大藝海〜藝術を編む〜

言葉を編む「大言海」(大槻文彦)、音楽を編む「大音海」(湯浅学)に肖って藝術を編む「大藝海」と名付けました。伝統に根差しながらも時代を「革新」する新しい芸術作品とこれを創作・実演する無名でも若く有能な芸術家をジャンルレスにキャッチアップしていきます。※※拙サイト及びその記事のリンク、転載、引用などは固くお断りします。※※

情熱大陸 木嶋真優(ヴァイオリニスト)

【題名】情熱大陸 木嶋真優(ヴァイオリニスト)
【放送】TBS
    平成24年8月26日(日)23時00分〜23時30分
【出演】木嶋真優(ヴァイオリニスト)
    酒井茜(ピアニスト)
    イヴリー・ギトリス(ヴァイオリニスト)
    ユーリ・バシュメットヴィオリスト)  ほか
【感想】
9月1日は「杭(くい)」の日だそうですが、それはどうでも良いとして、今日は指揮者の小澤征爾さんの77歳(喜寿)の誕生日です。現在、小澤さんは指揮活動を休止され、療養に専念されていますが、ウィーン国立歌劇場の音楽監督以外にも、東京オペラシンガーズを結成して日本の合唱団の水準を世界レベルにまで引き上げ、サイトウキネンオーケストラを組織して日本人にも世界に通用する音楽を作り出すことができることを証明し、小澤征爾音楽塾を開催して後進の育成に努め、毎年、松本キネンフェスティバルを開催して日本の音楽文化を世界最高水準に引き上げようと努められるなど、常に東洋人として西洋文化へ挑戦し日本の音楽文化の充実に多大な貢献をされてきた貴重な大人物です。必ず、元気な姿で舞台に戻ってこられることを心待ちにし、喜寿の祝いを認めます。我が身を振り返ると小澤さんよりはずっと若いはずですが、この年齢になると気弱になってくるもので死床に臥せる自分をリアルに想像することが多くなり、最後の時に自分の人生に未練を残さないように「悔い」のない人生を送りたいものだと常々心掛けるようになりました。

さて、先日の情熱大陸でヴァイオリニストの木嶋真優さん(25)を特集していたので観てみることにしました。木嶋さんのことは彼女が中学生の頃から見てきましたが、今年、ケルン音楽大学を首席で卒業し、現在、オーストリアで音楽活動を続けているようです。舞台上の彼女は仏頂面で“無愛想”な印象を受けますが(尤も、音楽家に愛想は無用)、プライベートの彼女はとてもおしゃべりで、あまり料理が上手くない癖に家庭的に振る舞おうとする普通の20代の日本人女性という印象を受けます。どういう伝手(友達の紹介?)なのか分かりませんが、サッカー選手(FCケルンのチャン・テセさん、ボルシアMGの大津祐樹さん)等との親交もあり、公私共に充実した生活を送っているようです。(チャンさんから中途半端に可愛いねとからかわれ、マジ切れしていたのは微笑ましかったですが、舞台上で見せる“カリカリ”とした印象とは異なり、その素顔は普通の女の子です。)

▼木嶋さんのブログ
http://mayukishima.miteyo.jp/?action=Pc_Public_Blog_List

木嶋さんは155.5cmのちびっこで、本人はそれがコンプレックスらしく常にハイヒールを常用しているそうです。歴史の生き証人イヴリー・ギトリスさんからあの早口で「そんな靴は姿勢に良くない。素足のままが良い。」と叱られていましたが、きっと彼女のことですから未だにハイヒールを履いていることでしょう(笑)しかし、骨盤矯正で1cmも身長が伸びたそうですから、無理な姿勢を体に強いている証左かもしれません。姿勢の悪さはヴァイオリニストの寿命を縮めますから…。木嶋さんはピアニストの酒井茜さんからギトリスさんを紹介され、イザイの悲劇的な詩、フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番の演奏を披露していましたが、ギトリスさんは「今のままで良い、何も変える必要はない。今に君の素晴らしい演奏に皆が気付くはずだ。」と激賞していました。また、昔、木嶋さんの素質に惚れ込んだロストロポーヴィチが彼女を連れてヨーロッパ中を演奏旅行し、現地の新聞に「カラヤンがムーターを発掘したように、ロストロが木嶋を発掘した」と好評されましたが、木嶋さんは若くしてその才能を発揮し既に20歳の頃にはヴァイオリニストとして完成されていたと思います。自在な表現を支える完璧なテクニック、明確な主張や揺るぎない信念が感じられる力強く繊細な音楽表現、共演者と当意即妙に呼応することができる柔軟性や共演者を強力に牽引して行くことができるイニシアティブ、テンション・集中力の高さなど、彼女の生演奏に接すれば舞台が彼女の音楽で満たされ充実していることが肌身に感じられると思います。未だに木嶋さんの生演奏を聴いたことがないモグリの方は、是非、彼女の演奏会を見付けて聴きに行ってみて下さい。ギトリスが言うとおり直ぐに彼女の素晴らしさに気付くはずです。木嶋さんは3歳でヴァイオリンを始め、4歳で初舞台を踏み、9歳でオーケストラと初共演し、14歳でヴァイオリニストよりも名教師として知られているザハール・ブロンさんの薫陶を受け、その後、彼を追ってケルン音楽大学に留学しましたが、小さい頃から使っていた楽譜は真っ黒に書き込みが行われ、木嶋さんを現在の彼女たらしめている濃密な歴史を伺い知ることができました。文字通り音楽に捧げてきた人生と言って過言ではないと思いますが、いくら好きで選んだ道でも、ここまで情熱を維持して夢に向かって取り組んでくるその努力や辛酸は並大抵なことではなかったであろうと察します。その意味では番組タイトル「情熱大陸」は彼女の人生にぴったりとくるかもしれません。

シャコンヌ

木嶋さんは音楽活動は人との繋がりで成り立っている要素が多く、1つ1つのチャンスを大切にして行きたいと語っていましたが、この番組でもオースオリアの音楽セミナーでユーリ・バシュメットさんと共演したご縁で、イタリアのピエトラサンタ音楽祭へ出演することになった模様が放映されていました。前者の音楽セミナーではバシュメットさんの指揮で木嶋さんをソリストとしてシューベルトのロンド(D438)が演奏されましたが、木嶋さんが音楽セミナーの受講生をレッスンする場面が興味深く、舞台上で見せるよりも厳しい表情で“ビシッ、バシッ”と“カワイガリ”とも見紛うばかりの猛稽古を付けていた姿は勇ましくも怖いものがありました。但し、木嶋さんのご指摘は非常に的を得たもので、“演奏が重い”“棒弾きになっている”“もっと自由に”など、ただ音楽を「弾く」のではなく「表現する」という視点から、音楽に表情を付け、息吹を感じさせるためにどうしたら良いのかその意識を植え付ける(即ち、テクニックを音楽表現に結び付け、昇華させて行く)ための指摘が多く受講生にとっては大変に貴重なレッスンになったのではないかと思います。自分でレッスンを受けているときは「俎板の上の鯉」で余裕がないので頭が真っ白になっていることが多いですが、他人のレッスンは客観的かつ冷静に観ることができるのでとても勉強になります。後者のピエトラサンタ音楽祭は大富豪ロスチャイルド・ファミリーが主催し、世界中のセレブリティが集うハイソな音楽祭ですが、木嶋さんは初日にモーツァルトのヴァイオリンとピアノのための協奏曲を演奏していました(2日目はレーピンが出演したようですが、金に糸目を付けず一流の素材を使って贅沢にもてなす豪華な音楽祭です。)。木嶋さんの演奏に感動した関係者が「モーツアルトを弾くときはごまかしがきかない。情感は必要だが、いき過ぎるとヤケドする。足りなくてもダメだ。」と語っていましたが、素直でシンプルなモーツアルトの音楽を演奏する怖さを語っていたのが印象的でした。木嶋さんが日本に来日しているときの演奏会の情報は、以下のWebサイトにアップされますので、ご紹介しておきます。

http://www.mayumusic.com/jp/homejp.html

◆おまけ
本日は僕が心酔するヴァイオリニストの一人である木嶋真優さんの“Mayu尽くし”をご堪能あれ。

大河ドラマ平清盛」でお馴染みのこの曲のヴァイオリン演奏は木嶋さんが担当しています。

▼2009年に開催されたエリザベート王妃国際コンクールの決勝戦で木嶋さんがブラコンを演奏したときの模様です。

▼木嶋さんがパガニーニカプリースを演奏していますが、この超絶技巧曲を完全に掌握する万端自在の演奏、彼女のテクニックの精度の高さと共にその音楽性が伝わってくる演奏です。

▼木嶋さんの室内楽の演奏もどうぞ。是非、クァルテットの演奏等も聴いてみたいのですが…。