大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用、拡散などは固くお断りします。※※

第81回 日本音楽コンクールピアノ部門 本選会

【題名】第81回 日本音楽コンクールピアノ部門 本選会
【出演】吉武 優(東京芸大大学院)
     プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番ハ長調 op.26
    反田恭平(桐朋女子高3年)
     ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番ニ短調 op.30
    江沢茂敏(桐朋学園大3年)
     ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調 op.58
    務川慧悟(東京芸大1年)
     プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番ハ長調 op.26
【演奏】東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
    <Con>梅田俊明
【会場】東京オペラシティーコンサートホール タケミツメモリアル
【感想】
ここのところ諸事情により実際の演奏を聴きに行くことはできませんが、本選会の結果が出ましたので、その栄誉を湛える意味で結果をアップしておきます。反田さんと務川さんの2名が1位になっていますが、確か第77回日本音楽コンクールでも全くタイプの違う喜多さんと入江さんの2人が1位になったと記憶しています。順位だけをアップしているブログが目立ちますが、反田さんと務川さんの演奏の内容はどうだったのでしょうか。昨日も書いたとおり、個人的には、コンクールに接する聴衆の姿勢として、コンクールの順位ばかりではなく、個々の演奏者の演奏の中身(個性、ポテンシャル等)に耳を傾けられる存在でありたいと思っています。近くNHK−FMとBSプレミアムでコンクールの模様が放映される予定なので、それを聴いて感想をアップしたいと思います。

第1位 反田恭平(桐朋女子高3年)※岩谷賞(聴衆賞)
第1位 務川慧悟(東京芸大1年)
第2位 該当なし
第3位 江沢茂敏(桐朋学園大3年)
入 選 吉武 優(東京芸大大学院)

コンクールの誕生は、レコードやラジオという新しいメディアが登場して音楽をオーディオ装置で再生することが可能となり、新しいメディアを媒介して音楽が大量消費されるようになったことが背景にあると思います。これによって芸術的な活動が商業的な活動と密接不可分な関係になり、いわば演奏(演奏家)の商品価値(≒芸術的価値となり得るのか?)を計る尺度としてコンクールが重視されるようになってきたという側面があるのではないかと思います。ピアノで言えば、より多くの聴衆(=消費者)に受け入れられる「分かり易い演奏」が重用され、インパクト(速くて大きい)を持った演奏が市場性の高い演奏(商品)として評価されるような傾向が生まれ、芸術にも大衆性が求められる時代になったと言えるかもしれません。この結果、技巧は一級品でも演奏の個性は希薄化し瞑目して聴いていると一体誰が演奏しているのか分からないという状況が生じていることも事実ではないかと思います(http://d.hatena.ne.jp/bravi/20120702/p1)。しかし、最近、このような傾向を見直す動きも見られるようになり、コンクールの在り方も多様化して喜ばしい状況が生まれているように思います。この点について、ピティナのホームページに興味深いレポートが掲載されているので、その内容をサマライズしてご紹介しておきます。

http://www.piano.or.jp/report/04ess/itntl/2011/05/06_12535.html

◆演奏者の個性を育むための課題曲設定
本来、演奏に求められているのはインパクトだけではなく(これだけでは大道芸と変わりません)、注意深い洞察力、楽曲への共感から生まれる閃きや思慮深い独創性(≠楽譜を無視した無手勝流)等であって、そのような演奏家の個性を反映しやすい課題を設定するコンクールが増えてきました。

フリー・プログラムですが、プログラムの構築力も審査され、コンサート・アーティストとしての資質も問われるコンクール。

  • ジーナ・バックアゥワー国際コンクール
  • ダブリン国際コンクール
  • ワシントン国際コンクール

特定の作曲家の課題曲を扱い、その解釈の深さが問われるコンクールで、その作曲家の作品全体を見渡す学びの機会が与えられる教育的な性格の強いもの。

特定の作曲家の曲を扱いながら他作曲家の課題曲も出題されるコンクールで、それらの作曲家同士を有機的に関連づけながら学びの機会を与えられるもの。

ソリスト志向からアンサンブル志向へ
ソリストの発掘という狭い視点ではなく(日本のコンクールには多いタイプ)、演奏家の基本であるアンサンブル力を重視したコンクールが増えてきました。

タネーエフ国際室内楽コンクールやリヨン国際室内楽コンクール等の室内楽コンクールとは別に、アンサンブル能力が重要な審査ポイントになるコンクール。

※このほかに協奏曲2曲を課すコンクール、協奏曲中心のコンクール等もあります。

◆発掘から育成へ(キャリア支援)
単なる才能の発掘だけではなく、長期的な視点に立ったキャリア支援に力を入れ始めているコンクールが増えてきました。とりわけメディア時代に対応したキャリア支援は、米国・カナダ・オランダ等のヨーロッパ以外のクラシック新興国で盛んな傾向があります。

独自のメディア向けトレーニングを実施。

  • リスト国際コンクール
  • ホーネンズ国際コンクール

出場者全員がプロのマネージャーからキャリアに関するアドバイスを受けられる。

アーティスト、レコードプロデューサー、コミュニケーション専門家の紹介、ホームページ開設(専門家のアドバイス付)、カメラマン、ファッションデザイナーからの助言など、あらゆる方向からのキャリア支援を実施。

なお、今日、ドイツの作曲家ハンス・ウェルナー・ヘンツェさんの訃報が飛び込んできたことで思い出しましたが、コンクールは演奏家のためだけにあるものではなく現代の作曲家が新作を発表するための場(機会)でもある(べき)ように思います。また、古典作品のみならず現代作品にも積極的に取り組み、これをレパートリーに加えて行くことができる柔軟性のある才能を持った演奏家を発掘して行くことも重要です。このような試みは器楽のコンクールよりもバレエのコンクールにおいて盛んだと思いますが、新しい文化の萌芽を生む肥沃な土壌を育むうえで不可欠であると思います。この点、日本のコンクールは後者の取組みには遅れている印象を受けますが、欧米のコンクールでは自国の現代作曲家やコンクールのために委嘱した新作品を課題曲に設定するところも多く、その作曲家も審査に加わって演奏家の能力を多角的に評価する試みも行われています。文化は消費するものではなく創造するものであるという原点に立ち戻って、コンクールの在り方を見直してみる必要があるのかもしれません。


浜松市楽器博物館 第3展示室(国宝級の1765年ブランシェ製作のチェンバロほか)

◆おまけ
どうしてもコンクールでは技巧的で華々しい楽想のアピールポイントの多い曲が好まれて選曲され、それ故に選曲も重複しがちです。課題曲の中から今回は選曲されなかった楽曲をアップしておきます。