至ったもの」という進化論的な分析を残しています。さらに、A.アインシュタインは「ASD(自閉症スペクトラム症)」の症状があり、非社交的で不躾な振舞いが目立つなど特徴的な傾向が見られたことが知られていますが、S.ジョブズにも共通する特徴があったと言われており天才の条件と言えるかもしれません。現代では心の病の原因について医科学的な解明が徐々に進み、認知症は老年になるとβ-アミロイドというタンパク質が作られ、それがシナプスを攻撃して情報伝達を妨害すること(エナジーフローの乱れ)により正しい認知ができなくなることが分かっています。また、うつ病は過度なストレス等により神経細胞が減少し、それによりモノアミン(気分に関与する神経伝達物質)の分泌量も減少(エナジーフローの乱れ)して気分障害が発生することが分かっています(五月病の原因)。さらに、総合失調症は遺伝要因又は/及びストレス等の環境要因により中脳皮質で神経伝達物質のドーパミンの分泌量が減少(エナジーフローの乱れ)して感情や意欲が低下し又は中脳辺縁で神経伝達物質のドーパミンの分泌量が異常に増加(エナジーフローの乱れ)して幻想や幻覚が発生することが分かっています。なお、猫の体内で無性生殖するトキソプラズマという寄生生物(パラサイト)が人間に感染すると総合失調症を発症し易くなると言われており、トキソプラズマが人間の脳をコントロールしてトキソプラズマに感染しやすい行動(衛生習慣を怠るなど)を執るように作用することが分かっています。このようにDNAのコピーミス等によるエナジーフローの乱れ以外に寄生生物(パラサイトを文字って「パラ斎藤さん」というフィギュアが訪日外国人に人気のお土産)が心の病の原因になっている症例も確認されています。また、上述のとおり芸術家や科学者に比較的に多い心の病として(下図参照)、自閉症スペクトラム障害は側頭葉、前頭葉下部、偏桃体など脳内に先天的な障害があり他人の心を理解する機能や他人との違いを意識する機能が弱く(エナジーフローの乱れ)、コミュニケーション障害、対人関係障害やイマジネーション障害を発症することが分かっています。このため、自閉症スペクトラム障害を発症している人は、他人と一緒に行動することを好まず、自分の信念を貫き通す傾向(出る杭)が強いことから独創性を育み易い気質であると言われています。さらに、ADHD(注意欠如・多動症)は前頭連合野にある神経細胞の異常によって神経伝達物質のドーパミンの分泌量が適切でなくなり(エナジーフローの乱れ)、注意欠如、多動性や衝動性等の症状を発症することが分かっています。このように心の病の原因について医科学的な解明が徐々に進められていますが、これと併せて、これまでの薬物療法、電気療法や心理療法に加えてバイオハッキングや量子治療等の新しい治療法の研究も進められています。現代人は心の病とまで行かなくても日常的に生きづらさを感じている人は少なくないのではないかと思いますが、その原因は遺伝要因や環境要因など様々なものが考えられ、例えば、神経質(周囲との感覚差に苦しむ傾向)、心配症(周囲の顔色を伺う傾向)、潔癖症(正義感が強く周囲に不寛容な態度をとる傾向、自粛警察など)、過剰な共感(周囲に振り交わされて苦しむ傾向、SNS中毒など)、過剰な責任感(責任感の強さから無理に頑張る傾向)、過剰な罪悪感(周囲の期待を重圧に感じる傾向)、物事の拡大解釈や過少評価などのファクターが指摘されており、最近ではこれらの兆候を把握して脳の健康状態を維持するための予防的な取組みとしてブレインフィットネスが注目されています。また、自宅で手軽にできる対策として、毎日、お風呂に入ってエナジーフローを整えるだけでも生きづらさの緩和につながるかもしれません。
 
▼世界観の拡張(創造と狂気の狭間に広がる豊饒な世界)
上述のとおり「創造」と「狂気」の狭間で傑出した才能を発揮した稀代の芸術家や科学者に心の病を発症していた人は少なくありませんが(もちろん全ての天才が心の病を発症していた訳ではありません)、これらの芸術家や科学者は心の病を発症する一般人と異なり正常者の認知世界(共有世界)に対する共感能力も備えていて正常者の認知世界と隔絶されていない点に特徴があり、正常者がこれらの芸術家や科学者の認知世界(非共有世界)に対する共感能力を育むことで、自らの認知世界をこれらの芸術家や科学者の認知世界(非共有世界)へと拡張して行くことが可能であると言われています。過去のブログ記事でも触れましたが、人間は「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)との組合せで「認知」(未来又は未知の予測)しますが、その組合せが平凡なものを「想像力」、その組合せが非凡なものを「創造力」といい、これらの芸術家や科学者はその組合せが非凡なものになる可能性が高いと言われています。この点、その組合せに何らかの関係性や法則性等を見い出すことができなければ、これに対して正常者が共感能力を育むことは難しく「狂気的なもの」という評価に陥り易いですが、その組合せに何らかの関係性や法則性等を見い出すことができれば、これに対して正常者が共感能力を育むことは比較的容易になり「創造的なもの」という評価を得易いと言われています。現代音楽や現代美術に接して「これは芸術と言えるのか」というプリミティブな反応しかできない人は非共有世界(新世界)へ認知を拡張して行くための教養(連想の因子)が不足している(シナプス可塑性が不活発な常態)と考えられ、そのような人が非共有世界(新世界)へ認知を拡張して行くためにはキュレーター(美術では学芸員、音楽では演奏者、科学では研究者に求めらる重要な素養)の存在が益々重要になってきていると感じます。
 
 
▼演奏会「東京・春・音楽祭2023」
【演題】フィンランド放送交響楽団首席フルート奏者による
              日本とフィンランドのフルート作品を集めて
【演目】①雰囲気から
      <Com>L.ヴェンナコスキ 
    ②ノクターン
      <Com>J.P.レヘト
    ③冥
      <Com>福島和夫 
    ④デジタルバード組曲
      Ⅰ.鳥恐怖症
      Ⅱ.夕暮れの鳥
      Ⅲ.さえずり機
      Ⅳ.真昼の鳥
      Ⅴ.鳥回路
      <Com>吉松隆 
    ⑤想い出は銀の笛
      Ⅰ.エメラルドグリーンの風
      Ⅱ.真紅のルビー
      Ⅲ.ブラック・インヴェンション
      Ⅳ.紫の薔薇
      Ⅴ.ブルー・パステル
      <Com>三浦真理 
    ⑥線Ⅰ
      <Com>細川俊夫
    ⑦フルート・ソナタ「スクリプト」(世界初演)
      Ⅰ.水
      Ⅱ.月
      Ⅲ.虫~魚~虫
      Ⅳ.石垣~雪の猿
      <Com>J.P.レヘト
    <Pf>内門卓也
【会場】旧東京音楽学校奏楽堂
【日時】4月8日(日)14時~(ライブストリーミング配信)
【料金】1200円
【感想】
今日は、現在開催されている「東京・春・音楽祭2023」で、NATO加盟で話題になっているフィンランドと日本のフルート作品を集めた演奏会をライブストリーミング配信で視聴することにしました。小山さんは慶応大学理工学部に在籍していた時代から注目していましたが、現在はフィンランド放送交響楽団首席フルート奏者として活躍され、フィンランドの現代音楽の紹介等に尽力されており、本日採り上げられるフィンランドの現代音楽はすべて日本初演になります。最近、変革の時代を背景として音大卒以外の異色の経歴を持つ音楽家の活躍が目に留まりますが、今後とも小山さんには理工系の知識を活かして新しい時代の芸術表現の可能性を探求した精力的な取組みに期待し、注目したいと思っています。なお、「東京・春・音楽祭2023」は、日本の音楽祭では珍しく現代音楽を積極的に採り上げており、また、デジタル田園都市構想を見据えてオンライン配信など新しい芸術受容のあり方にも精力的に取り組まれているので注目しています。
 
①ロッタ・ヴェンナコスキ:雰囲気から
ロッタ・ヴェンナコスキ(1970年~)はフィンランドを代表する女性作曲家で、RSOへの楽曲提供や、日本の演奏会でも採り上げられるなど国際的に知名度が高い現代作曲家です。フルートとピアノのための「雰囲気から」は日本初演だそうですが、知る限り、輸入盤も含む音盤等はリリースされておらず初聴の曲になります。ピアノの神秘的な伴奏に乗せてフルートの霞むように微弱で繊細な音色が揺蕩う幻想的な演奏を楽しむことができました。演奏の途中で何度か音声(録音)が流されましたが、何を言っているのか聴き取れず、音声を聴き取らせることを企図したものではなかったのかもしれません。なお、現代音楽は初聴の作品が多く、また、クラシック音楽のような構造的聴取にも馴染まない作品が多いので、何らかのキュレーションがないと非常に鑑賞は難しいもの(音から受ける単なる印象)になってしまいます。是非、パンフレット等に(作曲家の紹介ではなく)楽曲の解説を添えて頂けると鑑賞の手助けとなると思いますので、次回以降の改善に期待したいと思っています。
 
②ユッカ=ペッカ・レヘト:ノクターン
⑦ユッカ=ペッカ・レへト:フルート・ソナタ「スクリプト」(世界初演)
ユッカ=ペッカ・レヘト(1958~)は現役のフルーティストとして活躍される一方で現代音楽の作曲家としても活躍されており、フルート・ソナタ「スクリプト」(世界初演)は2021年タンペレピアノコンクールのための課題曲作曲コンクールで第2位を受賞し、ピアノパートに面白い曲想が見られます。フルート・ソナタ「スクリプト」は4楽章から構成され、演奏を聴いた限りでは「スクリプト」は台本ではなくブログラム言語を意味しているような印象を受けます。第1楽章ではフルートとピアノの緊密な呼応がプログラム言語の入力と出力を表現しているようで面白く、第2楽章ではその入出力が洗練されて忙しなく呼応します。第3楽章ではリズミカルで小気味よいメカニカルな響きがユーモラスに感じられたのに対し、第4楽章ではストラヴィンスキーのバーバリズムを思わせる激しく無機質なリズム(まるでキーボードを叩きつけるような印象)で闊達な演奏が繰り広げられました。各楽章に標題が付されており作曲意図は別にあるのかもしれませんが、スリリングで面白い演奏が聴けました。
 
福島和夫:冥
福島和夫(1930年~)は上述のとおり既に閉鎖が決定されている上野学園大学(音楽大学)の日本音楽史研究所所長を務められている方で、「冥」(1961年)は恩人シュタイネッケ博士のための追悼曲として作曲されたものです。さながら高音域は能管のひしぎ音を彷彿とさせる気魄があり、低温域は尺八の節回しを彷彿とさせる抒情が感じられ、これらの響きが緊密に連携しながら此岸と彼岸をつなぐ1つの音世界を形作っているような印象を受ける作品です。フィンランドの作品と続けて聴くと、とても同じ楽器とは思えない多彩な音色や世界観を楽しむことができました。
 
④吉松隆:デジタルバード組曲
吉松隆(1953年~)は今更解説を要しないビックネームであり、小山さんと同じく慶応大学理工学部出身という異色の経歴の持ち主で、その聴き易い曲調が人気を博し、大河ドラマ「平清盛」のテーマ曲を担当されるなど非常に知名度が高い現代作曲家です。「デジタルバード組曲」(1982年)は「機械仕掛けの鳥を主人公にした架空のバレエのための架空の音楽」というコンセプトを持ち、全体で5楽章から構成されています。第1楽章では小気味よいリズムでメカニカルな印象を与える曲調なのに対し、第2楽章ではフルートによる流麗な演奏で優雅に大空を舞う鳥の姿が描写されましたが、ピアノの不協和音がどこか機械仕掛けの違和感のような風情を醸し出していてユーモラスな印象を受けました。第3楽章では「さえずり機械」という標題が付されていますがフルートソロが巧みなスタッカートで鳥のさえずりを表現する面白い曲想でした。第4楽章では第1楽章と同じく機械仕掛けを印象付ける曲調になっており、これに続く第5楽章では快活に曲が締め括られますが、フルートという楽器の表現可能性を感じさせる表情豊かな演奏を楽しめました。
 
三浦真理:想い出は銀の笛
三浦真理(1960年~)は元NHK交響楽団のファゴット奏者で、現在、現代作曲家として活躍されています。「想い出は銀の笛」(1990年)はフルート四重奏曲として作曲され、フルート三重奏、サックス四重奏、フルート七重奏、木管フレックス五重奏など様々な編成に編作されている人気曲です。全体で5楽章から構成されており各楽章に標題が付されていますが、第1楽章ではフルートの音色から想い出が零れ落ちてくるような抒情性が美しく、第2楽章では優美な歌が聴かれます。第3楽章はバッハ風、第4楽章はラベル風、第5楽章は軽快な曲調で、アクのない素直な聴き易さが魅力的でした。
 
⑥細川俊夫: 線Ⅰ
細川俊夫(1955年~)も今更解説を要しないビックネームであり、先日のBPOのデジタルコンサートホールでも作品が採り上げられるなど国際的な知名度も高い日本を代表する現代作曲家です。フルート独奏のための「線Ⅰ」(1984年)は毛筆で書く線を音で表現した「音の書(カリグラフィー)」という着想により創作された作品で、「音は空白(沈黙)から生まれ、空白(沈黙)へ帰っていく」という世界観を表現したものです。フルートの一筆書きを思わせるような気魄を感じさせる入魂の演奏で、フルートから尺八のような響きを引き出し、息を吐くだけではなく、息を吸い、息を止めるなどの一連の所作が音(無音を含む)によって表現され、慎重にして大胆な筆運びによって1つの音(線)が立ち上がって行く細川さんのアイディアが鮮やかに再現される好演でした。本日の演奏会は、この曲とフルート・ソナタ「スクリプト」(世界初演)の2曲だけでもお釣りがくるような充実した内容で、日本が凄いのは野球だけではないことを感じさせてくれるした好演だったと思います。
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.19
シリーズ「現代を聴く」では、1980年以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家又は現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している若手の演奏家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
今回は若い現代作曲家の登竜門である武満徹作曲賞にフォーカスして2023年5月28日に開催される本選会に選出されている現代作曲家4名をご紹介しておきたいと思います。最近では本選会まで譜面審査にしてしまう破廉恥なコンクールがあるなかで、2023年度武満徹音楽賞の審査員を務めている現代作曲家・近藤譲さんの「2023年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」と題する総評を拝見すると、音楽に対する謙虚で真摯な姿勢に溜飲が下がる思いがしますし、その現代音楽に接するスタンスは音楽を受容する側にとっても大いに参考になるものがあり目鱗です。なお、5月23日から5月29日まで東京オペラシティで現代音楽祭「コンポージアム2023」と銘打って、本選会を前後に挟んで、フィルム&トーク、近藤譲さんのオーケストラ作品(世界初演を含む)、室内楽作品及び合唱作品の演奏会が開催される予定になっていますので、GWは働くことにして、この期間に休みを取ろうかと考えています。
 
▼ギジェルモ・コボ・ガルシアの「真空のエネルギー」(2019年)
スペイン人現代作曲家のギジェルモ・コボ・ガルシア(1991年~)の詳しいプロフィールは、2023年度武満徹作曲賞ファイナリストの紹介に譲ります。「真空のエネルギー」というタイトルを見て量子力学がピンと来なければ、現代音楽を受容するための教養が不足している証拠です。真空は無ではなく発生源のない無限のエネルギーが存在していて「色即是空、空即是色」は宗教哲学ではなく現代物理学です。この曲は、真空と発生源のない無限のエネルギーを連想しながら聴くと面白く感じられる曲想です。なお、2012年に発見されたヒッグス粒子と宇宙の誕生については別の機会に触れてみたいと思います。
 
▼マイケル・タプリンの「ゆらめく火」(2017年)
イギリス人現代作曲家のマイケル・タプリン(1991年~)の詳しいプロフィールは、2023年度武満徹作曲賞ファイナリストの紹介に譲ります。人類は火を使った料理を発明したこと(食材が柔らかくなり顎の筋肉が弱まって頭蓋骨が拡大、消化エネルギーの節約により脳にエネルギー配分)で脳が発達し、熱(分子の激しい運動)と光(電子のエネルギー放出)を発する火に、この世ならざる者の存在を感じたことが宗教の始まりとも言われており、最近では火(炎)を鑑賞する趣味が注目を集めています。この曲は、ゆらめく火を描写したものだと思われますが、豊かな着想で火の表情を多彩に表現した面白い作品です。
 
▼山邊光二の「ダルメシアン」(2015年)
日本人現代作曲家の山邊光二(1990年~)の詳しいプロフィールは、2023年度武満徹作曲賞ファイナリストの紹介に譲ります。この曲の題名にはディズニー映画「101匹わんちゃん」でもお馴染みのダルメシアンとつけられ、水玉模様がメディアアートとしてあしらわれています。ダルメシアンは生まれたときは真っ白で数週間かけて黒や茶色の水玉模様が全身に現れますが、その様子から着想を得て作曲されたものではないかと推測される可愛らしい作品です。自然界には水玉模様、縞模様、迷路模様など様々な模様を持った動物がいますが、カモフラージュや体温調節などを行うためではないかと考えられています。
 
▼ユーヘン・チェンの「雨に林と空と私が塗りつぶされる」(2020年)
中国人現代作曲家のユーヘン・チェン(1998年~)の詳しいプロフィールは2023年度武満徹作曲賞ファイナリストの紹介に譲ります。この曲は谷川俊太郎の詩「梅雨」の「物音には湿度がある」という一節から着想を得て作曲された曲です。熱の正体が分子の激しい運動ならば音の正体は分子の周期的な振動ですが、湿度が高い=分子の密度が高いと音の振動は拡散し音が聞こえ難くなる(高音域は波長が短く密度の高い分子を振動させられず減衰)傾向があります。この点、日本の梅雨はヨーロッパの2倍の湿度で和音や残響等を重視するクラシック音楽に不向きと言われ、日本の伝統邦楽はシンプルな音で構成されています。