【題名】クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「チャイコフスキー “ピアノ協奏曲第1番”」
【放送】NHK−BSプレミアム
平成24年2月15日(土)18時00分〜18時45分
【司会】筧利夫
黒川芽以
上野なつひ
【出演】島田雅彦(作家)
小山実稚恵(ピアニスト)
野本由紀夫(玉川大学芸術学部教授)
【演奏】マルタ・アルゲリッチ別府アルゲリッチ音楽祭特別オーケストラ
<Con>アントニオ・パッパーノ
【感想】
秋の流星群と言えば「おうし座流星群」(11月上旬極大)、「しし座流星群」(11月18日極大)、そして「オリオン座流星群」が有名ですが、今日が「オリオン座流星群」(約3000年前のハレー彗星の塵)が極大する日です。幸い雲一つなく済んだ夜空が広がっていますので、今日の夜10時過ぎ頃から流星を観測できると思います。皆さんはいくつ星に願いを託せるでしょうか。なお、「肌寒い」「首が痛い」という無粋なあなたには、ウェザーニュース(Web)で細々と夜空を生中継していますので、こちらをご覧下さい。
http://weathernews.jp/orion/
◆星をテーマにした和歌
月をこそ ながめ馴れしか 星の夜の 深きあはれを 今宵知りぬる
建礼門院右京大夫(玉葉和歌集)
◆星をテーマにした歌曲
チャイコフスキー 12の歌(Op.60)より第12番「星は穏やかに私たちを照らし」
さて、今日は撮り溜めていたクラシックミステリー 名曲探偵アマデウスを観たので、その概要を簡単に残しておきたいと思います。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番はクラシック音楽を聴かない人でもあの有名な冒頭のメロディーを口づさめると思います。ホルンが勇壮なメロディーを奏でる華麗で力強い冒頭部は、主役のピアノ・ソロがひたすら和音を弾いてオーケストラの伴奏に回るという歴史的に例のない大胆な試みで意表を突く出だしになっています。ピアノ・ソロが伴奏として入る最初の二小節(6〜7小節目)はオーケストラを休止しピアノだけを聴かせて際立たせて演出効果を狙い、また、第1ヴァイオリンが奏でるメロディーは“mf”、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット等の木管楽器は“p”で奏でさせ、ピアノのみが“ff”で伴奏してオーケストラに負けず印象に残るよう工夫されています。この冒頭部分は第一楽章の“序奏部”に位置付けられ、107小節(第一楽章全体の20%)に及ぶ大規模なもので、聴く者は序奏部のメロディーが更に展開されるという期待感を持ちますが、この序奏部の主題は二度と登場せず、一層、冒頭部が印象に残るという工夫が施されています。
序奏部の後の主部は、1つの楽章に性格の異なる主題が置かれ、第一楽章を豊かなものにしています。さらに、主部は第一主題(変ロ短調)→推移主題(第二主題)→第三主題(変イ長調)と推移していきますが、この3つの主題が組み合わされることで、それぞれの主題の個性が生きるような構成になっています。
【主題1】
素朴で民謡的な性格を持つ主題で、音階に特徴があります。変イ長調の音階(シ−ド−レ−ミ−ファ♮−(ラ)−シ)のうち、ラが欠ける音構成で、ウクライナの民謡を印象付けています。また、リズムが特徴的で、三連音符の3つ目が休符になりリズムが変則的になっているために(別紙楽譜の17ページ目)、どこかコミカルな印象を生んでいます。
【主題2】
調性が曖昧な印象で、ロシアの香り(ロマンチックな思い出、秘めた熱い情熱etc.)が漂います。
【主題3】
優美で晴れやかな印象で、どこかタスカー(ロシア語でメランコリーのこと)が漂います。
チャイコフスキーはこの曲を1874年から作曲し始め、1875年に完成しています。当時、この曲に対する評価は二分されていましたが、1875年10月にボストンでの初演が大成功したことでこの曲が名誉ある地位を占めることになりました。チャイコフスキーは、作曲当初、「全精神を打ち込んでいるが、どうも上手く行かない。」と苦衷を告白しており、「全部破棄するか全く新しく書き直した方が良い。」とのルビンシテインの酷評に触れて、「一音も直さない。」と反発したと伝えられていますので、非常に繊細なところがある人で周囲の評に相当なショックを受けていたことが伺われます。因みに、ルビンシテインはボストンでの初演を受けて自らの非をチャイコフスキーに謝罪し、自らモスクワでの初演を申し出たと言われています(因みに、初演時のピアニストはタネーエフ)。
ニコライ・ルビンシテイン(ピアニスト)
「無価値で演奏不可能、曲自体も月並みで陳腐をきわめる」
ハンス・フォン・ビューロー(指揮者)
「力強く独創的、形式は極めて完璧で円熟している 」
その後、チャイコフスキーは二度の改訂を経て、14年後に現行版を完成させています。初稿版に比べると第3版はピアニスティックな美しさに彩られた非常に力強く華やかな曲調へと変更されています。ピアニストの小山実稚恵さんが「世の中の芸術は個性的であればある程好き嫌いは分かれる。ルビンシテインとビューローの経緯があって今の形になったことが、このコンチェルトをより有名ですばらしいものにした。」と語っていらっしゃいましたが、様々な価値観や思想など多様性を許容する社会こそが文化的創造力の源泉であって、それがチャイコフスキーの作品を傑作たらしめている所以でもあります。
▼第一楽章の冒頭部分
【初稿版】軽やかなアルペッジョ
【第3版】音域を2オクターブ広げて重厚な和音
▼250〜251小節のオクターブ・パッセージ
【初稿版】同じ音域の連打
【第3版】3オクターブの移動を加えて起伏に富んだ変化
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をヴァン・クライバーンの演奏で。ご案内のとおり冷戦下のソ連で開催された第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝したのがアメリカ人のクライバーン(審査員であったリヒテルが満点を付けたことで有名)で、この優勝を祝してヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールが開催されるようになりました。先日、辻井伸行さんがこのヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝したことは記憶に新しいところ。
00:00〜
ピアノが伴奏で始まる異例の序奏部
旋律を奏でるオーケストラが音量を抑えピアノ伴奏は“ff”で演奏
初稿はアルベッジョだったピアノは力強く重い響きの和音に改稿
01:03〜
ピアノが華麗に序奏部の主題を奏でる
01:36〜
序奏部の展開部はピアノの超絶技巧によるカデンツア
第1楽章の20%以上を占める長大な序奏部
初演を指揮したビューローは幸福なアイディアと絶賛
02:29〜
ピアノが伴奏に戻りオーケストラがオクターブ高く“f”で主題を再現
この華麗な序奏部の主題は曲中では2度と登場しない
04:28〜
主要主題1は変ロ短調の悲しげな旋律
変則的なリズムを持つこの主題はウクライナの民謡をモチーフにしたともいわれている
05:37〜
主題をつなぐ推移部は複雑な構造
主要主題1の後半
06:01〜
推移主題2を予告する断片が現れ
木管楽器とホルンで推移主題2が始まる
チャイコフスキーは推移部に美しいメロディーを加えることで
性格の違う主題を流麗につなぐ
06:59〜
3つ目の主題は“pp”で静かに始まるが
07:14〜
また推移主題2の断片が現れ
推移主題2が再びフルートとピアノの分散和音で戻ってくる
主題を巧妙に組み合わせることで複雑な性格や心情を紡ぎ出した
チャイコフスキーが14年かけて完成させたピアノ協奏曲第1番
ビューローは手紙にこう書いた
“この作品を享受するすべての聴衆におめでとうといわずにおれない傑作だ”
◆おまけ
何故かチャイコフスキーのピアノ協奏曲と言えば、日本では第1番ばかりが演奏されますが、第2番も名曲なのでもっと演奏されても良いのではないかと思います。先日もご紹介したとおりメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ニ短調(演奏されるのはホ短調ばかりでニ短調の存在は完全に無視されている)やラロのヴァイオリン協奏曲(演奏されるのはスペイン交響曲ばかりでヴァイオリン協奏曲第1番、ロシア協奏曲、ノルウェー幻想曲は見向きもされない)なども同様の例で、このような例は枚挙に暇がありません。
定番、交響曲第5番第2楽章。ジュニアオケの演奏を見付けたので貼っておきます。きっとホルン奏者は前の晩に寝られなかったと思います。多少のキズはありますが、とても良く吹けています!オーケストラは音程や縦線(和音)などがアバウトで音像がぼやけてしまっている印象もありますが、この難曲をこれだけ弾けてしまうのですからお父さんも脱毛です。日本のジュニアオケは非常にレベルが高いので、是非、機会があったら足をお運び下さい。
定番、四季より秋のメランコリックな風情をお楽しみ下さい。