ぶらあび

ジャンルを超え、地域を超え、時代を超えて「時間芸術」(音楽、文学、話芸、香道…)、「空間芸術」(建築、彫刻、陶芸、絵画、書道、華道…)、「総合芸術」(舞踊、演劇、映画、茶道…)など芸術全般の感想を書き綴ります。(オススメ公演情報等はスマホ版で表示されないのでPC版でご覧下さい。)

クローズアップ現代+「イベント自粛の波紋 文化を守れるか」

昨晩、クローズアップ現代+(NHK総合テレビ)で「イベント自粛の波紋 文化を守れるか」というテーマが採り上げられていたので、その内容について簡単な備忘録を残しておきたいと思います。政府は、新コロの感染対策として、2020年2月20日からイベント自粛を要請していますが、その後の約1ケ月間で中止又は延期されたイベントの数は実に約81,000件にのぼり、仮にこの要請が5月末まで継続すれば、エンタメ業界の市場規模約9,000億円のうち40%に相当する約3,600億円の経済損失が発生すると試算されています。このような状況を受けて、政府及び地方自治体は、新コロの経済対策として、主に、下表のような支援策(日本の文化芸術関係者に対する支援策は文化庁のHPを参照)を公表しています。(下表は2020年4月23日時点の情報で、今後、政府又は地方自治体から新たな文化芸術関係者に対する支援策が追加公表される可能性もあります。)
 
◉日本の文化芸術関係者に対する支援策(概要抜粋) 
  雇用関係
(社員)
委託関係
フリーランス
事業主 貸付制度
税制措置
持続化給付金(中小のみ)
持続化補助金(小のみ)(注1)
休業協力金(地方自治体毎)
被用者 雇用調整助成金
全住民 特別定額給付金(10万円)
(注1)当面開催中止となったイベントをインターネットで配信するための費用や、将来イベントを再開する際に会場にサーモグラフィーを設置するための費用等に対する補助など。
 
このうち、持続化給付金は、前年同月比で売上が50%以上減少している中・小事業者(フリーランスなど個人事業主を含む。)を対象とし、法人は最大200万円、個人は最大100万円を上限として、前年同月比で売上が50%以上減少している月の減少額に相当する額が給付されます。3月から5月までの約3ケ月間に亘ってイベント自粛が継続したと仮定すると1ケ月あたり約33万円の持続化給付金がフリーランスを含む文化芸術関係者へ給付されることになります。これに対し、欧米では、中・小事業者(フリーランスなど個人事業主を含む。)を対象として、下表のような支援策(外国の文化芸術関係者に対する支援策は美術手帖のHPを参照)が講じられているようです。
 
◉外国の文化芸術関係者に対する支援策(概要抜粋) 
  補償額 補償期間
イギリス 1ケ月あたり最大約34万円(最大2550ポンド)を上限として、過去3年分の確定申告に基づいて1ケ月間の平均所得の80%に相当する額 3ケ月間
フランス 一時金として約18万円(1500ユーロ)~約42万円(3500ユーロ)(注2)(注3) 一時金
ドイツ 3ケ月あたり最大約108万円~最大約180万円(最大9000ユーロ~最大15000ユーロ) ※1ケ月あたり最大約36万円~最大約60万円(注3) 3ケ月分
カナダ 1ケ月あたり15万円(2000カナダドル(注4) 4ケ月間
アメリ 0円(0ドル)(注5)
(注2)フランスでは上記の支援策に加えて、アンテルミタン制度(過去10か月間に最低507時間の仕事に従事した文化芸術関係者に対し、翌年、契約が途切れた期間に失業給付金が支払われて最低限の収入が保証されるシステム)の受給条件を緩和しています。
(注3)NHKではフランス最大30万円、ドイツ最大24万円と放送していましたが誤りか?
(注4)文化芸術関係者に限らず、失業保険の対象とならないフリーランスを対象としています。
(注5)アメリカは、日本の特別定額給付金と同じく給付金(年収10万ドル(約1100万円)以下の住民+応募を条件として、大人1人最大1200ドル(約13万円)、子供1人500ドル(約5万5千円))が支給されますが、日本の持続化給付金に相当する文化芸術関係者に対する支援策は講じられておらず、日本はアメリカと比べて新コロの経済対策としての文化芸術関係者に対する支援策は手厚いと言えそうです。なお、全米芸術基金は非営利芸術団体を対象として7500万ドル(約83億円)の緊急支援を行っています。
 
こうして見ると各国の財政事情や文化行政の差異等に応じて文化芸術関係者に対する支援策には濃淡が見られますが、日本は財政健全度ランキング(IMF)で世界最下位の188位(日本の債務残高はGDP比237.7%で、ドイツの58.6%やアメリカの106.2%と比べて悪い)であることを踏まえると、政府の対応が遅いという誹りは免れないとしても、新コロの経済対策としての文化芸術関係者に対する支援策(フランスと同様に、所得保障としての持続化給付金及び一時金としての特別定額給付金の2本建て)については各国との比較から積極的に取り組んでいると相対的に評価できそうです。この番組の中で平田オリザさんがヨーロッパではコンサートホールやミュージアムは教会に準じる社会インフラで、人々が集って意見交換する社交場として民主主義を支える重要な社会機能を担っていると考えられており、文化芸術関係者が他の国や他の職業に流失してしまうことはそのような重要な社会機能を損なうことにつながることから文化芸術関係者に対する支援も手厚いと語っていました。この背景には、中世・近世(封建社会)から近代(市民社会)へと変遷する過程で、王侯貴族や教会以外に富を手に入れた中産階級の勃興により市民社会が形成されるに伴って文化芸術の受容者が王侯貴族や教会から市民へと移り、それまでは王侯貴族や教会(パトロン)の依頼を受けてその趣味に合う作品を創作していたのに対し(ハイドン、ベラスケス等)、王侯貴族や教会から独立して市民(文化芸術分野のマーケット誕生)を相手にして自らの創作意欲に忠実な作品を創造するように変化しました(ベートーヴェンドラクロワ等)。これによって依頼主の趣味に合う一定の品質を備えた作品(作品の均質性)を量産する「職人」(技術が重要)とは別に、それまでの伝統(王侯貴族や教会が体現する封建的な社会秩序や価値観)を否定して、他人が作るもの(伝統)とは異なるオリジナリティのある作品(作品の独創性)を自由に創作する「芸術家」(感性が重要)という概念(市民社会が体現する民主的な社会秩序や価値観)が誕生しました。これに伴ってヨーロッパでは王侯貴族や教会(パトロン)、中世・近世的なギルドへの隷属から芸術家を解放し、その自由な創造を保護することを目的として、芸術家に対する様々な社会支援が行われるようになりました。即ち、ヨーロッパにおける芸術家の保護は、封建社会に代わる市民社会の確立、成熟を図る尺度(象徴)として自由で民主的な社会秩序や価値観を保護することにつながるという考え方(歴史的な文脈)があるのではないかと思われます。
 
◉職人と芸術家の特徴的な違い 
  能力 作品 表現 時代
職人 技術 均質 秩序正しく端正な表現 封建社会
芸術家 感性 独創 多様で変化に富む表現 市民社会
※誤解を恐れずに二項対立で強引に区別してみましたが、当然、職人にも感性等は必要であり、芸術家にも技術等は必要なので、あくまでも分かり易くする為に相対的な違いを強調した表であることをお断りさせて頂きます。
 
 
ドイツのメルケル首相は、文化芸術関係者に対する支援策を公表するにあたって「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」とスピーチして話題になりましたが、日本でもイベント自粛が要請された際に文化芸術の存在意義が話題になりました。この点、文化芸術の存在意義を一義的に捉えることは難しいですが、文化芸術基本法の前文では、文化芸術の存在意義として、①人生の意義の発見②寛容(多様)で平和な社会の醸成アイデンティティの確立の3点が挙げられており、人間が尊厳を持って自分らしく生きることができる社会を実現するために必要不可欠なものであると宣言していますが、これはメルケル首相が言う「生命維持に必要」に通じる崇高な理念であり、現代では、上述の近代市民社会の誕生で果たした役割よりも一層重要な社会的な役割を求められ、期待されているということだと思います。
文化芸術基本法(前文)
文化芸術を創造し、享受し、文化的な環境の中で生きる喜びを見出すことは、人々の変わらない願いである。また、文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高めるとともに、人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し、多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するものであり、世界の平和に寄与するものである。更に、文化芸術は、それ自体が固有の意義と価値を有するとともに、それぞれの国やそれぞれの時代における国民共通のよりどころとして重要な意味を持ち、国際化が進展する中にあって、自己認識の基点となり、文化的な伝統を尊重する心を育てるものである。
 
すっかり外出自粛も板に付き、日頃は家族揃って食卓を囲む機会も少ないので、暇に任せて料理に腕を振うお父さんも多いのではないでしょうか。今晩の献立を考えながら、NHK総合テレビ「きょうの料理」を見ていたら、料理人の土井善晴さんが日本の「和(あ)え」の文化について触れられていました。「和(あ)える」とは、異なる素材同士がお互いの形も残しつつ、お互いの魅力を引き出し合いながら一つに調和することを意味するのに対し、「混ぜる」とは、異なる素材同士が完全に融合して、全く新しいものになることを意味します。よって、「混ぜ物」とはどこを取り分けても均質な料理になりますが、「和(あ)え物」は取り分けるところによってムラ(素材の個性)がある料理になります。学校給食では「和え物」よりも「混ぜ物」が多いのは、全ての生徒に均質(平等)な料理を提供するのが望ましいとされているからだとも言われています。これを音楽に例えると、音(素材)自体の直接的な表現を大切にする伝統邦楽は「和え物」に近い性格であると言え、音(素材)自体の直接的な表情を抑えてながら、旋律、リズム及びハーモニーを使って音の総体(連なり)として表現を構築する伝統洋楽は「混ぜ物」に近い性格であると言えそうです。新コロの感染対策で今年の「GW週間」が「STAY HOME週間」に変更されて外出自粛の徹底が求められていますが、日本では外国と異なって法律上の強制力がない外出自粛の要請でも社会の同調圧力で一夜にして湘南海岸からサーファーが一掃され、渋谷のスクランブル交差点から人影が消えています。しかし、もともと日本人は「和(あ)え」の文化に象徴されるように、多様性を尊重しながら調和する懐の広い風土を持っており、例えば、和漢折衷和洋折衷のように他国の文化(仏教文化、西洋文明等)の優れている点を柔軟に吸収して多様な文化を育んできています。西暦604年、聖徳太子は十七条憲法の冒頭で「和を以て貴しと為す」と定めて国の有様を示していますが、この言葉は論語の「礼の用は和を貴しと為す」を出典とするものと言われており、同じく論語の「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」(優れた人物は協調するが、主体性を失って、無暗に同調することはない。劣った人物は容易に同調するが、心から協調することなく乱れを生じる。)で「和」の本旨が説かれています。1980年代に日米貿易摩擦が生じた際に「NOと言えない日本人」と揶揄されましたが、古来、日本人は「和を以て貴しと為す」と表現されているとおり調和(=協調 ≠ 同調)を重んじる民族であり、それゆえに日本人のリーダーには「調和型」の人材が多いと言われており、(その良し悪しは別として)こんなところにも「混ぜる」でも「分ける」でもない「和(あ)える」という日本文化の特徴が感じられます。最近、特別定額給付金(一部30万円給付から一律10万円給付へと変更)を巡って政府のリーダーシップの欠如を指摘する記事を目にしますが、これは日本が欧米のように強いリーダーシップを発揮するのではなく他人との調和(和(あ)え)を重視する風土を持っていることが原因していると思われます。この「和(あ)え」の文化「重ね」の文化としても現れ、例えば、色を混ぜるのではなく色を重ねて色彩の調和を生む和服文化(十二一重など)に見ることができます。また、京懐石は、素材(皿)と素材(皿)を取り(重ね)合せて生まれる絶妙な調和(妙味)を楽しむ料理であり、この数を重ねて食すること(お数=おかず)に特徴があります。この取り(重ね)合せて微妙な違いを楽しむという美意識は、物と物との絶妙な調和を生む「しつらえ」の文化(食器、茶器、掛け軸、季節の花や調度品の配置(重ね)によってその時々にふさわしい空間を演出すること)や人と人との絶妙な調和を生む「もてなし」の文化(しつらえによって生まれた空間で束の間の誼を結んで他人の心に叶う(重ね)こと)が生まれています。この番組の中で平田オリザさんは文化芸術を不要不急なものとして排除しようとする社会的な風潮を危惧して「一番目に大切なものは命、二番目に大切なものは人によって異なる」(多様性)と仰っていましたが、最近の日本の状況(とりわけコロナ疲れから生じていると思われる排外的で攻撃的な風潮)を見ていると、時に日本人の調和の精神が行き過ぎてそれが極端な同調圧力を生み、多様性を尊重しながら調和する懐の広い風土が損なわれてしまうことが懸念されます。多様性を尊重しながら調和する懐の広い「和(あ)え」の文化は他人(自分とは異なるもの)を尊重する寛容な精神を育み、それによって他人との平らかな調和(平和)が生まれると思いますが、上述のとおりそのために文化芸術が果す役割は非常に大きく、寧ろ、上述のような最近の日本の状況を見るにつけ、このような危機的な状況だからこそ社会は文化芸術の力を必要としているのではないかと感じます。
 
NHKテキストきょうの料理 2020年 04 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/03/21
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◆おまけ(疫病と芸術)
マーラー交響曲第5番第4楽章「アダージョ
前回のブログ記事でオペラ「黒死病の時代の饗宴」を紹介しましたが、その他にも疫病を題材にした芸術作品は多く、その中でも映画「ベニスに死す」が有名です。ベニスを訪れた老作曲家が偶然に出会った美少年に心を奪われて疫病が流行しているベニスに留まる決意をし、やがて老作曲家は疫病に罹患して恍惚のうちに息を引き取ります。この映画の中では、マーラーアルマへのラブレターとして作曲した交響曲第5番第4楽章「アダージョ」が印象的に使用されています。
 
ストラヴィンスキーのオペラ「エディプス王」 第一幕「疫病が私達に襲い掛かる」
疫病を題材とした芸術作品として、もう1つオペラ「エディプス王」第一幕「疫病が私達に襲い掛かる」をアップしておきます。エディプス・コンプレックスの語源となったソポクレスの戯曲「エディプス王」を台本としたオペラですが、有名なギリシャ悲劇なので改めて内容には触れません。
 
モーツアルトのオペラ「魔笛」序曲
テレワークでも音が違うウィーンフィルハーモニー管弦楽団によるオペラ「魔笛」序曲ぶらあび選考テレワーク大賞!)をどうぞ。音楽の友社等で世界中のテレワーク作品を集めてテレワーク大賞を選考する企画(クラウドファンディングで募金を集めて賞金を授与するなど)を立ち上げてみても面白いかもしれません。
 
【緊急告知!!】
「GW週間」改め「STAY HOME週間」の予定はお決まりでしょうか。インターナショナル・ジャズ・デイの2020年4月30日10時から翌朝まで「JAZZ  AUDITORIA  ONLINE」(無料ライブ配信)が開催され、自宅でジャズフェスを堪能できます!たとえ、自宅に軟禁状態でも、芸術と酒があれば、これ以上人生に何を望むことがありましょうか。ハートだけは密にして、大いに人生に酔いたいものです。