大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。

クララ・シューマン「ピアノ曲全集」

【楽曲】ソナタ ト短調
    ロマンス ロ短調
    即興曲 ホ長調
    ロマンス イ短調
    スケルツォ第1番 ニ短調 Op.10
    スケルツォ第2番 ハ短調 Op.14
    前奏曲 ヘ短調
    音楽の夜会 Op.6
    練習曲 変イ長調
    行進曲 変ホ長調
    3つの前奏曲とフーガ Op.16
    ローベルト・シューマンの主題による変奏曲 Op.20
    3つのロマンス Op.11
    ロマンス変奏曲 Op.3
    ワルツの形式による奇想曲 Op.2
    即興曲「ウィーンの思い出」 Op.9
    ロマンティックなワルツ Op.4
    ベルリーニの歌劇「海賊」のカヴァティーナによる演奏会用変奏曲 Op.8
    4つのポロネーズ Op.1
    4つの性格的小品 Op.5
    4つの束の間の小品 Op.15
    前奏曲とフーガ
    J.S.バッハの主題による3つのフーガ
    3つのロマンス Op.21
【演奏】<Pf>ヨーゼフ・デ・ベーンホーヴァー
【録音】2001年8月
【音盤】CPO
【値段】1689円
【感想】
クララ・シューマンピアノ曲全集は久しく廃盤になっていましたが、(かなり以前ではありますが)再販されたので購入しました。当時、ピアニストとして高名だったクララは、才色兼備の作曲も嗜む人でしたが、親友のメンデルスゾーン及び夫のロベルトとお互いの作品を披露し合った際に、メンデルスゾーンやロベルトの作品の完成度の高さに比べて自分の作品は「女々しく感傷的」であるとして自身を喪失したという逸話が残されています。しかし、この音盤を聴けば、対位法を始めとした作曲技法を駆使し、しかもピアニスティックな華々しさや詩情豊かな充実した内容の曲も多く非凡な才能の持ち主であったことが伺われます。音楽家としてだけではなく女性としても大変に魅力的な人で、ブラームスが横恋慕していた話は有名ですし、ロベルトやブラームス以外にもリスト、メンデルスゾーン等がクララのために作品を捧げています。

シューマン: ピアノ曲全集(Schumann: Complete Piano Works)

クララは、楽器商を営む父の徹底した英才教育と持ち前の天性によって早くからピアニストとしての実力を認められるようになりましたが、早くから作曲にも才能を発揮し(当時は作曲家と演奏者が分化する過渡期で、ピアニストは即興演奏の要求にも応えられるように作曲も学んでいました。)、9歳のときに作曲した処女作「4つのポロネーズ」をその翌年にパガニーニの前で演奏して「とても良い感性を持ち、芸術を天職とするよう生まれついている」と好評されています。この音盤を聴くと分かりますが、クララの作品は当時の潮流であったヴィルトゥオーゾ風の表面的な華々しさだけではなく内面的な美しさを併せ持った作風が特徴的で、その才能はロベルトだけではなくショパンメンデルスゾーン等の同時代の大作曲家達にも認められています。クララはロベルトと結婚した後はロベルトの作品を紹介することに注力し、あまり自らの作品を書かなくなりましたので、決してクララの作品は数多く残されておらず、この音盤に収録されているピアノ曲の他には、ピアノ協奏曲、室内楽曲、歌曲が数曲残されているだけですが、室内楽曲の充実振りを耳にするにつけ、当時の時代状況が許せば、作曲家としても勇名をはせていたに違いないと惜しまれます。

音楽を文書で表現することくらい虚しいことはなく、ご興味のある方は実際にこの音盤を手にして頂きたいと思いますが、この音盤の中から1曲を抜粋してご紹介しておきましょう。クララが作曲したピアノ独奏曲の中では唯一、大きな形式(循環ソナタ形式)を持つソナタ ト短調ですが、1841年クリスマスに第1楽章と第3楽章の2曲をクララがロベルトに献呈し(楽譜にリボンを付けてプレゼントしたとか)、その翌年に第2楽章と第4楽章を追加して完成させた作品です。全体的な印象としてはややバランスが悪く、例えば、第1楽章は全体の2/3が提示部で、あっという間に展開部を終え、慌しく再現部を締め括るという不格好さは否めません。しかし、クララの音楽的なセンスを感じさせる美しいフレーズは心地良く耳に響く魅力的なもので、これをピアニストのベーンホーヴァーは柔らかいタッチで丁寧に弾き込み、この曲が持つ美観を際立たせています。第2楽章は非常に短いアダージョですが、右手の美しいレガートに左手の6連符が優しく添えられて豊かな叙情美を湛えています。第3楽章では軽快でユーモラスな主部及び結部と、ホ短調に転調する哀愁を帯びた中間部との対比が音楽に豊かな表情を生み、第4楽章では優れた様式感で華々しく楽曲全体が締め括られ、(ピアニストらしい視点で)演奏効果にも配慮された作品に仕上げられています。この他にも、バッハの主題によるフーガなど気骨のある作品も手掛け、ロベルトやメンデルスゾーンと比べても遜色のない筆致にクララの非凡な才能が伺われます。いくつかYou Tubeの画像をアップしておきますのでお聴きあれ。

女性作曲家列伝 (平凡社選書 (189))

◆おまけ
同時代の大作曲家達は名ピアニストであったクララに色々な作品を捧げています。

メンデルスゾーン アンダンテとアレグロ・ブリランテイ長調
この曲は連弾でクララと共演するためにメンデルスゾーンが作曲したもので、実際にクララと共演しています。

▼リスト パガニーニによる超絶技巧練習曲第3番変イ短調「ラ・カンパネラ」
リストは作曲家だけでなくピアニストとしても人気が高く、ヴィルトゥオーゾとして人気を博していましたが、いわばライバルであるクララにこの名曲を捧げています。

ブラームス ロベルト・シューマンの主題による変奏曲
シューマンが入水自殺を図って精神病院に入院した後、シューマンへの敬意とクララへの慰めを込めて作曲した曲です。シューマンの「5つのアルバムの綴り」と「クララ・ヴィークの主題による即興曲」(後述)の主題を採り入れて作曲したものです。

シューマン クララ・ヴィークの主題による即興曲
ロベルトとクララとの間に愛が芽生え始めた頃に書かれた曲で、クララの「ピアノのためのロマンスによる変奏曲」(後述)の主題を採り入れて作曲されたものです。

◆おまけ
クララの作品を紹介しておきましょう。

▼クララ ローベルト・シューマンの主題による変奏曲
ロベルトが精神的に病んできた頃、ロベルトの誕生日にプレゼントされた曲です。この翌年にロベルトは入水自殺を図ります。

▼クララ ピアノ協奏曲イ短調 
ゲヴァントハウスでメンデルスゾーンの指揮、クララのピアノにより演奏されました。ベッカーという評論家が作品の出来栄えは認めつつも「私たちが問題にしている作品は女性のものだから」まっとうな批評に値しないと評していることから当時の極端な男尊女卑が伺われます。ショパンと恋仲になったジョルジュ・サンドも女性名で出版しても本が売れないのでペンネームを男性名にして本を出版したことは有名です。

▼クララ ピアノのためのロマンスによる変奏曲 
ロベルトに捧げられた曲です。ゲーテシュポーアの前でも演奏されました。

▼クララ 4つの性格的小品よりロマンス 
クララの自作自演でこの曲を聴いたショパンは深い感銘を受けています。

▼クララ ピアノのための3つのロマンスより1曲目 
シューマンは2曲目(You Tubeで画像を見付けることができませんでした..)について「君のロマンスは時が経てば経つほど気に入ってきた。」と語っています。