大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用、拡散などは固くお断りします。※※

演奏会「Register Trio Vol.3 開拓」とメディア論<STOP WAR IN UKRAINE>

▼人類とメディアの関係(ブログの枕)
前回のブログ記事ではE.モリコーネへのオマジューとして映画と映画音楽の歴史を大雑把に俯瞰しましたが、映画の誕生は20世紀前半のアナログメディア革命に位置付けられますので、この機会にメディアの歴史を簡単に俯瞰しておきたいと思います。過去のブログ記事でも触れましたが、約500万年前頃に人類は直立二足歩行を開始したことにより「」が解放され(人類の先祖は気候変動による森林面積の縮小等に伴って樹上生活から地上生活へ移行しましたが、手を使って物を運搬し又は加工するために樹上生活で柔軟になった関節を活かして直立二足歩行を開始)、手で道具や技術等を使用するようになりました。その過程で「」の発達が促され、紀元前5万年頃の突然変異により脳がイメージ、記憶や言葉等を操る高度な認知能力を獲得したと言われており(認知革命)、人類はイメージ、記憶や言葉等を自ら認知するだけではなく、そのイメージ、記憶や言葉等を他人と共有する能力を身に付けて社会を形成しました。紀元前3万年頃から人類は「脳」が認知するイメージ、記憶や言葉等を「手」で道具や技術等を使用して洞窟壁画粘土板文書に表現するようになり、この洞窟や粘土板が人類初のメディアと言われています(「脳」+「手」)。とりわけショーヴェ洞窟壁画は動物の連続した動きを表現しており、紀元前3万年頃に洞窟(映画館)の闇と光を利用した「原シネマ」(プロトタイプムービー)が誕生していた可能性が指摘されています(映画「世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶」)。その後、羊皮、木簡、パピルス(パピルス草を圧着させたもの)等に絵や文字が書かれていましたが、105年頃に中国で紙が発明され、1267年頃にイタリアにその製法が伝わるとヨーロッパで紙の製造が始まり、1450年頃にJ.グーテンベルクが活版印刷技術を発明したことで活字メディア(書物、新聞、雑誌等)が誕生し、それまでの情報を記録するためのメディアから情報を伝達するためのメディアへと革新しました(活字メディア革命)。これによって書物が流通するようになり、それまで宗教権威等が独占していた知識が庶民にも広まり(情報の民主化)、ルネッサンス、宗教改革や市民革命など近世、近代の到来に大きく貢献しました。18世紀、J.S.バッハと同世代であるG.ライプニッツは陰陽道の基礎になった中国の古典「易経」から影響を受けて全ての言語は0と1の二進法による人工記号のシステムで表現するのが最も合理的であるという「普遍記号論」を提唱してコンピュータの原理を哲学的に発明しており(デジタルメディア革命の萌芽)、G.ライプニッツがコンピューター及び人工知能の祖父、A.チューリングがコンピューター及び人工知能の父と言われています。なお、過去のブログ記事でも触れたとおり、11世紀頃にD.グイドが記譜法を発明して羊皮の楽譜に記譜されていましたが、活版印刷技術の発明により紙の楽譜が広く流通するようになると、人気のある作曲家とその曲の演奏を専らとする演奏家に分離していきました。その後、1826年に写真機、1876年に電話機、1877年にフォノグラフ(蓄音機)、1895年にシネマトグラフ(映写機)、1920年にラジオ、1935年にテレビ、1965年にビデオテープレコーダーが誕生し(アナログメディア革命)、それまでは「脳」が認知するイメージ、記憶や言葉等を「手」で道具や技術等を使用して活字メディアに表現しましたが、それに加えて「」が認知するイメージ、記憶や言葉等を「機械」を使用してアナログメディアで表現するようになりました(「脳」+「手」又は「機械」)。過去のブログ記事で触れたとおり、人間は「知覚」(現在の情報)と「記憶」(過去の情報)の組合せによって「認知」(未来や未知の予測)し、その反応として「感情」(意識)を生みますが、それまでは人間が直接に「知覚」できる範囲の情報を元に意識を形成していましたが、人間の知覚を拡張するアナログデバイスの登場によって、本来、人間が直接に「知覚」できない多種多様な情報が入力されるようになり、それらを元に人間の意識が形成されるようになりました。このように映画、ラジオやテレビ等のアナログメディアが人間の意識に多大な影響を及ぼすようになり、人間の意識を表現するためのメディアから人間の意識を生産するためのメディアへ革新し、アナログメディアの影響を強く受ける「大衆」が誕生しました。この点、T.エジソンが特許権で支配する西部の映画業界から逃れるために東部へ移って自由な映画製作を目指した映画会社によりハリウッドが誕生しますが、ハリウッドは大衆の夢(欲望、消費等)を大量生産する夢の工場と呼ばれるようになり、ハリウッドが提供する均質化・平準化されたイメージが大衆の意識に植え付けられました。また、S.フロイトの甥で広報宣伝の父と言われるE.バーネイズは女性の喫煙が社会的に理解されていなかった1920年代にS.フロイトの精神分析学等を応用して喫煙する女性は現代的で格好良いというイメージを大衆の意識に植え付けるマーケティング戦略により女性の喫煙を普及させることに成功しました(消費の生産)。このような時代背景等から、近代言語学の父と言われるF.ソシュールは言葉(記号)に表現(シニフィアン)と意味(シニフィエ)の二面性があることを前提とし、人間がその言葉(記号)を通してどのように世界を意味付けているのかという関係を解明するための「現代記号論」を提唱しました。また、C.パースは言語以外の全ての現象を記号から対象を想起して解釈を発生する記号過程で捉えることを提唱し(cf.ピカソ「雄牛の頭部」)、その系譜に連なるS.ランガーが音楽をモデルとして「芸術記号論」を展開しましたが、紙片の都合から芸術記号論や認知心理学等については別の機会に触れてみたいと思います。その後、1969年にデジタルシンセサイザー、1975年にPC、1982年にCG、1982年にCD、1989年にインターネット、1989年にVR、1994年にスマートフォン、1996年にDVD、2002年にデジタル映画、2005年にオンデマンド配信、2006年にAI(ディープラーニング)、2011年にデジタル放送が誕生し(デジタルメディア革命)、それまでは「脳」が認知するイメージ、記憶や言葉等を「手」で道具や技術等を使用して活字メディア又は「機械」を使用してアナログメディアで表現しましたが、それに加えて「脳」又は「人工知能」が認知するイメージ、記憶や言葉等を「手」で道具や技術等を使用して活字メディア又は「機械」を使用してデジタルメディアで表現するようになりました(「脳」又は「人工知能」+「手」又は「機械」)。インターネットの前身であるアーパネットは核戦争時にも通信が遮断しないように軍事目的で開発されたネットワークでしたが、1989年にアメリカと旧ソビエト連邦がマルタ会談で冷戦終結を宣言したことでアーパネットが民間に開放され、これによりアナログデータがデジタルデータに置き換えられてデジタルメディア革命が急速に進展しました。過去のブログ記事でも触れたとおり、日本はアナログメディアの時代を勝ち抜きましたが、デジタルメディアへの移行(DX)が出遅れたことで国際競争力を失い、再び、クオンタムメディアへの移行(QX)の準備にも出遅れつつあります。デジタルメディア革命によって、「ポスト・グーテンベルク」(活字メディアの衰退)、「ポスト・モダン」(近代的な価値観が崩壊し、現代美術家・村上隆の言葉を借りれば、ハイカルチャーやサブカルチャーなど近代的な文化階層秩序が完全に価値を失ったスーパーフラットな状態)、「ポスト・ナショナル」(近代ヨーロッパが作り出した国民国家を単位とする世界が相対化)、「ポスト・ヒューマン」(過去のブログ記事でも触れましたが、2022年が画像生成AI元年と言われているように、人工知能により人間が補助され、代替され、人工的に合成されるなど人間とテクノロジーの境界が揺らいでいる状況)等の社会変革が生まれ、現在は、活字メディアやアナログメディアの時代の枠組み(紙文化、近代主義、国民国家、人間中心主義等)から急速に脱しつつある過渡期にあると言われています。アナログメディアの特徴として「マスメディア」と言われるのに対し、デジタルメディアの特徴として「パーソナルメディア」と言われますが、アナログメディア(マスメディア)では皆が同じ情報に接して同じ意識を形成する大衆社会(大量生産・大量消費の枠組み)を形成しましたが(一極集中による力の均衡と平和の維持)、デジタルメディア(パーソナルメディア)では皆が異なる情報に接して異なる意識を形成する個衆社会(多品種・少量生産への移行)を形成し、また、インタラクティブ通信により同じ意識を持った人間だけがつながる小さなコミュニティーを形成するようになり(エコーチェンバー)、社会が多様化、細分化、分極化しました(多極分散による力の偏在と地域紛争等の増加)。その結果、人々の意識の違いが先鋭化して相互に不寛容な態度をとる分断の時代と言われる社会問題を生じており、メディアリテラシー(上述の特性を踏まえて賢く振る舞う知恵)の向上の必要性が認識されています。また、デジタルメディアによってデータの加工や生成等が可能となり、それまでの情報を記録するためのメディアからデータをシミュレーションするためのメディアへと革新しました。例えば、テレビ、映画、ゲームやWeb等ではCG、VR等の技術を使用してバーチャルを生成することが可能となり、また、そのバーチャルに生成されたデータを取引するためのNFT等が注目を集めるなどリアルな生産及び消費からバーチャルな生産及び消費の時代へと突入しています。このように人類はリアルな空間だけではなくバーチャルな空間(メタバースなどメディアの中の世界)へと活動領域を拡張しようとしていますが、いずれはバーチャルな空間での社会経済活動がリアルな空間での社会経済活動に比肩し又はこれを凌駕する時代がやってくるかもしれません。アナログメディアの衰退と共に現代記号論も廃れましたが、現代は人間の意識を奪い合う情報洪水の中に生活しており、日々、情報洪水に晒されるなかでコピーペースト、ランダムアクセスや倍速再生などデータの摘まみ食いのような状態が蔓延し、ハイパー・アテンションが招く注意力不足の状態に付け込む詐欺、情報窃取やフェイクニュース等が社会問題になっています。また、人工知能によるオートターゲティング広告など人工知能によって人間の意識が生産され、人の生活が支配される時代になっています。このような時代状況のなか、どのように情報洪水に溺れずに自らの意識や生活を自律的に制御して行くのかという精神エコロジーの問題をはじめとして、デジタルメディアの時代に直面する様々な社会問題と向き合うために普遍記号論及び現代記号論をアップデートした「新記号論」(情報記号論)という学問が注目を集めています。
 
 
f:id:bravi:20220304094517j:plain
STOP WAR IN UKRAINE
今日でロシアによるウクライナ侵攻から1年になります。1989年にベルリンの壁が崩壊してアメリカと旧ソビエト連邦がマルタ会談で冷戦終結を宣言したのはロックが東欧諸国の若者の意識を変えたことによるものだと言われていますが、芸術には人間の意識を変える力があると信じたいです。坂本龍一がウクライナのヴァイオリニスト、イリア・ボンダレンコのために作曲した「Piece for Illia」の動画をアップします。1日も早くウクライナの人々の平穏な生活が戻ることを願い、そのために何ができるのか心を砕きたいと思います。自宅のパソコンからでもできること:【国連】【ユニセフ】【赤十字
 
▼Register Trio Vol.3 開拓
【演目】①スキャピュラ(2020年)
      <作曲>稲盛安太己
      <Vn>高岸卓人
      <B.Cl>東沙衣
      <Pf>小塩真愛
    ②永遠の賛歌 ヴァイオリンのための 作品107
                    (2007年/22世紀委嘱)
      <作曲>権代敦彦
      <Vn>高岸卓人
    ③問うことはなぜ無意味なのか?(2018年)
      <作曲>森紀明
      <Vn>高岸卓人
      <Cl>東沙衣
      <Pf>小塩真愛
    ④合いの手~無伴奏クラリネットのための~(2018年)
      <作曲>小林由直
      <Cl>東沙衣
    ⑤鏡の中の鏡(2022年/RegisterTrio委嘱)
      <作曲>向井響
      <Vn>高岸卓人
      <Cl/B.Cl/ラチェット>東沙衣
      <Pf>小塩真愛
【演奏】Register Trio
【会場】両国門天ホール
【日時】2月11日(土)17時~(オンライン配信:2月11日(土)~)
【料金】1000円
【一言感想】
「Register Trio」は2013年に東京芸大の同級生で結成されたヴァイオリン、クラリネット及びピアノから編成される室内楽のトリオで、この編成による音楽表現の可能性を追求することを目的として活動しており、第1回目「朗読」第2回目「ロマ音楽」及び第3回目「開拓」というテーマ性のある演奏会を開催しています。第3回目「開拓」は日本の現代作曲家の作品を集めた演奏会で、現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している若手の演奏家ということで、このトリオ及び現代作曲家の紹介がてら演奏会の感想を簡単に残しておきたいと思います。なお、このオンライン配信のプラットフォームを提供している「Salon  d’Art」(サロン・ダール)は音楽家のための会員制サロンで演奏会のオンライン配信などオンラインというメディアを活かした音楽活動の支援に注力しているそうですが、単に新型コロナウィルス感染症など疫病対策という一過性の文脈ではなく、Society5.0で掲げられているデジタル田園都市構想の推進により近代を象徴するロンドン型の都市モデルである一極集中社会を脱却して現代的な地方分散社会へと移行して行く大きな時代の文脈のなかで、前者を前提とする演奏会場を中心とした近代的な音楽活動から後者を前提とするオンライン配信等のメディアミックスを活用した現代的な音楽活動へと脱皮して行くために非常に意義ある活動をされていると思います。
 
①スキャピュラ(2020年)
この曲には、ラテン語(英語読み)で「肩甲骨剥がし」を意味する「スキャピュラ」という標題が付けられていますが、「ポリリズムによる疑似的な複合テンポで、3人の奏者が噛み合いどころを探りながら進行していく。次第に各楽器の使用音程が拡がって、より滑らかに歯車が嚙み合って行く。」という解説が付されています。筋肉と骨の間にはファシアという繊維質の組織があり、あまり運動しないとファシアが筋肉や骨に癒着して凝り(固まり)ますが、肩甲骨と癒着したファシアを運動によって剥がすことで肩凝りは解消すると言われています。同じ音型を繰り返し、その音型、強弱やリズム等を変化させながら肩甲骨はがしの運動が表現されていますが、冒頭はポリリズムとテンションの効いた音でゴキゴキとした力みのある動きが表現され、やがて強弱を付けた運動を繰り返しながら動きが整い出し、ついには余分な力みが取れて滑らかな運動になって呼吸を整えられるという一連の流れになっています。「肩甲骨剥がし」というエクササイズを音のイメージ(記号)に置き換えて参加型の聴取体験を誘う面白い作品です。
 
②永遠の賛歌(2007年)
この曲には、2005年に発生した池田小学校児童殺傷事件で犠牲になった生徒へのレクイエムとして、その生徒の母親の手記をもとに作曲された作品だそうですが、「「突然」絶たれた命と、宗教がよく救いを説くときに持ち出す「永遠の命」」を比べて「「突然」の重さを、果たしてこの「永遠」という概念で救いとることができるのか(中略)僕の「永遠」への信仰と懐疑がメチャクチャに雑ざった曲」という解説が付されています。突然に命が絶たれることに対する不条理のようなものを表現したものなのか弦にテンションを加えてノイジーな響きによるロングトーンとしゃくりが繰り返され、それに続く小刻みで執拗なオスティナートにより、その瞬間に永遠に閉じ込められて出口を見出せずに何度も逡巡しているような閉塞感を受けますが、あの事件が社会に与えた傷の深さを感じさせる印象深い曲です。なお、この曲は2月5日(日)放送のNHK-FM「現代の音楽」(現代作曲家・西村朗)に採り上げられ、また、この曲を初演したヴァイオリニスト・堀米ゆず子「ヴァイオリン・ワークス2」にも収録されています。
 
③問うことはなぜ無意味なのか?(2018年)
この曲には、「カフカの日記から引用した以下の断片的なテキストがタイトルとして付けられた、長さとキャラクターの異なる4つのモノローグから構成されており、続けて演奏されます。」と前置きしたうえで、それぞれのモノローグとして「Nichts als ein Erwarten, ewige Hilflosigkeit(ある期待のほか何もなし、永遠の寄る辺なさ)」「Der Anruf(何もかも引き裂くこと)」「Alles zerreinben(呼びかけ)」「Im Frieden kommst du nicht vorwarts, im Krieg verblutest du(平和な時にはお前は前に進まない。戦争の時には出血多量で死ぬ。)」という標題が付されています。これらの標題を離れた個人的な感想で恐縮ですが、まるで能楽や伝統邦楽を鑑賞しているときのような面白さが感じれる曲でした。徹底的に無駄をそぎ落とした隙のない張り詰めた緊張感は音楽に求心力を生み、余白が奥行きを生み、1音で完結する世界観は圧倒的な説得力があり、空即是色の世界観を垣間見ているような哲学的な音楽が魅力的でした。紙玉を触るカサカサという音はカフカ著「変身」を音で暗喩しているのような諧謔が感じられます。
 
④合いの手~無伴奏クラリネットのための~(2018年)
この曲には、「クラリネットの鋭く高い音の間に短く低い音を「合いの手」のように挿入する」ことにより構成された作品で、「グリサンド、重音、息の掠れるような音、舌を震わせる濁った音など、様々な奏法が使われ、多彩な音を交えながら進行」していきますが、「「合いの手」が、作品全体の良きスパイスになってくれればと思います。クラリネットたった一本により繰り広げられる世界をお楽しみください。」という解説が付されています。現代作曲家・小林由直は三重大学教授で保健センター所長を務められている現役の医師という異色の経歴を持っており、管楽器のほかマンドリンのための曲を多数作曲されており、世界各国のマンドリン・コンクールのための課題曲や審査員に選ばれています。クラリネット奏者・東沙衣はまるでE.T.を思わせるような長い指(光ってはいませんでしたが・・笑)でクラリネットから軽妙洒脱な表現を紡ぎ出していましたが、低音部の「合いの手」が曲全体を上手く統率しながら、高音部が天衣無縫に振る舞い多彩な音色(奏法)による豊かな表情を持つ音楽を楽しむことができました。
 
⑤鏡の中の鏡(2022年)
この曲には、M.エンデの30の連作短編集「鏡の中の鏡」からタイトルが付けられ、「30の小さなモチーフを、組み合わせたり、拡大、縮小したり、時に変奏させて、音楽を紡いでいった。」という解説が付されています。M.エンデは「この本を理屈で解ろうとせず、ありのまま感じればいい」と語っていますが、「鏡の中の鏡」とは「この本」(外部世界の鏡)に映し出される「読者」(内部世界の鏡)のことであり、「この本」を外部世界にあるものとして客観的に理解しようとするのではなく、「この本」を内部世界に取り込んで主観的に感じることが必要であると語っており、さながら、この本を能楽の能面(見物の心を映す鏡)のようなものとして捉えている示唆に富む考え方ですが、これは現代音楽の受容にも当て嵌まることかもしれません。ヴァイオリンの弓棹に糸状のものを巻いて弦を弾く、ピアノの弦をグリッサンドする、ヒモが出ている円筒形の箱(創作楽器?)を振って音を出すなど数々の特殊奏法や特殊楽器が使用されていますが、さながら響きの万華鏡を見ているような不思議な世界観を楽しめました。
 
Sax:馬場智章、Pf:上原ひろみ、Drs:石川駿の演奏が凄い!!マンガ(原作)はグルーヴ感まで伝わってくるような迫力の作画が魅力でしたが、やはり実際の演奏に乗せて鑑賞するとひときわ感興に迫るものがあり、マンガ(原作)張りに音楽のイメージを作画や色彩の凄みで感じさせる映像も圧巻です。体で音楽を感じながら、やっぱりジャズっていいなと思える音楽好きにはオススメの映画です。因みに、映画のパンフレット(左上写真)はLP盤レコードのジャケット仕様になっていて粋な計らいです。
 
【訃報】3月2日にアートブレイキー&ジャズメッセンジャーズ、マイルス・デイヴィスのクインテットバンド、ウェザーリポート等のテナーサックス奏者及びジャズ作曲家として一時代を築いたジャズ界のレジェンド、ウェイン・ショーターが逝去されました。漫画「GLUE GIANT」(第7巻)にウェイン・ショーターのインタビュー記事が掲載されていますが、原作にも多大な影響を与えています。衷心よりご冥福をお祈り致します。
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.16
シリーズ「現代を聴く」では、1980年以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家又は現代音楽と聴衆の橋渡しに貢献している若手の演奏家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼ドブリンカ・タバコヴァの「チェロと弦楽のための協奏曲」(2008年)
ブルガリア系イギリス人現代作曲家のドブリンカ・ダバコヴァ(1980年~)は、僅か14歳で第4回ウィーン国際音楽コンクールでジャンフ=レデリック・ベエルヌー賞を受賞して一躍脚光を浴び、エリザベス女王即位50周年を祝うゴールド・ジュビリーで「prise」が演奏され、また、デビューアルバム「String Paths」が2014年の第56回グラミー賞(米)にノミネートされるなど、欧米で非常に注目されている期待の俊英です。この動画以外にも魅力的な作品の宝庫です。
 
▼マルコ・ガルヴァーニの合唱曲「アレフ」(2020年)
イギリス人現代作曲家のマルコ・ガルヴァーニ(1994年~)は、アナログ音の合唱音楽とデジタル音の電子音楽を融合して現代的でありながらファンタジックな世界を表現することを得手としており、現在、イギリスで最も注目されている若手の現代作曲家の1人です。この曲は、ロンドン国際アカペラ合唱コンクールで優勝したヴォーカルアンサンブル「サンサラ」がガルヴァーニの作品を収録したアルバム「見えない都市」に収録されていますが、透徹な合唱と幻想的な電子音が効果的に調和しています。
 
▼根岸宏輔の混声合唱とピアノのための組曲「遠望」より「智慧の湖」(2020年)
日本人現代作曲家の根岸宏輔(1998年~)は、2020年第37回現音作曲新人賞及び2021年度武満徹作曲賞第1位を受賞するなど、日本の現代作曲家で最も注目されている若手の俊英の1人です。この曲は2020年第31回朝日作曲賞を受賞し2022年第75回全日本合唱コンクールの課題曲となりましたが、この動画は2022年第75回全日本合唱コンクール混声の部全国大会及び2022年第77回東京都合唱コンクール混声合唱の部で第1位を受賞したあい混声合唱団によるものです。