ぶらあび

伝統に根差しながらも時代を『革新』する新しい芸術作品と、これを創作又は実演する芸術家をジャンルレス・ボーダレスにキャッチアップする契機とするために書き散らかしています。

書籍「音大崩壊」と両国アートフェスティバル2022<STOP WAR IN UKRAINE>

▼廃れゆくもの(邯鄲の枕)
近所の書店で単行本「音大崩壊~音楽教育を救うたった2つのアプローチ~」(著者:名古屋芸術大学教授・大内孝夫、出版:ヤマハミュージックメディア)を見掛けて購入したので、ブログの枕として、そのドク書感想文を簡単に残しておきたいと思います。この本は、音大の「経営」という視点から書かれたもので、「芸術家を育む場」としての音大という視点は希薄に感じられましたが、第1章に記載されている内容が大変に興味深かったので拙ブログでも採り上げてみることにしました。なお、この本の詳細な内容は書店で購入し又は図書館で借りるなどしてお読み下さい。さて、2021年度から上野学園が学生募集を停止しましたが、この本によれば、コロナ禍の影響ばかりとは言えない音大が抱える深刻な問題が背景にあるようです。文部科学省の調査によれば、音楽関係の学生数は2000年度の約23,000人から2020年度の約16,000人へと減少しており(男子学生は約500人増加、女子学生は約7500人減少)、2020年度の音大の入学者数で見ると、上野学園:約50%、平成音大:約51%、東邦音大:約59%、エリザベート音大:約73%、武蔵野音大:約83%、国立音大:約83%と軒並み定員割れを起こしています。この本によれば、この20年間で女子学生の大学進学率が約32%から約58%に増加している状況を踏まえると、コロナ禍の影響というよりも女子学生の音大離れが加速しており、その結果として音大で定員割れを起こしている実態が浮彫りになっているようです。この背景には、女性の就労環境の改善や職業選択の多様化などの事情があるようですが、早くから20世紀以降に誕生したコンテンポラリー音楽系(ジャズ、ロック、ポップス、ミュージカル、ダンス等)の専攻を設けている音大は学生募集に成功している点を踏まえると、どうやら若い世代が伝統的なクラシック音楽系(クラシック、オペラ、バレエ等)の専攻を選ばなくなってきていることが真因と考えられます。この本では音大の経営危機という視点から問題提起されていますが、個人的にはもう少し事態は深刻ではないかと捉えており、この現象はクラシック音楽業界や伝統芸能の存在意義そのものが揺らいでいることの1つの現れではないかと危惧を覚えています。この本では、一部の音大の内情として「クラシックは素晴らしい、クラシックこそ真の音楽だ、との根拠のないクラシック信仰を持つ音大教職員が多くいることです。そういう勢力が強い音大ほど改革に不熱心で、世の中の変化を感じようとはしません。」という音大の体質が紹介されていますが、(この内容をどこまで額面通りに受け取って良いのか分かりませんが)仮にこのような時代を錯誤した権威主義的な体質が残されているとすれば、そこに大きな問題の根があるように感じられます。過去のブログ記事で何度か触れましたが、ロマン派以前のクラシック音楽が過去の偉大な芸術遺産であるとしても、(単に聴き飽きたということだけに留まらず)現代の知性を前提とする限り、そこで表現されている又はその表現の前提になっている自然観、世界観や価値観の劣化、乖離、矛盾や破綻が明確に認識されるようになり、かつてのように現代人の教養(学問、知識、経験や芸術受容等を通して養われる心の豊かさ)を育むことが難しくなってきている状況が生まれているのではないかと感じています。約10年前に当時の大阪市長であった橋本徹氏が伝統的な芸術文化に対する助成金カットを発表して物議を巻き起こしましたが、その後の約10年間を振り返ってクラシック音楽業界や伝統芸能の分野を(個別的な例外はあるとしても)全体として見れば未だ革新的な取組みが希薄であるという印象を否めず、残念ながら橋本氏による有意義な問題提起が十分に活かされて来なかった実態があるのではないかと感じています。過去のブログ記事でも触れましたが、映画「犬王」では犬王や世阿弥などの生き様を通して「伝統」とは保存すべきもの(現状の維持➟助成金は死に金)ではなく常に革新すべきもの(将来への投資➟助成金は生き金)であることが描かれており、歴史上の数多くの「伝統」がそうであったように、(芸術文化に限らず、あらゆる人間の営みに共通して)自ら革新できなくなった「伝統」は承継する価値を失って廃れゆく運命にあり、それが時代の新陳代謝なのだろうと思います。僕が好きな言葉に「変わらないために、変わり続ける」というものがありますが、これは芸術文化を含むあらゆる人間の営みに通用する道理であり、「変わり続けなければ、いずれ変わり果てる」というのが歴史の真実なのだろうと思います。この本には、音大の「経営」という視点から音大を再生するための諸施策が提案されていますが、もう1つ「芸術家を育む場」としての音大という視点を踏まえれば、「クラシック信仰」という呪縛から音大を解放し、過去の偉大な芸術家がそうであったように、懐古趣味ばかりに閉じ籠るのではなく、現代の時代性を表現し、時代を更新する新しい芸術表現ができる革新的なマインド及びリベラルアーツを含む裾野の広い素養や能力等を備え、聴衆の世界観を広げてくれるような芸術体験を提供できる芸術家を育むことができなければ、どのような施策を講じても、いずれ音大は時代から見捨てられてしまうのではないかと感じています。よって、これからの音大には、末期がん患者へモルヒネを投与するような現状維持のための治療ではなく、必要に応じて病巣を切除し新しく健康的な細胞を育みながら社会復帰を目指すための治療として大胆な改革を期待したいです。なお、ギドン・クレーメルヒラリー・ハーン等は現代に生きて活躍している現代音楽家の作品を演奏会やレコーディング等で積極的に採り上げ、その魅力を伝えることで現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している偉大な演奏家ですが、今後、このような演奏家が増えてくれることを心から願いたいです。その意味では、過去のブログ記事でも触れましたが、日本音楽コンクールが作曲部門本選会を譜面審査にしたことは失当な判断であり、このコンクールの存在意義そのものも揺らいでいるのだろうと思います。このことは最近の日本音楽コンクールの課題曲を見ても感じられることですが、これからの時代は過去の音楽を巧みに演奏する能力よりも、現代の音楽を豊かに表現できる能力が求められ、評価されることになるのだろうと感じています。
 
 
▼生れいづるもの(現代の時代性を表現する新しい芸術)
いま芸術好きの諸兄姉を唸らせるゲキアツなスポットとなっている門天ホールで、今年も多方面からの注目を集めている両国アートフェスティバルが開催され、(リモートワークのため、都心まで出て行くのは面倒なので)オンラインで視聴することにしました。今回の両国アートフェスティバルでは芸術監督の宮木朝子氏がオンライン視聴による豊かな芸術体験を可能にするためのバーチャル技術の活用等を試みていますが、今後、政府が推進しているデジタル田園都市国家構想が進展するにつれて、アフターコロナ後もオンライン視聴による豊かな芸術体験のニーズは増えてくるものと思われ、今後、門天ホールのような革新的な考え方を持ったホールが先陣を切って、リアルな空間とバーチャルな空間を同時に演出するハイブリッドなホール運営のあり方が活発に模索されて行くことが期待されます。なお、今回は、殆どの演目が初演(初視聴)であり、また、演目数が多く内容も濃いものばかりなので、いくつかの演目をピックアップして一言づつ簡単な演目紹介と感想を残しておきたいと思います。
 
◆第7回両国アートフェスティバル2022~仮想郷土-Echolalia, Topophilia-
 
▼2022年8月10日 18時30分~
【演題】プログラムA:オーディオ・ビジュアル・コンサート「Yadori_avatar
【演目】⓪Tonality generated by 60(2021公募入選)
      <作曲>Yi SEUNGGYU(イ・スンギュ)
    ①Yadori_Scape_Notation
      -game 映像と楽器奏者のための(2022委嘱)
      <Sax>大石将紀
      <映像>小阪淳
      <作曲 ・ エレクトロニクス>宮木朝子
    ②Hidden Garden
      -VR映像とヴァーチャル・サラウンドver.(2022改訂)
      <映像>馬場ふさこ
      <音楽>宮木朝子
    Opera acousma 見ることなしに聴くオペラ III
      - Morphoria(2022委嘱)
      <作曲 ・ エレクトロニクス>宮木朝子
      <installation>千田泰広
    ④Echolalia
      - for solo violin, electronics and video(2018)
      <Vn>林原澄音
      <作曲・エレクトロニクス>宮木朝子
      <映像>小阪淳
      <メタルヴァイオリン制作>ニコラス ・ ハーバート
    ⑤Time Crystals(2021招待作品・改訂)
      <作曲・映像>石井紘美
    ⑥The Unknown Planet(2021招待作品・改訂)
      <作曲・映像>ヴィルフリート ・ イェンチ
【会場】オンライン視聴
【料金】1500円
【感想】※紙片の都合上、任意の4演目のみをピックアップ
⓪Tonality generated by 60
8月10日及び8月12日の2日間の公演の開場時間から開演時間までの間に流されていた「Tonality generated by 60」は電子音楽家のYi SEUNGGYU(イ・スンギュ)による公募入選作品です。曲名からも分かるとおり、バーチャルなMIDIピアノを使ってアルゴリズムによりノートナンバー60(C4)から提示される12の調とそれにより生じる7のモードの重なり合いが織り成すアンビエントサウンド(聴くという行為を強制しない音楽)で、ピアノという楽器の特性を活かした空間的な拡がりとその重層的な響きが作り出す音響空間を楽しむことができます。
 
①Yadori_Scape_Notation
VRのゲームエンジンを使って制作された門天ホールのヴァーチャル空間に抽象的なオブジェが出現する映像が投影され、この映像にインスパイアされたサックス奏者が自由に演奏するフルクサスです(偶然性の音楽、不確定性の音楽、即興演奏、フルクサスの違いは過去のブログ記事を参照)。通常、演奏者は楽譜に記されている音符や記号等から作曲家のイメージを読み取って演奏しますが、これとは逆に、この作品では音符や記号等が記載されていない映像を楽譜として作曲家のイメージのみが伝える(映像楽譜)という、これまでとは異なる楽譜のあり方(コンセプト)が提案されています。映像と音楽により自在に変化するヴァーチャル空間は、視覚、聴覚、体性感覚の不確定な感覚とそれによって生じる倒錯した心理状態を生起し、まるで相対性理論の時空の歪みを体感しているような新しい芸術体験をもたらしてくれます。
 
③Hidden Garden
元々はサラウンド映像及びサラウンド音楽から構成されるイマーシブコンテンツで、2019年2月に国際科学映像祭ショートフィルム部門最優秀賞などを受賞していますが、その作品を今回の公演用にVR映像とバーチャルサラウンドに再構成して上演されました。この作品は万華鏡や曼荼羅をモチーフとしながら(古い記憶)、最新の宇宙科学、生命科学、植物学及び動物学等を踏まえてマクロコスモス(宇宙)とミクロコスモス(自然)が連環する世界を対置させた仮想の庭(新しい知覚)を散策することを通して、新しい世界観や自然観を体感すること(新しい認知)を意識した作品になっていると思われます。
 
⑥Time Crystals
Visual Musicとは映像と音楽の間に主従関係がありませんが、劇伴音楽とは映像が主、音楽が従という主従関係がありますので、この両者は性格が異なります。この作品はVisual Musicに位置付けられ、過去に録音した人の声や過去の作品に使用したサヌカイトの音(ミュージックコンクレート)及び過去の作品に使用した映像(シークエンス)等の過去の記憶の断片(時の結晶)が繰り返し現れ、それらが多層な空間や重層な時間の中で変化して行く様子を描いた作品です。第一次世界大戦までのクラシック音楽は人間の感情(I only try to express the soul and the heart of man. ~F. Chopin)という人間の表層を表現するものに過ぎませんでしたが、最新の脳科学等を踏まえると、この作品は人間の意識(感情を含む)を形成する要素の1つである人間の記憶が様々に蘇り、様々に変容するという人間の深層を表現することで、現代の人間観を前提とする人間存在の本質を問い掛けてくる芸術表現と思われます。
 
▼2022年8月12日 18時30分~
【演題】プログラムB:コンサート「Imaginary Piano-Scape」
【演目】⓪Tonality generated by 60(2021公募入選)
      <作曲> イ・スンギ
    ①Sinking Whales for piano and live electronics(2022委嘱)
      <ピアノ・エレクトロニクス>顧昊倫
    ②Where is Topophilia(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>チェ・ウジョン
    ③ピアノの庭遊び
      -エレクトロニクスとピアノのための(2022委嘱)
      <ピアノ・エレクトロニクス>鈴木悦久
    ④resuscitación(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>山口聖斗
    ⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」(2022委嘱)
    (原曲:J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲 第 1 巻 24 番ロ短調よりプレリュードとフーガ)
    (原曲:J.S.Bach ロ短調ミサ曲冒頭)
      <AI>大谷紀子
      <作曲>宮木朝子
      <ピアノ・エレクトロニクス>宮木朝子
      <画像>小阪淳
    ⑥from an ordinary tone(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>織田理史
    ⑦反抗(2021公募入選)
      <ピアノ・エレクトロニクス>キム・スア
    ⑧ピアニストと仮想ピアノのためのフードチェイン
      -去りゆく時を重ねて(2021委嘱)
      <ピアノ>小坂紘未
      <エレクトロニクス>水野みか子
    ⑨We Fight(2018招待作品・改訂)
      <作曲・映像>フランソワ・ドナト
【会場】オンライン視聴
【料金】1500円
【感想】※紙片の都合上、任意の3演目のみをピックアップ
①Sinking Whales for piano and live electronics
Sinking Whales(下沈の鯨)とは、太陽が刻む時間感覚が及ばない深海を漂う鯨のイメージですが、そのイメージからインスパイアされた心象風景(想像から生まれるバーチャルな世界)を音楽音響空間として表現することで、音楽音響を時間感覚から解放して「無進行感」という新しい芸術体験を試みる興味深い作品です。人間は約7万年前の認知革命(脳の突然変異)によって想像力を手に入れ、そこから生じる好奇心から大移動を開始しますが、それに伴って得られる豊富な知覚(現在の情報)や記憶(過去の情報)が組み合わされて未来や未知のものを想像するための豊かな想像力が育まれ、やがてそれが創造力へと発展して芸術が誕生します。人間の想像か創造を経て芸術へと至る過程を体感できる面白い作品と思われます。
 
⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air
AI研究の第一人者・大谷紀子氏の監修で、AI と人間の共同制作による作品が上演されました。バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第24番及びロ短調ミサ曲の一部分をAIに学習させてAIが自動作曲した部分と人間が編曲した部分をマルチチャンネル空間で対峙又は並列させながら、最後にこれらが重なり合って歪な受難曲を奏でるという構成です。この作品は、現代を構成する多相な世界観(AIと人間、神と科学、絶対と相対、具象と抽象など)を体現しており、それらが時に対立し、時に協働しながら1つの音響空間(世界)を形作っていることを感じさせてくれるもので非常に興味深かったです。また、この作品はAIが作画した油絵調及びデッサン調のデジタルアートが出色で、印象派絵画、抽象絵画キュビスム等の手法を融合したような独特の作風が現代の多相な世界観に対するイメージを広げており、AIとデジタルアートの表現可能性を再認識させられる秀作でした。
 
⑨We Fight
コンピューター音楽の分野で世界をリードしてきたフランス国立視聴覚研究所の音楽研究グループ(GRM)のメンバーとして活躍し、その作品が日本でも度々紹介されているフランソワ・ドナト氏の招待作品ですが、今回、ドナト氏が自らキュレーターとして作品解説を行って頂いたことで、この難解な作品を理解するための大きな示唆を与えられる機会に恵まれました。過去のブログ記事でも触れましたが、この作品は、アメリカニズムに象徴されるネオリベラリズムグローバリズムとそれを背景として台頭したポスト工業化社会を牽引するデジタル覇者(アメリカはデジタル覇者としての中国の台頭を警戒)により形作られる新しい秩序と、これらに抵抗するポピュリズムネオリベラリズムグローバリズムにより社会から切り捨てられた製造業等に従事する中間層)を対置させて弁証法的に表現したものです。前者の音素材はデジタル符号を分離した複合的な声の合成音、後者の音素材はフランス思想家ジャン・ボードリヤールの著作「なぜ、すべてがすでに消滅しなかったのか」(2007)から借用したテキストの抜粋朗読やネオリベラリズムに抗議するデモの音を使って、それぞれを交替(テーゼ、アンチテーゼ)させながら有機的に結合(ジンテーゼ)する構成を採っており、素材と構成の双方から現代社会の分断や抵抗を表現しています。第一次世界大戦までのクラシック音楽が表現してきたセンティメンタリズムだけでは捉え切れない正しく現代の時代性を表現する現代音楽と言え、現代人の教養を育む非常に聴き応えのある作品です。
 
▼2022年8月19日 18時30分~
【演題】基調講演+シンポジウム
    「リアルとヴァーチャルの往来 - ゲームと芸術表現について」
【演目】①聴覚メディア経験におけるバーチュアルなものとアクチュアルなもの
      <基調講演>福田貴成(聴覚文化論)
    デジタルゲームにおける音楽・音響の諸相
      ~新しい聴体験メディアとしてのゲームの可能性」
      <基調講演>山上揚平(音楽学・ゲームオーディオ研究)
    ③“今”に宿るアバター
      ~図形楽譜の拡張としての偶発的仮想造形(2022委嘱)
      <映像>小阪淳(映像)
    ④シンポジウム「リアルとヴァーチャルの往来」
      <パネラー>大谷紀子、福田貴成、山上揚平、宮木朝子、小阪淳
【会場】オンライン視聴
【料金】無料
【感想】※紙片の都合上、後半の2演目のみをピックアップ
当日は、前半でシステム障害によりオンライン配信が中断し、後半を視聴できないというトラブルが発生しましたが、後日、後半を含めてアーカイブ配信されましたので、後半の2演目について簡単に感想を残しておきたいと思います。このトラブルはデジタルツインの脆弱性の問題を考えさせるものであり、その意味では有意義なアクシデントだったと言えるかもしれません。
 
③“今”に宿るアバター
④シンポジウム「リアルとヴァーチャルの往来」
プログラムAの①Yadori_Scape_Notationで使用されている映像(映像楽譜)及びプログラムBの⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」で使用されている画像等について、それらの製作者である小坂さんが自らキュレーターとなって作品の解説を行われました。先ず、前者で使用されている映像楽譜(バーチャルな三次元楽譜)という新しいメディアは図形楽譜(リアルな二次元楽譜)から着想を得て考案されたそうですが、楽譜の機能を「音を出す命令」を記したものから「音を出す動機」を記したものと捉え直して、音楽の再現性ではなく音楽の即興性を採り入れた映像楽譜によるフルクサスとして作曲(映像制作)したものだそうです。この点、音(聴覚)ではなく映像(視覚)に依拠して作曲(映像制作)を行うという意味で作曲の概念を拡張しながら、映像楽譜を使うことにより近代のクラシック音楽の特徴(限界)であった作曲と演奏を分離した表現行為に対して作曲家と演奏家で作曲を分担するという新しい関係性を構築している面白い作品と思われます。次に、プログラムBの⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」で制作した画像は「Gans」(画像制作等ができる教師なし学習AI)が制作したデジタルアートだそうですが、現在では、この他にも「Midjourney」(画像例①画像例②画像例③画像例④)、「Dream by Wombo」、「DALL・E2」や「Stable diffusion」等の画像制作等ができるAIが存在し、この数年間で格段の進化を遂げてプチ・シンギュラリティとも言うべき状況が生まれているそうです。小坂さんは、必ずしも創作に「人間性」は必要なくAIの進化に伴って「創造」という特別視されてきた領域は崩壊し(AI革命)、それによって「創造」は「人間にしかできない事」という呪縛から解放されると指摘したうえで、心を持たなくても何らかの条件が揃えば「創発」は生まれると看破されていましたが、正しく慧眼です。過去のブログ記事でも触れましたが、人間は「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)を照合しながら「認知」(未来や未知の想像)を行う動物で、その「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)の組合せ(ニューロン可塑性)が飛躍的であるほど(但し、そこに何らかの関係性や法則性等を見い出せるのか否かによって天才と狂気が分かれる)、その「認知」は独創的な(又は狂気的な)ものということになります。人間は「知覚」や「記憶」に依拠せずに「認知」することはできず、現代人の知性をもってしても「無」から「有」を創造することはできませんので、人間が「創造」と言っているもの(有形・無形を問わず)は消費、加工や模倣等の領域を出るものではないと思います。AIは人間には真似できない圧倒的な量及び質の「知覚」と「記憶」の組合せを繰り返すこと(ディープラーニング)によって、人知の及ばない独創性を切り開くものとして期待されます。この点、少し前までは中世ヨーロッパのように人間中心主義的な発想から「創造」は人間のみが行い得るものとしてAIをネガティブに捉える非科学的で感傷的な意見を目にすることもありましたが、AIと人間がゼロサムの関係ではなくお互いを補完し合うものとしてポジティブに捉えている小坂さんの考え方に共感を覚えました。過去のブログ記事でも触れましたが、これからの時代に求められている芸術は、神の栄光や人間の心を伝えることに留まらず、現代人の知性等を前提とする多様な世界観を表現するものとして、その意義や性格等は大幅に拡張されていると感じますが、芸術に限らず、ビジネスやその他の分野等でも、過去の常識に囚われて狭い世界ばかりに閉じ籠っていていると、いずれ時代から見捨てられてしまうのだろうと思います。小坂さんは、クリエイターなのでアカデミックな話はできないと謙遜されていましたが、非常に示唆に富む内容の基調講演であり良い刺激を受けました。その後に続いて開催されたシンポジウムでは、宮木さんがプログラムBの⑤AI自動作曲との協働あるいは対立による「Passion in Air」でリアルなピアノという楽器の調律の限界等からリアルなピアノの使用を断念したという裏話が紹介され、非常に興味深かったです。現代の時代性を表現し、時代を更新する新しい芸術表現を行うための楽器としてリアルなピアノという楽器が持つ能力(12平均律や88鍵盤音階等)では自ずと限界がありますが、歴史上、楽器の改良によって音楽表現の可能性を拡げてきたように、リアルなピアノという楽器が持つ能力の限界を前提とした音楽表現で妥協するのではなく、現代の時代性を表現し、時代を更新する新しい芸術表現を行うために相応しい楽器又はその他の手段を開発し、採用する時代になってきていると感じます。
 
Midjourney(AI)が制作した画像例①
https://pbs.twimg.com/media/FZesGboaMAAiu59.jpg
 
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.4
1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代音楽家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
ニコレット・ブジンスカ「Scintillation(閃光)」(2013年)
ポーランド人の現代音楽家ニコレット・ブジンスカ(1989年~)は、第31回ポーランド芸術オリンピック音楽部門の第1位(2007年)、ヒラリー・ハーン・アンコール・コンテストの優秀賞(2012年)を受賞するなど数々の国際コンクールで入賞し、演劇、映画、コンテンポラリーダンスなど幅広い分野で活躍しています。とりわけ、ヒラリー・ハーンから高く評価され、度々、その曲が紹介されています。
 
▼ベンジャミン・アタヒルピアノ三重奏曲Asfar」(2016年)
フランス人の現代音楽家のベンジャミン・アタヒル(1989年~)は、フランスで最も権威がある音楽賞「Les Victoires de la Musique Classique」(フランスのグラミー賞)にノミネートされるなど最も注目されている若手の現代音楽家です。最古のフランス語オペラ「パストラール」(1659年、ロバート・カンベール作曲)は台本のみが残され楽譜は失われていますが、アタヒル古楽器を使用した現代音楽のオペラとして復活上演し注目を集めました。
 
▼芳賀傑「ピアノのためのプレスト」(2013年)
日本人の現代音楽家の芳賀傑(1989年~)は、第6回クー・ド・ヴァン国際交響吹奏楽作曲コンクールの第1位(2018年)、OFSI国際吹奏楽作曲コンクールの第1位(2022年)を受賞するなど数々の国際コンクールで入賞しており、吹奏楽の分野で精力的に活躍しています。なお、この曲は、2013年PTNAピアノコンペティション新曲課題曲賞(特級)を受賞したもので、数少ないピアノ曲になります。