ぶらあび

伝統に根差しながらも時代を『革新』する新しい芸術作品と、これを創作又は実演する芸術家をジャンルレス・ボーダレスにキャッチアップする契機とするために書き散らかしています。

演奏会「西澤健一 協奏曲作品の夕べ」と秋の香<STOP WAR IN UKRAINE>

▼秋の香(ブログの枕の前編)
高松の この峰も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 秋の香のよさ」という和歌が万葉集に集録されています。「高松」とは奈良県高円山のことで(「高」は高円山、「松」は松茸の掛詞)、「笠立」は松茸が大きく笠を広げている姿を表現していますが、当時は未だ茸狩りが一般化していなかったので、高円山に盛る松茸の香りが満ちている様子が詠まれています。因みに、松茸の香りのことを「秋香」と言いますが、昔から松茸の香りは秋を象徴する香りと考えられていたようです。神の恵みをもたらす豊饒の秋は自然界に香りが満ち溢れる香り高い季節であり、秋桜、菊、金木犀(三大香木の1つ)など秋に香る花々も愛でられます。なお、「匂い」には、「香り」(快い感情を生む匂い)と「臭い」(不快な感情を生む匂い)がありますが、(誤解されている方も多いですが)物質(分子)に「匂い」がついている訳ではありません。人間は鼻腔の奥にある嗅覚受容体(嗅細胞)で物質(分子)を感覚することで「匂い」を感じますが、その「匂い」は脳が創り出している感覚(知覚)で、それによって感情(過去の記憶から人間の生存可能性を高めるものを快い感情を生む香りとして好み、人間の生存可能性を低めるものを不快な感情を生む臭いとして嫌うことで生存可能性を高める反応)を引き起こす仕組みになっています。そのため「匂い」を嗅ぐと、その「匂い」と結び付く過去の記憶や感情が蘇るプルースト効果が発生することがあります。これは視覚も同様で、人間は眼球の奥にある光受容体(錐体細胞)で光の波長を感覚することで「色」(単色)や「色彩」(配合色)を感じますが、その「色」や「色彩」は脳が作り出している感覚(知覚)で、光や物質に「色」や「色彩」がついている訳ではありません。例えば、リンゴは赤く見えますが、リンゴ(物質)に赤い色がついている訳ではなく、リンゴが反射する光の波長によって人間の目(脳)には赤く映る(リンゴの色素が色を持っているのではなく、その色素がどの波長の光を吸収し、反射するのかによって人間の目(脳)に映る色が定まる)ということになります。人によって嗅覚受容体(嗅細胞)や光受容体(錐体細胞)の遺伝子は少しづつ異なっていますので、(文化的な影響に加えて)それにより「匂い」や「色」「色彩」の感じ方に微妙な差が生まれ、それぞれの嗜好の違いなどになって現れているのではないかと考えられます。なお、嗅覚受容体遺伝子の数は動物によって異なりますが、例えば、犬は肉食であることから獲物の匂い(体臭)を嗅ぎ分ける必要があるために嗅覚受容体遺伝子の数が多く(犬は人間の約2倍)、それぞれの動物にとって意味のある匂いを嗅ぎ分けられるようにチューニングされていると考えられています。この点、人間が外界の情報を得ている知覚の割合は視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%と言われていますが(近くの情報を収集するための嗅覚、触覚、味覚よりも遠くの情報を収集するための視覚や聴覚が発達)、これは人類の進化の歴史が関係していると考えられます。哺乳類の祖先が夜行性であった時代は嗅覚が発達する一方で、暗闇で色や色彩を知覚することが困難であったことから二色型色覚しか持っていなかったと考えられています。(因みに、犬は二色型色覚しか持っておらず、犬にとっては主要な食物ではないリンゴは目立つ赤ではなく目立たないグレーに見えています。そのために犬は優れた嗅覚を使って認知能力を補っています。)しかし、その後、恐竜が絶滅すると哺乳類は昼行性に変化して行動範囲を広げ、そのうちの霊長類は樹の上で暮らすことを選択したことから、緑の森の中で熟して色付いた果実を見つけるのに有利な三色型色覚へ進化し(二色型色覚よりも果物が反射する光の波長を肌理細かく分析できる能力)、あまり嗅覚に頼る必要がなくなったと考えられています。やがて樹の上から降りて二足歩行を開始した人類(ホモサピエンス)の祖先が火を使った料理を発明したことで、食物が柔らかくなり消化・吸収の効率が高まったことから、これまで消化・吸収に費やされていた時間やエネルギーを他の生命活動に振り分けることが可能となり脳の進化をもたらしたと言われています。また、火を使った料理を発明したことで、物質の中に閉じ込められていた匂いが解放され(即ち、物質が熱によって分解、気化されることで、物質の中に含まれている分子が空中に解き放たれ、その分子が聴覚受容体によって感覚されて脳が匂いの知覚を引き起こす)、人類の祖先が豊饒な香りの世界と出会う契機となりました。上記では犬と人間の嗅覚や視覚の違いを採り上げましたが、それぞれの生物(動物のみならず、生物や微生物を含む)が客観的に存在する「環境世界」の中から何を生存可能性を高めるために必要があるものとして選択し、それらを知覚するために適切な能力を進化させて(情報処理能力を効率化・最適化するために不必要な知覚を退化させることを含みます)、それによってそれぞれの生物が知覚している世界を「環世界」と言います。しかし、例えば、新型コロナウィルスは人間が知覚することができない存在であり(現在の生物学ではウィルスは非生物とされていますが、生物の捉え方を抜本的に見直す必要性があるのではないかという問題提起も行われています。)、人間の「環世界」の外に存在するものですが、電子顕微鏡等の発明によってその存在が確認され、人間の「環世界」の外にあって人間を取り巻く「環境世界」に存在するものも人間に様々な影響を与えることが徐々に解明されてきており、人間の認知能力の及ぶ範囲に閉じ籠っていられる時代ではなくなっています。過去のブログ記事でも触れましたが、聖書では生物として動物(拡大解釈しても動植物)しか登場しませんが、その後、顕微鏡等の発明によって微生物等が発見され、それが人間及び人間を取り巻く「環境世界」に対して不可欠な働きを担っていることが徐々に解明されています。このように過去の知性等を前提して認識されてきた人間の「環世界」に基づく価値観、自然観や世界観等を大きく更新せざるを得ない変革の時代に直面しており、そのような時代の大きな流れのなかで、過去のブログ記事で触れたとおり、M.シェファーがサウンドスケープを提唱して、世界を取り巻く「音環境」そのものを研究対象とし、音楽等を捉え直す試みを始めたことは、正しく「環世界」から「環境世界」へと人間の認知能力を広げて行かなければならない時代の要請を鋭敏に捉えた偉大な功績であると思います。
 
①与田浦コスモス園(千葉県香取市津宮
②枯木神社(兵庫県淡路市尾崎220
③香りの碑(伊弉諾神宮)(兵庫県淡路市多賀740
④組香(香雅堂)(東京都港区麻布十番3-3-5
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与田浦コスモス園/秋の花、コスモス(cosmos)は明治時代に輸入された外来種で、花弁が桜に似ていることから「秋桜」(あきざくら)という和名が付けられましたが、山口百恵の流行歌「秋桜」(作詞、作曲:さだまさし)を洋名のコスモスと読ませた影響から、その後、和名も「秋桜」(コスモス)が定着しました。過去のブログ記事で触れたとおり、cosmosは宇宙誕生後の調和された秩序のある状態を意味し、宇宙誕生前の混沌として乱れた状態を意味するchaosの対義語となります。 枯木神社/日本書記には「推古天皇3年(西暦595年)の夏4月、沈水香木が淡路島に漂着した。島民は沈香を知らず、薪と共に竈で焼いたところ、その煙は類い希なる良い薫りを漂わせた。これは不思議だと思い朝廷に献上した。」という記録が残されており、これが日本で最初に香木が伝来した故事と言われており、香木(枯木)を御神体とする枯木神社が祀られています。これを香木と見抜いた聖徳太子は、その香木で観音像を作ったと言われています。現在も淡路島はお香生産量日本一です。 香りの碑(伊弉諾神宮)伊弉諾神宮「古事記」や「日本書紀」の国産み・神産みの神話に登場する日本最古の神社で、伊弉諾尊が最初に産んだ淡路島多賀の地で幽宮(終焉の御住居)があった場所と言われています。なお、その境内には、推古天皇3年(西暦595年)の夏4月に沈水香木が淡路島に漂着してから1400年を記念し、1995年に「香りの碑」が建立されています。なお、「延喜式神名帳」(平安時代)では、伊勢、石上、出雲、鹿島、香取等が神宮とされています。 組香(香雅堂)香雅堂は、18世紀後半(江戸時代寛政時代)から続く京都の香料輸入卸「山田松香木店」から独立し、1983年に麻布十番香道具専門店を開業した老舗です。日本の香道では香りは嗅ぐものでなく聞くものとされ、物語や和歌等の文学の題材と結び付いた香りを聞き分ける組香が発展しますが、ヨーロッパの香水文化では46種類の香料を7オクターブの音階に当て嵌めて音楽と香りの調和を楽しむ香階が発展し、香りを奏でる楽器としてPerfumery Organが開発されています。
 
▼秋の香(ブログの枕の後編)
上述のとおり人類の祖先は約180万年前に火を使った料理を発明したことにより火で食物を焼くと匂いが発生することを発見したと考えられます。やがて人類は約5万年前に認知革命(突然変異)を経て、匂い、味、熱、光、音等を生み出す火に神聖なものを感じ、神への捧げ物として崇めるようになりました。この点、英語で香水を意味する「perfumum」は「煙」(fumum)と「を通じて」(per)というラテン語から生れた言葉ですが、常温では匂いを発しない樹脂等を焚いて加熱すると分子に分解されて匂いを発し、その匂いを発する煙が神と人間とを媒介するものと捉えられました。このような背景のもと、ヘレニズム文明で生れた香りの文化はギリシャ、ローマ、フランスへ受け継がれて化粧としての香水文化、イスラム文明で生まれた香りの文化は宗教や医薬としての薫香文化、黄河文明で生れた香りの文化は宗教や遊戯としての香道文化として華開き、人類は匂いを料理、宗教、医薬、化粧、遊戯、そして現代では香りのブランディングとして利用するようになりました。このように香を焚くことから始まった香りの文化は、やがて香油や精油へ発展します。一般的に、人間が匂いを感じる物質(分子)は水に溶け難く油に溶け易いという性質をもっており、花びらやハーブ等をオリーブ油等に漬け込んで、その物質(分子)が溶け出たオリーブ油等を体に塗ることでその揮発性を利用した香油(フレグランス)が誕生します。過去のブログ記事で触れましたが、プトレマイオス朝(エジプト)の女王・クレオパトラは世界で最初にアイラインやアイシャドウを利用しましたが、当時、ローマ帝国に輸出されていたバラの香料を沁み込ませた絨毯にクレオパトラが包まって「カエサルへの贈り物」として届けさせたという逸話が残されているように、クレオパトラは教養、化粧や香油等でカエサルアントニウス等のローマ帝国の有力者を手玉に取る外交手腕に優れた才女であったと言われています。その後、ローマ帝国の衰退によって新しくエジプトを支配したアラビア人が蒸留技術を発明し(蒸留とは沸点の違いを利用して成分を分離、濃縮する技術のことで、例えば、アルコールの沸点:78.3℃と水の沸点:100℃の違いを利用してワインを蒸留し、アルコール度数の高いブランデーを作るなどが挙げられます。)、花びらやハーブ等を水蒸気で蒸し、その人間が匂いを感じる物質(分子)を含んだ気体を集めて冷却し液体にしたものを精油と言います。なお、蒸留では水のみを使用し油を使用しませんが、一般的に、人間が匂いを感じる物質(分子)は水に溶け難く油に溶け易いという性質をもっていることから精油命名されています。精油はアルコールによく溶ける性質がありますが、12世紀にヨーロッパに精油が伝来すると、様々な精油をアルコールに溶かして好みの比率で混合することで香りをブレンドすることが可能になり、香水文化が華開くことになりました。過去のブログ記事で触れましたが、黒死病(ペスト)の流行によってヨーロッパで入浴の習慣が廃れ、体臭隠しや殺菌代わりとして「隠す」ための香水が爆発的に普及したと言われており、過去のブログ記事で触れたとおり、その後、天然香料を使用した型に嵌った香りだけではなく、人工化合物を利用した合成香料を使用した型に嵌らない複雑で優雅な香りがする香水「Chanel   N°5」が登場し、「彩る」ための香水へ進化していきます。因みに、劇作家・シェイクスピアの娘婿は医師で、女性の臍に霊猫香という香料を塗って女性のヒステリーを治療したという記録が残されていますが、現代ではアロマテラピー(ヨーロッパでは薬用として認められており、芳香療法として注目されています)やお香は、脳波、自律神経やホルモン分泌を整えて心身のリフレッシュ(活性)やリラックス(鎮静)の効果(心理的効果、生理的効果、薬理的効果、科学的効果、環境保全効果等)があることが解明されており、近年では快適な生活空間や自然環境の保全等の観点から香りを研究する「環境香学」や「環境デザイン」という学問分野が注目されています。
 
▼フレグランス(香り製品)の種類
フレグランスの種類は香料の割合や香りの持続力等によって分類されますが、TPOや香りの変化(ノート)を意識した香調(タイプ)の選び方や香りの纏い方にセンスの違いが現れます。最近のストイックな若者は無臭を好み、毎日、消臭スプレーは使用するのにフレグランスを使用しない人の割合が過半数にのぼっており、若者のフレグランス離れが進んでいる実態が指摘されています。近年では、スメルハラスメントが社会問題化しており社交空間で香りを楽しむことは難しくなっているのかもしれませんが、逆に、アロマテラピーやお香を楽しむ若者は増えておりプライベート空間で香りを楽しむ機会は増えていると言えるかもしれません。
種類 賦香率 持続時間 特徴
パルファン 15~30% 5~7時間 俗に「香水」と呼ばれるもの
フォーマルな香り
オードパルファン 8~15% 5時間前後 セミ・フォーマルな香り
オードトワレ 5~8% 3~4時間 カジュアルな香り
オーデコロン 3~5% 1~2時間 ライト・カジュアルな香り
 
上述のとおり推古天皇3年(西暦595年)の夏4月、沈水香木が淡路島(枯木神社)に漂着したという記録(日本書記)が残されており、これが日本で最初に香木が伝来したものと言われています。当時の島民は沈水香木の知識がなく、薪と共に焼いたところ良い香りが漂ってきたことから朝廷に献上したと言われています。その後、飛鳥時代、中国(漢)から薬草(香料)が伝来し、また、奈良時代、鑑真和上が中国(唐)から薬草(香料)を調合する合香術(技術)を持ち帰ったことで、仏前で薬草を薫く(焼香)ようになりました(宗教のための香り文化:供香)。平安時代、貴族は自らの香りを調合し(練香)、自分だけの香りを作って自らの衣服や部屋に薫き染めて香りを纏う薫衣香や空薫と呼ばれるお洒落(化粧のための香り文化:空香)や、貴族が自ら調合した香り(線香)の優劣を競う薫物合や素晴らしい香木のみを使用する名香合と呼ばれる遊びなどが流行します(遊戯のための香り文化:玩香)。その後、鎌倉時代武家政権が誕生すると高価な香料を手間暇かけて調合する貴族趣味よりも、一木の香りの優劣を競う香合が流行し(遊戯のための香り文化)、その後の香道へと発展します。室町時代、香木の香りを聞き分ける闘香が流行しますが(遊戯のための香り文化)、室町幕府第8代将軍足利義政を中心とする東山文化で茶道、華道と並んで香道が大成し、単に匂いを嗅ぐのではなく深淵な香りの世界を探求する聞香や、物語や和歌等の文学の題材と結び付けて香りを聞き分ける組香が誕生し、現在、三条西実隆を開祖とする公家風の優雅を重視する御家流と、志野宗信を開祖とする武家風の格式を重視する志野流の2大流派が存在しています。日本では文学+香り=組香が誕生し、ヨーロッパでは音楽+香り=香階が誕生していますが、上述のプルースト効果に見られるとおり、人間は聴覚と視覚、聴覚や味覚等を結び付けて世界を重層的に知覚し、高度な認知能力を発達させてきました。最近では、その五感をフル活用して様々な芸術作品を重層的に鑑賞する試みが活発になっており、香りのアート展(Smell the Art)などが注目を集めています。なお、日本人にとってお香と言えば、仏事の線香のほかに蚊取り線香が馴染み深いですが、1886年にアメリカから殺虫効果がある除虫菊の種子が持ち込まれ、それを使った渦巻型の蚊取り線香が発明されました(現在は、除虫菊ではなく人工化合物が使用されています)。因みに、金鳥蚊取り線香左巻き、アースの蚊取り線香右巻きという違いがありますが、もともと金鳥蚊取り線香も右巻きで(手巻きで蚊取り線香を成形していた職人は右利きが多かったので自然と蚊取り線香も右巻き)、後発のアースが機械巻きで蚊取り線香を成形する方法で市場参入してきたことを受けて、金鳥は機械巻きで蚊取り線香を成形する方法に変更するタイミングで左巻きに変更したという因縁があるそうなので、文字とおり両社の間には渦が巻いています。
 
 
【演題】西澤健一 協奏曲作品の夕べ
【演目】①西澤健一 ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲(管弦楽版初演)
      <Vn>オレグ・クリサ
    ②西澤健一 オーボエ弦楽合奏のための協奏曲(世界初演
      <Ob>クリストフ・ハルトマン
    ③西澤健一 2つのヴァイオリンのための協奏曲
               (2022年日本ウクライナ芸術協会委嘱)
      <Vn>オレグ・クリサ、澤田智恵
    ④西澤健一 2台ピアノのための協奏曲(世界初演
      <Pf>花房晴美、花房真美
【出演】卍プロジェクト・オーケストラ
      <Con>西澤健一
      <1stVn>藤村政芳、篠原英和、荒井章乃、印田千裕、塗矢真弥、
            梶野絵奈、真野謡子、中村美音
      <2ndVn>小山啓久、佐藤茜、廣島美香、濱田協子、坂東真奈実、
             橋本彩子、石井有子、上田圭
      <Va>長谷川弥生、河野理恵子、三浦克之、高木真悠子、
         柳沢崇史、力久峰子
      <Vc>高橋泉、灘尾彩、テチヤナ・ラブロフ、大塚幸穂、印田陽介
      <Cb>西澤誠治、矢内陽子、吉田水子、照井岳也
      <Fl>薄田真希、葛西賀子
      <Ob>倉田悦子、堀子孝英
      <Cl>木原亜土、粟谷明菜
      <Fg>中田小弥香、柳澤香澄
      <Hr>木原英土、花房可奈、伊勢久視、片岡千恵美
      <Tp>尾崎浩之、牛腸和彦
      <Tim>悪原至、佐藤直斗、蓑輪飛龍
【会場】めぐろパーシモンホール 大ホール
【開演】2022年10月13日(木)19時~
【料金】配信チケット(ストリーミング、アーカイブ)2000円
【感想】
▼西澤健一 協奏曲作品の夕べ(シリーズ「現代を聴く」番外編)
作曲家・西澤健一さんの「西澤健一 協奏曲作品の夕べ」をアーカイブ配信で視聴しましたので、各曲毎に一言づつ簡単に感想を残しておきたいと思います。この演奏会では、ウクライナ(オデ-サ)出身のヴィルトゥオーソ・オイストラフの高弟にして第10回パガニーニ国際コンクールで優勝したウクライナ人ヴァイオリニストのオレグ・クリサさんやベルリンフィルハーモニー管弦楽団オーボエ奏者のクリストフ・ハルトマンさんなど世界的に著名な演奏家を迎えて開催されました。なお、作曲家・西澤健一さんの作品は調性音楽を基調とするものであり、無調音楽は苦手だという奥手な諸兄姉にも聴き易いものになっていると思いますので、この演奏会を聴き逃したという方も機会がありましたらご視聴下さい。
 
①ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲
この曲のテーマは「自然」(山)だそうですが、「ある孤独な若者が薄暗い森を歩き、山を登り、その先で哲人に出会い、静かな満足を得て山を下っていく。そんな情景のようだ。」という評のとおり、孤独な青年のモノローグや心象風景を垣間見ているような儚げな情趣が漂い、人生の登山のようなものを想起させる物語性を感じさせます。ソリストが華々しく登場するプロローグの後、オーケストラが提示した主題はクラリネットに誘われてソリストへと受け継がれ、自然の情景を生き生きと描写するようなピッチカートを挟んで、管楽器へと受け継がれながら音楽を彩ります。その後、パーカッションと鉄琴により静寂な時が刻まれ、やがて弦楽器が主題を再現すると、これに管楽器やソリストが加わって抒情的なクライマックスを築きます。再び、クラリネットに誘われてソリストが主題を奏し儚く消え入るようなエンディングを迎えますが、オレグさんと木原亜土さんの繊細な演奏がこの曲の余韻を深くしていました。
 
オーボエ弦楽合奏のための協奏曲
ハルトマンさんが西澤さんの「オーボエソナタ」(2015年)を演奏する機会があり親交が始まったそうですが、この曲はハルトマンさんのオファーにより作曲されたものだそうです。コロナ禍の影響から初演が見送られていたそうですが、本日は弦楽合奏版で世界初演されました。なお、この曲はオーボエ五重奏のための室内楽版もあるそうなので、素直で聴き易い曲趣と相俟って再演の機会に恵まれるかもしれません。この曲の作曲中に西澤さんのご親族に不幸があったことを全く感じさせない陰のない素朴で抒情的な音楽が展開されますが、上記のエピソードを踏まえて聴くと、第二楽章の清潔感のある甘美な調べは魂の永遠の安息を祈る鎮魂歌のようにも聴こえてきて感慨深いものが感じられます。やはり何といってもハルトマンさんによるオーボエの洗練された優美な音色とその語り口に魅せられる好演が印象的であり、これに柔和にして艶麗な響きで寄り添う弦楽合奏の好サポートにも好感を覚えました。
 
③2つのヴァイオリンのための協奏曲
日本ウクライナ芸術協会から日本とウクライナの国交樹立30周年を記念するドッペルコンチェルトの作曲を委嘱され、今秋、ウクライナで初演する予定がロシアによるウクライナ侵攻によって中止になったそうです。ウクライナ人に対する拷問や殺害の悲報に接し犠牲者を弔いたいという想いで作曲したそうですが、第一楽章では主題を重ねながらウクライナ人の悲劇を哀切に訴え掛けてくるような不協和が印象深く響きました。オレグさんと澤田智恵さんによる訴求力のある演奏も出色。第二楽章は西澤さんが作曲した「ウクライナ民話『空飛ぶ船と愉快な仲間』朗読のための音楽」等からの引用で、刻み音やアルペッジョ等によって霜が降る情景が描写され、やがて到来する冬将軍にウクライナが守られる様子が表現されているようでした。第三楽章はウクライナのポップスとクリミアタタール民族音楽から着想を得て、これに日本の響きを交えて作曲されたエキゾチックな曲で、ウクライナに寄り添う想いが込められています。
 
④2台ピアノのための協奏曲
「2つのヴァイオリンのための協奏曲」はロシアによる侵攻で苦しむ現実のウクライナに寄り添うための作品なのに対し、「2台ピアノのための協奏曲」はロシアによる侵攻がなければどのような祝祭曲を書いたかを想像しながら作曲したものだそうです。第一楽章は(前者の第一楽章をショスタコーヴィチ風と形容するとすれば)チャイコフスキー風とでも形容したくなる輝かしい響きに彩られた眩い音楽です。調性音楽に既聴感を覚えてしまうのは止むを得ません。花房姉妹の光沢感のある粒際立ったタッチによって、この絢爛たる曲趣に華を添える好演だったと思います。第二楽章は西澤さんが作曲した「ウクライナ民話『空飛ぶ船と愉快な仲間』朗読のための音楽」等からの引用で、快活で諧謔的な演奏が祝祭ムードを盛り上げています。第三楽章は一転して抒情的な曲趣ですが、分散和音を散りばめたラフマニノフ風のクライマックスが印象的で、これに続く第四楽章は祝祭曲らしい大団円で締め括られました。
 
◆シリーズ「現代を聴く」Vol.8
シリーズ「現代を聴く」では、1980年代以降に生まれたミレニアル世代からZ世代にかけての若手の現代作曲家で、現在、最も注目されている俊英を期待を込めてご紹介します。
 
▼ダニエル・ウォールの「Melt」(2019年)
フランス人の現代作曲家のダニエル・ウォール(1980年~)は、ポスト・クラシカルと共に注目されているインディー・クラシックの分野で頭角を現している若手の現代作曲家です。インディー・クラシックは、アコースティックな音楽とエレクトロニカ電子音楽)の手法を融合している点ではポスト・クラシカルと共通しますが、ポスト・クラシカルのような感傷的な性格ではなく、ポスト・ミニマルの流れを汲む無機質な性格に特徴があります。
 
シェリル・フランシス・ホードの「夜空の彼方」(2017年)
イギリス人の現代作曲家のシェリル・フランシス・ボード(1980年~)は、ケンブリッジ大学で作曲を学び、これまでに数々の賞や奨学金を授与しているなど注目されている若手の現代作曲家です。この動画は、スティーブン・ホーキング教授が2018年に逝去する前年の75歳の誕生日を祝うためにケンブリッジ大学から委嘱され、アメリカの詩人スティーブ・シュナーの童謡の世界をもとに作曲されたものです。
 
▼梅本佑利の「萌え²少女」(2022年)
日本人の現代作曲家の梅本佑利(2002年~)は、愛知県立芸術大学作曲科の学生ですが、おそらく日本人にしか作曲できないであろう日本のサブカルチャーの世界観を表現する現代音楽で注目されています。この動画は、スピーチ・メロディーの手法を使ってチェロとWAV音源(アイコン化した音素材としてのアニメ声等)から構成されるミニマル・ミュージックで、「萌え記号」に物語を発見するゲーム世代らしいユニークな作品です。