大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用などは固くお断りします。※※

オペラ「魅惑の美女はデスゴッデス!」〜落語「死神」を艶笑オペラに〜

【演題】川崎・しんゆり芸術祭
    日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.71
【演目】池辺晋一郎 オペラ「魅惑の美女はデスゴッデス!」〜落語「死神」を艶笑オペラに〜(全2幕/日本語上演)
    <死神>長島由佳
    <早川>泉良平
    <たつ(早川の女房)>木村圭子
    <やくざの鉄/若い葬儀屋>所谷直生
    <医者>安東玄人
    <鉄の父親>岡山肇
    <轟社長>井上白葉
    <金丸社長>中村靖
    <老婦人>鈴村鮎子
    <やくざの兄貴分/書生/執事>和下田大典  ほか
【台本】今村昌平
【演出】横山由和
【指揮】柴田真郁
【楽団】アンサンブル・アルテリッカ
【会場】テアトロ・ジーリオ・ショウワ
【開演】15時〜
【料金】3600円
【感想】
日本の最初のグランドオペラは山田耕作のオペラ「黒船−夜明け」ですが(一度、新国で観ましたが、かなり本格的なグランドオペラです。)、その後も規模は小さいながら松平頼則の「源氏物語−宇治十帖」、清水脩の「修善寺物語」、團伊玖磨の「夕鶴」等の和製オペラが生まれています。また、先日、ご紹介した「4’33’’」という問題作を残したジョン・ケージは能楽とオペラを融合した能オペラの創作を構想していたと言われていますが、現在でもその志を継ぐ様々な試みが行われています(但し、何の為に能楽とオペラを融合しているのか軸足が定まらず全く思想性の感じられない作品が多く、それ故に異質なものを無理矢理に融合したことによる違和感だけが剥き出しになっているように感じられます。)。最近でも日本の伝統芸能を題材に使ったオペラの作曲(尤も、題材と演出、楽器の一部は和製ですが、音楽は完全に西洋の語法で書かれた、その意味では融合を断念した割り切った作品)が増えていますが、以前、そのようなオペラに位置付られるであろう落語「死神」を題材にしたオペラ「魅惑の美女はデスゴッデス!」を観に行きましたので、その簡単な感想を残しておきたいと思います。オペラ「魅惑の美女はデスゴッデス!」(旧題、オペラ「死神」)は1977年に初演され、既に5回目の再演になるそうです。このオペラは初代三遊亭圓朝が作った落語「死神」(←グリム童話「死神の名付け親」又はこれを基にしたルイージ・リッチ&フェデリコ・リッチ作曲の歌劇「クリスピーノと代母」を落語に翻案)を題材として作られた日本語オペラです。なお、副題として『落語「死神」を艶笑オペラに』と付けられていますが、これは三遊亭圓朝の師匠である三遊亭圓生の「圓生」と「艶笑」(えんしょう)を文字ったものではないかと推測します。師匠の圓生は弟子の圓朝に辛く当たり、圓朝の出し物を先に演じてしまうなどの“カワイガリ”を行っていた為、却って、それが圓朝の創作力を鍛える結果になったという逸話が残されていますので、かなり皮肉たっぷりの副題と言えるかもしれません。なお、現在、横浜みなとみらいホールで開催されている小ホール・オペラシリーズでも歌劇「死神」という演題で演されています。


http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=35516

落語「死神」は、借金に困って自殺しようとしていた男のところへ死神が現れて「病人の枕元に死神が座っていたらその病人は助からないが、病人の足元に死神が座っていたらその病人は助かる」と教えられ、これを奇貨として男は医者になって大儲けすることを考えます。ある日、その男が診察に訪れた大金持ちの病人の枕元に死神が座っていましたが、家族から「助けれてくれれば報酬を弾む」と言われて欲に目が眩んだその男は死神がウトウトと居眠りしているうちにその病人の寝床を半回転させて病人を助けてしまいます。それを知った死神は激怒し、人間の生命の蝋燭が安置されているという洞窟へその男を連れ込み、今にも消えそうになっている蝋燭を指差してその男の生命の蝋燭だと告げます。その男は慌てて蝋燭の火(=その男の生命)が消えないように必死に蝋燭を継ぎ足そうとしますが、上手く蝋燭を継ぎ足せずに「あぁ、消える・・」と呟いてばったりと倒れるという結末(オチ)です。 この落語の結末(オチ)には以下のような色々なヴァリエーションがありますが、個人的には最後の結末(オチ)が気に入っています。

  • 蝋燭の継ぎ足しに成功して起き上がる。
  • 蝋燭の継ぎ足しに成功するが、くしゃみで蝋燭の火が消えてばったりと倒れる。
  • 蝋燭の継ぎ足しに成功するが、気が抜けて出た溜息で蝋燭の火が消えてばったりと倒れる。
  • 蝋燭の継ぎ足しに成功してその明かりで洞窟を出ようとするが、死神が「もう明るいところまで来たから蝋燭を消したらどうか」と言われてうっかり自分で蝋燭の火を消してばったりと倒れる。

このオペラでは男は葬儀屋の主人という設定で死神は女神に置き換わり、クライマックスも蝋燭の継ぎ足しは失敗しますが男の女房とその不倫相手の間に出来た赤ちゃんに生まれ変わる(転生する)というシュールな結末になっています。所々に現代的な風刺も盛り込まれていて笑えます。上述のとおりストーリーは荒唐無稽な喜劇仕立てになっていますが、これに付されている音楽は非常に難しく、台詞に多少の節回しが付けられ、これに効果音的な付随音楽(機能的又は表現主義的な音楽)が付されていますが、明瞭な旋律、リズムや和声感のない前衛的な性格の強いもので、歌劇や楽劇とは違ってより台詞劇に近い印象を受けました。唯一、第二幕序章に死神のアリアが登場しますが、長島由佳さん(メゾ・ソプラノ?)の妖艶でデモーニッシュな雰囲気を漂わせる歌唱が素晴らしかったです。歌で聴かせるというより演出で笑わせるという性格が強い作品で、歌唱ではなく軽妙洒落た演技が印象に残ります。また、奇抜で斬新な衣装は視覚的にも楽しませてくれるものでしたし、舞台セットの展開が速く舞台のテンポが損なわれなかったのも良かったと思います。

▼おまけ
死神に因んでサンサーンス「死の舞踏」をアップしておきます。骸骨感をご堪能され。

▼おまけのおまけ
日本の伝統芸能を題材にしたオペラの上演が増えてきましたが、同じくクロスカルチャーな活動として、クラシック音楽をジャズにアレンジした演奏をアップしておきます。日本の夏と言えば禁鳥の夏、日本のジャズと言えば寺井尚子さんのジャズと言えましょうか。蚊取り線香のCMでお馴染みの日本ジャズ界のクィーン寺井さんの演奏で。前半はクラシック音楽のスタンダードな演奏が行われますが、後半からは寺井節とも言えるグルーブ感の冴えるジャジーなテイストの演奏が展開されます。




▼おまけのおまけのおまけ
寺井さんのオリジナル曲等もご紹介しておきます。