ぶらあび

ジャンルを超え、地域を超え、時代を超えて「時間芸術」(音楽、文学、話芸、香道…)、「空間芸術」(建築、彫刻、陶芸、絵画、書道、華道…)、「総合芸術」(舞踊、演劇、映画、茶道…)など芸術全般の感想を書き綴ります。(オススメ公演情報等はスマホ版で表示されないのでPC版でご覧下さい。)

日曜美術館「疫病をこえて人は何を描いてきたか」(NHK Eテレ1)

昨日、政府の諮問機関である専門家会議の記者会見で、長期戦を念頭に置いた新コロの感染対策として「新しい生活様式」の模索が提言されましたが、先日の日曜美術館の番組内容を思い出したので備忘録を残しておきたいと思います。この1ケ月間、人との接触を8割削減するために、テレワークやオンライン授業などインターネットを活用した新しい生活様式が模索され始めています。この点、産業革命を契機とするロンドン型の都市モデルは人口を都市に集中することで規格化された効率性の良い社会を実現してきましたが、これが渋滞、騒音、公害等の弊害を生んで社会問題になってきました。近年、インターネットの普及によって少品種大量生産(規格)から多品種少量生産(独創)へと市場ニーズが変化し、また、本格的な高齢化社会が到来するに伴って、人口を地方に分散すること(スマートシティ構想)で多様な人材を活用できる社会環境を整備して独創性に富む社会を実現することに重点が置かれ始めています(パラダイムシフト)。このような時代の潮流を受けて、もともとテレワークは「時間本位型の労働」から「課題本位型の労働」への切替えを促し、また、オンライン授業は「均質重視の全体教育」から「個性重視の個別教育」への需要に応えるために推進されてきたものですが、今回、ロンドン型の都市モデルが「3密」空間を生んで感染症の温床になり易いという脆弱性を露呈したことで、我々の社会生活や価値観を見直し、これからの社会変容を推進して行く上での新たな問題を提起しています。歴史上も感染症によって新しい生活様式への変容を求められた実例は多く、例えば、14世紀にイタリアから発生した黒死病(ペスト)はヨーロッパ全土へと感染が拡大し、ヨーロッパの人口の3割が死亡したと言われています。黒死病(ペスト)は接触又は飛沫によって感染しますが、16世紀に顕微鏡が発明される前の当時、人の目には見えない黒死病(ペスト)は正体不明の疫病で空気感染すると信じられ、入浴時に衣服を脱ぐと毛穴から空気感染すると言われていたことから、頻繁な入浴が禁止されました。これによってヨーロッパで入浴習慣が廃れ、公衆浴場が閉鎖されましたが、これに代わって体臭を消すための香水が普及し、当時、アルコールベースの香水が公衆衛生上の観点からも注目されるようになり、ヨーロッパで本格的に香水文化が開花しました。入浴習慣がなかった中世日本の貴族が体臭を消すために着物にお香を焚き込めていたのと同様です。日本では紀元後6世紀に中国大陸から仏教文化と共に本格的な入浴文化が輸入されましたが、古代ローマでは紀元前1世紀に公衆浴場の建設が開始されており(映画「テルマエ・ロマエ」)、日本よりも遥かに早く、ヨーロッパで入浴文化が発祥し、かつ、廃れたことになります。因みに、お香や香水は、体臭を消すという実用面に留まらず、香りを楽しむ遊びの文化としても発展しました。日本の香道では「香りを嗅ぐ」(匂いを嗅ぐ)のではなく「香りを聞く」(心が香るのを感じる)ことを重視し、物語や和歌(心)を香りで表現する組香が発展しましたが(香道の精神を香水に採り入れてヨーロッパで活躍する日本人の調香師)、ヨーロッパの香水文化では46種類の香料を7オクターブの音階に当て嵌めた香階(note)によって音楽と香りの共感覚を楽しむ文化が生まれ、それぞれに深い世界観があります。(お香と香水は非常に奥深いテーマなので、改めて別の機会に触れてみたいと思います。)
 
文学+香り=組香(日本)
音楽+香り=香階(ヨーロッパ)
 
【Perfumery Organ】発音している音に対応する香階の香水が入っている瓶の蓋が開いて、音楽と香りを同時に楽しむことができる仕組みです。調香師(パフューマー)が使用する調香台のことをオルガンと言うことから、使用楽器にもオルガンが選ばれています。オルガンに座っている人をオルガニストと呼ぶべきなのか又はパフューマーと呼ぶべきなのかは分かりませんが、音楽と同様に香りにも不協和があるので、微妙な演奏からは微妙な香りが漂ってくることになるのかもしれません....(^^;
 
 
先日、NHK-Eテレ1の日曜美術館で「疫病をこえて人は何を描いてきたか」というタイムリーなテーマで、「疫病」を題材とする日本とヨーロッパの美術作品を採り上げながら人間がどのように疫病と向き合ってきたのかを考察する非常に興味深い番組が放送されていましたので、その概要を多少個人的な考えを加えながら簡単にまとめておきたいと思います。
 
◆◆日本の美術作品◆◆
 
聖徳太子の病気平癒を願って聖徳太子に似せて作らせた仏像ですが、622年に聖徳太子が亡くなった際に、聖徳太子の母や妃も亡くなっていることから遣隋使等によって大陸から運ばれてきた疫病に罹患した可能性が指摘されています。昔の日本人は疫病(自然)と戦うというよりも、人間は自然の一部であるという一元論的世界観から、祭り、歌舞音曲や仏教美術等に祈りを込めることで疫病(自然)との共生を模索していたのではないかと考えられています。これは日本の怨霊鎮魂思想にも顕著に表れ(例えば、菅原道真の祟りを恐れて菅原道真を神として祀ることで、その祟りを鎮めて社会の中に取り込もうとしたことなど)、やがて仏教思想と結び付いた能楽の表現様式(亡者の無念を語り舞い、鎮魂へと誘う複式夢幻能)へと昇華していったものと思われます。
 
【辟邪絵 天刑星(国宝)】
12世紀頃になると、疫病を鬼に見立て、これを退治する神仏が絵に描かれるようになります。人の目には見えない疫病に鬼の姿(邪悪なるもののメタファー)を与えて可視化することで、それまでは人知が及ばないものに対する恐怖に絶望するしかありませんでしたが、その手掛りを与えられたことで、いつか神仏のご加護(救い)がもたらされるという共同幻想を抱き易くなり、社会不安を和らげる機能を果たしたと思われます。
 
【融通念仏縁起絵巻(清涼寺本)】 
融通念仏の功徳を描いた絵巻物の中で、僧侶が門前に集う鬼(疫病=天然痘)に対して融通念仏を唱える信者達の署名を見せて悪さをしないように談判する様子が物語風に描かれています。疫病に抗う術がなくいつまで疫病が続くのか分からない閉塞感が漂う時代に、道理が通じる相手として鬼(疫病)を滑稽に描き、自らの心掛け(信心)によって鬼(疫病)を退散させることができることを示すことで、社会のモラルシステムとしての宗教(様々な不条理に対する心の折り合いを付けてコミュニティーの秩序を維持する仕組み)を機能させ、社会不安を和らげたのではないかと思われます。医者、僧侶、弁護士が忙しい時代はロクな時代ではないと言いますが、仏教の布教にあたって疫病等がもたらす社会不安が巧みに利用されていたことが伺われます。
 
【平家納経(国宝)】
平清盛が世の平安を願って奉納したお経ですが、疫病、災害や内乱等の社会不安が続いて時代の闇が深く影を落としていた時代に人々が時代の光を求めて文化芸術に豪華で美麗なものを求める風潮が生まれた影響から、それを反映するような装飾が施されています。また、当時、疫病を封じ込めるために京都の祇園祭が始まりましたが、疫病の神を鎮めるために豪華で美麗な装飾を施した山鉾の巡行が行われたのも上述の風潮から影響を受けたものではないかと思われます(今年は新コロの影響で山鉾巡行は中止)。疫病を荒ぶる神として祀り鎮めるだけではなく、それを文化芸術(より創造的な精神活動)へと昇華して社会の中に取り込むことで、人々が文化芸術を通して冷静に疫病や死と向き合う機会を与えられ、その恐怖を克服できる心を養ってきたのだろうと思われます。 
 
◆◆ヨーロッパの美術作品◆◆
  
【死の凱旋(ピサ・カンポサント)】
このフレスコ画がピサのカンポサント(納骨堂)に描かれた14世紀は、疫病や飢饉が続いた暗黒の時代ですが、累々と横たわる屍の上をコウモリのような姿をした悪魔が飛び、棺の前に佇む修道士が疫病によって命は儚く奪われると諭す姿が描かれています。キリスト教では、疫病は人間の罪の報いとして神から下された罰であると考え、それを悔い改めるためには神に祈りを捧げて神の許し(救い)を請う生活を続けるべきだと訴えて、(感染症対策としても理に適った)禁欲的な自粛生活を求めています。しかし、14世紀にヨーロッパ全土へ広がった黒死病(ペスト)は、ヨーロッパの人口の3割が死亡するという大惨事となり、これが契機となってルネサンスへと向かう時代の大きなうねりが生まれます。
 
【世界年代記木版画(ハルトマン・シェーデル)】
黒死病(ペスト)の甚大な被害によって、人々は神に祈りを捧げても本当に神の許し(救い)が得られるのかという疑念を抱くようになり信仰が揺らぎ始めます。このような世情を反映して、偽予言者(デマゴーグ)がキリストの存在を否定する悪魔の囁きを行っている美術作品や、キリストを磔にしたユダヤ人が疫病の元凶であるとして火炙りに処している美術作品が創られるようになり、この時代を秩序づけていた価値観の変革(パラダイムシフト)が起こり始めています。新コロの世界的な大流行でも世界中でフェイク・ニュースが飛び交い、排外主義的で暴力的な言動等が後を絶ちませんが、昔の美術は現在の写し絵のようであり、今も昔も変わらない人間の業の深さや愚かしさを教えてくれる戒めと言えます。因みに、1693年(元禄6年)に日本で疫病が流行した際に、梅干と南天の実を煎じて飲めば疫病を防げるというフェイク・ニュースを流して大儲けした罪人が捕らえられましたが、この罪人が落語家の始祖・鹿野武佐衛門の小咄から着想を得て犯行に及んだと自白したことから、落語は風紀紊乱の元として見せしめるために鹿野武佐衛門も連座して流罪となり、以後、100年に亘って落語が停滞することになります。
 
【死の舞踏(エストニア・聖ニコラス堂)】
15世紀には黒死病(ペスト)の感染流行がピークアウトしますが、人々の間では現世で栄耀栄華を極めても疫病の前に人の命は儚く消えるものだという無常観が広がり、人の生を賛歌するルネッサンスへの萌芽が生まれました。現在のヨーロッパにおける状況と同様にあまりの死者の多さから葬儀や埋葬が間に合わずに、死の恐怖と生への執着に憑りつかれた人々が祈祷や埋葬の最中に半狂乱になって踊る姿を「死の舞踏」と呼ぶようになりましたが、このような世相を反映して、国王、教皇及び庶民が身分の隔てなく死者と手を繋ぐ姿を描いた絵が描かれています。なお、後年、サン=サーンスが「死の舞踏」をモチーフにした交響詩を作曲しており(当初、歌曲として作曲したものを交響詩へ編曲)、また、リストも「死の舞踏」をテーマとしたピアノと管弦楽のための曲を作曲すると共に、サン=サーンスの上記の交響詩ピアノ独奏曲に編曲しています。
 
【フィリッポ・リッピの聖母子と天使】
16世紀には黒死病(ペスト)の蔓延によって神へ祈りを捧げても神の許し(救い)を得られないと感じ始めた人々の間に無常観が広がり、死を強く意識した人々が生を謳歌しようとする意識が高まります。これに伴ってキリスト教会の権威は失墜し、キリスト教的な価値観(禁欲主義)の呪縛から解放され、ギリシャ・ローマ時代の価値観(世俗主義)への回帰(ルネサンスする風潮が生まれますが、このような世相を反映して反宗教的、反理性的な性格を帯びた文学作品「デカメロン」が誕生します。また、これまで聖母マリアキリスト教会の象徴として厳粛な姿で描かれてきましたが、ルネサンスの影響を受けて人間味のある親しみ易い姿で描かれるようになりました。人類は食物の輸出入など食物連鎖の広がりによって疫病の脅威に晒されるようになりますが、疫病の蔓延によってギリシャローマ帝国封建制の政治権力を司る勢力)が荒廃し、これに代わってキリスト教封建制の宗教権威を司る勢力)が疫病を神の裁断と位置付けることでヨーロッパに支配的な影響力を持つようになりました。しかし、上述のとおり黒死病(ペスト)の蔓延によってキリスト教会の権威が失墜し、ギリシャ・ローマ時代の価値観へ回帰(ルネサンス)する社会変容が生まれていますが、ヨーロッパの歴史は疫病が社会の価値観や体制の変化に大きな影響を与えてきたとも言えます。その後も、ヨーロッパ列強の植民地政策から始まる本格的なグローバリゼーションの波によって世界中に疫病が拡散し、人類と疫病の戦いは地球規模で激しさを増しています。黒死病(ペスト)はルネサンスという社会変容を生み出しましたが、今後、新コロは我々の生活様式を刷新する本格的な情報革命へ向けた社会変容を後押しすることになるのかもしれません。
 
ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)

  • 作者:カミュ
  • 発売日: 1969/10/30
  • メディア: ペーパーバック
 
京都芸術大学(旧京都造形大学)教授の矢延憲司さんは比叡山延暦寺から彫刻作品の奉納展示を依頼され、守護獣・狛犬を制作して奉納展示しましたが、その後、新コロの感染流行が発生したことから、現在、その終息を願って京都芸術大学の正門に上記の守護獣・狛犬を展示しているそうです。折しも、SNSでは絵を見せると疫病が収まるという半人半魚の妖怪「アマビエ」が話題になっていますが、さすがは妖怪博士の異名で知られる水木しげるさんで、これに先んじて、TVマンガ「ゲゲゲの鬼太郎」(第5作/第26話)で妖怪「アマビエ」が登場しています。科学技術が発達した現代でも、人知を超えた圧倒的な不条理(疫病流行や自然災害等)に対し、同じく人知を超えた存在である神や妖怪等を頼んで不条理なものを条理に適うように正して行く道筋(病気平癒祈願や厄除祈願等)を仮想することで、心の折り合いをつけようとしてきた昔の知恵が活かされています。現代人がこれらを完全に信用できるか否かは別としても、少なくとも不安な心を和ませる効果は期待できそうです。疫病や災害等の度に重ねられてきた人々の切なる祈り()が狛犬や妖怪等の姿となり、そのが文化芸術へと昇華して現代にえられています。「その風を得て、心より心に伝ふる花なれば、風姿花伝と名づく」(世阿弥
 
幕末の辻斬りよろしく、自粛警察と呼ばれる人達による過剰(≒ 違法)な言動が社会問題化していますが、人間は怒りによって自分を正当化し、ひとたび自分が正義であると思い込むといくらでも残酷になれる厄介な生き物です(司馬遼太郎)。正義に託けた暴力を振り回わないように、寛容の精神をもって、賢く振る舞える知恵を持ちたいものです。
 
【緊急告知】
南郷サマージャズフェスティバル(青森県八戸市)アーカイブライブ配信する企画「南郷ジャズアーカイブ2020」が次のスケジュールで開催されます。外出自粛で気持ちが塞ぎがちですが、心の自由を求めて、ジャズフェスの雰囲気を満喫してみませんか。こんな時代ですが、いつも音楽は人生がそんなに悪いものではないと勇気付けてくれます♬
 
【訃報】昨日、大蔵流狂言師・善竹富太郎さんが新型コロナウィルスに伴う敗血症で逝去されました。一昨年、30キロの減量に成功したというご連絡を頂戴しましたが、未だ40歳という若さでのご不幸に新型コロナウィルスへの恨みが募ります。狂言の普及のために持ち前のバイタリティで勢力的に取り組まれていたなかでのご不幸なので、本当に残念でなりません。衷心からご冥福をお祈り致します。涙の日(Lacrimosa)....合掌。